そんな二人だからこそ話したい
下校もフィリーナとレオンと一緒だったアマリア。二人も当然というべきか、フェルスのことは覚えている。会話には出ないが、学園の異様な雰囲気を二人は察しているのだろう。
アマリアは足を止める。そして二人にある願いをする。
「話、したいの。いいかしら」
夜、劇場街が開かれる時間までは有限だ。それまでの間にアマリアは話をしたかった。
「わたしも。そう思っていた」
「オレもオレも。今回はオレの部屋にしておこうか。エディ君、あいつも起きてくると信じてメモ残しとこ」
フィリーナもレオンも快諾してくれた。
新月寮に戻ると、レオンの部屋がある階へと向かっていく。
「読むかわかんないけど。いや、信じてる」
同じ階にエディの部屋もある。レオンはエディの扉の前に紙を貼りつける。試しにドアを叩くが、エディからの反応はない。
「わたしもエドュアール様を信じてる。レオン、ここはひとまず行こう」
「はーい。頼むよ、エディ君ー?」
エディにしてはここ最近頑張って起きていたものだ。道中にあったレオンの部屋まで一行は引き返す。
レオンに奥の部屋だけは開けないようにと注意を受けつつ、彼の部屋へと到着した。
レオンの部屋に着くと、ソファに腰かけるようにレオンに言われたのはアマリアとフィリーナだ。レオンは適当なクッションの上に座っている。クッションというか、動物のぬいぐるみのような形をしていた。だが、レオンは迷いなく尻に敷いている。クッションなのだろう。こちらでは見慣れないものだ。
いくつか満月寮から持ってきたようだ。座り心地が良い明るめの色のソファもそうだ。実用的でおしゃれな家具や日用品もある。見慣れない道具のようなものもあるが、それは今聞くものでもない。
「お集まりいただきありがとう。それで話なのだけれど―」
ノック音がしたので、アマリアは話をいったん止める。レオンが立ち上がり確認すると、相手はエディだった。
「思ったよりは早かったからヨシ!でも、アマリア先輩の話途中だったけど」
「悪い。……先輩もごめん」
レオンに連れられてエディが入ってきた。とはいえ、途中というが話すら始まっていない状態だった。アマリアはそのことは伝えておく。
「……これに座れと」
レオンが勧めてきたのは、ウサギのぬいぐるみの体をしたクッションだった。エディは受け取りはしたものの、それを使用することはなかった。そのまま床に直に座る。そのまま話を続けることになった。
「……そうね、話」
アマリアは何から話して良いものかと考える。
「今回のフェルス様のことよ。……ああ、そうね」
アマリアは話し始めようとしてが、目についたのが部屋の時計だった。時は刻々と進んでいる。悠長に迷う時間すら許してくれない。
「―私が舞台に立つ理由。時にはあなた達が引くほど、必死な理由よ。私の目的といえるもの。それをあなた達に話しておきたくて。それを踏まえたうえで、私が出した答えを聞いて欲しかったの」
アマリアは隣にいるフィリーナ、床に座っているレオン、そして事情を知っているエディの方を順々に見ていく。
「……いいの?……きっと、大切な話でしょう?アマリアの根幹にかかわるようなこと。わたしが聞いていい話なの?」
不安そうにしていたのはフィリーナだ。言う気満々だったアマリアは、それこそ疑問に思う反応だった。フィリーナは自分の気持ちを伝えることにした。
「あのね。お話してくれる気持ちは嬉しいの。でも、わたしはまだ足りてないと思っているから。……まだまだだから」
「フィー、どうして」
「足りてないの。アマリアが助けてくれた分、恩返せてないの。まだまだなの。……引いた、時もあったかもしれない。でも、それ以上に感謝の気持ちの方が強いから。必死になってくれたあなたがいたからこそ。―わたし、わたし達は救われたの」
フィリーナの声は震えている。それでも伝えたかった言葉をアマリアに伝える。それこそ必死に。
「オレもさ、その気持ちわからなくもない。足りてない。うん、そうだよ。オレこそ、そうなんだ。……まだまだなんだ」
「レオ君まで」
「アマリア先輩の事情はわからない。その目的とかの通り道にあっただけ。それだけだったとしてもさ。オレも、フィーも救われたんだ」
レオンはそう言って屈託もない笑顔を見せた。こうしてレオンが笑えるようになったのも、自身の公演を経たからだ。
「……十分だろ。二人、いや」
そう呟いたのはエディだった。それはフィリーナとレオンに向けた言葉だった。
「―訂正しとく。フィリーナも。……レオンも。十分だと思う」
「ふぇ?」
「え、エディ君!?」
いきなり名前で呼ばれた、しかも呼び捨てである。二人は動揺する。
「……失礼だったら、苗字で呼ぶ。それか敬称付ける」
エディは照れと気まずさに耐えながら、そう言った。
「い、いやいや訂正禁止!そのままでいこ、エディ君!」
「うんうん!わたしもこれで遠慮なく呼べるね!……うん、エディ!」
エディの気が変わらないうちにと二人は念を押す。エディはここまで反応されると思っていなかったので、この無表情ながらも驚きはしている。
「……公演とか色々あったけど、先輩のこと大事に思っているのはわかった。それ、本当はもっと早く言いたかったけど。中々言えなかった。……先輩のことを心配して、俺の部屋に集まった時。あの時に言うつもりではいた。……言えなかったけど」
エディの部屋でアマリアの助けを聞いた日。あの時から。いや、それよりももっと前だったのかもしれない。
「俺はレオンもフィリーナも信頼している。なら、先輩はもっと信頼していると思う。だから、足りてないなんて。それはない」
今度はエディは臆面なく言った。
「……ふふ、エディに先に言われてしまったわ」
エディが二人を信頼していたこと、それはアマリアにとっても嬉しいことだった。エディとフィリーナ達にあったわだかまりも、いつしか溶けていたようだ。
「助けられたのは私こそよ。……フィー。それとなく助けてくれていたこと。わかっていると言ったでしょう?ええ、わかっているのよ。あなたのさりげない優しさは。理想の存在であろうとしながら、あなたは苦しんでいた。それでも、あなたは私を助けてくれていたのよ」
傍らのフィリーナと目を合わせ、アマリアは微笑んだ。
「レオ君だってそうよ。まともに知り合ってなかった頃よね。あなたは普通に接してくれていたの」
「普通て。馬鹿なノリで接してただけじゃなかった?」
「……普通だったのよ。普通に話に応じてくれた。偏見もなく。それがすごく嬉しかったの」
レオンには朗らかに話しかける。
「救われていたのは、私の方。慣れない学園生活で、苦労して。それでもこの学園に入りたい理由があったの。今度こそ、聞いてくれるかしら。―聞いてほしいの、あなた達だからこそ」
「……うん」
フィリーナは目を合わせながら、しっかりと頷いた。レオンもそうだ。
タイミングありますよね。