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姿を現わした『王子様』

 内部もまた、アマリアの故郷の宿屋そのものだった。宿屋のロビーは天井が高く、開放感があった。植物素材のソファは来客者を寛がせる役目をもつ。富裕層の観光客向けに作られたこともあり、田舎の港町にしては立派なな造りとなっていた。受付カウンターにはウサギの着ぐるみが立っていた。丁寧なおもてなしの心で接客をしていた。

 ロビーの奥にも扉がある。重厚な扉だ。ギイと音を立てて、扉が開かれる。


 扉を開いた先にあったのは、一面の砂浜だった。頭上には満天の星空だ。作られたものとはわかっていても吸い込まれそうになる。育ちの良い学園の生徒達は渋々地面に座り込んでいた。下にハンカチを敷いてはいる。

 遠くに見えるのは海だった。海があるのだが、舞台らしきものが見当たらない。

「舞台はどこだろ」

 フィリーナは周囲を見渡す。それらしきものが見当たらないのだ。

「オレ見てくるって。前方には違いないでしょ」

 レオンが座る生徒達の合間を縫って前へと進んでいく。

「うっわ……!」

 レオンが立ち止まっている。彼は何かに慄いているようだった。その場から動こうとしない。

「レオ君……!?」

「レオン、大丈夫!?」

 何かレオンが苦手なものでもあったのか。レオンの身の危険はなさそうだが、アマリア達は心配になってしまう。

「いや、オレは平気、なんだけど……。あのさ、ゆっくり来て」

 砂場に足をとられて、歩きづらいこともある。慣れ親しんでいるアマリアでもそうだった。気持ちの問題もあるだろうが、一歩一歩が重く感じてしまっていたのだ。

 レオンの元へ到達する。アマリア達は彼が指さす方に目をやると、背筋が凍る。

「!」

 底の見えない海があった。砂浜とは不自然な切り替えだ。そのまま下も見ずに歩いていたら海に落ちていただろう。これはぞっとせずにはいられなかった。

「ここが舞台?」

 フィリーナは首を傾げる。劇場内の最奥にあるもの。それが深く暗い色をした海である。水上でもやるつもりなのか。

「……なんかあるな」

 エディが何かを発見したようだ。

「あ、岩場だ」

 フィリーナはそれが何かが判明したようだ。一面の海の上に岩場があった。そこで劇が展開されるというのか。それにしては小さすぎる。

『まもなく開演の時間となります。まだ着席されてないお客様は―』

「だってさ。ま、適当に座っておこー」

「座ろ座ろ」

 と、のんびりとしたレオンとフィリーナ。けれども端の方に移動していた。目立たない位置で観劇することにしたのだろう。

「先輩。ちゃんとついてるから」

「……ええ。ありがとう」

 ただでさえ薄暗い劇場内が真っ暗になっていく。じきに開演となる。

「フェルス様……」

 そう、アマリアは彼とは面識がないはずなのだ。なのにだ。フェルスは執拗に執着してきた。何が彼をそこまでさせたのか。アマリアにはわからない。

 この劇を観続けることで、その答えは見いだせるのだろうか。

「―ああ、今宵も月が綺麗だ」

 暗闇から薄く光りが灯し始める。劇場内には通る青年の声がする。スポットライトが当てられたのは、この舞台の主役。―フェルスだ。

 フェルスは岩場の上でまどろんでいた。はだけられた麻のシャツからはしなやかな筋肉をのぞかせ、体のラインが露わなタイトなパンツ。煽情的な姿に劇場内でため息がこぼれる。

「今宵こそ、君に逢えるかな。……誰よりも恋焦がれた君に、逢いたいな」

 甘い声音に陶酔しきった瞳。特に女子生徒がその姿に骨抜きになっていた。

「……」

―彼はなんて美しいのだろう。アマリアですらも思えた。そして、怖くも思えた。彼はやはりどこか遠くを見ている。誰かをその瞳に映しているようでいて、その実そうではないと。

「ああ、俺のお姫様はどこへ―」

 彼が求める相手、その存在を探し続けているようだ。そのまま海へと飛び込もうとしていた。

「あぁ……」

「!」

 彼は、フェルスはゆっくりと顔を向ける。アマリアは舞台の上の彼と目が合ってしまった。

「……本物だぁ」

 さっきまでの美しさは消え失せ、フェルスは下品な笑顔を見せる。

「いやいや、めちゃくちゃじゃね?」

 レオンは呆然とした。舞台の上からアプローチされる、そのようなことはこれまでになかったからだ。

「……ああ、邪魔だなぁ。どこでも邪魔してくるなぁ。……まあ、いいか!」

 ぶつぶつとフェルスは呟いていたが、急に笑顔になる。その安定しない情緒は不安になるものだ。

「……ここなら、何でも思いどぉーりになる。ああ、アマリア様ぁ」

 フェルスが舞台の上から手招きしている。

「ああ、やっぱり本物がいいなあ……。―おいで、俺のお姫様」

「い、嫌よ。嫌……!?」

 どれだけ甘い声で招かれようとアマリアは向かうわけがない。拒否していたが、焦れたフェルスが声を荒げる。

「アマリア様、無駄だってばぁ!ここは何でも俺の思い通りなんだから!邪魔者も入ってこられやしない!!」

「いや!」

 アマリアはフェルスによって、舞台に引きずり込まれようとしていた。抵抗するも、まともに身動きがとれない。フェルスの強制力により、アマリアの抵抗は無意味となっていた。

「先輩!」

 すぐに反応したエディがアマリアの手を掴む。

「ちゃんとついてる……。そう言っただろ……!」

「エディ……」

「俺なりに先輩を守るって……!」

 このままだとエディごと舞台に上がることになってしまう。

「っは、ははは!……ああ、面白いなぁ。日頃気取った奴が、醜態を晒すのも悪くないなぁ!」

「こいつ……!」

 フェルスはその様子を見て高笑いしている。エディごと舞台に招き入れる気だ。

「フィー、オレらはいつものルートから」

「う、うんっ」

 レオンは目星をつけていた舞台裏への入り口に向かう。アマリアにはエディがついている。それならば、レオン達は裏口ルートを通ることにした。フィリーナも後に続く。

「きゃあ!」

 勢いが止まらず、アマリアは砂浜を越えて海に飛び込む形となってしまった。

「掴まっ……!?」

 エディだけが取り残されてしまう。彼は見えない壁に弾かれ、その時にアマリアの手を離してしまったのだ。

「くそっ……」

 まただ。エディは口惜しい限りだ。―またしても、自分は舞台に上がることが出来ないのだ。

「おやおや?俺は何もしてないのにぃ?君はどうしてこっちに来ないのかなぁ?ああ、あれか。―資格がないのかなぁ?」

「!?」

 エディは激昂しかけるも、その怒りを抑える。エディにとって今、別のことが気がかりだからだ。アマリアは無理な体勢で海に放り出されてしまったのだ。ひとしきり溺れたあと、そのまま沈んでいってしまった。

 アマリアは一向に顔を出さない。沈みゆく彼女をエディは救出しなくてはならない。

「先輩、今助けるから!」

 アマリアは苦しんでいるだろう。エディは透明の壁を何度も叩き続ける。それでも壁は隔てたままだった。

「先輩!くっ……!」

 助けたいのに。苦しむ彼女を今すぐにでも助けだしたいのに。エディにとっては、ここが夢の中だろうと関係ない。アマリアが苦しみ続けている。それはエディにとっては事実なのだ。それなのに。

「俺は何も……!」

 どれだけ叩き続けても。両手が腫れあがるほど痛め続けても。エディは何もできない。―ただ、自身の無力さを呪っていた。


「……?」

 アマリアは溺れてしまっていた。やがて体力が尽き、今や沈むままである。遠くで自分を呼ぶ声も聞こえなくなっていく。自分を心配している声が、遠くなっていく。

「……」

 暗い海の底、アマリアは一人だ。フィリーナもレオンも、エディも。誰一人いないとそう思われた。

「ああ、アマリア様……。今、助けにいくからね。王子様である俺がね!」

「……」

 フェルスの声だけがはっきりと聞こえる。アマリアは辛うじて残っている意識の中、水中で目を開く。

「……やーあ、アマリア様」

「!?!?」

 眼前に迫っていたのはフェルスだった。本人は水中でも平気そうにしていた。 

「ようやく二人きりになれたねぇ。いらないんだよ、あんな邪魔者達はさぁ……」

「!」

「……俺達の世界に、入れてやるものか」

「……」

 エディは舞台から拒まれた。フィリーナとレオンも来る気配すらない。フェルスの態度からして、二人は締め出された可能性がある。

 今、この舞台の上には二人だけ。アマリアと、このフェルスだけ。

「!!」

 意識が戻ってきたアマリアは抵抗しようとする。海の上まで逃げれば状況も変わるはず、そう信じてだった。アマリアの体が重い。いつものようにうまく泳げない。

「あぁ……。どうして君はそうなのかなぁ……。わらからせないと、かなぁ……」

「……?」

「今すぐ助けだしてあげる。……そうしたら、ちゃーんと。俺の愛、わからせてあげる」

「!!!」

 フェルスがアマリアの体を覆い、今にも体ごと包みこもうとしていた。

―その時だった。

『もう駄目。これ以上つきあいきれない。ゲームオーバーだよ、アマリア』

 アマリアにとって最も憎き男の声がした。その直後、アマリアの目の前が真っ暗になっていった。


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