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クロエ先輩と巡る危険地帯

クロエとの学園巡りは続いていた。だが現在。アマリアはこの状況が理解できずにいた。どうして自分達は。

「……旧校舎の空き教室は、本当危険だから。一人なんてほんと駄目だからね。あなたも女子だからね、自覚もって?」

「……」

「自分は今まで色事に縁がなかったし、男性は皆紳士だろうって?甘い。甘いんだよ、アマリアさんは」

 こそこそと身を隠しながら、徘徊しているのだろうか。アマリアは声に出して質問したくなるが、クロエと約束したばかりである。今は頷くのみだ。

「次は、生徒会室」

 本校舎に戻った二人は、扉の前に張りついた。

「生徒側にもある程度の権限はあるの。持つのが彼ら。……呼び出されるなんて、絶対ろくでもないからね。呼び出されるなんて、絶対ろくでもないから」

 呼び出されるような事など決してないように。とても大事なことなので二回、いや三回近くクロエに言われた。部屋の中から話し声がすると言う事は、今もやはり在室なのだろう。長く留まるわけにもいかない。クロエは言う。

「次はテラス行こ、テラス」

 匍匐前進でもしそうな体勢で、二人はテラスへと出向く。

「……まあ、あの殿方がそのような事を?それは思いを寄せられていると。そういうことでしょう、フィリーナ様」

「いやですわ、きっとお戯れでしょう」

 学園内にある食堂兼カフェテラス。本日のように晴れていると、外側を解放してくれている。特殊な暖房器具により、暖かさは保たれている。見た目だけでも心が躍るようなお茶菓子をお供に乙女たちのお茶会は催されていた。

 楽しそうですね、とアマリアは目で語りかけている。

「目力すごいな……。あらあらうふふってしているのが、主に上流オブ上流な方々。頭に入れておいて欲しいのが、派閥があったりするってこと。特に女子」 

 なんと!とアマリアは大きく瞬きする。そうきたか、とクロエは唸った。そして続ける。

「今、いるのはアインフォルン派だね。侯爵家のご息女、フィリーナ様率いる一派。フィリーナ一派とも言えるかな。彼女四年生だから、あなたの後輩になるわけだけど」

「……」

 朝の時点で確信していた事だ。アインフォルン侯爵家は、この国で暮らす人なら少なからず耳にする名だ。

 その侯爵家はあまりにも有名だった。侯爵という地位もさることながら、生まれつき魔力をもって生まれてきたという。実に恵まれた家系であるといわれていた。かの隕石に関する事もそうだ。

「さすがに知っているか。そう、都から隕石を守ってくださった方々だよ」

 国の英雄として、新たな女王も一目置いているという。名門中の名門だ。そこの令嬢がどうしてこの学園に、というのは誰もが疑問を抱かずにいられない。

「お体が弱いそうだよ。確かに、あまり運動とかしているの見たことないかも」

 二人の目線は中心にいるフィリーナへといく。その隣には今朝アマリアに忠告してくれた黒髪の少女もいた。

「お隣りの彼女はロベリア嬢。フィリーナ様と古い付き合いだそうで」

 フィリーナを盛り立てるように、フィリーナを満足させるようにと取り巻き達は動いていた。

「……」

 アマリアは気がかりだった。話は盛り上がっている。美味しいお菓子に囲まれて、笑顔が絶えない。あの乙女達は充実とした時間を過ごしているはずだ。それなのに。

「……フィリーナ様の表情、気になる?」

「……」

 アマリアはただ、瞳を伏せた。あえて追及しなかったクロエは、次へ移動しようと促した。

 次は学園の食料を管理している農業スペースの近くまで案内された。屋外へと出た。学園の暖かな空気から、一気に冷えた空気となった。日が沈み始めている。

「ここは、皆様お仕事されているから。不用意に近づかないようにね」

「……」

「そうそう。皆様の尽力があって、私達は学園生活を送れてるんだよね。……って」

 クロエは肩を竦めた。アマリアの方は何事か、と心配している。それが目の表情だけで感じ取れた。

「あのね、もういいから。まあ、私が言った手前もあるけどさ」

「……」

「目で会話しなくていいってこと。もう人目もないし、普通に話してくれていいんだよ?」

「さようでございますか」

 クロエの言いつけを律儀に守っていたアマリア。クロエはどこか納得いってなかった。

「ああ、クロエ先輩。わたくし達、普通に会話出来てましたね。以心伝心、というものでしょうか」

 それだった。何故目だけで会話出来ていたのかと。クロエはどこか悔しそうだった。アマリアはただ嬉しそうにしていたので、ひとまず合わせて笑っておく。 

「農場ですか……」

 アマリアが家を発ったのも昨日今日の話だった。家の皆は元気だろうか。仲良くやっているだろうか。もう恋しくなっていたが、アマリアは首を振った。今はまだ帰れそうになかった。

「……」

 どこか懐かしむような、アマリアのまなざし。クロエは気づかないふりをして、案内を続ける。

「―ここは、たまにイベントで楽団の皆様も来られるけど。鑑賞できるのは限られた人々だから。というか、雰囲気が良くなって、そのムードのまま……っていう、ね!はい、次」

 講堂の外観だけ見させられたあと、その隣にある劇場についても触れる。講堂ならまだ学園の施設としてあるのはわかる。なぜ劇場までもあるのか。

「ここか。―うち、昔は演劇学校だったのかもね」

「初耳でございます……!」

「うん。適当にいっただけだし」

「なんと……」

「なんで劇場があるのかはわからないけど、数年前は劇団も招いていたみたいだよ。私の先輩の先輩の先輩も、見たことあるって」

「なんと!」

「まあ、また近い内に利用するんじゃない?今は閉鎖してるみたい。……まあ、鍵を閉めてようと突破する輩はいるんだけどね。あとはもう、ね?」

「なんと……」

 次はプラネタリウムだ。

「こここそ、恰好の場所。いちゃつきスポット。夜空の物語なんて、二の次なんだから。下手に邪魔でもしてみなよ、フルボッコだよ」

「ふ、フルボッコでございますか」

 プラネタリウムもガワだけ見させられて、肝心の鑑賞は出来なかった。そのあとも立て続けで学園のデートスポットを案内された。そして、歩きに歩き回ったあと、ようやく図書館まで案内された。かなりの距離を歩いた為、体力自慢のアマリアでもかなり疲れてしまった。クロエもそうだ。

「お、お疲れ。もう時間なさそうだし、今日はここの利用の仕方教えて終わりね。課題とかですごくお世話になるから。それだけじゃなく、色々なジャンルの本もあるし。わりと飽きないかな」

「お疲れ様でございました。さようでございますか……」

 単に学園生活にそぐわないからと、本を取り上げたわけではないのか。アマリアは腑に落ちなかった。険しい顔つきになりかけたが、アマリアは気を取り直す。

「……ああ、クロエ先輩。わたくし、今になって確信がもてました。先輩が警戒しつつも案内してくださった場所、それは!―近づいてはいけない、危険区域ということでしたのね」

「うん、そういうこと。あと温室もだったか。行かないほうがいいよ、以上!」

「なんと」

 学園の職員達のスペースはさておいて、他は学園のカーストトップ達が使用している場所ばかりだった。下手に近づいたら、嫌な思いをするとクロエは教えてくれたのだ。アマリアは自分に縁がないとは思っているが、ここに彼に関するヒントがあったらとも考える。だが、今は大人しくしている方が得策だ。今はただ、様子見をするべきだろう。

「やっと、落ち着けるね」

 クロエの声も柔らかくなった。彼女の言う通り、これから向かう図書館は静かな空間だろう。それこそ心を落ち着けられるような。

「あー、やっと見つけた!アマっちー!」

 静寂を破る声だった。その声の主はスーザンだった。疲労困憊の二人に対して、彼女は今も元気一杯だった。

「もうなに?スージー……」

 このテンションに付き合わされるのか、とクロエは項垂れた。

「おっと、クロっち。お疲れ?まあまあ、聞いてよ!」

「疲れているってわかっておいて……」

「まあまあ!」

 呆れるクロエをよそに、アマリアにぐっと近づいてきた。やけに興奮気味だ。

「いやさ、このまま何もないってのもアタシ的に許せないのよー!だから、必死に思い出そうとしたり?これまでの情報洗ったり?そしたら、それっぽいの出てきたの!」

 誉めて、とさらに前のめりになる。

「すごいです、スーザン先輩」

「ふふーん、アマっち!」

「ああ、昨日のアマリアさんの想い人の話?やるじゃない、スージー」

「ふふふーん、クロっちまで!」

 想い人などと、いちいち反応しているわけにもいかない。アマリアはスーザンの提供してくれる情報を待つ。

「……まあ、そのアマっちの想い人自体は、はっきりとはわからないけど。ただ、そんな感じの名前の人がさ、有名な人物と交流していたかなって」

「!」

 婚約者本人ではなくても、その知り合いということだろうか。もしかしたら有力な手がかりかもしれない。

「顔はぼやけてるんだけど、相当背が高かったような……。その人が多分、いつも一緒にいた人。もう親友なんじゃないかってくらい。んで、その親友の名前がそんな感じだったような。かなり名前連呼してたから、アタシも印象に残ってさ」

「もしかして、あなたがいつも追っかけている?」

「そうなのだよ、クロっち!学園一の色男!彼の本命をすっぱ抜くのがアタシの最終目標!……なわけなですよ、アマっち!だから、色々調べているわけですよ、アマっち!」

「まあ!感謝致します、スーザン先輩!凄腕であらせられますのね!」

 かなりの有力情報だ。アマリアは感謝の気持ちを伝える。と同時に、アマリアはその情熱に感銘を受けた。隣のクロエも同意する。

「そうだよね、年から年中追っかけているもんね。中々の熱量だよ」

「そりゃそうだよー。あのヒトのネタってウケいいから。女子に囲まれているのは言うまでもないけど、一人、男の人がいたんだよね。……下手したら、女子より一緒にいたんじゃないかってくらい?」

 スーザンは思わせぶりに話しかけてくる。その色男と自身の婚約者がどういう関係だというのか。アマリアの頭はぐるぐる回る。

「もしかしたら、親友どころじゃなくてさー?まあ、知らない方が良かった事あるかもしんないけど、今から会いに行きなよ」

「……それ、お勧めできないな。温室に行かなきゃ、なんでしょ?関わるのやめておいた方がいいよ」

 そういったクロエは冷めた表情だった。婚約者に近づける有力な情報源かもしれないというのに、クロエは反対しているのだ。

「……クロエ先輩。わたくしはここ数年、彼とは会えずじまいでした。その間に別の方に心を奪われる事も無きにしも非ずです。それこそ、素敵なご婦人も殿方も然りです」

 そう言いながらも脳裏に浮かんだのは、自分の姉の事だ。そもそもが、と思いかけるがアマリアは首を振った。その考えを打ち消すようだった。とにかく、アマリアは覚悟を決めているのだ。たとえ彼が自分に好意を寄せていなかろうと、今はただ無事である事を確認できればよい。

「……って、アマっちは偏見ない人?」

「ええ。と大々的には言えませんが、実際に交流ある方々でおられたので」

 そもそも自分の父が奔放で、とは言えなかった。

「違う違う、そうじゃないんだよ……」

 クロエはそうじゃない、と否定した。では何なのだろうか。

「決めるのはクロっちじゃないでしょーよ?」

 依然スーザンは抗議している。何を反対するのか、と。納得いかない二人に対し、クロエは説明する。

「アマリアさんはその人の事、まだ知らないでしょ?せっかく私が危険な場所を教えていたのに。……ほら、今日はもう遅いじゃない。図書館だって閉館しちゃうし。……ああもう」

 危険な男の元へ案内してどうする、とクロエは恨めしそうに口にしていた。確かに、とスーザンも納得していた。危険だといっているようなものだ。その色男とやらが。

「……温室、でよろしいでしょうか」

 今になって思い当たる。クロエが近づきすらもしなかったのが、温室だった。余程関わらせたくなかったのだろう。それが親切心からしても、アマリアは今回は従えそうになかった。

「改めてお礼させてください。……わたくしは、温室に向かわせていただきますわね」

「……ほら、絶対こうなると思った。これもう面倒事になるでしょ」

 クロエが額に手を当てて、不満をもらす。そんなクロエの横で腹が立つまで浮かれているのがスーザンだ。

「んー、なんか面白そう!アタシがついていくよ、アマっち」

「まあ、スーザン先輩」

「ってことで、アタシがついているから大丈夫だって。それじゃ、クロっちも来る?」

 親指を立てたスーザンは、任せろと主張する。

「……疲れてるから遠慮しておくわ。まあ、一人で行かせるってのに罪悪感感じてただけだから。スージーがいるなら、まあいいか」

 お手上げ、とクロエは一人新月寮へと戻ろうとする。

「……クロエ先輩!すぐ戻ります。ごめんなさい、ご案内していただいたにもかかわらず、こちらの都合で中断をしてしまいまして」

「ああ、いいのいいの。―私はただ、問題を起こしてほしくないだけだから」

 面倒事が嫌いなだけ。寮長としての仕事を増やして欲しくないだけ。と、普段通りの笑顔で言ってみせたクロエ。そうして背中を見せた彼女は、これ以上何をいうわけでもなく去っていった。

「クロエ先輩……」

「……うん、まあ、あの子は寮長だからね。色々と責任を感じてるんだよね」

「はい……」

「まあ、アタシがいるじゃん?行こうぜ、アマっち!」

「はい、よろしくお願い致します」

「おうよ!見とけよ、クロっち!アタシがこの子を守ってみせるぜ!任せとけ!」

「何から守るというのでしょうか……?」

 温室が危険だとやたらと強調されていたが、植物を生育している穏やかな空間だろう。そのような場所にいる人物が、色男といえど益荒男というわけでもないだろう、そうアマリアは思っていた。それとも別の脅威だろうか。アマリアははっとする。

「もしや、危険な食人植物でございますか……?して、その殿方はかような植物をご研究しておられるとか?」

「……大丈夫か、この子」

「???」

「まあ、種明かしはしておこうか。キミの方からも警戒しておいて欲しいし。ほら、クロっちにも面倒かけたくないし」

「と、おっしゃいますと」

「……アマリア」

「!」

 唐突にぶっこまれた。

 スーザンが低音の声でその名を呼ぶと、アマリアの顎を指でくいと上げた。迫られているその状況にアマリアは混乱している。

「……ってな具合に、口説かれかねないってこと!おわかり、アマっち?」

 と、スーザンはおちゃらけた笑顔に戻った。あくまで戯れ、そしてその色男の特性を身をもって知らせてくれたようだ。アマリアにとっては心臓に悪い事ではあったが。

「……あいわかりました。ですが、さすがに無差別ということはないかと思われます」

「まあ、無差別ではないだろうね。でもさ、アマっちも美人さんじゃん。十分あり得るって!」

「そ、そ、そのような事は。それに、その」

 あまりストレートに言われない故に、アマリアはどぎまぎしてしまう。だが、それを素直に受け取れないのにも訳がある。今朝の担任の言葉もそう。同じクラスの気が弱そうな令嬢達の態度もそうだった。

「正直におっしゃってくださいね……?わたくし、その、圧?圧力でしょうか、それがすごいとのご指摘をうけまして」

「あ、ほんとだ!言われてみれば!」

「なんと……」

 スーザンに馬鹿正直に返答されてしまったアマリアだった。自分でそうだとは思っている。だが。他人に肯定、それも強くされてしまうとなると、やるせなくなってしまった。

「でも、どう転ぶかわからんじゃん?ほら、早くー」

 まるで何か起こって欲しい言いざまだ。今になって不安になってきたアマリアだったが、張り切りスーザンに強制連行されるが如く、温室へと足を向けることになった。

同じ学園内での話です。

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