過激化するストーカー
翌朝。アマリアが自室を出ようとしたところで、クロエが待機していた。
「ク、クロエ先輩?おはようございます……?」
「……あ。驚くよね。……じゃなかった、おはよう」
いつにも増して暗い表情のクロエ。何かを言い出そうとしては、それを止める。しばらくそれを繰り返していたが、ようやくクロエは切り出そうとする。
「……例の件ね?会長に報告しようと思って」
「……はい。ご多忙な彼にも負担がいってしまいますが、ご助力があればとも思っておりました」
「あ、うん。そうだよね。会長ならびしっと……」
「……クロエ先輩?」
「うう……」
クロエは頭を抱えだした。辛そうな彼女を見るとアマリアまでそうなってくる。
「……私だってしっかりしなくちゃ。うん、大丈夫だよ。早期解決してみせるから!もう総動員してでも!」
気丈に振る舞うクロエは、アマリアの両肩を軽く叩いた。それから食堂に行こう?とアマリアに提案する。それ以降は普段の振る舞いのクロエだった。アマリアもそれに倣いはするものの、察してしまう。―事態が悪化しているのではないかと。
今度はフィリーナと出くわした。食堂に向かう途中のことだった。彼女の手の中で羽を休めているのは黒い小鳥だ。ばてているようだった。フィリーナがお疲れ様と労っている。
「おはよう、フィー……?」
様子を見つつもアマリアは挨拶する。クロエもぼうっとしつつも、そうしていた。
「おはよう、二人とも。わたしも、この子もね。頑張っているから」
「頑張って……。その、フィー?」
「うん。それなりにとは言ったけれど。この子には空中偵察頑張ってもらってます」
「なんと……。それは有難いのだけれど、無理は……」
フィリーナの愛鳥のことも例の手紙で触れられているのだ。危害を加えられてはたまったものではなかった。そこで主人思いの小鳥が羽を広げて主張してくる。
「はっ……」
小鳥の周囲は淡い光が溢れていた。フィリーナの魔力によって護られているのだろう。安全面は確保されている。だが、ばてているのには変わりない。
「アマリア。……早く、張本人を捕まえたいの」
フィリーナも共に学園中を走り回ったのだろう。疲労がみてとれた。
「フィー……」
「……良いかしら」
「うん、撫でてあげて」
いたいけな小鳥から労わりたかった。アマリアは主の許可を得て、労いの意味を込めて撫でる。
「わたしも」
「ええ、喜んで」
続いてフィリーナのふわふわの頭を撫でる。頭を撫でつつもアマリアは考え込む。
「……」
何かが動いているのだろうか。アマリアの知らないところで。
「……」
アマリアは食欲がわかなくなっていた。それでも朝の栄養はしっかり摂ろうと、食堂に訪れようとする。
「アマリアせーんぱい」
「レオ君……」
軽く声を掛けてきたのはレオンだった。笑顔のレオンをみてアマリアはホッとする。が、それは束の間だった。
「……んー、やっぱ言うわ。オレが言う」
笑顔はすぐに消え失せ、レオンは真顔となった。
「……ごめん、レオン君。私がちゃんと伝えるべきなのに」
クロエは申し訳なさそうに萎縮していた。
「いやいや、クロエ先輩にそれはさせられないって。―あの内容は、ねえ?」
「……ごめんね、レオン君。……本当に」
「いやいやいやいや。あ、でもまたクロエ先輩の部屋借りていいすか?ほら、アマリア先輩も何が何やらでしょ?話、しとかないとさ」
クロエも。フィリーナも。そしてレオンの様子もおかしい。
「……ええ、お願いします」
それはアマリア自身に関わること。良くないこと言われるのは想像ついた。それでも避けては通れなかった。
クロエの部屋に通されるが、立ったまま話すことになった。レオンは単刀直入にいう。
「―例の手紙、あるじゃん?内容がさ、えぐくなっている」
「!」
アマリアは驚愕する。
「……うん。そんな、感じ」
クロエも俯いたままで呟いた。クロエは冒頭だけでも見てしまったようだ。
いつもの愛を語る内容だと思ってみたら、気が滅入るような内容へと変貌していた。それが大量に新月寮宛ての荷物に紛れ込んでいたという。障りだけでも堪える内容だったのだろう。
「クロエ先輩……」
「あ、うん、ごめん……。気を遣わせちゃったね」
「いえ、そんな……。元々は私宛の……。―レオ君、内容って?現物はあるかしら」
第三者であるクロエ達も嫌な気分にさせてしまった。当事者であるアマリアは黙っていられなかった。
「あー、アマリア先輩は見なくていい。見なくていいから。ブツは厳重に寮母さんのとこに保管してるけど、生徒会にもらわれていく予定です」
「そんな……」
「―ちょっと行き過ぎた愛と、ちょっとしたお怒り。うん、これだけ知っとけばいい。アマリア先輩にも警戒してもらうしかないんだから」
「……ええ」
レオンは相当オブラートに包んでくれたのだろう。実際に送られてきた手紙はそれこそ、愛憎に満ちた内容だったと窺える。
「そうね……。レオ君も、ごめんなさい。見てて不快だったでしょうに」
「……あー。まあ、オレはさ?『奴』経由でそういうのに耐性ついてたから。アイツ、そういうの大好きだから」
奴とはレオンの分身ともいえるような存在のことだろう。それは今はどうでもいいか、とレオンは切り上げる。
「さすがにさ、身内がそうされるとね。犯人、絶対にあぶりだす」
「……うん。うん、そうだね。レオン君の言う通りだ。このままだとね、どう行動に出るかわからないから。アマリアさんは自分の身の安全を第一に考えて」
二人は静かに怒りに燃えていた。この二人だけではない。この件を知る者は怒り、そしてアマリアを心配している。そうではないのは、この手紙の送り主くらいか。
「はい」
アマリアは重く受け止めた。