想定外の公演
いつものように劇場街へと訪れる。入口近くでエディ達を確認するが、まだ姿がないようだ。
「……?」
騒々しいのはいつものことだが、今夜の生徒達はやたらと興奮している。何かを血眼になって探したり、互いに情報を提供し合っているようである。
「まさか……」
翌日を迎えたフェルスの公演の注目度が増してしまったのだろうか。その割にはフェルスの話題は頻繁に出ることはない。ごくたまに彼の名前が聞こえてくるくらいだ。これはあれだろうか。フェルスではない、別の誰かが注目の的になっているのだろうか。
「……やれやれ、これじゃ落ち着いて話せないね」
「え」
聞き覚えのあるハスキーボイス。その声の主はアマリアの背後に立っていた。緊張するアマリアだが、声の正体にすぐ気づく。
「ごきげんよう、ノア様」
「やあ。今宵も賑やかだね」
振り返ったアマリアに笑顔を見せたのはノアだった。ノアは離れた場所で話そうと、小路を指差す。
「お話かしら。……生憎だけれど、今夜は厳しいわ」
今夜劇場街を訪れたからには、フェルスの劇場に直行したかった。あの三人と行き違いになっても困る。
「そうかい。そうだろうね。キミたちも正念場だろうから」
「……そうね」
ノアは隕石病でないにしろ、劇場街の記憶を現実と共有出来ている。フェルスのことも覚えているようだ。きっと、アマリアの目的までもわかっているのだろう。
「……まあ、手短に話すよ。彼らとはぐれたくないなら、ここでもいい」
内容は配慮すればいいともノアは言う。
「アマリア君たちは。―本当に挑むのだね」
「ええ」
ノアには事情がわかっている。アマリアは端から誤魔化す気などなかった。
「……大したものだね。キミの同志も踏み込めず、誰からの助けも得られず。キミたちは手も足も出なかった。惨敗だった」
「耳が痛いわ」
「前提として、キミが助けるのに惑う相手でもある。意義すらない」
「そうね、そうなのでしょうね」
アマリアは否定する気もない。たとえどう指摘されようとだ。
「……ふふ、大したものだ。それでも挑むというのだから」
ノアは目を細めて笑う。感服しているようだった。
「っと、キミの『王子様』に発見されたみたいだ。おや、こっちに来るね」
「お、王子様っ!?」
アマリアはぎくりとしてしまう。
「それじゃ、ボクは見守らせてもらおうかな。ボクが今、一番興味あるのはキミだからね。―あの『男』よりはよっぽどさ」
「ノア様?……あっ」
ノアは人混みに紛れてアマリアの前から去っていった。完全に姿を見失ってしまう。
「……」
ノアは観客席にて見守ってくれるようだ。それはアマリアには心強かった。
「いた、先輩」
「今のはノア様?」
エディを筆頭に、その後ろからフィリーナも姿を見せた。
「ええ、そうよ。……いずれ、ノア様のことも話すわね」
ノアが劇場街に通じているのを、フィリーナもレオンも知らない。説明しないことには、何事かと心配するだろう。
「色々とわかったよー!……っとぉ」
この大声はレオンだ。一瞬、他の生徒達からの注目を集めてしまった。それでも生徒達は元の話題に戻る。レオンは悪びれもなくやってきた。
「あー。やっぱ、そんな感じ?オレらどころじゃねーって感じ?」
「……どんな感じ。レオン、早く話してほしい」
フィリーナがはよはよと説明を促す。はいはいと、レオンは請け負った。
「あえて朗報といっとく。今回はそこまで観客増えないと思う。むしろ減ってるかもね。せっかちなフィーもいることだし、早く言えってね。―『ヨルク先輩』の劇場にみんな夢中なんだと思う」
「ヨルク様……?」
アマリアは正直ピンときていなかった。ヨルクほどの人気者なら、連日生徒が押しかけてもおかしくない話だ。今更な騒ぐような話ではない。―今更。
「レオン。多分先輩には何が何やらだと思う。―俺も、おそらく他の人たちも知らなかった。というよりは、見つからなかったと思う」
「見つからなかった。……あ」
フィリーナがいつしか言っていたことがあった。以前に劇場でヨルクを見かけた時、珍しい人をみたと。人知れず公演をしている生徒もいる。劇場が開かれていない生徒も多々いる。あのヨルクがその部類だというのか。
「うん、確かにそうかも。ヨルク様、素行自体は問題ないと思うの。女性の噂は絶えないけれど、指導が入ったりとかは聞いたことない。……あの男の子の目につくようなことはなかったんだね」
「ええ、フィー。突然過ぎて、どうしてかはわからないわね。秘められていたヨルク様の公演、そちらが始まったというのね。内容、それは今触れることもないわね」
それならとっくに支配者の手にかかっているだろう。ヨルクの公演が気にならないといえば、それはアマリアにとって嘘となる。それでも有事ということもなさそうである。今、ヨルクの公演に向かうは選択肢にはない。無い選択肢なのだ。
「どうしてかわからない、ねぇ。ねー、エディ君?」
「どうしてかわからない、か。俺はノーコメントで。……とにかく、大多数があの人の劇場に向かうと思う」
含みのある二人だった。まあ、憶測に過ぎないので二人は断言はやめておいた。それはさておき、わかったことがある。
「観客の数が少ない分、やりやすいわね」
大多数の生徒を納得させるよりかは、とアマリアは胸を撫でおろす。
「……なにより、あの男も向かわざるを得ないでしょうね」
支配者もこれだけ注目されているのなら、ヨルクの公演を無視することなど出来ないだろう。星の数まではわからないようだが、五つ星級に注目されていると言われたら誰しもが納得するだろう。
「そうそう。ショタもあれだけ言い切ったからにはさー」
「ええ、そうよ。せいせいするわ。……ええ」
支配者による強制終了もほぼないといっていいだろう。これでハードルが大分下がるはずなのだ。
「そのはずなのに……」
アマリアはある発言が気になっていた。臆病なウサギの着ぐるみが言っていたことだ。―舞台効果は支配者が行っていたということ。
「アマリア?」
フィリーナが心配そうに見上げていた。と、同時にアマリアの服の袖をつかんで急かしていた。そう、呆けている時間などないのだ。フェルスの公演はもうじき開演となる。
「大丈夫よ。……ええ」
今までも支配者がいない公演はあった。結果はどうあれ、進行自体は滞りがなかったのだ。開幕で支配者に超展開をかまされるよりは、断然マシである。立ち止まってはいられないと、彼らは歩き出した。
いつもはうろついているウサギの着ぐるみが全く見当たらなかった。そのせいあって、アマリア達は海沿いを全力疾走する羽目になった。
「ぶ、ぶ、舞台は始まっているのかしら」
アマリアは息も絶え絶えになりながらも、彼らに問う。喋ったらもっと苦しくなってしまった。当然ではある。
「大丈夫、まだ劇場内に入れる」
「少しは余裕あるかも。うん、深呼吸。深呼吸」
「おっけ、休める時に休んどこー。本番はこれからだからさ」
エディもフィリーナもレオンもそうだ。呼吸は若干荒いものの、涼しい顔をしていた。アマリアは体力の差を見せつけられつつも、呼吸を整えることにした。
お目当て劇場近くに見知った顔ぶれがあった。彼らはフェルスの友人達だ。夢の中でも会うとはとアマリアは思ったが、フェルスを慕っている彼らが来るのは自然ではある。
「……そう」
友人達は劇場近くで立ち止まったままで、肝心の中には入ろうとはしなかった。躊躇しているようだった。フェルスを慕い、崇拝していたからこそ触れるのが怖ろしいのだろう。アマリアも咎めることはない。それが彼らの選択だと、アマリアは思ったのだ。
外観はいつ見てもそうだ。アマリアの故郷の宿屋そのものだ。富裕層の観光客向けの上品な造りとなっている。フェルスの公演とそれがどう関連づいているのか。
「この舞台が終わった頃。……それがわかるのかしら」
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