舞台に立つ側、立たない側。
「ふう……」
アマリアは幕の内側にて胸を撫でおろした。べたつくと酷評されたドレスではなく、制服に戻っていた。以前の公演のような倦怠感はそこまではなく。
「……終わった、のね」
客席から拍手が起こっていた。無事、エレオノーラとカンナ。いや、それだけではない。ヨルク派の舞台は終えることができた。
「あなた、どうしたの?」
深刻そうな表情をしている支配者の存在に気が付く。アマリアはそれが気がかりで話しかけようとする。
「……このままじゃいけない。どうにかしないと」
それだけ言い残して、支配者は姿を消していった。
「あれ?今さ、例のショタさ、いなかった?」
「ふいー、ドレス重かった。制服って楽。……うん、一瞬で消えたけど」
のこのこと姿を現したのはレオンとフィリーナだった。
「つか、フィリーナちゃんのドレスどしたの?オレが用意するまでもなかったじゃん?」
「わたしもわからない。気づけば着ていたの。しかもぴったり!実はずっと感動してました」
「……なにそれ、こえぇ。勝手に服あてがわれているとか。感動とかじゃなくね?」
「その神秘体験に、わたしは感動した!」
「神秘、とかじゃなくね……?」
放っておけば、この二人は会話を続けそうだった。アマリアとしては、会話のぶったぎるのは悪いと思いつつも、放っておけない。どうしても言わなくてはならないことがあるからだ。
「二人に感謝してるわ。本当にありがとう。そして、二人を巻き込んでしまったわ。……そのことがどうしても心苦しいのよ」
「はいはい。つか、アマリア先輩のドレスも消えちゃったの?オレ、頑張ってパクッて、……借りてきたのに」
「はいはい、……ですって?」
軽く流されたことに、アマリアはわなわな体を震わせる。
「いえ、ドレスの所在は私にもわからないけれど。……あのね、レオ君?」
「あのさ、アマリア先輩?そのくだり、さっきの劇で解決したと思ってた。そこまで必死なのって、なんか目的があるんでしょ?」
レオンは今は流すこともなく、アマリアと真摯に向き合う。
「……ええ、目的はあるわ。でも、それは自分の為でもあって」
「別に先輩の為でも誰かの為でもいいよ。オレがそうしたいからそうする」
「それは……」
レオンは譲らない。アマリアが考え込んでいると、フィリーナがそっと手を触れてきた。
「わたしもそう。わたしもそうしたいの。もしもだけれど。アマリア、先輩が遠慮とかしているなら、それは違うよ。……わたしがそうしたい。あなたと同じなの」
「……私と」
「あなたが抱えてきたもの。分かち合いたいの」
フィリーナはより強くアマリアの手を握る。彼女のひたむきな思いが流れてきた。
「分ける。……そっか。アマリア先輩、悪い話じゃないって。先輩の顔色見て思ったけど、今回わりと負担いってなくない?」
「……そうね」
それはレオンの指摘通りだった。二つ星ということもあるかもしれないが、一つ星のカンナの時と疲労感が違っていた。根拠があるわけではないが、信じておいて良い説のようだ。
「……そう。そうね、自分の心に自由に。自分で言っていたわね」
フィリーナの手を握り返し、レオンに対しては頷く。
「約束して欲しいの。決して無理はしないでね。少しでも不調を感じたら遠慮なく言ってちょうだい」
「うわっ、ブーメラン」
「そんなことないわよ」
レオンの軽口にアマリアは心外だと思った。
「ま、オレはそういうの遠慮なく言うから。変に我慢してやらかすの、やだし。心配しないで」
「ええ、レオ君のそういうところ有難いわ」
アマリアは軽く笑った。そして、視線はフィリーナへと向ける。
「あなたの方が心配よ。本当に遠慮しないでね。……そうでしょう、フィー」
「え……」
フィリーナは思わずアマリアを見つめる。驚いた顔の彼女に対し、アマリアは言う。
「公演中に呼び捨てていたでしょ、私のこと」
「それは。……うん。必死だったから。先輩つけそびれてた」
「ええ、そうね。ただね、私からの呼び捨てのハードルは高いのよ!だから、フィーよ。却下はなしよ?」
「ふふ。うん。……うん、アマリア」
互いに近しい名前で呼ぶことで、二人の距離は縮まったようだ。
「……」
痛みも喜びも分かち合える存在ができた。アマリアは愛おしく思っていた。
「さあ、帰りましょう」
舞台袖から劇場の客席へと出る。
「―え」
人がまばらになった三階席にて、アマリアはとある人物を目にした。
「どうしたん、先輩?……ってまじか。めっずらし」
「わー。わたし初めて見たかも」
三人揃って視力が良いときた。目視でその人物が誰かが判別できた。―この舞台での重要人物であった、ヨルクその人だった。彼は、人目を避けるように劇場内をあとにした。
「ヨルク様……」
彼が今回の舞台を観に来たのはヨルク派が気になった為だろう。この物語が彼の目にどう映ったのかはわからない。ただ、彼もまた恋に苦悩していることをアマリアは知ってしまった。ずっと想い続けているという。色男と称される彼が今も成就しない恋をしているというのは事実だ。
ヨルク派はかつてヨルクが幸せであればいいと言っていた。ヨルクが想い人と結ばれれば、それで良いのだと。アマリアもそれに越したことがないと思っていた。ヨルクも、そしてヨルク派である彼女達もだ。
「私は……」
アマリアは自身の胸元に手をあてる。公演の最中にも感じた痛みだ。失ってしまったものの中にあったのは―。
―ヨルク派も人の子かー。
―結局、あの二人の本命って確定してないよな。まー、想像つくけど。
―いいじゃない。みんな、秘密の一つや二つあるって。あの人ら、少しはとっつきやすくなったかも。
「いつものやつね。まあ、好感触じゃね?」
三人は並んで劇場街の入り口へと向かっていた。結局、エディと劇場で会うことはなかった。
「先輩」
「あら、エディ」
いつからかは不明だが、エディが入口で待っていた。数日ぶりの出待ちだった。
「舞台、見たよ」
「そうだったのね。ええ、今回は大丈夫だったわ。心身もそうよ」
「うん。そんな感じ」
エディの眼差しはアマリアに向けられていた。フィリーナとレオンは蚊帳の外だと思われた。
「……話はそこの二人にもある」
「え!……っと、オレら?」
「そこの二人……」
急に話を振られたレオンは当然のように驚き、フィリーナは扱いにむっとしていた。
「……悪い。よくない言い方だった」
そう謝ったあと、二人と対峙した。
「―ありがとう、先輩の力になってくれて」
エディは微かに笑った。笑ってはいる。だが、どこか力ない感じもした。
「エディ……」
アマリアは何とも言えない気持ちになった。
「……」
「……」
フィリーナとレオンはぽかんとしたままだった。そのまま沈黙が流れる。
「……別に遠慮せずにいえばいい。後方彼氏面だろうと、後方理解者面だろうと」
耐えられなくなったのはエディだった。レオンが言いそうなことに先手を打った。
「……ううん、言わない。さすがに空気読むって」
「うんうん。あなたがアマリアを心配してるの、よく伝わるから。それにあなただって、アマリアの存在の力になっている」
そうよ、とフィリーナの言葉にアマリアは強く頷く。
「先輩の力に……」
エディはその言葉っきり、考え込んでいたようだ。フィリーナがまずいことを言ったかと慌てている。
「……別に何でもない。ほら、もう時間だ」
エディは無表情で答えながら先を行く。愛想がないが、これが彼の通常運転だった。
「……ええ。私達も帰りましょうか」
今宵はここまでだ。アマリアはエディに続こうとしていた。
「いや。一回くらいさ、チキンレースやりたくない?どこまでここに粘れるか、的な」
「なにそれ面白そう。ふふん、わたしが勝つ!」
が、この二人はそうそう帰ろうとしない。度胸試しを提案してくる始末だ。
「ええ、面白そうね。……じゃないのよ!いつまでも帰らないって、着ぐるみの方々に手荒に来られたらどうする気?」
アマリアは予感がした。後方からドタドタと足音が聞こえてくる。
「ご明察ー!はーい、帰った帰った!」
溌剌とした声は勝気なウサギの着ぐるみによるものだった。彼女は彼らを容赦なく押し出していく。
「ちょ、押してくるんだけど!」
「ふふ、なんか楽しいかも」
「容赦ないわね!ふふっ」
着ぐるみは三人に対して万遍もなく押し込みを続ける。もふもふとした感触が気持ち良いこともあり、アマリア達は笑い声をあげていた。
「……なに笑ってんの。こっちは遊びじゃないんだけどー!?」
着ぐるみが力任せに押し出すようになってきた。そろそろ三人は痛くなってきたので、ここは大人しく従うことにした。
「あ……」
アマリアの視界に先行くエディの姿があった。彼は一度振り返ってくれた。それが嬉しかったアマリアは笑いかける。
エディも少しだけ笑い返してくれた。ただ、それだけだった。彼は再び背中を見せた。
「……エディ」
アマリアの気のせいなのかもしれない。それでも、どこかエディはよそよそしく。―距離を感じてならなかった。
エレオノーラとカンナの公演でもありましたが、ヨルク派なんなん?でもあった公演でした。