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ノアとヨルクの恋愛談

―それからというと。

「ところで、アマリアちゃん。君は知っているかな?」 

「何をでしょうか……?」

 アマリアは今、学園の廊下にてヨルクに謎かけされていた。

 放課後、アマリアは教師からの頼まれごとをこなしていた。積まれた書類を抱えた彼女を目にしたヨルクが、大半を持ってくれることになった。アマリアが断りを入れる前に、すでに書類の山となって彼の腕の中にあったのだ。

「……ヨルク様。やはり、お持ちします。大変有難いのですが」

「おっと。いいっていいって」

「さようでございますか……。して、どういった情報でしょうか?なにかヒントでもありましたら」

「ヒントなしで考えてみる?」

「なんと」

 アマリアは何度も声を掛けるも、ヨルクは笑っていなす。しばらく続いたのち、アマリアはお礼を述べ、そして諦めた。親切心に素直に甘えることにした。そんな状況下での謎かけである。ヒントもない。

「はは、警戒しなくていいよ。年末の晩餐会のことだよ」

「ああ、晩餐会でしたか。お噂はかねがね。ヨルク様も素敵な時間をお過ごしくださいね」

「はは、そんな他人事みたいに」

「ええ、満月寮の催しでしょう?」

「……うーん、これはどうとればいいのかな。先約がないと思っていいのか」

 思い悩むヨルクと、何がなんだかのアマリアがそこにいた。

「うん。先約があろうとなかろうと、いいか。……アマリアちゃん」

「はい」

「良い返事。少しだけ先の話になるけれど、正式な手紙を送るから」

「手紙……?」

 アマリアはつい、聞き返してしまう。不思議そうにしているヨルクに、何でもないですと笑って誤魔化す。

「どうしたの、アマリアちゃん?手紙がどうかした?」 

「いえ、何でもありません」

「即答だ、怪しい」

 ヨルクは誤魔化されてくれないようだ。それでも何でもないとアマリアは押し通す。差出人不明の手紙が来ているだけ。手紙にまつわることは、現時点ではそれだけだからだ。ドレス盗難は謎のままではあるが。

「な、何かありましたら?ヨルク様のお力も借りるかもしれません?その時お力添えいただければと?」

「……まあ、言質とったからいいけど。……うん」

「……はい」

 二人は落ち着かなくなってきていた。強烈な視線を感じるからだ。

「―ああ、そうだね。そういえば、晩餐会なるものがあったね」

 廊下の壁にもたれかかっている人物、ノアによるものだった。アマリア達と一定の距離をとりながらも、話は聞いていたようだ。

「ごきげんよう、ノア様?」

 視線は寄越すものの、ノアは二人に近づくことはない。アマリアの方から声を掛けることにした。

「やあ、アマリア君。そこで珍妙な顔をなさっているモジャウハラート氏も」

「いや、おかしな顔にもなるよ。ずっと視線送られていたらね。普通に声をかけてくれても良かったのに」

「いやいや、貴婦人とのひと時を邪魔して恨まれないか。ボクも気を遣っただけさ」

「いや、そんなに狭量じゃないから。まあそうだね、彼女とのひと時に集中が出来なかったのは確かだけど。そうも視線を送られてはね」

 距離があろうがなかろうが、ノアとヨルクの空気感は冷え冷えのままだ。いや、距離がある分、余計不仲に見える。

「なんとまあ……」

 いつまでも続きそうなやりとりだった。フィリーナとレオンのような朗らかなやり取りならば問題ない。だが、この険悪な二人はどうだ。この冷え切った空気はどうだ。アマリアには耐えられなかった。

「ノア様もご参加なさるのね。楽しんでらしてね。ドレス姿も映えるでしょうね」

 アマリアは麗しいノアのドレス姿に思いを馳せる。さぞ、目の保養になるような美しい姿だろう。ノアだけではない。学園の紳士淑女たちが一斉に集い、華麗なるダンスを繰り広げるのだ。その光景は夢のようなものだろう。

「はは、アマリアちゃん。きっと君もそうだよ」

「私でしょうか?」

「そう、君も―」

 ヨルクが言いかけたことで、下校時間を告げるベルが鳴る。

「―っと、まずは正式な手順を踏まないとね。遅くなるのはまずいから気持ち急ごうか。帰りは大丈夫?」

「はい。本日はレオ君と一緒に帰れます。予定がちょうど合いましたので」

「レオ……。ああ、あの子か」

 以前にレオンにぐいぐい来られたこと、その時の事をヨルクは思い出していた。

「新月寮の特権か。俺も君を送りたいなぁ。それこそ毎日でも」

「恐れ多いです……!その為だけに山の上り下りをさせてしまうなどあまりにも恐れ多く……!」

「……って、そう返されるよね。まあ、彼なら安心か」

「はい!」

「はは……」

 アマリアははっきりと肯定した。良い返事だね、とヨルクも複雑な心境ながらも笑いかけた。

「ノア様?門限が近いわよ」

 黙っているノアに対し、アマリアは声をかける。ああ失礼、とノアは微笑む。

「ボクも手伝うよ。っと、ボクはかよわいからね。アマリア君の半分を―。なんてね。これくらいは持てるさ」

「えっと……」

 そう言ったノアはヨルクの書類の山から三分の一ほど拝借した。軽々とやってのけたノアに対し、ヨルクは面を食らっているようだ。

「ノア様、重いでしょう?どうぞ、そちらをこちらに」

「これくらいは平気さ。キミも気になるならこうすればいい」

「ふむ、一理あるわね。ヨルク様、お持ちします!」

 ノアは難なく書類を横取りしてみせた。では、とアマリアも声を掛けたあとに同量取ろうとするが。

「って、わざわざ声かけられたら構えるかなー」

 丁寧にこれから取りますと宣告されたなら、相手は当然そうはさせまいとする。

「なんと……」

 アマリアは本日のところは観念するしかなかった。

「ノア様もヨルク様も本日は私事にご協力くださり、ありがとうございます」

「これくらいお安い御用だよ。ポイント稼ぎだからね」

「ぽ、ポイント稼ぎにございますか」

 何ともアマリアには返しにくい言葉だった。ヨルクは本心と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべている。

「ふむ、モジャウハラート氏は―」

「えっと、何かな」

 その様をみて、ノアは何を言い出そうというのか。ヨルクから綺麗な笑顔が消えていた。

「意外とスマートじゃないようだ」

「……えっと、何かな?」

 ノアの唐突過ぎる発言に、ヨルクは思わず同じ言葉を二回言ってしまった。

「失礼、言い方が良くなかったね。まどろっこしいんだね、意外と」

「ちっとも良くなってないと思うよ」

 ヨルクの顔は完全に引きつっていた。傍目から見ているアマリアもハラハラとしていた。

「うーん。傍目からというのもどうかな。君は当事者なのに」

「これにはボクも同感だね。キミは当事者じゃないか」

 一気にアマリアに矛先が向いてしまった。戯れと思ってはいても、アマリアは身が縮こまる一方だった。

「いえ、私はそんなことは……!恐縮でございます故!」

「ほら、全然伝わってない。もっと直接的に大胆にいかないと。彼女には伝わらないんじゃないかな」

 盛大に後ずさるアマリアを見たノアはため息をつく。わざとらしくだった。

「……い、したから」

 ヨルクは小さく口にする。彼の言葉は続く。

「……あの時、それで失敗した気がするから。……あの時、距離を詰めようとし過ぎたから」

 あの時とは、アマリアが学園に入学したばかりの頃で。ヨルクと温室で邂逅した時だろうか。当時のヨルクはここぞとばかりにアマリアに迫っていたのも確かだ。

「彼女相手に間違えたくない」

 ヨルクははっきりと告げる。アマリアは不思議とドキリとしてしまった。

「ふーん、そうかい。まあ、言いようがあったかもしれない。じっくりと、丁寧に。―大切に。彼女との関係を築き上げようとしてきたのだね」

 ノアが穏やかに語りかける。

「そうだよ。……まったく、最初からそう言ってくれればいいのに」

 ヨルクも異を唱えることもなく、ノアの言葉を受け取った。ようやくこの二人が穏やかな関係になれたと思われたが。

「そうかい?ボクとしてはまどろっこしくて仕方ないけれどね」

「……まあ、それは君の考えだから。君に理解してもらえるとも思ってないからね」

 またしても気まずい空気が漂ってしまっていた。

「……あの!そろそろ、門限がまずいのではないでしょうか?」

 この空気をどうにかしたい。今のアマリアが出来ることとなると、帰寮を促すことしかなかった。それは決して嘘ではなく、今から急いで頼まれごとを終わらせても間に合うかどうかである。

「アマリアちゃん、ごめんね?あとはこっちで済ませておくから、君は急いだほうがいいよ」

 それではヨルクが門限を破ることになるが、それは彼ならばどうとでもなるのだろう。

「それではあまりにも申し訳ありません。私が頼まれたことでありますから。……ええ、共に門限を破りましょう!」

 ヨルクは許されるのだろう。満月寮生のノアもそこまで言われないのかもしれない。アマリアをはじめとした新月寮生はそうはいかないだろう。怖ろしい寮長が待ち構えているからだ。それでも覚悟を決めたアマリアはそう宣言した。

「おっ、言ったね。言っちゃったねー、アマリア先輩」

「ええ、言ったわよ。言ってやったわよ、私。……ん?」

 下方から聞こえてきた声にアマリアは返事するも、声の持ち主はノアやヨルクによるものではない。そう、下の方から聞こえてきたのだ。

「はい、たった今門限終了のお知らせー。まっ、修羅場おもしれーって聞いてたオレも巻き添えくったけど!」

 行儀がよろしくない座り方をしながら笑っているのはレオンだった。いつまで経っても待ち合わせに来ないアマリアの様子を見に来たところ、この場に出くわしたようだ。いつからいたかまではわからない。

「……シュルツ君には驚いたけど。とにかく、今日のことは俺達にも原因があるから。クロエちゃんには一筆したためておくよ」

「俺達、ときたか。まあ、ボクも同罪か。ここはモジャウハラート氏にお願いしておこうか。良かったね、二人とも」 

「……まあ、効果ないかもしれないけどね。クロエちゃんは手強いから」

 ヨルク当人は確証はないと付け加える。だが、ヨルクの影響力は巨大だ。門限破りをした生徒に対するクロエの怒り、それを和らげてくれるのだろう。

「ありがとうございます……?」

「助かるっす!いやー、ヨルク先輩相手ならあの寮長だってひとたまりもないっしょ!一撃っすわ!」

「一撃ですって……」

 動揺するアマリアをよそに、レオンは感謝といわんばかりにヨルクにじゃれつく。ヨルクもヨルクで困惑していた。それとなくヨルクが距離をとろうとするも、そこでレオンは引き下がったりはしてくれない。

「そこはさすがの『ヨルク様』かな」

「ええ、そうね。人望があるからでしょうね」

 ノアがそっと隣に立つ。アマリアもそう答えた。

「……っと、キミはそういう感じなのだね」

「どういうことかしら?」

「彼のこと。異性として意識しないのかない?」

「いっ、異性!」

 ノアは迷うことなく聞いてきた。アマリアは裏返ってしまった声を調えつつも、答える。

「それは素敵な方なのは重々承知よ。それでも恐れ多いじゃないの。どなたにでもお優しい方よ。私にもよくしてくださるわ。多くの婦人が夢中になるのもわかるし、あの方もまた―」

『……どうしてですか!ヨルク様だってずっと想われている方がいるのでしょうっ!?』

 ヨルクを慕う乙女達の公演で聞いた話だった。ヨルクもまた報われない恋をしていると彼女達は口にしていた。

「……」

 そもそも自分はお呼びではない、アマリアはそう考える。それでも、この学園に来てから彼と温室で逢った時、不思議な感覚がしたのは確かだった。

「……アマリア君?」

「っと、ごめんなさいね。お待たせしてしまったわ。返答に悩んでいたの」

「おやおや、正直なことだね」

 先行くレオン達が手招きしている。アマリアも門限破りは確定にしろ、急ぐに越したことはない。追いつこうとした。

「そうだ、アマリア君」

「ノア様?」

 としたところで、ノアが呼び止めてくる。アマリアも足を止めた。

「モジャウハラート氏の恋愛論。やはりボクには理解はし難い」

「恋愛論。……そうね、そういうお話もあったわね」

「ああ。僕ならやっぱりこうする。―直接的に、大胆にね」

 そうしてノアは不敵に笑った。


 新月寮に帰ったアマリア達に対し、想定通り寮長が待機していた。アマリアは恐る恐る命綱となる手紙を献上する。さらりとヨルクがそのへんの紙で書いたものだが、それでも今はこの手紙が頼みだった。

「うーん……。うーん……」

 クロエは唸ってばかりだったが、アマリアもレオンもお叱りを受けることはなかった。内容は知らないままだが、乗り切れたということか。

「レオ君もごめんなさいね。待っててくれたばかりに、巻き込んでしまって」

「そうだよそうだよ。とばっちりだよ。いいけどね。つか、どんな手紙よ」

 修羅場みたさに時間になっても声を掛けなかったこと。その事実をレオンは棚に上げていた。ヨルク直々の手紙にも興味津々だった。

「うーん……。今回だけは、仕方ない。仕方ないけど……!」

「く、クロエ先輩?」

 確かにお小言はなかった。けれど、もの言いたげなな視線をクロエは送り続ける。刺すようなん視線を二人に送り続ける。アマリア達に落ち度があるとはいえ、陰湿しのもだった。

「くっ……」

 先に参ったのは調子に乗っていたレオンの方だった。彼は語る。―これなら普通に怒られた方がましだったと。


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