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ノアと劇場街

 今宵も騒々しい劇場街にアマリアは立つ。入口で変わらず待っていてくれたのはエディだ。エディが気づいていない内に、アマリアは気持ちを切り替えることにした。ぼうっと立っている彼に声をかけ、二人は約束の場所へと向かう。場所は、人がよりつかなくなったアマリアの劇場。―待ち人はノアだ。


「やあ、中々だね。興味をそそられるよ」

「やめてよー!」

 待ち合わせ場所に来たはいいが、先客がいた。相手はノアだ。それはいい。だがよくない。ノアに絡まれているのか、ウサギの着ぐるみが困り果てているようだ。勝気な方ならキレ気味になるだろう。おそらくこちらは臆病な方だろう。

「ノア様、それは……」

 ノアは背中にファスナーが隠されてないかと探っている。アマリアにとっては良好な関係とはいえない着ぐるみ達だが、困っている姿は快いものではない。止めようとしたアマリアより先にエディが動いた。

「そのへんで」

 ノアと着ぐるみの間に割って入る。

「わぁい!」

 助けられたと感動したのか、着ぐるみがエディに抱き着こうとした。だがエディはそれとなく回避する。避けただけでなく、忠言もした。

「持ち場戻ったら?」

「はーい!」

 エディには頭を下げ、ノアからは退散していった。

「さすがに悪趣味」

「すまないね。どうしても好奇心が抑えられなくてね」

 エディに冷たく言われようとノアは飄々としていた。 

「キミも気にならないかい?アマリア君?」

「気にはなるわね。けれども無理を強いるのはよくないわ」

「キミが言うんだ」

「ええ、私が言うわよ。……ねえ、ノア様」

 アマリアは思い当たる節がある。かつての公演であの臆病なウサギの着ぐるみに無理を強いたことがあった。よく覚えていると思った。だが、劇場街にいる間なら記憶があるのかもしれない。―だが、目の前のノアはそれだけではない。

「あなたは目覚めた後も覚えているものね」

 アマリアはいきなりではあったものの、本題を切り出した。エディは静観している。アマリアは続ける。

「劇場街の記憶がある。あなたは、この学園の生徒の舞台のことを覚えておいでね。……私の劇もかしら。こうしてこの場にいるくらいですもの」

「どうかな」

「ノア様」

「ふふ、こわいこわい。可愛い顔が台無しだよ?」

「なっ」

 とぼけた調子のノアを、アマリアは白い目でみたくなってしまった。今は抑えているアマリアはともかく、隣にいる緑目の少年はすでに眉を寄せていた。

「っと、このへんにしておこうか。はっきりもしておこうか。―ボクは『隕石症』ではない。ただ、人より夢を覚えているだけさ。印象に残ればなおさらだね」

「!」

 とぼけるのをやめたノアは、あっさりと種明かしをしてくれた。さらに説明を加えると、隕石症の人ほど覚えているわけではないそうだ。驚くアマリアに対し、次はキミと促す。

「私?」

「アマリア君だけじゃないね。シャルロワ氏もだよ。ボクだけはフェアじゃないだろう?」

「……それは、そうね」

 飄々としたノアが言っていることは、どこまで本当かはわからない。

「……俺もそう。ただ、ここでの記憶が残りやすいだけ。だと思う」

 先に言い出したのはエディだ。ぼやけた言い方だが、嘘をついているわけではない。それでいてノアと同等の情報しか出さない。ほう、とノアが感心していた。

「してやられたね。そう言われては、そうとしか返せない。―アマリア君もそんなところかな?」

「この人もそんなところだ。それが本題?なんで記憶があるか。……それだけじゃないだろ」

「というと?」

「何か思惑があって、先輩に近づいたんじゃないの」

 エディはアマリアを守るように前に立つ。ノアは楽しそうに目を細めた。彼女を守る健気な騎士として、ノアの目に映ったのか。どうやらそれだけではないようだ。

「はは、あはははっ」

「……なに、笑ってるの」

「いや、愛らしいなって。アマリア君もそうだけれど、キミもね」

「は?」

「いや、懸命なのは良い事さ。アマリア君を守りたくて必死なのは、よく理解できるよ。実に愛らしいね」

「……は?」 

 アマリアははっとする。エディの表情が険しくなっていっているのだ。これではいけない、とアマリアは前に出る。その行動にエディは反応するも、アマリアは大丈夫、と腕にそっと触れた。抑えて抑えて、といった意味合いも含まれていた。

「私も隕石症、……ではないはずよ。あまりにもはっきりと覚えているものだから、可能性として考えたこともあるけれど。私も夢は覚えやすい方だと思う。忘れたくないこともあるから」

 エディから痛いほど視線を送られる。それでもアマリアは打ち明けたことを後悔はしていなかった。ノアはノアで特定の言葉に興味を抱いたようだ。

「へえ、忘れたくないことかい?」

「ごめんなさい、そこまでは言えないわ。ただ、私もあなたがどうして私に近づいたのか気になるの。私の公演も観に来ていたかどうかは、今は置いておくわ。……あなた、『あの公演』にも来ていたでしょう?」

「あの公演、かい?」

「ご存知でしょう?」

 エディにもおいそれと言えない公演。秘められた公演があった。無観客かと思いきや、実際は観客がいた公演だ。その観客が、このノアではないかと思われた。あれだけ秘匿されていた公演を、ノアは探り当てたのだ。

「……ふふ、お手上げだね」

 わざわざ両手を上げているが、これはノアにとっては痛手でも何でもないのだろう。

「おっと、何てこともない話さ。可憐な侯爵令嬢の公演のあと、キミを追いかけて。それで至ったに過ぎないよ」

 確かにアマリアは当時、かつてのフィリーナの公演を終えたあとに飛び出していった。そのあとをつければ辿れなくもない話だ。

「そうだね、君の公演も観ていたよ。君の健闘もそう。君が心を痛めたのもそう。あの支配者と名乗る、愛らしい少年だったか。彼が結末を迎えたところまでね」

「あの男のことまで。……ノア様、あなた」

 支配者のことを認識できる存在など限られている。それだけでもノアが特殊な存在であると、アマリアは思えてならなかった。

「ふふ。ボクはただ、覚えやすいに過ぎないさ。……アマリア君、ボクはね?」

 ノアは一歩前に踏み出すが、後方にいる少年が睨みをきかせている。おっと、とノアは肩を竦めた。距離があるならあるなりに。ノアは左胸を手にあて、アマリアに語りかける。

「純粋に君に興味があるんだ。君を見初めてから、劇場街で君を観続けて。学園でも君と交流するようになった。君にもっと近づきたい、それは本当なんだ」

「ノア様……」

「君にも何か目的があるのは気づいている。それを妨害することなんてしないさ。僕に警戒なんていらないよ」

 芝居がかった言い回しではある。それでもアマリアは嘘とは思えなかった。

「―そろそろ、時間。まあ、そういうことにしとく」

 早く帰るようにとエディは催促する。エディとしても茶化して言っているのではないと受け取った。もちろん、完全に信じきったわけではない。

 日常の話をしながら、劇場街の出入口へと向かっていく。ノアの本心を垣間見えた。そのようなしんみりとした雰囲気の中。さあ、帰還しようとした時だった。

「そうそう、シャルロワ氏。世の人物が皆、アマリア君に下心を抱くわけではないと。ボクはそう言ったね?」

「ああ、まあ……」

 確かにノアは発言していた。エディはおちょくられた記憶と共によく覚えている。反応は薄いが、エディはしっかり覚えているのだ。

「それ、ボクは違うとは言ったかな?」

「……は?」

 確かにノアは言ってない。エディは一気に警戒レベルを引き上げた。その様子をノアは楽しそうに見ていた。

「……ノア様、よくないわ。エディは真面目に案じてくれているのに」

「おや、険しい顔だね。……うん、この調子だと進展がないのかな」

「……?」

「ふふ、今は気にしなくていいさ。おやすみなさい、二人とも」

 呆れたアマリア相手でも何のその、ノアは優雅に微笑んだまま、先に戻っていった。

「あいつ……」

「きっと、悪気はないはずよっ!……ええ、きっと」

 去る相手をアマリアは思う。悪気はないと思いたい。けれども、振り回される予感もあると。

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