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フィリーナからの愛情

 すでに雲行きが怪しい隣国の話をされつつも、アマリアは食事を終えた。クロエ達も残した仕事を片付けると告げて食堂をあとにした。後は寝る前の身支度と復習をして、ノアとの約束に備えようとしていた。

「……ううん、まだ一日は終わってないよ?」

「フィー?」

 アマリアの腕を掴んできたのはフィリーナだった。いつの間にかレオンはいなくなっていて、フィリーナのみが食堂に残っていたようだ。

「……うん。吹雪だから今夜は無理みたい」

 フィリーナは窓の外を横目で見る。それはそれとして、とアマリアをまじまじと眺める。

「今から推理するね。アマリアは今日、しっかりと湯舟につかってないでしょう!」

「なんと!さながら名探偵ね!部屋のシャワーで済ませたのよ。気づかれるものなのね」

「ふふん。といっても、何てこともない。わたしが大浴場で人の出入りを見てたからなんだけどね」

「なんと……」

 そこにアマリアの姿がなかったから。何てことない種明かしだった。

「アマリア。一日の疲れを取るには、湯舟につかること」

「確かにそうね。まだ就寝時間まではあるのだし。ご助言ありがとう、フィー。私浸かってくるわね」

「それじゃ、行こう」

 いつの間にか背後に回っていたフィリーナ。アマリアは彼女に肩を押されながらも大浴場まで進められていく。この流れはフィリーナも付き合ってくれるということなのか。それはそれで嬉しいことだ。だが。

「……え、今から大浴場?……今日の?……行くの?……本気?」

 道中の廊下でクロエとばったり会った。そして、このクロエの苦い表情である。このクロエの苦々しい顔である。

「フィー?その、大浴場は何か違うのかしら?その、クロエ先輩のお顔が私に……」

 クロエは表情でアマリアに警告を出していた。

「ふふん、ちゃんとクロエ様の許可は得てます。寮長のお墨付き!わたしが自前の入浴剤を提供したの」

「まあ、フィーの!」

 美肌に定評のあるフィリーナのなら、さぞ質の良いものだろう。アマリアは一瞬楽しみになった。

「ああー、やめてぇ……。寮長の許可とかお墨付きとか言わないでぇ……。私が未熟だったのよ……。だって、こんな可愛い子に甘えられたら私……!許可、出すしかないじゃない……!」

 クロエは自責の念に苛まれていた。クロエは苦しんでいる。ならば、アマリアはこう選択するまでだ。

「クロエ先輩。クロエ先輩が認められたのなら、私も信じるまでです!」

「認めたとか言わないでぇ……」

「……失礼しました。ともあれ、しっかりと浸かって参ります。さあ、クロエ先輩もご一緒に!」

「ごめん、無理」

「……はい、諦めるまでです」

 すげなく断られてしまった。クロエがこれほどまで許可をしたことを後悔しているのだ。どのような地獄の大浴場になっているのか。アマリアは恐怖の反面、楽しみでもあったのだ。

「お風呂に浸かると?ぽっかぽかー。あったまるー。びはだがまっているー」

 洗脳するかのように歌ってくるフィリーナを確認する。この地獄を越えた先には美肌が待っている。アマリアは覚悟を決めた。

 洗脳ソングに導かれるまま、アマリアは大浴場に足を踏み入れてしまった。『フィリーナの湯』と自作の看板が扉にかけられていた。気分次第で不定期開催とも表記されている。自由だった。

「ひぃっ!」

 アマリアの第一声が悲鳴だった。全裸のまま逃走を図りたくなるほど、恐怖の光景がそこにはあった。

 浴槽には血だまりがあった。いや、実際は違った。血のように赤い入浴剤だった。見た目からもドロドロしているのがわかり、入ったが最後、そのまま飲み込まれそうとも思えた。アマリアは十分過ぎるまでに体を洗って、お風呂に浸かる心の準備を整えようとする。だが、いつまで経っても心の準備は終わりそうにない。

「アマリア、早く早く」

 さっさと体を洗ったフィリーナは既に湯に浸かっていた。浴槽の淵に自身の顎を乗せている。フィリーナは極楽のようだ。見かけ騙しなのか、とアマリアも続く。

「ええ、極楽ね」

 入ってみるとどうということはない。ドロドロはしているが身動きがとれないということはなく、アマリアの体を温めてくれた。

「程よく温まって……!?」

 異様にアマリアの体が熱くなっていく。程よくどころでない。体中が火照り、発汗作用も半端ない。

「寒がりなアマリアの為に。本日のフィリーナの湯はそれがテーマなのです」

 フィリーナは得意そうに言う。日頃寒さに参っているアマリアを思ってのことだった。彼女の瞳は光を反射するように輝いている。アマリアにはわかる。これは紛れもない善意なのだと。

「あなたのお気持ちは嬉しいの。の、のぼせるわ……!」

 だがそれはそれ。ギブアップをせざるを得なかった。


「ごめんね、アマリア。人類には早すぎたのかもしれない」

「……否定はできないわね。私もまだまだね」

「ううん。アマリアにはポテンシャルがあるから!あ、これどうぞ」

「そうね、精進するわ!それとご馳走になるわね。ありがとう」

 ふかふかのソファは満月寮から持ち込まれたものだろう。アマリアは今、フィリーナの自室にてハーブティをご馳走になっていた。フィリーナの愛鳥もさえずる。歓迎されているようだ。

 湯冷ましとお詫びを兼ねてということで、フィリーナの部屋に招待された。とはいえ、湯冷ましは更衣室でも行われたこともあり十分であった。お詫びの気持ちの方が大きいのだろう。詫びられることもないアマリアだったが、フィリーナの部屋には行ってみたかった。ここはお招きにあずかることにしたようだ。

「?」

 フィリーナの部屋は快適な温度を保たれていた。アマリアの自室とは大違いである。そう室温としては温かい。だが、どことなく悪寒もする。その原因は何なのか。アマリアはすぐに悟ることになる。

 壁にはおぞましい絵画が飾られており、不気味に発光する骸骨のオブジェも部屋のいたるところに配置されている。これらはフィリーナの自作のようだ。彼女の趣味全開だった。

「……?」

 怖ろしい部屋のオブジェの中で、美しい宝石が目につく。コモードの上にあり、ケースに入れられていた。純粋に綺麗と思えるものだった。

「ん?気になるものあった?わたしの快作?あの絵とかね、自信作なの!人の心の闇をうまく表現できたなって」

「え、ええ。素敵だと思うわ。闇が深く感じ取れたわ。私まで闇に魅入られそう。―でも私が見ていたのはあちらなのよ」

 アマリアは早口で真面目に感想を述べつつ、ある物を指す。それは宝石だった。宝石自体に特殊な彫りが施されている、特徴的でいて緻密な造りのものだ。

「……?」

 アマリアにとってどこか覚えのあるデザインだった。その宝石に既視感を覚えていた。だが、実家の経済事情としては易々と宝石は手に入るものではない。たまに港を経由してくる宝石商から見せてもらうことはあるが、見せてもらうだけ。子爵家代々伝わる装飾品を大切にしてきたのだ。

 ちなみに、婚約者の家から融通してもらえたかは、アマリアの今ある記憶では定かではない。

「こちらは、あなたの私物かしら?」

 アマリアは気になっていたことを単刀直入にきいた。

「ううん。いただいたの」

「そうよね。ええ、そのはずよ」

 学園に入る前の私物は取り上げられる。それはアマリアは身をもって体験していた。そうなると、この宝石は学園に入ってから手に入れたものだろう。さしずめ『月初の市』だろうか、アマリアはそう推理した。今は開催が危ぶまれているが、リゲル商会が高額な宝石を売っていたことがある。誰かが頑張って贈り物をしたのだろうとアマリアは追い推理した。フィリーナに想いを寄せる人物なのだろうとまでも。

「いえ、いいのよ?とても素敵なお話があるでしょうけれど、それに触れるのも野暮だもの。もちろん、あなたが話したくなったら聞かせてちょうだい?」

 アマリアはそわそわしつつも、気になる心を抑え込んでいた。さぞかし甘酸っぱい話だろうが、それはまだフィリーナの方で秘めていたいものだろう。おぞましい芸術品の中で、やっとのおぞましくないものだ。アマリアは浮かれに浮かれきっていた。

「素敵なお話と言われても」

「ええ、わかっているわ。ふふ、無理強いをするつもりはないのよ」

 アマリアは微笑ましそうにフィリーナを見ている。きっと彼女は語るのに照れているのだろう、と勘繰りながらである。

「ううん。本当にわたし、わからないの。その宝石のこと」

「え」

「なんかいつの間にあって。どなたがくれたものだとは思うのだけれど。そのお相手もわからない。本当に覚えてなくて」

「え」

「うん、怖いね」

 淡々と語るフィリーナだった。アマリアは浮かれ気分はすっかり消えうせ、身震いしてしまう。

「アマリア?おーい?」

「はっ!」

 恐怖のあまり、アマリアは意識が落ちる寸前だった。どうにか思いとどまる。心配するかのような小鳥の鳴き声もする。

「ええ、大丈夫よ。ええ」

「それならいいけど。わたしは怖い。よく考えたら何なんだろう、あの宝石」

「あなたが仰るほどなのね……」

「そうだ!」

「っ!?」

 急にフィリーナが手を叩くものだから、アマリアは飛びのいてしまう。さっきから心臓に悪い出来事が連発していた。

「寒がりなあなたに贈り物をしたいと思ってたの。見て」

「ええ……?」

 フィリーナに促されるままに、アマリアは小鳥に目をやる。鳥籠が用意されている。手配したのは、フィリーナに激甘な寮長だろう。そこが本題ではないようだ。鳥籠の下にあるのは丸々とした小石だった。

「触ってみて」

「あら」

 ほんわかと温もりがある。そこら一帯が暖かい。この小石が暖房代わりになっているようだ。

「うん。わたしの魔力。きっとこの子は凍える思いをしてきたと思うから。わたしを追って、ここまでやってきてくれて」

「……」

 フィリーナが生まれたアインフォルン家は、魔術の名門でもあった。フィリーナ自身も高い魔力を持って生まれてきた。トラウマがあって魔力を使えなかった彼女だが、愛鳥を想った。強く想ったことにより、拾った石に魔力を込めることが出来たようだ。

「わたし、出来ると思うの。―アマリアの為なら」

「フィー……」

 フィリーナが手にしたのは、例の宝石だった。

「フィー、待ってほしいの。もしかしてだけれど、私にくれようとしているのかしら」

「うん。なんか、わたしが持っているより、アマリアが持っている方が喜ぶ気がして」

「……どういうことかしら?」

「さあ?自分でもよくわからないけれど、そんな気がした」

 フィリーナとしては根拠がなかったようだ。不思議なところがある彼女の言うことだ、見当違いではないのだろう。アマリア自身もどこか懐かしさを覚えていたこともある。

「さすがに悪いわ」

 けれどもアマリアは断りを入れることにした。受け取り主はフィリーナ。そのことは違いないからだ。

「……って、アマリアは言ってくると思った。今回はよいとして、あの宝石欲しくなったら言ってね?」

「え、ええ……。機会があったら……」

 何の機会かは、発言したアマリア自身もわからない。彼女の性格を理解したフィリーナは、別の石を用意した。学園内で拾い集めてきた、秘蔵の石たちだった。

 彼女は石を両手で包み込み、祈るように自身の魔力を注ぎ込んだ。微かに淡く光る力。微力ではあったが、確かな温もりがそこにはあった。

「ほら、出来た」

 不器用に笑った彼女は、アマリアに手渡す。フィリーナの想いが込められた宝石に触れると、アマリアはくすぐったく思えると同時に申し訳なくも思った。フィリーナの宝物の一つを受け取ることになったからだ。

「いいの。わたしがあげたいの。とにかくもらって」

「……ええ、ありがとう。いただくわ」

 アマリアは有難く受け取ることにした。フィリーナの思いがあるというのなら、それは受け取りたかったからだ。

「温かいわね」

 アマリアは様々な思いを抱えたまま、フィリーナに礼をいって部屋をあとにした。


  アマリアは就寝準備を終え、ベッドで横になる。ベッド脇にある棚にかの宝石を置く。持参している時からそうだったが、暖かくなっていた。

「……あなたが関係しているの?」

 自室にて一人になったからこそ、アマリアはある人物を思い浮かべる。フィリーナはくれた相手の記憶がないという。それはおかしな話だった。まるで相手に関する記憶すらなくなっているかのような。となると、存在が消されてしまったアマリアの婚約者が絡んでいるのではないか。そう思えてならなかった。

「……贈りたくなるのもわかるわ」

 フィリーナほど美しい令嬢相手だ。風変りなところもあるが、心根は優しい少女である。フィリーナに限らずとも、世には麗しい婦人はたくさんいる。―それこそ、彼が他に心を奪われるような。

「……いけないわ、私。勝手な憶測じゃない」

 婚約者に関する記憶がないのは不安だが、憶測にすぎない。

「ごめんなさい、フィー……」

 アマリアはそっと石に触れた。彼女の純粋な好意から淀んだ思いを抱いてしまった。

 そうした晴れない気持ちの中、アマリアは眠りに落ちていく―。


こわいですね。

ホラー大好きなフィリーナですが

この宝石に関しては本気で怖がってます。

でも捨てるに捨てきれないという感じです。


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