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迫りくる影は消えたわけではない

 朝の冷えた空気の中、アマリアは目を覚ます。ぼやけた意識ながらも、ゆっくりと体を起こした。そして体を伸ばす。

「んー。いい朝ね」

 今日も日常が続いていける。ならば、たとえ朝が寒かろうとへこたれていられない。

「……ええ」

 たとえ、部屋の中に異臭が漂っていたとしてもだ。

「な、なんなのかしら?部屋の掃除が足りなかったのかしら……?」

 アマリアは自省しつつ、部屋を見渡した。そこで発見したものに、小さく悲鳴を上げる。アマリアは一気に目が覚めた。

「どういうこと!?」

 勢いよくベッドから降りて、異臭の元凶を手にした。そして、すぐさま離した。匂いだけではなく感触もよろしくないときたものだ。

 それは、アマリアが先程の舞台で着用していたドレスだった。それは、見るも無残なものだった。汚れと異臭もそうだが、アマリアが乱暴にドレスを破いたこともある。かつては古めかしいながらも上等なものであったが、今となっては悲惨なものとなっていた。

「ああ……」

 レオンがパクった、もとい拝借してきたという。劇場街にあったのだとしたら、それを持って帰れたのは原因不明だ。もっと前の公演でも軍用靴も持参してきたので、併せて謎のままである。そろそろはっきりさせなくては、とアマリアは考えた。

「!」

 アマリアは手紙の存在に気がつく。ドレスに添付されていたのだ。何かの手がかりになるのかと、アマリアは勇んで開封した。手紙には愛らしい文字でこう書かれていた。

『公演お疲れっしたー。とはいっても、こういうの放置はだめでしょ。責任もって持ち帰ってくださーい』

 あの時か。劇場街を退出する時に押し付けられたのか。あのウサギの着ぐるみに。

「……ふふふ、お覚悟なさって」

 確かに正論ではあった。と思うと同時に、アマリアに暗い考えが浮かぶ。今度会った時はもっと質問攻めしてやろうと。

 アマリアは無言で立ち上がり、覚悟を決める。ドレスをバスケットに入れ、身支度をした。いつもより厚着をして、部屋を出た。


 アマリアは今、早朝の寮の裏側に立っていた。屋外に設置されている洗い場だ。彼女は汚れだけでもどうにかしようとやってきたのだ。

 先に出向いたのは室内の洗い場だが、そこはすでに寮母を始めとした従事者達がきりきりと働いていた。朝の戦場にアマリアが入り込める余地などなかった。挨拶だけして、アマリアは退散するしかなかった。人目に憚られるものでもあった。だからこうして人目を避けて洗うのは悪くない。アマリアは自身を慰めた。

「まあ。さすがのリゲル商会ね。ご婦人にも改めてお礼をしなくては」

 何かを察した寮母がこっそりと渡してくれたものがあった。アマリアに手渡してくれたのは、リゲル商会が自ずから開発したという洗剤だった。強力な為、高価でもあった。みるみるうちに汚れも落ちていき、香りも落ち着いたものとなった。

「ふう……」

 アマリアは物干しざおにドレスをかけた。破れの方はまだ改善できてないが、故郷にいた頃もアマリアは繕いものはやってきた。少しずつでも補修を始めていこう。アマリアは力強く頷く。

「さあ、戻りましょ―」

 振り返った時、アマリアは固まってしまった。―人影があったのだ。

 アマリアは見間違えかと思っていた。だが、走り去る足音がした。そう、気のせいではない。

「……」

 確かにアマリアは一人でいるのを避けるようには言われ続けていた。このような早朝に一人で行動しているのは軽率であったのかもしれない。実害がなければ、とも軽く考えていたのかもしれない。アマリアは焦る気持ちで寮の玄関へと戻っていった。

 寮の玄関先に着くと寮母とクロエが談笑していた。アマリアに気がつくと二人は挨拶をしてくれたので、アマリアも慌てて返す。いつもの朝の光景だ。アマリアは安心する。洗剤のお礼をしようとしたが、寮母にそれとなく阻止されてしまう。クロエにはバレては不都合らしかった。

「なあに?まあ、いいけど。っと、アマリアさん?またお手紙」

 クロエが疑いの目を二人に向けつつも、アマリアに手渡してきた。また、ときた。

「……また満月寮からで、相変わらず差出人不明。ちょっと気になるかなぁ」

「いえ、クロエ先輩にご心配いただくような内容では……」

 そう、心配させるような内容ではないはずだ。それでも、とアマリアは寮長と寮母の二人に伝える。

「……もしかしたら、ご相談に乗っていただくかもしれません。お手をわずらわせるかと存じますが」

 自分一人ではどうしても手に負えないことがある。アマリアは申し訳ないと思いながらも二人に頼むことにした。

「もう、アマリアさん。あのね、ちゃんと言ってくれた方が助かることもあるからね?特にアマリアさんみたいな人は、遠慮しないぐらいがちょうどいいの」

 クロエがはっきりと言うと、寮母も頷いて賛同した。

「ありがとうございます……」

 二人の気遣いにアマリアの心は温かくなった。洗濯で格闘したこともあり、アマリアの服装には汚れもあった。また、手もかじがんでいる。クロエ達に頭を下げたあと、自室に戻った。

「そうよ、内容次第では報告すればいい。平和な内容だったら、心配し過ぎで済む話だわ」

 アマリアは椅子に座って、例の手紙を机の上に置く。大丈夫、とアマリアは胸に手をあてた。クロエ達もそうだが、心の支えになってくれている『彼ら』を思い出す。

「……いざ」

 アマリアは意を決して手紙を開封して読む。内容はこうだった。

『君はいつも頑張っているね。どんな時も君の味方でいるよ。いつでも頼ってくれないかな』

「……なんと」

 アマリアはどうした感情を抱けばよいのか。混乱したままだった。こうしている間にも登校の時間は迫っている。アマリアは頭を抱えたまま、寮の食堂へと向かうことにした。

「おはよう、先輩」

「……エディ。ええ、おはよう」

 エディは眠たそうにしていた。いつもの朝の彼だ。劇場街で見せた寂しい顔も気がかりではあるが、少なくとも目の前の彼は普段通りだった。

「……」

 エディもまた、手紙を持っていた。自分の例がある為に、アマリアは気になって仕方なかった。プライバシーの問題もあるので、深くは踏み込めそうにはない。

「エディ。何か困ったことがあったら、いつでも言ってちょうだい」

 アマリアはいつでも話を聞くとの姿勢を見せた。エディは不思議そうにしている。この様子からして深刻な状況ではないだろうか。

「困ったこと……。ああ、もっと睡眠時間があればいいのに。一日四十八時間になれば解決する気がするけど」

「……ああ、力になれないって悔しいわね」

 エディなりに気を使って答えてくれたのだろう。だが、その願いは人であるアマリアには限界を超えしものだった。それに、一日の時間が倍になっても彼の睡眠欲は果たして満たされるのか。満たされないだろう。やるせないひと時だった。

ヨルク派問題はひとまずは落ち着いたものの、アマリアの謎の手紙問題が残ってます。

内容自体は好意的&善意的なこともあって、アマリアはどう扱って良いのか困ってます。

そろそろ動き出すとは思います。

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