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夜の乙女達は何でも知っている?

「結構いい線いっていると思ったんだけどなー。アマっち」

 天を仰ぎながらそう言ったのはスーザンだ。他の令嬢の前ではしおらしかったが、そのしおらしさはいずこへ。そしてアマリアを品定めするが、やっぱ違うと肩を落とした。アマリアはアマリアで謎の視線に気をとられて呆けていたが、スーザンの方を向く。

「んー、でもやっぱ彼は彼だったな!びっくりしたっしょ、アマっち?でも、女子に対してあれがデフォだから。勘違いする子も多いんだよね」

「さようでございますか……」 

 あの至近距離で、黒曜の瞳で見つめられて。そして愛を囁かれる。確かに、ひとたまりもないかもしれない。それがデフォルトだというのだ。末恐ろしいものだ。どれだけの少女達を惑わせてきたというのか。

「わたくしは一つ、賢くなりました……」

 世の中には色々な殿方がいるのだと。そしていちいち真に受けて反応していては、身がもたないということも。遠い目をしているアマリアをよそに、クロエは説明を始める。どうしてこうも温室行きを反対していたのかというと。

「アマリアさんは勘違いはしないだろうけど。でも逆に、周りが勘違いしたらなって。さっきの子達は難癖はつけてはきたけど、まだ話がわかる方だったかな」

「なんと……」

 下手に近づくと、あの色男に口説かれる。そして、それを見た彼のシンパ達がどう出るかがわからない。クロエが警戒していたのは、むしろそちらだった。

「まあ、あなたには心に決めた相手がいるんだし。なおさら関わらない方が良いと思うけどな」

「ああ、婚約者だっけ?なんだよ、夜会じゃないじゃん。いや、実際の出逢いは夜会かもしれないけど!」 

 そう、会話も聞かれていたようだ。スーザンにも話すつもりではいたので、彼女に知られる事自体はいい。だが、やはり自分から伝えた方が良かったかもしれない。

「あー、スージーまで知っちゃったね。あちゃー」

「……ひどいよクロっち。アタシはミーハーだけど、守秘義務は守るよ!……秘密、でいいんだよね?」

「ええ、お願い致します」

 あまり言いふらすべきではないとアマリアは考えている。目の前の二人も昨日今日の付き合いだが。

「おうよ!こんなところまで乗り込んできたんだ。アマっちのその心意気はかうよ!それはともかく。いまのはわりとひどいあつかいなので、クロっちはアタシにあやまってください」

「あー、うん。ごめん!スージーもさ、そういうとこはちゃんとしているから」

「そうそう、ちゃんとしているの。まあ、やってる事は下劣かもだけど。……あくまでアタシが扱うのは恋愛ゴシップ!皆が楽しめる方がいいじゃん?……こんなところだからさ」

「……スーザン先輩」

 本人が楽しんでいるのもあるが、この鬱屈とした学園を少しでも明るくしたいという思いもあるのだろう。やっている事はかなり際どいが。

「下劣だし下種だけどね」

「もう、クロっち!でも、確かにな!」

 二人して笑い声をあげたので、アマリアも一緒になって笑った。この先輩達を信じたい、そうアマリアは強く思えた。

「やっぱりさ、運命の出会いは夜会なんだよ。夜会が熱いんだよ!ねっ?」

「はいはい、お互いの事をよく知らないのに恋に落ちるんでしょ?」

「それな!もう夜じゃん?深夜回るじゃん?もう、このまま二人でってなるじゃん?一夜で恋に落ちた二人がさ?そりゃもう―」

「止めるの、もっとやばい方向にいったらでいいかな。―それとアマリアさん」

 一人で熱弁しているスーザンをよそに、近づいてきたのはクロエだった。

「……心配した」

「はい、申し訳ありません」

 結局は寮長であるクロエに心配も面倒もかけてしまった。

 それきり無言のままだ。そして何かを思案していたが、何かを思い当たったようだ。

「……もう、そうするしかないかなぁ。でもなぁ」

 彼女の様子からしてあまり望んでいるとは思えないものだ。それでも、とクロエはアマリアの耳元に口を寄せた。

「……深夜、起きといて。寮抜け出すから」

「なっ……」

 耳を疑ってしまう発言だった。あのクロエが確かにそういったのだ。

「―たぶん、最終手段。向かうのはさっきの温室ね」

「温室、でございますか。ヨルク様に何か御用でしょうか」

「今はあの優男の事はおいといて。というより、ずっとおいといて」

 あんまりな言い方な気もしたが、ここはクロエの話の続きを待つ事にした。

「……昼のうららかな乙女達も、夜はまた別の顔をもつ。―『宵乙女の会』だってさ。女子の派閥を越えた、選ばれた乙女達が集う集会なんだけど。まあ、実際井戸端会議みたいなもんだけど、その分学園の事情には精通していると思う。あと頼れる情報網はきっとそこだけ」

「宵乙女の会……」

「あとは、わかるかな。これ以上はやめて欲しいの。……あなた、結構勢いで行動する人だってわかったから。それこそ、踏み込み過ぎてしまったらさ。……私は何も出来ないから」

「クロエ先輩……」

 クロエなりに力になってくれていた事は、アマリアはよくわかっていた。そんなクロエにも立場がある。かばえる範囲にも限度があるというのだろう。

「はい、心得てます。本当にありがとうございました、クロエ先輩。……これ以上、先輩に迷惑をかけませんから」

「……私には、ね」

 ならばああするのだろうな、とクロエもまたわかってしまった。

―自分一人になっても捜し続けるのだろうと。全ての責任を自分で負うのだろうなと。

 クロエはあえてその発言に触れない事にした。気付かない振りをした。


 就寝の時間となり、寮生達は寝静まっている。時は深夜零時を回ったところだ。

「お待ちしておりました、クロエ先輩」

「……まさか、正座で出迎えられるとは」

 小さくノックしたあと、部屋に入ってきたのはクロエだ。黒い袋を手にしている。

 クロエが指摘した通り、アマリアは正座で待機していた。指示通りの制服を着ている。ならばよしと、クロエは袋の中からある物を手渡した。

「こちらは……?」

 ギラギラと光る黒い仮面だった。つけて、と言われたのでアマリアは言われるがままに紐を耳にかけて装着。怪しげな令嬢の出来上がりだ。クロエも自分用の仮面を手にとる。妖精の羽を象ったそれは繊細な刺繍が施されていた。クロエがつける。怖ろしいほどに似合っていた。妖精が実在しているのではないか、と思わせるほどだ。

「それじゃ行こっか」

 外は吹雪いている。だが、今はくじけている場合ではない。先行くクロエの後をついていく。そして辿り着いたのがあの温室だ。

「……」

 どうしたことか。あれほど温もりを感じられた空間が、冷たく、そしておどろおどろしい空間へと変質している。アマリアは気圧されそうになるも、ここは堪える。クロエもそれを確認すると、温室の扉をノックした。

「―失礼いたします、宵闇の乙女の皆様方。わたくし、『翠妖精』と―」

 妖精とはクロエの事か、とアマリアは納得する。名は体を表すとはよくいったものだ、と思っていた。感心するアマリアをよそに、クロエは詰まっていた。アマリアを見ては顔を顰めている。

「あとは……。クロヒョウが参りました。今宵も語り合いましょう―」

 クロヒョウ。格好良い響きだ。黒豹だろうか、とアマリアは推測する。クロエは無言で降っている雪を指さす。アマリアは理解した。雹の方だった。

「さあ、『黒雹』の乙女よ。こちらへ」

「はい―」

 翠妖精であるクロエに誘われるように。アマリアはその手をとって、温室内へと足を踏み入れた。

アマリアも勿論真剣ですし、クロエもそうです。無鉄砲なアマリアを何気に心配しています。

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