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憂鬱なダンスタイム

―直接的に、大胆に。

 ノアがそう言ったからかはわからない。それでも。アマリアは二人でいる時間が増えた。それでも結果、ヨルクとの言い合いになったり。レオンが面白そうだと絡んできたり。フィリーナが混ぜて混ぜてと加わってきたり。そして、エディに牽制されたりと。普段の様子とそこまで変わることはなかった。普段と変わりない。

「……」

 自由奔放なノアに振り回される日々が続いていた。


 学園の講堂では今、クラス合同で社交ダンスの授業が行われていた。

 迫る晩餐会に向けてのレッスンであり、社交ダンス用の練習着を生徒達は着用している。本番は学園の品位を伴ったドレスを着て踊ることになるので、それと近い恰好で練習することとなった。

「学園に相応しい紳士淑女であれ。―さあ、美しく舞いましょう!」

「はいっ!」

 講師が力が入っているのはいつもの事だが、生徒達はより一層気合が入っていた。カップルだと熱のこもりっぷりが半端なかった。二人の世界に浸りつつ、講師に口出しされることもなく踊り続けている。

「……」

 アマリアは周囲を窺い見る。周りは着々とペアを組み始めている。

「見て、壁の花」

「いいんじゃない?新月寮の人には縁がないでしょ?」

「でも、成績には響くよねぇ?」

「ねーえ?ふふっ」

 壁際でアマリアに向けて嘲り笑うのは、同じクラスの女子生徒達だ。

 新月寮生は暗黙のルールなのか、晩餐会は不参加がお決まりだった。アマリアも憧れはすれど参加する気はない。だが、授業ということもある。踊らないというわけにはいかないのだ。痛いところをついたと、絡んできた女子生徒達は楽しそうにしていた。

「ふふふ」

 そんなクラスメイトにアマリアは笑い返す。負け惜しみかと思いきや、アマリアは余裕のある表情だった。

「ご心配ありがとう。けれども、ご心配なく」

 新月寮の先輩に秘策を授けてもらったのだ。最終にして究極手段。それは、『講師と踊る』ことだった。シンプルだった。

「ふふふ、ただただ壁際にいたわけではないのよ。あなた達の優雅な所作を目で盗ませてもらったわ。加えてこの私には!踊りの鍛錬も欠かさなく、生来の足腰の強さもあるもの」

 踊りの鍛錬の詳細はアマリアの名誉の為、省くこととする。生まれ育った故郷でも、夜の劇場街でも走り回っているのだから、伊達ではない。夢の中だろうと、足が引き締まった気がしていると、アマリアは常日頃実感していた。どういう仕組みかはわからない。

「そうよ、これでもう……」

 アマリアの視界の端に映るのは男女の生徒だ。癖毛が造作なくお洒落な少年と、華奢な少女だった。ペアとなって二人は躍っている。様になる二人に、他の生徒達はもちろん講師も目を奪われていた。

 アマリアもお似合いの二人だと思っていた。男子生徒はフェルスだ。毎回、授業の採点の時だけはフェルスが相手を務めてくれていた。その時以外の相手は、この少女だ。フェルスには特定のパートナーがいる。

「せ、成績の為だけとか。かわいそうじゃない?夢のようなひと時と縁がないとか、ねえ?」

「会場にいたらいたで、……ほら?地味でしょうに」

「……」

 アマリアがフェルス達のダンスを見ている間もまだ絡もうとしていた。埒が明かないのでアマリアの方から切り上げることにした。彼女達のパートナーもちらちらと視線を送ってきていた。いっそ、そちらから彼女達を連れ出してくれればいいのに、とアマリアは思っていた。

 このままでは埒が明かない。アマリアから動くことにした。駄弁っているのも講師からの心証は決して良くない。それを言えば、彼女達も退散してくれるはずだ。アマリアはそう告げようとしていた。 

「―地味だって?アマリア様が?そんなわけないだろ?」

 ひと汗をかいたフェルスがこの場にやってきた。彼としては絡まれていたアマリアを助けにきたつもりなのだろう。

「ごめん、お待たせ」

 そして、いつものようにパートナーを申し出てくれるのだろう。学園にやってきた頃からアマリアのことを気にかけ、誘ってくれていた彼のことだ。当然といわんばかりに。

「いえ。悪いわね。あなただって本当は―」

「あの女が来てから……」

 アマリアを睨み続ける女子生徒。彼女は先ほどまでフェルスと踊っていた少女だ。これまでフェルスと組んでいたのに、アマリアの入学を機にそうではなくなった。

「ああ、彼女?気にさせてしまったかなぁ?これきりだよ」

「これきり、ですって?」

「うん!君がいるんだから」

「私がいるからって……。いえ、だからこそだわ」

 アマリアは彼の親切心には感謝するものの、あの少女との関係を壊すわけにはいかなかった。

「今更過ぎるけれど、今までありがとう。あなたの親切心に甘えていたわ。私はもう大丈夫よ。これからお願いしてくるわ」

 講師に、と続けようとした時だった。

「な、何を言ってるんだ!」

「!?」

 突然、アマリアは両手を掴まれる。目の前にいるのは、息を巻くフェルスだ。訴えるようにより強く握りしめてくる。

「……っつ。フェルス様、あなたは私には過ぎたお相手よ。ごめんなさい、失礼だと思われたのね」

「……過ぎた相手だって?さっきから君は何を言っているんだ?」

「……?」

「君が地味。そんなわけないだろう。凛とした美しさに、誠実な振る舞い。どこにいても、いついかなる時でも。……心奪われないわけがないんだ」

「……?フェルス様、ひとまずは手を緩めてもらえるかしら」

 どこか悦が入ったフェルスは、遠い目をしている。彼の定まらない視線は、アマリアに向かっているのか、それとも。アマリアは当惑しつつも、落ち着かせようとした。アマリアを掴む手は一向に緩む気配はない。講堂はざわつき始め、周囲からの視線も集まる一方だ。

「ほら、君はわかっていないんだ」

「そう。わからず屋なのね、私って。……ねえ、フェルス様。そろそろ」

「君はわかってない!」

「ええ、わかってないでしょうね。……ねえ、今変に注目されているわよ。そろそろ」

「そうだ!いつだって注目されているんだ!君の麗しの『姉君』と共にだよ! 君のお姉さんに劣らぬ美しさで―」

「―」

 なだめようとしていたアマリアの様子が一変した。困り顔も、笑顔も、そして怒りとういう感情さえも。アマリアの顔からは消失していた。

「……アマリア様?」

 興に乗っていたフェルスも、アマリアの表情が気になったようだ。若干ではあるが手を緩めてしまう。

「そうね。次は手を離してもらえる?……でないと、私勢いつけて振り払ってしまいそうよ」

「なっ!」

 アマリアは淡々と言うも、フェルスはそうはさせまいと強く握り直そうとする。

「言ったわよね。振り払うって」

「!?」

 言葉通り、フェルスの両手を振り払った。音が講堂に響き渡る。

「強くし過ぎたかしら。……姉のこと、ご存知だったのね。そうよね。港町のご令嬢といえば。誰しもまず、姉を浮かべるでしょうから。さ、戻らせてもらうわ」

 力強くフェルスの手を振り払ったアマリアは授業に戻ろうとする。相手も痛みを感じたようだが、振り返ることはしない。フェルスも黙ったままなので、この件はこれで終いだとアマリアは思っていた。

「……待ってよ、アマリア様」

 アマリアの振る舞いに気が障ったようだ。いつもの柔らかな語り口ではなく、フェルスは暗い表情を浮かべていた。

「―相手、どうするのかな?」

「……相手?ああ、言ってなかったわね。講師の方にお願いするつもりよ」

「ふふ、ははははは!」

 アマリアが振り払う音の次は、フェルスの笑い声が響く。様子を見るアマリアに対し、彼はなお笑い続ける。

「ああー……。そうだね、そうだったねぇ。講師にお願い、ねぇ?でも君さぁ、言われなかったかなぁ?」

「……?」

 いつもの柔らかな。それでいて爽やかな話し方ではない。ずいぶんとねっとりとした粘着質な話しぶりだった。

「……最終にして究極手段だって。『一回くらいなら、パートナーが不在だからで通用するけど。でもさ?パートナー、つか、人脈づくりの意味合いもあるから。誘われるほどの身だしなみや教養も必要ってことらしいし』って」

「!」

 アマリアは驚愕する。新月寮の先輩が教えてくれた内容そのままだった。朝の登校時に相談に乗ってもらった時に得た回答だった。フェルスはこの学園の一般常識を語っただけだもしれないが、あまりにも合致し過ぎていた。

「ふふふ。結局はさ、男子。殿方に頼むしかないんじゃないかなぁ?……でもさぁ、君の相手が務まる男、この場にいると思う?」

「……それは」

 男子生徒達は遠巻きに見ている。悪名高いアマリアと関わりたくないのもあるだろうし、交流をしてこなかったこともある。何より、フェルスを差し置いてまでというのがあるのだろう。―学年の違う彼らなら。それなら違っただろう。それでも授業においては、同学年であることが求められてしまう。

「アマリア様……」

 同級生のマレーネが心配そうに見ている。彼女まで巻き込むわけにはいかない、とアマリアは笑おうとするが。

「おっとぉ?『今回』はマレーネ様の出る幕はないんじゃないかなぁ?ざんねぇーん」

「あなた……」

 勇気を出そうとしたマレーネはおろか、彼女を気にかけたアマリアに対しても煽る。アマリアの課題の相手を申し出たマレーネを面白く思っていないのだろう。マレーネを選んだアマリアに対してもきっとそうだ。

「婦人のマレーネ様が、何をしようというのかな?ダンスパートナー、務まるとでも?」

「……あ」

 マレーネは赤面をしながらも、後ずさりをする。そのまま体を縮こまらせてしまった。

「さあ、アマリア様。お優しい君なら、どうすれば場が収まるか。……わかるよねぇ?」

「……それは、ええ」

 まとわりつく視線をアマリアは拒めない。フェルスが差し出してくる手も、おそらく―。

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