アマリアは振り返る。―麗人と心配性な彼と。
『……なんでこんな辺鄙な場所で』
アマリア達が昼食を食べ終えた頃だった。若干息があがったエディが中庭にやってきたのだ。寝起きということもあり、かなりきついものがあったのだろう。
『辺鄙とは。それはいただけないね、シャルロワ氏』
食後の紅茶を口にしつつ、ノアは寛いでいた。息切れしているエディに寛ぐノア。二人は対照的だった。
『人気のないところには違いないだろ』
そう言ったエディはため息をついた。あからさまにだった。
『シャルロワ氏は心配性だね。気持ちはわかるけれど、心配が過ぎるね。世の人物が皆、アマリア君に下心をもっているわけではないだろうに』
『……ふーん。うさんくさ』
ノアは人気のない所に彼女を連れ込んだことを責められているのはわかっていた。その上での回答だった。エディは値踏みしている。そして、胡散臭いという結論を出していた。
『エディ、ひとまずはどうぞ。あと、彼女とは。ノア様とは、……同じ学びの友として交流しているわ』
『どうも。……学びの友って』
エディは勧められたコーヒーを受け取りつつも、着席した。
『学びの友。可愛い言い方をするね、キミは』
ひっかかったのはエディだけではない。ノアも律儀につっこんできた。
『……他に言い回しがなかったのよ。友人、と呼ぶにはまだ段階を踏んでないでしょう。私は望んでいるけれど』
アマリア自身もその言葉選びはどうかとは思っていた。だが、友人と勝手に名乗っていいのかと迷ったうえでだった。
『友人。うん、いいね。まずはそこからかな』
『……まずは、って』
エディは追及するも、ノアは微笑みを絶やさない。
『皆が皆、アマリア君に下心をもっているから?ああ、実際はそうかもねぇ。ボクの認識が甘かったよ。キミも難儀だね』
そしておちょくることも忘れない。レオンに続きこの人まで、とエディはげんなりしていた。
『別、に。この人が心配なだけ』
『そうした心配はご無用よ、エディ!』
アマリアはこれまでの異性遍歴を振り返る。婚約者との事が思い出せないとなれば、他に何を思い出せるというのか。
『……そうした心配はないはずよ』
ないはずだ、とアマリアは再確認しようとする。勉学や家のことばかりだったはずだ。たまの休みに街に繰り出しても、弟妹の面倒をみてその日が終わっていたはずだ。
『……やっぱ、心配だ。先輩は自覚しなさすぎ』
自信満々にアマリアが返すものだから、エディの不安は増すばかりだ。彼にしては珍しく、目に見えて落胆していた。
『なんですって』
アマリアはアマリアで腑に落ちなかった。そんな二人を観察するかのように見ていたノアがぽつりと言う。目線を向ける相手はエディだ。
『ふむ。キミは面白いね。それだけ懇ろな仲なのに、名前で呼ばないのかい?』
『……俺?名前でって』
『ああ、そうさ。シャルロワ氏がアマリア君のことを、だね』
『……』
アマリアは頭を悩ませた。ノアが唐突にぶっこんできたからだ。
当初は確かにエディはアマリアの名前を呼んでいた。―アマリア、と。けれど、先輩だとわかると『先輩』とだけ呼ぶようになった。あとは、あんた。そうした二人称くらいである。『アマリア先輩』とつけてくれてもいいのに、『先輩』のみである。
『……それは。人のこと名前で呼ぶのが苦手なだけ。いいだろ、敬称づけで通じているんだから。まあ、あんたのことは一回呼んだけど』
『おっと、ボクは相当希少な体験をしたようだね。まあ、便宜上で。そういうことかな』
『そういうこと』
エディが人の名前を基本呼ばない理由はわかった。けれど、アマリアはわだかまりが残ったままだった。
『……』
ただ一人、エディが名前で呼ぶ存在がいるからだ。可憐で守ってあげたくなるような愛らしい寮長、クロエその人だ。
と、ここで予鈴が鳴る。
『おっと、楽しいひと時ももう終いか。素敵な時間をありがとう、アマリア君』
『いえ、こちらこそありがとう。楽しかったわ。……ええ』
ノアとのひと時もここで終わるわけではない。実の本番は今宵である。
『……なんかあるだろ』
『おやおやシャルロワ氏。鋭いご指摘で?……構わないよ、キミがいてもね』
『……なるほど』
この三人は邂逅したことがある。―アマリアの劇場前で。ノアはここでは出来ない話を劇場街でする。ならば、とエディは承諾することにした『……なんでこんな辺鄙な場所で』
アマリア達が昼食を食べ終えた頃だった。若干息があがったエディが中庭にやってきたのだ。寝起きということもあり、かなりきついものがあったのだろう。
『辺鄙とは。それはいただけないね、シャルロワ氏』
食後の紅茶を口にしつつ、ノアは寛いでいた。息切れしているエディに寛ぐノア。二人は対照的だった。
『人気のないところには違いないだろ』
そう言ったエディはため息をついた。あからさまにだった。
『シャルロワ氏は心配性だね。気持ちはわかるけれど、心配が過ぎるね。世の人物が皆、アマリア君に下心をもっているわけではないだろうに』
『……ふーん。うさんくさ』
ノアは人気のない所に彼女を連れ込んだことを責められているのはわかっていた。その上での回答だった。エディは値踏みしている。そして、胡散臭いという結論を出していた。
『エディ、ひとまずはどうぞ。あと、彼女とは。ノア様とは、……同じ学びの友として交流しているわ』
『どうも。……学びの友って』
エディは勧められたコーヒーを受け取りつつも、着席した。
『学びの友。可愛い言い方をするね、キミは』
ひっかかったのはエディだけではない。ノアも律儀につっこんできた。
『……他に言い回しがなかったのよ。友人、と呼ぶにはまだ段階を踏んでないでしょう。私は望んでいるけれど』
アマリア自身もその言葉選びはどうかとは思っていた。だが、友人と勝手に名乗っていいのかと迷ったうえでだった。
『友人。うん、いいね。まずはそこからかな』
『……まずは、って』
エディは追及するも、ノアは微笑みを絶やさない。
『皆が皆、アマリア君に下心をもっているから?ああ、実際はそうかもねぇ。ボクの認識が甘かったよ。キミも難儀だね』
そしておちょくることも忘れない。レオンに続きこの人まで、とエディはげんなりしていた。
『別、に。この人が心配なだけ』
『そうした心配はご無用よ、エディ!』
アマリアはこれまでの異性遍歴を振り返る。婚約者との事が思い出せないとなれば、他に何を思い出せるというのか。
『……そうした心配はないはずよ』
ないはずだ、とアマリアは再確認しようとする。勉学や家のことばかりだったはずだ。たまの休みに街に繰り出しても、弟妹の面倒をみてその日が終わっていたはずだ。
『……やっぱ、心配だ。先輩は自覚しなさすぎ』
自信満々にアマリアが返すものだから、エディの不安は増すばかりだ。彼にしては珍しく、目に見えて落胆していた。
『なんですって』
アマリアはアマリアで腑に落ちなかった。そんな二人を観察するかのように見ていたノアがぽつりと言う。目線を向ける相手はエディだ。
『ふむ。キミは面白いね。それだけ懇ろな仲なのに、名前で呼ばないのかい?』
『……俺?名前でって』
『ああ、そうさ。シャルロワ氏がアマリア君のことを、だね』
『……』
アマリアは頭を悩ませた。ノアが唐突にぶっこんできたからだ。
当初は確かにエディはアマリアの名前を呼んでいた。―アマリア、と。けれど、先輩だとわかると『先輩』とだけ呼ぶようになった。あとは、あんた。そうした二人称くらいである。『アマリア先輩』とつけてくれてもいいのに、『先輩』のみである。
『……それは。人のこと名前で呼ぶのが苦手なだけ。いいだろ、敬称づけで通じているんだから。まあ、あんたのことは一回呼んだけど』
『おっと、ボクは相当希少な体験をしたようだね。まあ、便宜上で。そういうことかな』
『そういうこと』
エディが人の名前を基本呼ばない理由はわかった。けれど、アマリアはわだかまりが残ったままだった。
『……』
ただ一人、エディが名前で呼ぶ存在がいるからだ。可憐で守ってあげたくなるような愛らしい寮長、クロエその人だ。
と、ここで予鈴が鳴る。
『おっと、楽しいひと時ももう終いか。素敵な時間をありがとう、アマリア君』
『いえ、こちらこそありがとう。楽しかったわ。……ええ』
ノアとのひと時もここで終わるわけではない。実の本番は今宵である。
『……なんかあるだろ』
『おやおやシャルロワ氏。鋭いご指摘で?……構わないよ、キミがいてもね』
『……なるほど』
この三人は邂逅したことがある。―アマリアの劇場前で。ノアはここでは出来ない話を劇場街でする。ならば、とエディは承諾することにした。
『そうだ先輩。帰りは遅くなりそう?』
『帰り?そうね、課題をする約束をしているわ。ぎりぎりまで残る予定よ』
『わかった。待ってる』
待っている。つまり寝ているのだろう。一人では帰したくないとエディが考えていることは、アマリアにもわかる。その厚意に甘えることにした。
『……いえ、懇ろって』
アマリアは人知れず振り返る。会話に出てきた言葉だが、エディもノアも深追いすることはなかった。アマリアも今更過ぎて指摘も訂正もできずじまいだった。
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『そうだ先輩。帰りは遅くなりそう?』
『帰り?そうね、課題をする約束をしているわ。ぎりぎりまで残る予定よ』
『わかった。待ってる』
待っている。つまり寝ているのだろう。一人では帰したくないとエディが考えていることは、アマリアにもわかる。その厚意に甘えることにした。
『……いえ、懇ろって』
アマリアは人知れず振り返る。会話に出てきた言葉だが、エディもノアも深追いすることはなかった。アマリアも今更過ぎて指摘も訂正もできずじまいだった。