表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/230

一つ星公演 彼は恋焦がれ、人魚は呪う―〇〇と彼女の恋愛譚―開幕

 劇場内に入ると、生徒の数は昨日よりも減っていた。とはいえ、昨日の公演は物語として成立していなかった。本来の内容はわからなかったのだ。本日も赴いた生徒達は、それが気になって訪れた。それが大半の理由だろう。

 砂浜の上を歩いて、アマリア達は前方の方に座る。地面に直座りだ。

「……変なの」

 そう呟いたのはフィリーナだ。地面に直接座ることかと思ったらそうではないようだ。

「あれだけ昨日。アマリアアマリアって連呼していたのに。そのアマリアがいるのに。気にしてない」

「……そうね、本当だわ!」

 日頃の悪役令嬢としてのアマリアとして捉えていても。現にそれでちらちらと生徒達からは見られていても。それだけだった。フェルスの公演では肝であろうアマリアに対しては、あっさりとし過ぎていた。

「あれじゃね?観客達からしたら、アマリア先輩じゃないとか。どこかの『お姫様』に見えていた、とか」

「うむむ」

 レオンのひらめきにフィリーナは唸る。

「……それも気になるけど。今は」

 舞台となる海を見据えながらエディは言う。フィリーナ達はわかった、と会話を切り上げる。

「ええ、気になる事はたくさんあるわね。この公演を乗り切りましょう。そうしたらきっと。見えてくるものもあるはずよ」

―開幕のブザーが鳴る。劇場内の照明は落とされ、真っ暗となる。

「……ああ、今夜もきっと。君は訪れてくれるはずだ」

 闇の中から聞こえてくるのは、フェルスの声だ。その声からして恍惚としていることがわかる。

「……お呼ばれしているみたい。行ってくるわね」

 アマリアは震える手を意識して強く握り直す。昨日のようにはいかない。既に覚悟が決まっているのだ。

「―ええ、私はここよ!」

 アマリアは海をめがけて駆けていく。そして、勢いよく飛び込んでいった。

「……!?」

 飛び込んだ先は海だ。アマリアは立ち泳ぎしながら周囲を確認する。フェルスの姿はない。

「こっちだよぉ、アマリア様ー?お目当ての俺はこっちー!」

「……ふう、埒が明かないものね」

 海中から声がした。フェルスは海の中にいるようだ。これは、潜ってこいということだろうか。罠だとわかっていても、アマリアは息を止めて海中へと潜り込んでいく。 アマリアは幼い頃から海に慣れ親しんでいる。無理な体勢でもとらされない限りは、溺れることはそうそうない。

 アマリアは水中で目を開くも、海の中は真っ暗闇だ。これまで暗闇の中、舞台に立つことはあった。前回の舞台も暗かった。アマリアは今、暗闇の中にいる。呑まれそうになるほどだ。

「……」

 支配者が舞台効果を担ってくれていた。あれだけアマリアに憎まれ口を叩いてきても、すぐに追放しようとしても。舞台の上ではちゃんとやることはやっていたのだ。

 静かだ。真っ暗だ。灯りも、環境音もない世界。支配者がいない舞台はどういことか。それをアマリアは身をもって知ってしまった。

「……ふふふ、俺の世界にようこそ」

「!」

 フェルスの声だけはする。一向に彼は姿を現わさない。

「さすがのアマリア様もさぁ、息続くのかなぁ」

「!?」

 その通りだった。アマリアは一旦地上に戻ろうとしていた時だったのだ。

「そう、地上に戻るんだね?……でもさぁ、できるかなぁ?」

「……!」

 試すようなフェルスの物言いに腹立ちながら、アマリアは見上げる。ただ、ぞっとした。

「どれだけ、どれだぁけ泳いでも?辿りつけるかなぁ?」

「……」

「アマリア様さぁ。俺、言っただろ?―わからせたいって」

「……」

 相手の姿はない。言葉だけで体中を撫でまわされているようだ。アマリアはそう錯覚してしまうほど、まとわりつくような言いようだった。彼の主張はこれだけでは終わらない。

「俺の愛をさ、もっとわかって欲しいのもあるけどね。もっと、もっとだよ!もっと、君も俺を求めて欲しいんだよ!あんな奴らを頼るんじゃなくて!この俺を!……だからさぁ、早く認めなよぁ。―俺が必要だって!だからお願いします、助けてくださいってさぁ!」

「……」

「はは、はははははははははは!!」

 アマリアは暗闇の中でまともに視界も確保できず。地上を目指して泳げばよいとしても、その距離感も掴めず。フェルスの笑い声が耳に残るばかりだ。

―それでも諦めないわ。

 来た道を辿るように、アマリアは上へ上へと泳ぎ進めていく。

「……っ」

 アマリアは着衣水泳は得意ではあるが、制服の長めのスカートが足にまとわりつく。

いつも泳ぐ時は水着か、それか軽装である。アマリアは泳ぎ辛そうにしつつも、地上を泳ぎながら目指していく。

「諦めが悪いなぁ。君の良い所でもあるけど。……ん?」

 嘲笑を含めた声で笑うフェルスが、どこかに意識を向けた。彼は何かに気がついたようだ。それは、アマリアもそうだった。

「……?」

 アマリアは息苦しくなってきた。だからといって、意識を失うわけにはいかない。そう抗っている時だった。

 暗闇に光が差し込む。月明りとはまた違う、小さくて頼りない光だ。道しるべにするにはあまりにも心もとないもの。

「……」

 そのような微かな光に、アマリアは目を奪われた。口元は微かに微笑んでいる。

―きっとあなたね。

 漠然とした思いだ。根拠もない。それでも『そう』なのだと、アマリアにはわかった。

 この灯があるのならば、自分は進める。アマリアは気力を振り絞って泳いでいく。

「……ぷはっ」

 アマリアはようやく水中から顔を出す。舞台の上には照明がついていた。不規則に点滅したりで落ち着くものではない。それでも、暗闇を照らすには十分だった。

「……あぁ、おかえり。自力で戻ってきちゃったねぇ」

 フェルスは面白くなさそうに岩場に腰掛けていた。彼は予定通りに行かなかったことは不満だった。それでも、まあいいかと開き直る。

「こうして君は来てくれたからね。嬉しいなぁ。……でもさぁ、アマリア様?」

「何かしら?」

「……君、まんざらでもないんだよね?俺に、こうして会いに来てくれた。たくさん俺の愛を知りたくて、こんなにも。……あぁ!顔色を悪くしてまで!」

「……」

 ずっと水中にいることもあり、アマリアの血色はよくない。体もとっくに冷え切っている。安全地帯にいるフェルスは、照れくさそうに笑い続けていた。

「……あなたみたいな人」

 アマリアは青い唇を噛み締める。フェルスがこのような人物だとはわかっている。

わかった上で、アマリアは舞台に上がったのだ。

「ええ、そうよ。私はあなたのことを知りたくてやってきた」

「あぁ、アマリア様ぁ!」

 気分は絶頂のフェルスは自身を強く抱きしめた。

「よいかしら、フェルス様。私も今回は思うところがあり過ぎるの。あなたに対して怒りが沸いてならないのよ」

 アマリアを白く暖かい光達が包み込む。アマリアは不思議な感じがした。寒さはいつの間にか消え去っていた。海の中にも揺蕩うような。溶け込むような。馴染む感覚だ。

「私はあなたを知った上で。―懲らしめてあげる」

 アマリアの装いは学園の制服ではない。胸部にはいくつもの貝殻が宛がわれ、下半身は魚となっていた。青い鱗で覆われているようにみえ、実際は本物でなく布である。不思議なことに泳ぎやすくなっていた。

「わからせられるのは、あなたの方よ」

 壊れた指輪は、白く発光した後に三つ又の槍と姿を変える。馴染みの『彼』の助力によるものだ。

「……」 

 アマリアの鋭い眼差しにフェルスは息を飲む。そのまま黙り込む。アマリアも様子を見ている。互いに緊張した状態だ。

―なんか、『人魚姫』みたい。

 それは観客の一人がもらした言葉だ。

「人魚……」

 今のアマリアは人魚同然である。だからこうも泳ぎやすいようだ。人魚の存在、アマリアはは伝聞でしか聞いたことがない。想像するしかない存在が、今のアマリアの姿なのだ。

「……あは、あははは!俺のお姫様は勇ましいなぁ!」

 調子を戻したフェルスが高笑いをする。

「……そうさ、俺の『人魚姫』。地上の君も、海中の君も!……あぁ、美しいなぁ」

 はあ、とフェルスは深くため息をつく。そして彼は極上の笑顔を見せた。

「ああ、俺は幸せ者だ。こんな美しい君といられるなら。―ここはなんて楽園なんだろう!」


―一つ星公演。『彼は恋焦がれ、人魚は呪う―フェルスと彼女の恋愛譚』。舞台の幕が上がる。

今回、タイトルの名前部分を伏せてみました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ