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一つ星公演 彼は恋焦がれ、人魚は呪う―〇〇と彼女の恋愛譚①

「フェルス様?」

 フェルスの姿が消えてしまった。出鼻をくじかれたアマリアだったが、上空を見上げる。何やら映像が映し出されている。

「そういう仕組みだったのね」 

 おそらくではあるが、自分とフェルスの水中でのやりとりも、こうして映し出されていたのではないか。アマリアはそう推測する。観客達も水中に入るわけがないだろうと。

「これは……」

 ぼやけた輪郭の中、投影されているのは見慣れない場所だった。湖のほとりにある、豪勢な邸宅。名のある貴族が暮らしていそうだ。馬車から降りたのは一人の少年だ。涼しげに見えても、季節は日差しの強い夏のようだ。少年は眩い太陽を被っている帽子で遮る。 

 後ろには身なりがきちんとしたお伴を連れている。お伴にもたせているのは大量の荷物だ。

『はあ、疲れた。暑かった……』

 声変わり前の声に、今よりも幼い見た目の少年。昔のフェルスのようだ。天然パーマは変わらずだが、肩を越える長さだった。ぱっと見美少女とも思わせるほどだ。どうみても疲れるのは荷物を抱えた従者だろう。だが、この少年はそう考えることはない。

『ああ、お帰りなさい!母はあなたの帰りを案じてましたよ』

 黒い巻髪の上品な女性が出迎えてくれた。彼女は多くのメイドを後ろに従えていた。

『行商を呼び寄せましたのに。わざわざ市街に赴かなくとも』

『いいえ、母上。領民と接する機会も持ちたかったのです。彼らは皆、良き領民でした。温かく迎えてくれました。ほら、おかげでこんなにも』

『まあ。ほほほ』 

 従者は彼の買い物した衣類やら嗜好品やらを持たされていたのだ。息子の楽しそうな笑顔につられ、彼の母親も優雅に微笑む。

『君もありがとう。おかげで快適に買い物ができたよ』

『も、もったいなきお言葉にございます』

 積み上げられた荷物で顔が見えなくなっている従者にも、フェルスはにこやかに声をかける。その容姿と相まって天使のような愛らしさがあった。

『まあ、わたくしのフェルスはほんに良い子に育ちました。―週末のバカンスの目的地もそうです。南の島の自然保護区に向かいたいと』

『はい、母上!せっかくの余暇であります、実りあるものにしたいのです。多くのことを学ぶことができればと!』

『ああ、フェルス!何と素晴らしい心がけなのでしょう!』

 母親にとって、見た目も心も美しい愛息子だった。他の兄姉より末っ子の彼を溺愛していたのだ。

『……まあ、あの粗暴な『港町』のみ便があるということではありますが』

 悪い意味で有名な子爵が治めている港町だ。そこでしか便がないという。去年までは北方の避暑地で過ごしていたが、今年になって息子はそこに行ってみたいと言い出したのだ。フェルスを可愛がっているのは、母だけではなく家族全員ともいえた。彼は愛されて育ってきたのだ。

『母上?』

『……いいえ?フェルス、よいですか。どうしても立ち寄らなくてはならない港があります。そこの者たちとは深く立ち入らないように』

『どうしてですか、母上?』

『そ、それはですね……。フェルス、あの町の統治者はとてもではないですが、人の道理に反している者です。それは民にも言えるかと―』

 息子の純粋な眼差しが母親には堪えた。それでも心を鬼にして教えようとする。

『母上。接してみなくてはわかりません。誰しもが根は善良であるはずです。それは、母上を始めとした家族、皆が教えてくださいました!』

『ああ、フェルス!』

 愛しくてたまらなくなった母親は、力いっぱいに息子を抱きしめた。


 迎えたのはバカンスの日だ。ペタイゴイツァ家の領地である港町へとフェルス達一家は到着する。潮の香りがする。上空を飛ぶのは白い鳥達だ。

『いい風……』

 少年フェルスは心地良く感じていた。

『なんという田舎……』

 母上が口元を手で覆っている。他の家族達も閉口していた。威勢の良い掛け声と共に商品を売りつけてくる。走り回って落ち着きのない子供達。建物のあちこちがボロがきており、老朽化もすすんでいる。舗装されてない道路に令嬢は転びそうになっていた。

 田舎町だけならともかく、そこはみすぼらしい町だった。長く滞在することなど、豊かに暮らしてきた彼らにとっては耐えがたいことだ。だが、この港町で一泊滞在することになっている。翌日早朝の便で発つ予定だからだ。

 だが、彼らが唯一期待しているものがあった。この町で異色な存在である宿泊施設だった。高級感ある宿屋は、この町の経済状況からして建てられたということは決してなく。とある大国が友好と感謝の気持ちとして建設してくれたという。栄えたその国の要人達も利用しているとのことだった。

 近くには教会も建っている。信仰する神への祈りにきた民の姿もあった。ここの領民が式を挙げる時は、この教会の世話になるのだろう。町の中心地だ。

『まあ、最低限ですね』

 と言いつつも満更ではない母親を筆頭に、フェルス一家は宿屋へと入ろうとした。

『―ん?』

 フェルス達の後ろに誰かいる。どうやら、入り口でたむろしていた家族の後ろにずっといたようだ。彼らは不審者かと振り返る。

『……』

 黒いローブで顔や体が覆い隠されていた。すらりとした体躯であるが、青年とまではいかないだろう。大人びた少年のようだ。

『ま!この港町の子かしら!誰か、この子を追い払ってくださいまし!』

 この高級ホテルには似つかわしくない。不審者と捉えた母親が宿屋の者に呼びかける。フェルスは慌てて止めた。

『は、母上。落ち着いてください。―きみ、早く立ち去った方がいいよ。騒ぎになる前にね?』

『!』

 フェルスは笑いかけて、相手の顔を見上げた。すぐさま相手は顔をそらしていたが、少しだけ相手の顔を覗けた。褐色の肌に彫りの深い顔だ。異国の人間のようだ。この港町に出稼ぎにでもきているのかもしれない。フェルスはそう考えた。

『……ご忠告、ありがとうございます』

 流暢にこの国の言語を話す。声にまだ高さは残るものの、声変わりはしているようだ。深々と下げると不審者とされた少年は宿屋から去っていく。これで落ち着いたかと思ったが。

『長旅お疲れ様です。ようこそお越しくださいました!こちら、皆様の為にご用意したものです』

 次々とやってくるものだ。受付の方からやってきたのは、一人の少女だった。長い黒髪を一つにまとめている。。質素な素地のワンピースにエプロンを着用しているのは黒髪の少女だ。黙っているときつそうだが、笑うとあどけないものだった。少女がトレイに乗せているのは、フルーツジュースだ。名産の果物を絞ったものである。

『……まあ、さっそくの商売でしょうか』

 裕福な観光客相手に売りに来たのかと、母親は嘲笑する。つられて他の家族も笑う。

『い、いえ。こちらは歓迎の意味を込めてです。お代はいただきません』

 誤解を与えてしまったかと、少女は申し訳なさそうに笑う。

『あら、そうでしたか。ですが結構です。得体の知れない飲み物でしょうに。口にしたくありませんので』

 それだけ言い捨てると少女の横を素通りしていった。他の家族も続いていく。

『失礼、しました』

『……』

 少女は笑顔のままだ。だが、フェルスは感じ取っていた。気丈にしつつも悲しそうであったと。気になったので、フェルスは入口へ向かおうとする彼女に声をかけた。

『きみ、それどうするの?』

 彼女は良かれと思って用意してくれたのだろう。家族も自分のお願いなら飲んでくれるだろう。何ならフェルス自身も何杯かは飲んでも良いと思っていた。

『……え。いえ、もったいないので子供達に配ろうかと思いまして。早い者勝ちで』

『え』

 帰ってきたのは馬鹿正直な答えだった。フェルスの反応より、家族達が先に笑いだした。

『もったいないですって!あんな飲み物で!』

『おいおい、言ってくれるな。さぞかし貴重なのだろう』

『先着順、だからなぁ』

 フェルスの姉や兄も好き勝手いっている。

『……失礼します』

 少女は会釈して去っていく。最後まで笑顔のままだった。

『……ふう。そこのあなた、防犯がなってないのではありませんか?』

 フェルスの家族達は宿屋の従業員にくってかかっていた。

『……ええ、ええ、仰る通りです。申し訳ございませんでした。……はい。……ええ、ええ』

 支配人らしき男性もやってきて、間はあったものの従業員と共に頭を下げ続けていた。

『……あの子は』

 フェルスだけはその少女に意識をとられていた。後ろを向いて追いかけようとした。悲しい顔をしていないかと心配なったのだ。案の定、少女の肩は下がったままだ。せめて自分だけでも口にしてあげようと、フェルスは入口に引き返そうとした。

『……!』

 少女に寄り添っていたのは、不審者疑惑の少年だった。声は聞き取れないが、少女を励ましているようだ。お互い災難だったねと言い合っているようにも見える。少女から手渡されたジュースを彼は嬉しそうに受け取っていた。

『―フェルス?どうかしましたか?早く部屋にてゆっくりしたいものですね』

『……いいえ、母上。すぐに参ります』

 フェルスは入口前の二人が気になっていた。だが、母から呼ばれたとあっては、いつまでも気にしてはいられない。そんな彼の様子から、母親は何かを察したようだ。

『フェルス。母からの忠告です』

『母上?』

『よいですか。あなたには相応しい相手がいます。今はまだ実感がわかないでしょうが。あなたの振る舞いは、多くの婦女子を勘違いさせてしまうやもしれません。―相手を選ぶのですよ、フェルス』

『……はい、母上』

 年齢的にもフェルスには早い話だった。許婚がいるというわけでもない。それでもフェルスは貴族の息子としての自覚はあった。選べる立場ではあるものの、決められた枠内での相手と自分は結婚するのだろうと。


しばらく回想が続きます。

ちみっこフェルスです。

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