二つ星連名公演 私達の破滅のお茶会へようこそ―糾弾されるはエレオノーラ嬢とカンナ嬢―閉幕
武器を携えながらも、館の内部へとアマリアは進んでいく。今のところこれといった手がかりもなく、異形達との戦いに消耗するばかりだった。フィリーナもたまに食物をつまみ上げてくれたりもするが、いい加減怪しまれてきていた。アマリアはへとへとになりながらも、螺旋階段を上っていく。
最上階に着いた時、爽やかな風が吹いた。植物の香りを伴ったそれは、アマリアに束の間の安らぎをもたらした。アマリアを招き入れるように扉が開かれる。
「ここは……」
温暖な空気に、色とりどりな植物たち。鳥や虫が飛び回っている。見覚えがある場所だった。プレヤーデン学園にある温室だ。覚えがある場所だからといって、油断するわけにもいかない。アマリアはゆっくりと足を踏み入れていく。
注意深く見渡して気がつくことがある。植物の種類が異なっていることもあるが、数多くが今と違って生長していないのだ。
『はあ、やらかしたわねぇ……』
アマリアから少し離れた位置にいるのは、一年生の印章をつけた女生徒だ。同学年の女生徒よりは大人びているものの、あどけなさが残る少女。面影がある。エレオノーラだった。
『想いなんて打ち明けなければ良かったわ。もう彼女とは……』
涙目になりながらも、幼いエレオノーラはその場にしゃがみ込んでいた。自分の行為を恥じ、この温室へと逃げ込んでしまったようだ。そんな彼女に何者かが近づく。
『はっ!も、申し訳ございません!無断に踏み入れ、あまつさえ貴方の貴重なお時間までも……!』
エレオノーラはその相手に対し、大層恐縮していた。すっかり涙は引っ込んだものの、顔は真っ青だった。だが次第にエレオノーラの表情は和らいでいく。相手はエレオノーラを労わるように接していたからのようだ。
日が経ったようだ。浮かない表情ではあるものの、エレオノーラが温室を訪れていた。報告したいことがあったようだ。
『その節は大変お騒がせ致しました。……相手の方も心を痛めていたようで。おかげさまで普通の友人に戻れました。……友人です。いえ、それ以上望めることなんて』
エレオノーラは儚く笑った。
今度は一年ほど経過したようだ。エレオノーラの印章が二年生へと変わっていた。容姿も今のものへと近づいている。そして、相手との関係も変化があった。親しげに会話を交わせるようになっているようだ。
『ご機嫌?……えっと、やっぱりわかるかしらぁ?ええ、出逢いがあったの。きっと私は彼女のこと―』
やはり儚く笑う。そんな彼女の笑顔を見てアマリアは思った。―綺麗だと。
「エレオノーラ様……」
アマリアが声を掛けても反応はない。そう、幻だ。
『こんなのやっぱり駄目ですっ!……あなた様、ヨルク様に申し訳がないの』
今度は高めの声の少女だ。アマリアは声の主を探る。失礼ながらもアマリアは思った。今とはそこまで変わらない姿のカンナがそこにいた。ここは印章で判別するしかない、とアマリアは確認した。二年生の印章、カンナが入学して一年経った頃のようだ。
『―それはっ!……ダーリンとの関係は隠せてはいます。でもだからって!私との噂が立ってしまって!……ヨルク様が』
過去のカンナは頭を下げたままだった。カンナのダーリンといえば、この学園の教師である。追放処分をされたばかりの彼だ。カンナの入学から一年経ったとなると、思いが通じたばかりなのだろう。アマリアはそう推察した。
『……どうしてですか!ヨルク様だってずっと想われている方がいるのでしょうっ!?……ごめんなさい、出過ぎた真似をしました』
カンナはすっかり萎縮してしまう。だが、宥められたからかカンナは少しずつ笑顔が戻っていく。
『……彼と一緒にいられて幸せかって?…はい、幸せです』
カンナは喜びを隠しきれなかったようだ。アマリアはここでも思った。―カンナもまた、なんて綺麗な表情をするのだろうと。
「……本当にお優しいんだから。ヨルク様って」
「ええ、そうでしょうね。……え?」
浸っていたアマリアに対して、小柄な少女が話しかける。アマリアは二度見してしまった。幻が反応してきたと。
「失礼ねっ!私は本物よ」
「え、ええ。そのようね。……けれど、カンナ様」
かつての彼らが消えていく。アマリアの目の前に立つのは、舞台衣装のカンナその人だった。カンナは何を思って、このドールハウス内までやってきたのか。ヨルク派の乙女達が何かを仕掛けてくるかもしれない。危険なはずだ。
「……勘違いしないでよねっ。あなたに感化されたわけじゃないわ。いてもたってもいられなくなっただけっ!……私達当事者が何もしなくて、あなたばかりに頑張ってもらうわけにもいかないし」
「ふふ、そういうこと。来ちゃった」
素直になれないカンナだけではない。エレオノーラまでもだ。主演の二人がこうしてここに揃った。
「……黒ですわね、お姉さま方。あなた方は、あろうことにもヨルク様の優しさを利用してきたのですね!」
「許せない!お姉さま方を尊敬してきた私達が馬鹿みたい!」
「いいわ!これからは私達が徹底的に。―糾弾してあげる!」
乙女達にとっては、悪役のアマリア以上に憎い二人だ。ヨルク派の威信を下げたこともそうだが、他に本命がいた。ヨルクを隠れ蓑としていた。乙女達は怒りに満ち溢れていた。
「お二人の心意気、受け取ったわ。せいっ!」
エレオノーラもカンナも逃げるなどしない。覚悟をもってドールハウスへとやってきたのだ。ならば、アマリアは二人を守りきるのみだ。身動きが取りやすくなるようにと、ドレスの裾を豪快に破った。周りは唖然とするが、アマリアは構わない。動きやすくなったとせいせいしていた。
「あなた達もよ!その怒り、ぶつけてみせるがいいわ!」
アマリアは剣の切っ先を乙女達に向けた。覚悟は出来た。
「……?」
すぐにお菓子の異形なり、火傷しそうな紅茶なり降ってくるかと思いきや、何も起こらない。油断したところで、とやられかねないのでアマリアは警戒を続ける。
まだだ。乙女達は譲り合っている。妙な事態だ。
「あ……」
緊迫した空気が続くなか、穏やかな風がアマリアの頬を撫でた。鳥のさえずりや、故郷を思い出させてくれる南部に咲く花々の香り。
「……ああ、そうこうことね。もっと早く気がつくべきだったわ」
理解したアマリアは、剣を下ろした。見るからに彼女は戦意を失っていた。そのやる気のなさに乙女達も憤慨するかと思われた。だが、そうではない。乙女達もまた、何も出来ずにいた。
「大丈夫よ。あのご令嬢方は何も出来ないわ。そうでしょう?ここは『ヨルク様のお気に入りの場所』ですもの」
「それはそうだけど……。でも、あの子たち相当怒ってたじゃないのよ!」
カンナは投げつけようとした木の実を抱えたまま、アマリアにそう返した。
「ええ、怒ってたわね。それでも、こうも思ってくれたはずよ。―自分達の思い出の場所でもある」
アマリアの言葉に、乙女達は動揺しているようだ。
「アマリア様の言う通りねぇ。私がヨルク様と初めてお会いしたのもこちら。救ってくださったのも。……私達にとっても大切な場所」
エレオノーラが懐かしむように呟いた。乙女達もまた、思うところがあるのか大人しくなっていた。
「ヨルク派の皆様に問うわ。本当にエレオノーラ様やカンナ様と違うの?あなた達は選ばれし淑女だというけれど、それがあなた達の根底なのかしら」
「なっ!」
あのヨルクの傍にいるのが認められた乙女は、女子生徒から羨望の眼差しを向けられる。それも自分達が努力をし続けてきたからだ。それをずたぼろのドレスをきた許婚とやらは疑問として投げかけてきた。
乙女誰しもが屈辱だと思ったのかというと。
「……お姉さま方、ごめんなさい。私、ヨルク様目当てというよりは。……その、温室の果実や茶葉が目当てだったんです!」
「なっ!!」
お茶会当初から食欲旺盛だった乙女がぶっちゃけた。彼女は続ける。
「……光のお姉さま方には、入学当初の私は視界に入らなかったことと存じます。地味過ぎてですし、その、ふくよかでもありました。……ストレスによる過食でさらに、でして。……途方に暮れていた私に声を掛けてくださったのが、ヨルク様だったのです。たくさん体に良い果実や野菜を教えてくださいました!ヨルク様は根気強く付き合ってくださいました!」
「た、食べ物目当てですって!?ヨルク派の淑女ともあろう方がなんたる!」
「それでもです!ヨルク様をお慕いする気持ちは本物です!そういうお姉さまこそ、本当に不純な気持ちはないのですか!?」
今となってはスリムになった彼女は力説していた。そして反撃とばかりに、指摘をしてみせた。
「な、ななっ!」
図星だったのか、淑女にこだわりがある乙女が焦り始める。
「け、決して、選ばれし乙女だから気分が良いとなどではなくてよ!?羨ましそうに見つめる婦人達に対して、得意げになれるなどとは決して!……ヨルク様がわたくしに自信を持たせてくださったのよ。……あのような方の近くだからこそ、誇りに思えるわたくしになれたの」
マウントを取りがちな乙女ではあるが、ヨルクに誇れる自分でありたいと思う気持ちは本物だったようだ。
「そういうあなたは―」
「わたくしだって―」
乙女達は言い合いになっていった。表情がないはずなのに、不思議と彼女達の表情が見て取れるようだ。
「私はあの方を愛してます」
凛と通る声がした。人形の姿をしていても、アマリアは彼女が誰だか気付く。今は人形の姿をしていても、ヨルクへの想いを侮辱されて怒った乙女であった。そのまっすぐな言葉に、不純な思いもあった乙女達は黙らざるを得なかった。
「……それと同時に報われないことも理解しています。あの方はきっと、見知らぬどなたかを想い続けているのでしょうから」
その乙女の発言に賛同するかのように、数名が頷いた。彼女達もまた、ヨルク自身に惹かれたからこそ傍に在り続ける努力をしていたのだろう。
「……あなた達」
アマリアはヨルク派のことがわかることが出来た。美しく秀でた彼女達を眩しくも思う。それはこれから先もずっとそうだろう。そして、わかったのは乙女達のことだけではなかった。
「ねえ、あなた達。……それって、ヨルク様もじゃないかしら」
ここ数日でアマリアはヨルクに触れる機会があった。年相応にはしゃぐ彼や、機嫌を損ねることもある彼の姿も知った。そしてカンナ達の話で彼もまた、ままならない恋をしていることを知る。自身にも優しくしてくれるヨルクだが、本気の相手だと違う顔を見せるのだろうとアマリアは思った。
「……そうよ、『私』なら」
この物語におけるアマリアならば、きっとこう話すだろう。
「……『私』もなの。他に思いを寄せている方がいる。そうでもしないと、辛いじゃない。許婚といえども、……報われない恋なのだから」
報われない恋。記憶にない思いのはずなのに、アマリアは胸が締め付けられるようだった。それが一層本気であると周囲の目には映ったのだろう。乙女達は誰一人としてもうアマリアを責めることはなかった。
「ヨルク様もそう。『私』もそう。―エレオノーラ様もカンナ様もそうでしょう?時には言えない想いを抱え続けなくてはならない。この国はそうで。……この学園もそうなのだから」
ちらりと頭上の少年を見る。元凶の相手は、今は大人しく静観したままだ。今回の公演は冒頭を除けば約束通り手出しはしてこなかった。約束を守ることに感心などしていない、するわけがないとアマリアは自身に言い聞かせていた。
「それに、根底は同じでしょう?私達はままならない想いを抱えている。それでも、ヨルク様を慕う気持ちは同じ。ヨルク様もきっとあなた達を大事に思っている。―ねえ、同志といえないかしら?」
「……」
「……」
乙女達は顔を見合わせ、黙ったままだ。このまま小康状態が続いてしまうのか。
「!?」
アマリアの目の前に閃光が走る。次に瞳を開いた時には。―館の広間まで戻ってきていた。乙女達も通常の姿をしており、エレオノーラとカンナも改めて着席していた。密かに安堵しているのはフィリーナとレオンだ。そして、ボロボロのドレスを纏っているのはアマリアだ。戻ってきたのだ。
「許婚の方。考えさせられましたわ。……思い知らされたのは私達の方ですわね」
乙女達は迎え入れてくれるかのように微笑んでいた。
「そう……」
これは受け入れてもらえたということだろうか。アマリアはまだ油断はせず、成り行きを見守る。
「そうそう!わたくし、貴女達の馴れ初めを知りたいですわ!」
「ハーレムに入るにあたって、具体的な条件などありますの?」
「ヨルク様の郷土料理は召し上がりましたか!?」
すっかり心を開いてくれたようで、アマリアとしてはくすぐったい気持ちであった。許婚は仮の設定ではあるが、アマリアは答えられる範囲で応えようとした。
「……いえ、違うわね」
会話に花を咲かせるのも悪くはない。だが、今はそうではない。アマリアは自分のスタンスを振り返った。
「……ふふ、あはははっ!」
急にアマリアは大声を上げて笑い出す。淑女たる乙女達もその様子を見て口をあんぐり開けていた。
「あー、楽しかった。暇つぶしにはなったかも」
大きく伸びをしたあと、欠伸をする。令嬢として、はしたないとも言われかねない振る舞いだった。
「あ、貴女?何をおっしゃって……」
「令嬢として蝶よ花よと育てられたから、刺激が欲しかったの。何だか面白い集いがあるわねって」
「!?」
「実に刺激的だったわ。―ねえ、皆様?どこからどこまでが『嘘』だったと思う?」
「う、嘘ですって?いえ、ヨルク様を愛しいの箇所からでは?そ、それより前となりますと?」
アマリアの謎かけに、性根が素直な令嬢たちは真面目に考え込んでしまう。
「ふふ。さあ、帰るわよ!」
「はい、お嬢様。それとお疲れでしょうから」
重いドレスを引きずって、駆け回り戦い続けたのだ。本人は強がっているが、相当疲労が溜まっているだろう。レオンは自然な仕草でアマリアを抱きあげた。
「あら、気が利くわね」
「……うっわ、すげーベタベタしてるんだけど」
確かに乙女達に汚されたこともあって、今のアマリアのドレスの状態はひどい。ひとまず、今のレオンの台詞は聞かなかったことにし、アマリアは澄ました顔で執事に身を委ねた。
「……わたしも便乗っと」
フィリーナもこそこそと二人についていった。
「な、なんて方なの」
舞台に残されたのはヨルク派だ。振り回されるだけ振り回されたと、不満をもらしていた。
「ねえ、お姉さま方はどこから騙されていたと思います?」
「そうね、わたくしは―」
乙女達はお茶会を再開する。暴れ回っていた跡形はなくなっていた。テーブルには愛らしいお茶菓子に、香り立つ紅茶。リゲル商会の目利きが素晴らしい食器。そこにあるのは淑女たちによる可憐なお茶会そのものだった。
「……ねえねえ、エレオノーラお姉様?」
「なあに、カンナ?」
カンナはこっそりと話しかけた。ふんわりとした笑顔で受け止めるのはエレオノーラだ。肩の荷が下りた二人の表情は柔らかくなっていた。
「嘘、ですって。わかりやすい方なんだからっ!」
「ええ、わかりやすいわねぇ。強がりで……わかっているわよ、あなたの想い。本当はあの子達にだって、ね?」
砂漠の大国の王族でもあり、学園の王子様でもあるヨルク。ヨルクの傍にいるのが許されているのが、ヨルク派の乙女達だ。羨望の的である彼女達だったが、一枚岩ではなかった。いつしか、選民思想に陥るようになった。敬愛する幹部の二人がよその人物に心を奪われていたという噂も流れ始める。乙女達はエレオノーラとカンナに問う。今一度、ヨルク派としての一員として考えよ。自分達は、ヨルクを崇拝し第一とした、選ばれし乙女達なのだから。
風向きが変わったのは、おかしな令嬢が現れてからだ。その少女はヨルクの許婚であるとのたまい、ヨルクの傍にいるのに足るかを試すといってきた。ヨルクの他に想い人がいるとも言い出し、その少女は挑発していたのだ。
自分の心には正直でいたいと、乙女達の嫌がらせにも立ち向かう。考えさせられたのはエレオノーラとカンナ。そして、他のヨルク派乙女達もだ。彼女達も秘密や苦悩を抱えていた。ヨルクとの出逢いがあったからこそ救われた。面子の為だけにヨルクの傍にいたわけではなかったのだ。それはヨルク当人にもいえた。彼もまた、乙女達同様に報われない想いを抱いていたのだ。
自分達の想いを再確認させてくれた少女に対し、乙女達は感謝の気持ちでいっぱいだった。そのような思いを踏みにじり、手の平で転がし続けてきた。そんな彼女が去り際にしてきたのは謎かけだった。エレオノーラもカンナも同じ見解だった。『同志』である彼女に思いを馳せるのだった。
私達の破滅のお茶会へようこそ―糾弾されるはエレオノーラ嬢とカンナ嬢。―閉幕。