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一歩前進

 いつも通り登校して、いつものようにアマリアは授業を受ける。さらに頭を悩ませられる事態が発生していた。

「はい、今回の課題は二人一組で取り組んでもらいます。我が国の歴史に対する見解を議論し、答えを見出すということです。どの時期、どの事件を取り扱うは皆さんにお任せします。本日までに組んでおくように。私に申請までお願いしますね」

「ああ……」

 教師はさらりと残酷な宣言をした。アマリアは絶望した。ついにこの日が来てしまった。クラスメイトの誰かとペアになる。そこまで友好な関係を築けていなかったアマリアはただただ悲嘆した。いや、ここは頭を下げてでも組んでもらおうと、気合を入れる。

「やあ、アマリア様。相手、決まっているかな?」

 一番乗りでアマリアに声を掛けてきた男子生徒がいた。やたらとアマリアに話しかけてくるフェルスだった。

「いえ、まだよ」

「そっか。良かった!」

 この流れは彼が組んでくれるということだろう。彼が親しくしている派手めな生徒達が冷ややかな視線をよこしてくる。アマリアにとっては願ってもない申し出だが、心のどこかで喜べない自分がいる。失礼だと思いつつも、アマリアはその感情を打ち消すことができなかった。

「あ、あの!」

 体を震わせながらも大声を上げるのは、大人しい女子生徒だった。彼女はアマリアをそれとなく助けてくれるも、主張もせず。目立つのを避けるような少女だった。今はクラス中から視線を一斉に集めているが、それでもどうしても伝えたいことがあったようだ。

「……あの、私余るんです。アマリア様さえ良ければですが、私と組みませんか?」

「まあ……」

 アマリアには助け船だった。気を使ってくれただろうフェルスには悪いが、アマリアはこの少女と組んだ方が気持ち的には楽だった。

「……ああ、困るなぁ。こっちが先に彼女に声を掛けてたんだけどなぁ?」

「ひっ!」

 フェルスに迫られた内気な少女は怯んでしまう。萎縮してしまった少女はそのまま俯いてしまった。彼女なりにクラスに馴染めないアマリアを気にしてくれたのだろう。こうして勇気を出してくれたのだろう。アマリアは結論を出した。

「あの、お二人とも。声を掛けてくれてありがとう。―私はあなたと組むわ」

「君、悪いな。そういうことだよ。俺がアマリア様と組むから」

「ごめんなさい、フェルス様じゃないわ」

「え」

 アマリアが望んだ相手はフェルスではなかった。

「フェルス様はいつも私を気にかけてくださったるけれど、悪いわ。あなたにも、あなたのご友人も。彼女は合理的な提案をしてくれたわ。一番すんなりと収まると思ったの」

「いや、俺は!」

 いつも爽やかである彼が、こうも取り乱しているのは珍しい。そんな彼を落ち着かせるようにやって来たのは彼の友人達だ。早速女子が立候補していた。中には彼氏持ちもいる。その泥沼の人間模様にクラスの関心がいっていた。

「私は非常に有難いのだけれど、あなたは良かったの?」

 自分達の周囲が落ち着いたこともあって、アマリアは相方になってくれた女子生徒に話しかけた。アマリアは確認したかったのだ。

「私ですか!?……はい、そうです。私達のグループで数が余るのも本当の話です。……でも、それだけではなくて」

 少女は長身のアマリアを見上げる。視線にさらされて疲弊していた彼女だったが、それでも譲れなかったことがあるようだった。

「……あなたのこと、強い人だと思ってました。いつも堂々としていて羨ましかったのです。この前もそう―」

「この前?」

 直近でアマリアが学園で目立ったというと、満月寮での騒動だろうか。この女子生徒は明らかにすることはなかったが、アマリアは嘘とも思えなかった。それに、彼女と交流できるのはアマリアとしても嬉しいものだった。

「私はまだまだだけど、そう言ってくださるのは嬉しいわ。よろしくね、『マレーネ』様」

「―はい、アマリア様」


 授業を終えて、課題のペアが決まったと教師に報告する。マレーネとはそこで別れ、アマリアはある場所へと向かっていた。

 実は授業が終わったあと、フィリーナとレオンが教室までやってきたのだ。

『わたし、今日ロベリアのところにお泊りしてくるから。ふふん、朝の申請が通ったみたい。ロベリアにはまだ秘密でどっきりさせるけど。……それでね、満月寮のラウンジからお土産調達してこようと思って。何がいい?』

 フィリーナが真っ先に言ってきた。ロベリアとの交流があるのは微笑ましい、とアマリアは思っていた。お土産といわれても、とアマリアの反応は思わしくない。フィリーナは頬を膨らませながらも、遠慮するなと言う。

『それではお菓子がいい。……ええ、お菓子』

 アマリアの脳裏にある映像が浮かぶ。

『アマリア、正直になろう。本当にお菓子がいいの?』

 フィリーナはぐいぐい迫ってくる。圧されたアマリアは素直になることにした。

『……本音を言わせてもらうわ。お菓子はここ当分遠慮したいわ。でも、そうなると他に思いつかなくて』

『うーん。それじゃ、宝石茶にしようかな。きらきらしてて、とても綺麗な紅茶なの』

『紅茶!』

『……無難にコーヒーにしておくね。明日、学園で出来立て熱々なコーヒーをお届けします』

『ああ、申し訳ないわ』

 フィリーナとの話はこのへんで、レオンが話しかけてくる。

『オレも寮の先輩と約束があって。フィーは途中までオレが送っていくから』

 レオンもフィーと呼ぶようにしたようだ。思えば、朝食の時に自分もそっちの呼び方がいいと軽く言っていた。アマリアは思い出した。

『って、そっちよりはこっちか。―エディ君、教室で健気に待っていてくれるからさ。行ったたげて』

 二人は報告が済むと、アマリアに手を振って別れた。待ち人がいるとわかると、マレーネは早めに切り上げましょうと提案してくれた。そして、用が済むと彼女は彼女で自分の友人達と満月寮へと帰っていった。

 アマリアが一人廊下を歩いていると、女子生徒の歓声が聞こえてきた。予想がついた、ヨルクだ。

「……」

 ヨルクを取り囲むヨルク派の姿もあった。だが、その姿は以前とは違って穏やかなものだった。度が過ぎた生徒は窘めるのものの、抑えつけるようなことはなくなったのだ。

「やあ、アマリアちゃん。またね」

「ええ、ごきげんよう。皆様」

 ヨルクがこうして話しかけてきても、前のように殺気立ったものはない。

「あなた、ちょうど良かったわっ!」

 アマリアに話しかけてきたのは、カンナだった。まだ落ち込むことはあるものの、大分元気になってきたようだ。

「良かったわねぇ、カンナ。今日ずっと話したくて、そわそわしていたものねぇ」

 エレオノーラも本日も優雅に微笑んでいる。暗い影を落とすことはなくなり、エレオノーラ本来の柔らかなものとなっていた。

「お、お姉さま!それは言わないでくださいっ!もう、忘れてないでしょうねっ、お茶会よ!」

「カンナ様、私も誘ってくださるのね。……お茶会に」

「当然でしょ?」

「光栄よ。喜ばしいわ。……お茶会」

 カンナは迷いなくそう答えた。アマリアは嬉しい。と、同時に苦しさも蘇る。これはしばらく苦しめられそうだった。それでも、ヨルク派乙女達は歓迎してくれている。アマリアは奮起することにした。

「お招きいただきありがとうございます。皆様と素晴らしい一時を過ごし、是非とも克服させていただきましょうとも!」

 克服ってなによ、とカンナは冷ややかに言う。アマリアは笑いと勢いでごまかした。

「えっと、アマリアちゃん?無理しなくてもいいからね?」

 ヨルクが心配していたアマリアの体調不良も改善されていたようだ。顔色も良くなったと思った。と思いきや、お茶会という言葉を聞いて顔面蒼白となっている。

「いえ!約束は破ったりなど、不義理なことは致しません。南部の果物というご指定もいただきましたから。見事に叩き割って見せましょう!」

「そうだね。果物割り名人の腕、衰えてないだろうから」

「ええ、もちろんですとも!」

 張り切るアマリアをヨルクは微笑ましく思っていた。

「えー……。あんな固いものを……?ええー……?」

 アマリアと同じく南部出身のカンナは実感できていたからこそ、引いていた。

 ヨルク派はこれから満月寮のラウンジで語り合うそうだ。エレオノーラが誘いの声を掛けてくれたが、アマリアは心苦しくも辞退した。先約もあるのもそうだ。

 アマリアは待っていてくれている彼を思う。時間は確約できない。

 

「失礼します」

 教室の扉をノックする。返事はない。聞こえてくるのは、ある男子生徒の寝息だ。 

 アマリアはそっと教室内の様子を見る。いた、と小さく声に出す。

「エディ」

 用意がいいというべきか。彼はブランケットを自身の体にかけて机に伏せていた。教室内が適温だったこともあり、大熟睡だった。アマリアは愛しそうに見ながら、ずれたブランケットを掛け直す。

「あっ」

 その拍子に何かが床に落ちた。アマリアは拾いあげて気付く。それはエディが今朝、目に通していた手紙だった。幸いなのか、中味は見えてない。アマリアはそっと机に戻す。

 静かな時間だ。夕暮れの教室の中、眠る彼とアマリアは二人きりだ。慌ただしい日常の中、心休まる時間だった。

「……」

 まだ下校のチャイムは鳴っていない。アマリアはただ、眠る彼を見ていたかった。


「……ん」

 アマリアは微睡みからゆっくりと目を覚ます。すっかり日は落ちて、教室の明かりはなく暗くなっていた。窓の月灯りが頼りだ。肩にかけられたブランケットは彼の匂いがした。

「あ、起きた」

「……エディ?」

「うん。先輩、気持ち良さそうに寝ていたから。そのままにしてた」

 薄暗い教室内だと、エディの表情はわからない。だが、声で柔らかな雰囲気は感じ取れた。

「……ああ、私が寝てしまったのね。何たることかしら」

「まあ、うん」

「そうよね。……ああ、すっかり暗くなって。時間とらせたわね」

「それはいい。こういう時間も悪くない。……俺ばかり寝顔見られているから、先輩の寝顔をまた見られた」

「はっ!わ、私ははしたないことを!」

「寝顔は今さらだろ」

「それは……」

 アマリアが寝落ちした時に、エディは寝室まで運んでくれた。その時にも寝顔を見られてはいたのだろう。

「まじまじと見るものでもないわよ?人の寝顔なんて」

「先輩がそれ言うの。人の寝顔みてまた寝落ちしてたのに」

「くっ。今日のあなたは痛いところついてくるわね……」

「痛いところって。……まあ、見慣れなれている俺とは違って、先輩は違うか。ごめん」

「いえ、こちらもね。つい、見ちゃたの。私こそ淑女とは言えなかったわね」

 自分の気持ち優先で彼の寝顔を見続けていた。アマリアは反省した。自分が見つめたかったからと―。

「……?」

 自分の気持ち。それは何だとアマリアは自分に問う。そんな彼女をエディは見ていた。

「少なくとも俺はそうしたかった」

「え?」

「こうして眠るアンタを見守っていたい。他のヤツにも見せたくもないし。……ようやく俺は」

「!?」

 エディは額を合わせる。突然過ぎる行為にアマリアは顔が赤くなった。

「先輩を―。って、そっか」

 が、それは束の間のこと。何かに納得したエディはすぐに離れた。

「……アイツの言う通りだ。俺、焦ってるんだ」

 そういったエディは不器用に笑う。

「……エディ」

 これはエディにとって困りごとのようだ。話せば、エディの心が軽くなるだろうか。 

「……ああ、心配とかいいから。いつか、ちゃんと話すから」

「ええ、待ってるわ」

 いつまでもこうして二人きりでいるわけにはいかない。門限も迫って―。

「なんということでしょう!」

 教室の消灯は落とされている。じきに暖房も切られるだろう。アマリアは腕時計をみて愕然としたのだ。とっくに門限が過ぎていると。

「ああー……」

 エディは他人事のように言う。ああー、ではない。

「せ、せめて急いで帰りましょう!怒られる時は一緒よ!」

「あー……」

「エディ?これは由々しき事態なのよ?」

 反応が薄いエディにアマリアは焦れだす。学園の規則を破るのも問題だが、あの寮長を怒らせたくもない。アマリアはエディを急かそうとする。

「クロエ先輩には話を通している」

「なんですって?」

「これ。多分アンタもついてくるだろうからって、アンタも一緒にって」

「……それは」

 エディが見せてきたのは手紙だった。彼は今朝からずっと持ち歩いているようだった。

「この手紙のこと話したら、普通に許可出た。話したら先輩もついてくるだろうなって」

「私、内容も知らないのよ?急な話でもあるし。……ああ、でもそうなのよ」

「先輩はそう」

「……もう。ええ、そうよ。私はあなたに甘いもの」

「ははっ」

 笑いごとではない、とアマリアは拗ねた。エディは焦っているという。何に焦っているかはわからない。けれど、こうして心を揺り動かされ、焦っているのは。―自分の方だとアマリアは思った。


 エディと向かったのは旧校舎だった。廊下を歩き、旧校舎の教室へとついた。その教室からは庭園が望める。話し声もした。若々しい声に混じって、しわがれた老人の声もあった。

「失礼」

 老人はそういって、教室から出てきた。まっすぐな背筋に、灰色の髪は整えられていた。柔らかく笑うと皺が濃く刻まれる。アマリアは温和そうな紳士だと思ったが、相手の瞳を見るやいなや言葉を失う。

 特徴的なのはオッドアイだ。反射的にその場にひざまずき、敬意を示そうとする。それを苦笑しながら老人はやんわりと制した。

「おやおや。今となっては学園の一員に過ぎませんよ。学園にも大分慣れ親しんでいるようですね、アマリアさん?」

「ご存知でございましたか。……いえ、失礼しました」

 相手が態度を崩すように言っているので、アマリアはそうすることにした。相手はアマリアにとっては恐れ多すぎる相手だ。アマリアは未だに心臓がばくばくしている。平然としている隣のエディを見習いたいくらいだ。

「そして、エドゥアール君。来てくれたのですね」

「……見学だけですけど、いいですか」

「ええ、構いませんよ。―ようこそ、ナイトクラスへ」

 ナイトクラス。アマリアも話だけは聞いたことはあった。夜間、定期的に行われる補修を行っているという。定期的に開かれているとはいえ、参加は自由である。強制ではない。授業に追いつけない者、学園に馴染めない者。エディのように授業への出席率が思わしくない者。そうした生徒が対象だという。任意の参加となり、手紙での案内が来ても無視をしている生徒もいる。それも自由であった。

「……」

 エディは見学のみだと言っていたが、思うところはあったのだろう。アマリアはそっと傍らのエディを見た。

「して、アマリアさんはどうされますか?よろしければ受けていかれませんか?」

「私、ですか。ええ、喜んで。学ぶ機会はあるのは素晴らしいことですから」

 アマリアが力強く言うと、老人はさらに皺を深くした。感心したのもそうだが、それだけではないようだ。

「そうですか。『あの子』以外からそうした発言を聞くことはあるとは。失礼、参りましょうか」

 誰かを想ってなのか、老人の顔は綻んでいた。

「はい。よろしくお願い致します」

「……よろしくお願いします」

 アマリアは改めて尊敬できそうな人物だと思った。教えを受けるのも素晴らしいと思い、エディと共に教室に入っていく。


 短い時間ではあったが、実に有意義な時間だった。老人の教え方は見事なもので、全ての生徒のカバーが出来ていた。あれだけ見事な教師を普段、学園では見かけない。アマリアは興奮しながら、話し続けていた。エディは半分寝そうになりながらも、耳を傾けていた。二人は新月寮へと帰る途中だった。

「……」

 まとわりつくような視線がする。アマリアは勢いよく振り返るが、そこには誰もいない。老人が何事かと問うが、アマリアは平気ですと答えるしかない。アマリアにとっても得体の知れないものなのだ。不確かな存在。この学園に入ってからはいつものことだが、異質とも思えた。アマリアは不安になる。

「先輩」

「エディ……」

 エディは優しく呼びかける。アマリアを安心させるようにだった。

「―俺がちゃんと傍にいるから。ずっとそう」

「……?」

「だから、大丈夫。……アイツらだって、いる。うん」

「……ええ、そうね」

 エディの励まそうという気持ちがアマリアに伝わった。ただ、エディの表情は逆光でわからなかった。自身に迫る影も、エディの悩みもわからないまま。それでもまた、明日はやってくる。

「エディ、いつもありがとう」

 ずっと傍にいて、アマリアの心の支えとなってくれていたのがエディだ。恩人でもある彼の力にもなりたい。彼女の身に脅威が迫りつつもあったが、アマリアはそれでも気丈に笑った。


お読みくださりありがとうございました!

一区切りとなります。


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