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彼の劇場に至るまで

「……やはり来てしまうものね」

 アマリアは知らずと眠りにつき、今こうして立っているのは。―劇場街だった。

「……」

 フェルスの件は、アマリアは今も答えを出せずにいた。

 このまま見過ごして。

 フェルスは舞台の上で晒され続けて。

―そして彼の存在は消失する。誰も彼も忘れてしまうのだ。

「……」

 アマリアがこうして罪悪感に苛まれていても、それすらも消し去ってくれる。そう、このまま何もしなければ。

「ああ……」

 そのような選択肢が今もなお、アマリアには残り続けている。

「……わからないわ。それでも」

 自分は知るべきなのだと。アマリアにとって確かな思いだった。だからこそ劇場街にやってきたのだ。

 今宵もまた、学園の生徒達が訪れている。入口でたむろっている生徒達は、観劇する舞台を決めてないのだろう。目的もなくぶらつく生徒もいる。アマリアをちらちらと見てくる生徒もいるが、すぐに興味を他に移す。

「ふむ」

 てっきりフェルス絡みで悪目立ちすると思いきや、それほどではなかった。近くのウサギの着ぐるみにフェルスの名を告げる生徒もいるが、大半が別々の劇場へ向かっているようだ。

「まだ注目されてないようね」

 フェルスは爽やか好青年として通っている。にわか信じがたいということもあるのだろう。まだフェルスよりは興味を惹かれる公演は多々ある。それがアマリアにとってプラスになるかはわからないが。

「さて」

 フェルスの名を告げると劇場へ直行できることはわかった。アマリアは着ぐるみに声を掛けることにした。着ぐるみ達との関係がよくないアマリアは、奇襲でもしようと考えていた。その時だった。

「やいやいやい!」

 なんと向こうからやってきたのだ。この着ぐるみは臆病ぶりに定評があるウサギだ。今は威勢がいいのが不思議なくらいだ。

「あら、なんと素晴らしく空気を読んでくださったのでしょう」

「え。いや、僕、君にどうしても会って話がしたくて―」

「なんと良きタイミングなのでしょう。さあさ、お連れください。名は―」

「あぁー、逆らえないぃぃぃぃ!」

 生徒アマリアが公演名を告げることにより、強制的に連れていくことになってしまった。哀れなウサギの着ぐるみであった。


「ここは……」

 劇場街の端にあたる、海沿いだった。つい最近アマリアは訪れたことがある。溺れついた場所である。からっとした風が吹く。アマリアはつられるように視線を移す。

「彼の故郷かしら?そうでしょうに、不思議ね。……懐かしいわ」

 アマリアは目を細める。その先にあるのは、どこか覚えのある宿屋だった。温かみのあるアイボリーの塗り壁に、バルコニーには季節の花が飾られている。宿屋を取り巻く樹木は暑さを和らげてくれていた。

「さて。お連れくださってありがとうございます。ところで、お話があったとか」

「ふぐっ!は、話はあるけどぉ……」

「はい」

「話は、そのぉ……」

「はい」

 相変わらずアマリアと距離をとる着ぐるみだ。急に話を振られて、心の準備が出来てなかったようだ。アマリアは相手の言葉を待つ。

「で、で、出直しだー!!!」

「まあ」

 ウサギの着ぐるみは逃走した。彼の姿が見えなくなった。アマリアは宿屋、もとい劇場へと向かうことにした。

 海岸線に沿ってアマリアは歩いていく。ここはフェルスの故郷を模しているのだと考えるのが妥当だ。そのはずなのに、やはりアマリアは懐かしくて見覚えがあると思えていた。

 前を歩く生徒達もまた、フェルスの劇場に向かっていた。

―へえ、海なんてあったんだ。

―うん、噂では聞いたことあったけど。行ってみようという発想はなかった。

―うん、なかった。あと海といえばさ、誰だろ。

―えー、そんなのたくさんいるでしょ。海、海。海洋国の王子とか!

―うんうん。で、王子ときたら!?

―王子ときたら!!それってもうさ!?

 女生徒達が話を膨らませている。アマリアはそっと彼女達を追い越す。気持ちが急いでいた。

「そんな……」

 アマリアは宿屋の前に到着した。間近で見てアマリアは改めて認識する。この建物は見慣れた建物。アマリアの故郷の港町で一番立派な宿屋であると。ここまでの道のりもそうだった。昔から飛び込んでは遊んでいた海に違いないだろう。アマリアは確信していた。

 フェルスの故郷ではない。ここはアマリアが生まれ育った港町。そこを模した場所だった。

 動揺しつつも、アマリアは立て看板へと近づき確認する。そこには確かに公演名が記されていた。

「来ると思った」

「エディ。……ええ」

 声を掛けてきたのはエディだった。近くにはフィリーナもレオンもいる。この三人は劇場入りはしていなかった。アマリアを待っていたのだろうか。

「……アマリア」

 駆け寄ってきたフィリーナが、アマリアの両手を握る。アマリアは大分冷静にはなっているが、それでも顔色は良くない。フィリーナが心配しないわけがなかった。

「フィー、私は大丈夫よ」

 アマリアは体も精神も参っている。口だけかもしれない。それでもアマリアは劇場にやってきたのだ。安心してほしいとしっかりと伝える。

「とりあえずさ、劇場入ろうよ。……アマリア先輩さ、本当に大丈夫?途中で出られなくなるかもしれないよ。そこんとこ、どうよ。エディ君」

「俺はなんでも知ってるわけじゃないけど。でも、その可能性もある」

「えー……」

 エディからの念押しを得られると思ったレオンだったが、そうではなかったことに脱力する。けれど、エディは可能性自体は否定していない。

「心配なさらないで。彼と向き合いにきた。……その為にここにいるのよ」

「だね」

 レオンはただ頷いた。アマリアの意思は確認できた。先導したレオンは劇場の扉を開いて中を警戒した後、彼らを通す。

 灯された星形ランプは一つ。フェルスの一つ星公演が彼らを待っている。

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