頼るということ
「……朝ね」
窓辺に朝の光が差し込む。アマリアはゆっくりと起き上がり、エディの言葉を反芻する。彼らが自身のことを大切に思っていてくれる。アマリアはその言葉を信じたかった。
「……」
近くの棚で光るのは石だ。暖かな空気をまとい、暖房代わりとなっている。フィリーナが魔力と、そして想いを込めてくれたものだ。
―わたし、出来ると思うの。アマリアの為なら。
「フィー……」
魔法を使うことにトラウマを抱えていたフィリーナ。それでも寒がりのアマリアの為に用意してくれた。
レオンもそうだ。気紛れだのそういう気分だからと言いつつも、アマリアの登下校を断ることなく付き添ってくれていた。軽い調子ながらも、アマリアを心配する気持ちは本物だった。
クロエを始めとした新月寮の面々や、学園の一部の生徒も気にしてくれている。出逢ったばかりの彼らではあるが、優しい人達ばかりだ。
「……そうね」
今までのアマリアなら、しっかりとしなくてはという思いばかりだった。弱い自分、迷惑をかけることなどあってはならないとも考えていた。
「話しましょう」
自身の弱音や怖がりを晒すことは、アマリアにとっては不慣れで怖いことだ。それでも、受け入れてくれる彼らを信じて。―アマリアは部屋を出た。
朝食を終えたあと、アマリアはエディ達に声を掛けた。劇場街で事情を察知していたエディはいい。フィリーナとレオンにとっては突然の話だったろうに、二人は何かを察していたようだ。承諾してくれた。
話の場を提供してくれたのはクロエだ。自室を使ってくれていいとのことだった。事情に精通しているクロエもまた、同席することになった。アマリアがどうしても言い辛いことがあったらフォローするということだろう。
「散らかってるけど、気にしないでくれると嬉しいな」
と言いつつ、クロエはさらりと自室に招き入れる。散らかっているというのは、言葉の綾のようだ。寮に関する書類は棚に整然と並べられており、書き物をする机には季節の花が並べられている。
「みんな、待ってて。今椅子用意するから」
「いや、いいっす。お気遣いは嬉しいけど。オレ立っているんで」
レオンがそう言うと、便乗するかのようにエディも頷いた。
「ええ、私も―」
「アマリアは座る。わたしも座る」
さらに便乗しようとしたアマリア。そうはさせまいと、フィリーナがアマリアを近くのソファに座らせた。右隣に座ったフィリーナは、そっとアマリアの手を握る。
「フィー……」
「えへへ」
安心させるかのようだった。フィリーナはクロエにもお呼びをかける。
「これで左隣にクロエ様が座れば鉄壁……!」
「んー、スペースあるかなぁ……」
どや顔のフィリーナに対し、クロエは反応に困っていた。それは二人掛けのソファだ。クロエはやんわりと断りつつ、作業机前の椅子腰掛けた。
「……ふふ」
いつも通りのやりとり、空気感だった。アマリアの緊張を少しでも和らげようとしているのだろう。アマリアは微かに笑う。
「……朝早くから、ありがとう。クロエ先輩もありがとうございます」
慌ただしい朝の中時間を作ってくれた三人と、場を提供してくれたクロエ。彼らにアマリアはお礼を言う。来てくれただけではない。力になろうとしてくれている。思いやりに感謝しつつ、アマリアはゆっくりと話し始める。
「……言うわね。まず、あなた達にも迷惑が被ってしまうの。私のせいで、ごめんなさ―」
「先輩」
エディが珍しくアマリアの言葉を遮る。クロエもまたそれは違うと首を振った。
「アマリアさんのせい、それはないよね?あなたは被害を受けている側」
「……はい、クロエ先輩」
クロエの言葉をしっかりと受け取り、アマリアは頷いた。
「……どこの誰かはわからないわ。私の『王子様』なる人物からの手紙があったの。今まではただ応援しているといった内容のみだったわ。……それが突然。内容が変わっていて」
その内容はまさに恋文だった。アマリアは言いづらそうにしている。
「あー、うん。想像つくから。口にしなくていいよ」
アマリアの性格とこの態度からして、変貌した内容は想像がついた。レオンがそう言ったことに誰も否定しない。この場にいる誰しもがそう考えたのだ。
「……ええ、続けるわね。そのこともどこまでが真意かはわからないわ。―たとえ本当の思いだったとしても」
努めて冷静であろうとしたアマリアも、体を震わせ始める。腕に力が込めながらも、アマリアは語る。
「どうしたら良い印象が取れるというのかしら!私と一緒にいるというだけで、あなた達にあんな……!」
「……」
「あんな内容を……」
フィリーナがアマリアの手を両手で包み込む。アマリアの語気は和らぐも、怒りが完全に消えたわけではない。
「間接的だろうと十分よ……。あなた達のことにまで悪意を向けているの。私の王子様とやらは、あなた達にまで危害を加えるとしたら……」
それはアマリアには耐えられるものではなかった。
「アマリア。わたし達は大丈夫。もちろん、わたし達も気を付けるけれど。あなた自身もしっかり心配して欲しいの」
フィリーナは顔を覗かせながら、諭すように語りかける。
「……うん。相談すること自体大変だったでしょ。オレらはどうとでもなるから。まあ、フィーとかは気をつけないとだけど」
「俺ら……」
「オレらっしょ!オレはしごかれたし、エディ君はなんかやってたっぽいし。……つか、エディ君。まじ寝てる場合じゃないからね」
近くにいたこともあり、レオンはエディと肩を組む。あくまで明るく話しているが、レオンの顔は真剣だった。
「言われるまでもない」
「だよね。ま、エディ君の場合はさ?寝ててもどうにかしそうだけど」
「寝ない。……先輩」
邪険にすることはなかったものの、エディはレオンから離れる。
「味方だから、ちゃんと」
強くあろうとしても、アマリアが強がっているのがエディにはよくわかった。だからこそエディは優しく伝えた。
「……本当にありがとう、皆さん。私なりに出来ることをするわ」
私なりに、とアマリアは復唱する。
「……一刻も早く」
どうしても悪質な手紙とエディ達が重なってしまうアマリア。これ以上事態が深刻化しない為にもとアマリアはこう口にする。
「……そうだわ!囮にでも―」
「却下」
エディが即座に答えた。その通りとフィリーナとクロエも頷く。レオンは最終手段じゃね?と軽く返すが、その場で肯定するということはなかった。
「無茶無謀はなしで。あとちゃんと頼って甘えて」
エディがそう言うと、レオンも結局それな、と賛同する。フィリーナもそうだ!と手を挙げた。
「肝に銘じるわね……」
これだけ心配してくれる彼らの気苦労を増やしたくない。アマリアは受け入れた。
「……それじゃ、みんな。そろそろ登校しないと。アマリアさん、無理だったらいいからね?寮には職員さんもいるから」
「いえ、お気遣いなく。私は大丈夫です。それに課題も差し迫ってますから」
「うん、そっか。そっちも力になるからね」
「ええ、有難いです。ええ、既に多くの情報をいただいておりますね……」
真っ当な内容を調べるアマリア達に対して、過剰な内容まで伝えてくるのがクロエ達、悪い先輩達だ。故郷アルブルモンドを知ってもらうのが嬉しいとはいえ、多岐にわたって情報を伝えてくるのだ。好意とわかっているからこそ、アマリアも聞き入れている。
「あとね、うちの男子。あくまで一部にだけど伝えておいていいかな。威嚇効果は抜群だと思うから。……レオン君だけでも十分番犬な気はするけど。念には念を入れておきたくて」
「えー、なんすかー。でも、いいと思います」
レオンが一人笑う。クロエの話としては、寮の強面の先輩方にも話を通しておきたいとのことだった。短い期間でも信頼のできる先輩達だとはアマリアは理解している。ただ、面倒ごとに巻き込んでしまうことになる。
「……お力になっていただけるのは、非常に有難いです」
「うんうん。あの子ら、ああいう態度だけど寮生思いだから」
あれだけ迫力ある男子生徒達もクロエにかかれば『あの子』扱いのようだ。
「……不遇な境遇な中、団結してきたから。アマリアさんもそうだし、フィリーナさんやレオン君も。エディ君だってそう。私達はね、守りたいの」
「クロエ先輩……」
小柄なクロエの背中が大きく見えた。頼りになる先輩達に感謝しつつも尊敬するばかりだった。
「んー、あとは会長に話しつけるかだけど。様子見てからかな。まずは相手を下手に刺激しないように……」
「まずは様子見ってのはわかるけどさ……。クロエ先輩、もし現行犯で捕まえたらしめていい?」
「レオン君、すごい良い笑顔で言ってくれるなぁ……。危ないよ?」
「だいじょうぶ!相手、オレに捕まったら最後だから!」
「何が大丈夫なんだろうね……」
クロエが変に張り切るレオンを落ち着かせるなか、アマリアの隣にいるフィリーナが話しかけてきた。
「わたしもね、あの子に協力してもらうから。空中偵察!」
「フィー!そ、それは……」
手紙にはフィリーナの小鳥について言及されていた。慌てるアマリアを見たフィリーナは勘付く。
「そう、あの子のことが……。それじゃ、それとなくになっちゃうけど……」
「ええ、そうしていただけるだけでも。お気持ちは嬉しいわ」
フィリーナと小鳥の絆はよくわかっていた。自分のせいで小鳥が危ない目に遭わせるわけにはいかなったアマリアは、フィリーナの判断にほっとする。
「いえ、それとなくでも大変だわ……!」
「そこはうまくやるから大丈夫!わたしも探らないと。……もちろん、それとなく」
「ああ、フィー……。嬉しいのよ、嬉しいのだけれど……」
フィリーナもフィリーナでやたらと気合が入っていた。アマリアは正直思った。無茶無謀なことはしない、それは彼らにも伝えたいと。
「……」
エディはそんな彼らの様子を無言で見つめていた。
ひとまずの方針は相手の出方を探る。エディ達が付きっ切りになることは、ただでさえ相手を刺激することになる。とはいえ、いつまでも長引かせるのも避けたい。手紙の送り主を突き止める方向でも動くこととなった。―手紙の送り主。
「……」
アマリアは気がついていた。誰しもがこの言葉を避けてくれていたのだろう。
アマリアは今、付け回されている。相手は『王子様』と名乗るストーカー。ストーカー行為の被害者であった。