クロエ先輩と巡る学び舎
放課後となり、生徒達は散り散りになっていく。
「わたくし、先生に呼ばれてますの。本日もテラスでよろしくて?」
「ええ、お待ちしておりますわ」
あの女生徒達は話に花を咲かせるようだ。教室に残り、協力し合って課題に取り組む生徒達もいるようだ。放課後はある程度自由のようだ。ここらで交流しておきたいところだったアマリアは、話しかけてもよさそうな人物を探す。
「……あの、アマリア様でよろしいですか?」
か細い声の少女がアマリアを呼んだ。大人しそうな女子の集団だ。書物を調べて勉強をしていた。
「ええ、わたくしがアマリアにございます。ですが、どうか―」
いえ、とアマリアは言いやめた。様付けはしなくていい、というのはクロエ達に感化されたのかもしれない。
「課題、大変でしょうから。一緒に取り組みませんか……?」
やたらとびくつかれているが、編入生である彼女の事を案じて声をかけてくれたようだ。プレヤーデンではほぼ毎日、大量の課題が出されるという。
「まあ、嬉しいです……!是非ともご参加させてくださいな!」
ようやく交流らしい交流が出来た。彼女達が席を空けてくれたので、アマリアはお礼を言って座る。彼女達はわかりやすく教えてくれ、また、アマリアの飲み込みの早さも感心されていた。和やかな時間が過ぎていく。
本日の課題を終える事が出来た。彼女達が言うには、今日は比較的少なかったとのことだ。まだ下校時間の刻限までは時間があるようなので、アマリアは提案してみることにした。
「皆様。よろしければなのですが、お茶でもいかがでしょうか?その、テラスなど!」
勢いあまってしまったが、アマリアはあくまでもにこやかだった。勉学も良いが、他の話も彼女達としてみたかったのだ。そんなアマリアとは違って、少女達の表情は曇っていた。
「……テラスは、あの方々達の場所だから」
「ごめんなさい、アマリア様。わたくし達はご遠慮します……」
「……わたくし達は、ただこうして勉学に励みたいのです。ただ、大人しく」
―目をつけられないように。消え入るような声だった。
「皆様……。お気を遣わせてしまいましたね。わたくし申し訳ない事を」
「……また明日、アマリア様。予習もしておいた方がよろしいですよ」
「……学習範囲で何かご不明な事がありましたら、またお尋ねくださいね」
とことん気を遣ってくれたようだ。明日もまたこうして集まろうと誘ってくれたのだろう。こうしてアマリアに声を掛けるのも勇気がいったことあろう。心根の優しい少女達だった。
「失礼しまーす。アマリアさんいる?編入生の子なんだけど」
「はい、わたくしはここに」
教室の扉がノックと共に開けられる。声からしてクロエだった。彼女の登場に沸いたのは女子生徒達だった。クロエ様、クロエ様と口々にする。
「あれ、お話の最中だった?出直す?」
「いいえ、クロエ様!あの、あの、御用でしたらどうぞ!」
「わあ、クロエ様!その、ずっとファンでした!応援してます!」
存外大きな声を出せたようだ。きゃっきゃっとはしゃいでいるのを見ると、相当のファンのようである。
「ふふ、ありがとう」
「はわわわわ」
クロエに微笑まれると、少女達はひとたまりもないようだ。クロエは色々な人に慕われているとアマリアが漠然と思っていた。そんな彼女に対してクロエは話しかける。
「急にごめんね。でも、これやっとかなくちゃって。ほら、学園案内。地図見ながらでもいいんだけど、現地行っておくのも大事かなって」
「まあ、良いのですか?クロエ先……クロエ様さえよいのでしたら、お付き合いいただけますか?そうそう、皆様も―」
テラスは断られたが学園ツアーならどうだろうか、とアマリアは思った。それに憧れのクロエと一緒ならより良いのではないか、と。単純にそう思った。
「……く、クロエ様と共にでしょうか?」
「え……?」
だからこそ、この浮かない反応がアマリアには理解が出来なかった。見かねたクロエが耳打ちをする。
「―私もね、『有名人』だから。一緒に行動すると目につくわけ。それを避けたいんだよ、彼女達は」
あなたはまだ同じ寮生という言い訳が出来るけど、と付け足す。その気持ちを汲んだアマリアは、クロエと二人で回る事にした。
皆訳有り。アマリアも奇妙な時期に現れた編入生だ。そんなアマリアを上回る事情がクロエにもあるのだろうか。
微笑みを絶やさない彼女が教えてくれる事はなかった。
淡々とクロエが学園を案内してくれていた。方向音痴でなくて良かった、とクロエは笑う。仮に方向音痴だったらどうなっていたのか。アマリアはうすら寒くなっていた。校舎の特別教室や、運動場。学ぶうえでは欠かせないものだ。そしていざとなった時の救護室。順々にクロエと回る。
「えっと。あとまともに案内できるのは、学園外の図書館。それくらいかな」
学園の外にある図書館で最後のようだ。通学路で見かけたが、色々と利用の仕方などを教えてくれるのだろう。有難い話だった。
「さようでございますか、クロエ先ぱ―」
「あ、ごめんね。やっぱり人前では様付けの方がいいかも。って、さっきは出来てたじゃないの」
もう、とクロエが上目遣いしながら怒ってきた。小動物のようだ、と和んでいる場合ではない。確かに残っている生徒もちらほらといる。アマリアは従う事にした。
それにしても、とアマリアは思った事がある。クロエが案内してくれたのは、これからの学園生活で必要になる場所だろう。けれども、学園には他にも施設がある。それらの説明が省かれているのがただただ不思議だった。
「あれ?まだ、終わりじゃないよ?むしろ、ここからが本番だよ?」
「まあ」
てっきり図書館を残すのみだと思っていたので、アマリアは素直に喜ぶ。まだまだクロエは付き合ってくれるようだ。手招きしてくれたので、アマリアは駆け寄っていく。婚約者の事もあり浮かれている場合ではないが、アマリアが色々な施設が気になっていたのも事実だった。アマリアは地図を見ながら思いを馳せる。
まずはテラス。友人達と語り合うところだろう。温室。土いじりが最早恋しくなっていた。牧場や農園なども同等の理由だろう。講堂は、やはり観劇目的か。楽団もやってくるかもしれない。他にも魅力的な施設があるが、一段とアマリアが気になったのはプラネタリウムだった。本物にも劣らない夜空を見せてくれそうだ。
何が彼へとつながっているかわからない。手がかりとなるはずだ。その思いもあった。
「そうだ。私はぼそぼそと喋るけど、あなたはお静かにね?」
「なんと!……特別なご事情がありそうですね。かしこまりました」
「うん。ほんとお願いね。おなじみの『さようでございますか』は、まあ小声なら百歩譲るとして。『なんと!』は禁止ね。地味にリアクション大きいから、あなたって」
「なん……」
いわばアマリア自身の習性だったのか。言いかけたアマリアに対し、クロエは笑ってはいる。だが目は笑っていなかった。とんだNGワードを設定されてしまったが、迫力負けしたアマリアは、今のクロエに逆らうことなど出来なかった。
名門校らしく、勉学に励んでいる生徒が大半です