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一つ星公演 彼は恋焦がれ、人魚は呪う―〇〇と彼女の恋愛譚③

 時は巡り、一年が経とうとしている。この年もまた、夏の旅行の話が上がっていた。今年こそは、いつもの別荘に行こうという話になった。

『……今年も、あの港町に行きたい』

 一歳年を取り、肩まで髪を切ったフェルスがそう言った。

『まあ、フェルス!そうですね、離島には行けずじまいでしたからね!』

 親ばかな母親は反対することはなかった。元から反対しない父親はさておき、兄や姉達も受け入れてくれたようだ。あの高級宿屋、郷土料理、港町の女が気に入ったこともある。気に入ったとなると。

『……今年もジュースで出迎えてくれるかもしれないぞ?』

『!』

 フェルスが勢いよく顔を上げる。その反応を母親はよく思わない。苦々しげに言う。

『ま、まあ。あの少女もご息女ではあったようですね。……とてもそうとは』

 アマリアは子爵令嬢であった。とてもそうは見えないので、何とも言えないといった感じだ。

『姉君は令嬢そのものだな。いやあ、あの子こそ極上だろうなぁ。今からでも口説こうかなぁ』

『おいおい。気持ちはわからなくもないがな』

 あれこれ言って、家族達は盛り上がっている。フェルスは一人静かに外の景色を見ていた。遠くをその瞳に映していた。


 寂びれた港町は、いつ訪れても変わりない。その中でも異質といえた高級宿屋、そこにフェルス達家族は今年も泊まる。この年は快晴だった。明日もほぼ晴れるだろうという。

 自由行動になり、フェルスは兄達と共に街中へと散策することにした。兄達は早速女性たちに声を掛けていた。兄弟達のことを覚えており、ノリが良い婦人もいれば。一方で、今年も来たかと警戒する婦人もいる。それはそれでと兄達はナンパを楽しんでいた。フェルスはというと。

『……』

 こっそりと兄達から離れる。彼が向かっていった先は海の方だった。それは予感といえた。―今年も『彼女』がいる気がしたのだ。


 海岸にて、屈強な男や元気な子供達に混じって漁をしている黒髪の少女。遠目でしか見えないが、去年ジュースを渡そうとしてくれた少女。そして、勇敢にも助けにいったフェルスを一方的に叱責してきた方だ。

 岩場に腰かけているのは金髪の麗しい少女だ。幼い子らに本を読み聞かせていた。まだ漁に出られない子供達の面倒を見ているようだ。去年、海に助けに入ったフェルスをタオルで包みながらも労ってくれた方だ。

 フェルスの予感は的中した。

『あぁ……』

 あの子は今年もいた。『彼女』の姿を今年も見ることができた。都合良く海にいるとは限らず。それなのに、今。フェルスは待望の『彼女』と同じ場所に立っている。

『あら、あなた?』

『……』

 浸っているフェルスに気が付いたのは、金髪の少女だった。フェルスはハッとする。完全に意識が遠くにいっていたからだ。

『こ、これは失礼しました。お久しぶりです』

『ええ、お久しぶり。―そうだわ、そろそろ昼食の時間ですし。ご一緒にいかがかしら』

 声は決して大きくはないのに、よく通る声だ。落ち着いた声音である。

『……一緒に?』

『ええ。これも何かのご縁だと思うの』

『……縁』

 そうして話している内に、漁に出ていた一向が戻ってくる。砂浜側で大人しくしていた子供達は親の元に駆け寄っていく。遅れてやってきたのは黒髪の少女だ。

『……』

『……』

 フェルスも黒髪の少女もお互いの存在に気がつく。少女の方が何か言いたげなので、フェルスも言葉を待つ。

『……去年は言い過ぎたわ。ごめんなさい』

『あ……』

 黒髪の少女はそれだけ言い残して、場から去っていってしまった。呆気にとられたフェルスの声も届くことはない。

『あの子、ずっと気にしていたの。伝えられて良かった』

『ずっと、ですか……』

『私からも後で声をかけておくわね。あの子、午後からは別のところで手伝いに行くことになっていて。さあ、どうぞ。沢山ありますから、遠慮せずにね?』

『は、はい!いただきます……』

 がっつくように食べる彼らを、金髪の少女は微笑ましく見守っている。フェルスも相伴に預かることにした。

 食後もフェルスは海に留まっていた。金髪の少女と子供達の世話をしていたのだ。

『あら、そうなのね。ふふ、初耳』

 この少女の知識量も大したものなのに、フェルスの話を実に興味深そうに聞いてくれる。気分が良くなったフェルスは、話をさらに続けていく。

 傍から見れば仲が睦まじいい二人だ。さらに言うと、フェルスの方が熱が入っているようにも見える。気がつけば、夕暮れ時。男達は漁から戻ってきた。

『なんだぁ、坊ちゃん。お嬢様と随分楽しそうだったじゃないか』

『はい、楽しかったです』

 ガタイの良い男に肩を抱かれたフェルスだが、特に悪い気はしなかった。馴れ馴れしさはありつつも、親しみが込められていたこともあった。その問いかけにもフェルスは笑って答える。そうかそうか、と男は豪快に笑った。

『すっかり夢中か。だろうな』 

『夢中』

 フェルスはドキっとした。その反応に男は思うところがあったのか、渋い顔をする。直後、男はフェルスの顔に寄せた。それはさすがに近すぎではないか。フェルスは距離を取ろうとするが、次の男の言葉にフェルスは固まる。

『―坊ちゃん、忠告だ。あの姉妹は、そのあれだ。望みは薄いと思ったほうがいい。心に決めた相手がいるからな』

『……姉妹』

 フェルスの脳裏に浮かんだのは、この港町で出逢った令嬢姉妹だ。男もおそらく彼女達を指しているのだろう。

『い、いや、相手が決まっているのは片方だけどな!でも、あれだ。うまくいえねぇ!とにかく、坊ちゃんの為だ!両方望みが薄いんだよ!』

『父さん、余計なこと言わないの。……この人、やっぱり』

 いつまでたっても来ない父親を彼の息子が迎えにきたようだ。さらに、踏み込んだ事情を話そうとしているので釘をさしておいた。それだけではない、フェルスに覚えがあるようだ。

『あ!』

『その節はどうも。お騒がせしました』

 去年、海で溺れていた少年だった。男もああ、と今になって思い出す。

『そうかそうか!あの時の坊ちゃんか!あー、はいはい!うちの息子を助けようとしてくれた!ちゃんと言えてなかったな。ありがとうよ』

『ええ、まあ……』

 フェルスは複雑だった。

『……』

 勇み足で助けに行ったものの、結局は溺れてしまった。それをあの黒髪の少女に助けられたのだ。それから説教された。

『……けどな、アマリア様が怒ったんだってな。間違ってないな、うん。無謀っちゃ、無謀だ。あの子のことだ、坊ちゃんのこと心配して言ったんだろうよ』

『それは……』

 フェルスは俯く。どう返していいかわからなかった。この親子もそれ以上触れることはなく、笑って別れることになった。帰り際に港町の酒場に来ればサービスしてくれると言ってくれた。兄達に伝えておくとフェルスは返事した。

『……』

 粗雑で品があるとは言い難い。距離感も近い。それでも親しみがあって朗らかな民たち。裕福ではないが、楽しそうに暮らしている民たち。

 ここが『彼女』が生まれ育った町。育んでくれた町なのだと。フェルスは振り返って、灯りがともりつつある港町を眺める。愛しそうに眺めていた。


 この年は嵐ではなく、晴天。船も難なく出ることができた。フェルス念願の島へと赴くことができた。充実した時間を過ごす。

『ああ獣くさい……。いえ、失礼。フェルス、良かったですね』

『はい、母上!』

 島に上陸することなく、フェルスの母親は船のデッキで体を休めていた。フェルスは昼食を摂るのと母のご機嫌伺いで一度戻ってきたのだ。

『良いでしょう、思う存分楽しんでいらっしゃい。今年限りですからね』

『今年限り、ですか?』

『ええ、フェルス。来年からはいつもの避暑地に戻りますよ。母はもう付き合いきれません』

『今年でもう……』

 あの港町に寄ることはなくなる。―彼女と会うことがなくなる。

『くっ……』

 フェルスは唇を噛み締めた。自分は所詮子供だ。ここで駄々をこねることもできた。自分はあの港町が気に入ったから。他の島の、母達が許容できそうな離島に行きたいとも。なんだかんだで自分には母は甘い。我を通すことはできたはずだ。

『……』

 フェルスは首を振った。思い浮かんだのは港町で出逢った彼らのことだ。自分と同年代なのに、しっかりしている彼ら。そんな彼らを目にしたフェルスは、今まで通りにできやしなかった。

 

 そのままフェルスが引き下がったのかというと、それはなかった。幼かった彼はある手段に出る。兄達が南部に視察に出ることがある。行商人も引き連れて港町に向かう時、それがフェルスにはチャンスだった。荷台に身を隠して、共に連れってもらおうとしたのだ。

『おー、考えたなぁ』

『くっ!』

 長兄にあっさりと見つかり、フェルスはつまみ上げられる。じたばた暴れるフェルスを笑い声を上げながら長兄は見ている。

『はっはっはっ、まだまだだなぁ。ほら、抵抗はこのへんにしておきな』 

『あにうえ!連れてってくれないのなら、離してください!……離してくれないのなら、おれは走ってでもあの子に会いにいく!』

『おおう、弟よ……』

 末弟は濁りなき瞳で言ってきた。その真剣さに感心したからこそ、長兄は安易にはフェルスを離したりはしない。本気で走っていきそうだからだ。

『そっか、本気か。いいか、フェルス。噂話だけどな?あのお嬢様、心に決めた相手がいるってさ。それがまた色々と複雑で。……いや、噂だけどな!?』

『それ、聞きました。ウワサとかよくわからない。おれはあの子に会いたい。……あの子と話したい』

『はあ、兄はあまり強く言えない。散々遊んできたからな!こういうのって今だけだしな……』

 家同士の婚姻が控えている長兄は、思い出に浸っていた。浸りつつも、フェルスを荷台に戻す。果物の箱に入ってまで身を隠す必要はないが、領を出るまでは体を屈めていろとのことだった。

『あ、あにうえ!ありがとう!』

『いいってことよ。他の奴らにも話は通していく。まあ、うちも家格はそれなりだからな。可能性はあるっちゃある!まあ、母上が最大の関門だけどなぁ……』

『そっか、こんやくはき。そうなってくれれば。ううん、そうならなくても……』

『おお、婚約破棄!知ってるな、フェルスよ!……ん?どっちがどっちだっけ?』

『あにうえ、まいりましょう!さあ、早く!』

 長兄はため息をつきながら、馬車に乗り込む。張り切る末弟を乗せて、荷台を別の馬が運んでいく。

 

 年月は過ぎていく。フェルスは焦っていた。進展がない。ほとんどないのだ。

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