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二つ星連名公演 私達の破滅のお茶会へようこそ―糾弾されるはエレオノーラ嬢とカンナ嬢―②

「ねえ、皆様。さっきのあれ、嘘よ」

 アマリアはしれっと言った。ぽかんとしていた乙女達だったが。

「……嘘!?嘘ってあなたねぇ!」

「それはそうでしょうね!貴女のような方が許婚など!」

「む、昔からのお知り合いなんて羨ましすぎるもの!なんてこと!」

 一斉に騒ぎ始める。怒りもあるが、それよりは安心という気持ちもあったようだ。

「ああ、許婚は本当なの。嘘なのは『愛しい愛しい』の部分よ。―本当はね、他の殿方に想いを寄せているの。もちろん、ヨルク様もご承知よ」

「なんですって!?」

「な、な、なんて方!」

「ヨルク様がお優しいことを良いことに!」

 爆弾発言過ぎた。アマリアの言動に乙女達は激昂している。

「……お二方」

 怒り狂う彼女達はまだいい。アマリアは主役の二人が気になった。彼女達の痛いところ、心の傷になっているところを利用する形になってしまったからだ。それでも火がついてしまった発言は取り返せない。アマリアは続行する。

「おっと、ごめんなさいね。けれども、私もヨルク様をお慕いする思いは相違ないわ。あなた達と一緒よ。同志というものね」

「ふざけないで!」

「一緒だなんてよく言えたこと!」

 叫んだ乙女達はまたしても姿を変えていく。大型の人形の姿だ。怒りを込めた声ながらも、そろって無表情である。そろそろ某執事が気を失いそうである。

「そうよね。私のこと気にくわないでしょうね。許してくださらないかしら?皆が皆、ヨルク様一筋だったといえるのかしら?浮気とかしたことないの?学園の生徒は魅力的な方々が多いでしょう?」

 質問攻めしてくるアマリアは挑発しているも同然だった。これでもかと乙女達を揺り動かそうとしてくる。

「あなた達を出し抜いて、よそで恋人を作っていた方もいたのでは?それでも同志とかいって許してきたのでしょう?私なんて、実際に浮気したわけではないのよ?お目こぼしがあってもいいと思うの」

「それは、歴代お姉さま達が気の迷いもあるからって許して……!」

「……私も、一度別の殿方とデートに行った時も許してくれたけれど」

 ヨルク派の乙女達も、学園生活ヨルク一色でいられたかというとそうでもない。そんな乙女もいたはずだ。少し雰囲気が変わったと思われたが、そうではないようだ。乙女達は人形の姿のままだからだ。

「……生温かったですわね。わたくし達はヨルク様になんて失礼なことをしてきたのでしょうか」

 取り巻く黒い霧はより濃くなっていく。乙女達の声もまた這うような声となっていた。

「ええ、かねてから思っておりました。あの方に対しての不義理でしょう。……なぜ、お姉さま方は罰を与えなかったのかと」

 場の空気が凍りつく。そうよ、そうだわと小さな賛同が、やがて大きなうねりとなっていく。

―裏切り者には罰を与えよ!

 乙女達は一句一同に唱える。シュプレヒコールのようだ。裏切り者は他の男にうつつを抜かすアマリアを指す。アマリアに一斉に敵意が向けられた。

「ねえ、皆様御覧になって?ふふ、懐かしいでしょう?ドールハウス!」

 乙女の一人が離席していたようだが、何かを腕に抱えながら戻ってきた。ドールハウスというには大きいものだ。この館を模した物を中心に、庭や森まであった。古い教会は誰かの結婚式の公演のものとそっくりに造られていた。

「ふふふ、おあつらえ向きでしょう!」

 乱雑にテーブルの上に置かれた反動で、食器が大きな音を立てる。菓子も床に散らばってしまった。

「……!?」

 それに気をとられている内に、アマリアは黒い霧に飲み込まれていく。

「ここは……」

 霧が霧散すると同時に、アマリアは異変に気がつく。まず、立っている場所が違う。今まで彼女は屋敷の中にいたはずなのに、屋外に立っていた。淀んだ空気に見上げようとして、絶句した。

「ふふふ」

「ふふふふふ」

 巨大な乙女達がアマリアを取り囲むようにして見下ろしていた。

「……なるほど」

 アマリアは瞬時に察した。自分には変に冴えていると不思議に思いつつだ。

―乙女達が巨大化したのではない。自分が小さくなったのだと。乱暴な乙女が持ってきたドールハウス?に閉じ込められてしまったのだろう。無表情な乙女達であるが、笑い声からして実に楽しそうだった。

「きゃっ!?」

 どうしたものかとアマリアが考えている内に、何かがアマリアの頭上に落とされる。甘い匂いにもたれるような感覚。アマリアは目線を上げて確認する。ケーキだった。乙女の一人が落としたようだ。

「あらあら、この程度でなの?やり過ぎちゃった、ごめんなさいね?」

 アマリアの頭上のケーキをフォークで刺し、そのまま床に投げ捨てた。小さなアマリアとしては重さが半端ないものでも、乙女達にとっては軽々としたもの、造作もないことだ。

「……許婚の方。もう一度だけ聞いてあげる。さっきのは、虚勢張っただけでしょう?あなただって、本当はヨルク様に思いを寄せている。でも相手にされてない。だから、あのような発言をしてしまった。ね?」

 表情がないなりにも、アマリアへの気遣いは汲み取れた。乙女達なりの恩情、情けなのだろう。

「虚勢じゃないわ」

「……またまた、そのようなことを」

「!?」

 アマリアが情けに応じるわけがない。そう答えた矢先に、―炎が降ってきた。アマリアは蝋燭の炎が落とされたのだと理解する。

「……っ」

 アマリアの目の前に炎が広がる。作り物ではあるものの、森は一気に燃え広がっていく。勢いを増して今にもアマリアに迫ろうとしており、炎に飲み込まれそうなっていた。

「アマリアっ!」

 そう呼んだのはフィリーナだ。いてもたってもいられなくなった彼女は、自分もドールハウスの中に飛び込もうとしていた。

「ちょっ」

 レオンがぎりぎりでフィリーナの腕を掴む。その直後に白魚のような肌が火傷したらと言い訳を立てていた。フィリーナの体勢を立て直す振りをして、こっそりと彼女に耳打ちをしている。

「……うん」

 レオンの言葉に納得したのか、フィリーナは大人しく席に着いた。

「そういえばあなた……」

 矛先はフィリーナに向けられる。今の激情もあるが、ヨルクを特に慕っているわけでもない。アマリアのように裏切り者扱いなわけでもない。中途半端な立場のフィリーナの存在も危ぶまれているようだ。

「……わたくし、ヨルク様を確かに尊敬はしておりますが、恋慕っているわけではおりませんわ。ただ、皆様の在り方を見習いたいと思ってますの。淑女の中の淑女の皆様の事をですわ。……それではいけませんか?」

 フィリーナは瞳を潤ませながら上目遣いをする。乙女達はひとたまりもなかった。

「な、なにをぼさっとなさっているの!あなた、思い知りなさいな!」

 今度は館を燃やそうと、乙女の一人が蝋燭を近づいていた。そうなるとアマリアは逃げ場を失ってしまう。止めようと手を伸ばすも、あまりの高さに虚しく空振りするだけだった。ついには館も火をつけられ、燃え上がってしまう。

「……なんの」

 アマリアは火傷を覚悟で屋敷に飛び込もうとする。解決の糸口は屋敷にあると、それに賭けることにした。こうして立っているだけでも、アマリアは暑さで目が眩みそうになる。黒煙にむせそうになり、息も苦しくなってくる。

「まだ降伏なさらないの!?考えを改めなさい!今ならまだ許してあげるというのに!」

「考えを改め、……ですって」

「な、なによ」

「改めないわ。私は自分の心に正直でありたいの」

「なっ」

「ヨルク様だって認めてくださっているって言ったじゃない。お互い合意の上よ。でもそうね、他の方々には伏せておいていただける?外聞もあるから」

「な、なんて人!」

 煙と暑さにやられ、明らかに弱っている。それなのにまだ煽るのだ。乙女達は理解に苦しんだ。

「……自分の心くらい。そうよ、いいじゃないの」

 アマリアは眼差しを主演の二人に向ける。アマリアからの視線に気がついたエレオノーラとカンナは驚く。訴えるような眼差しだった。 

「カンナ様」

 カンナに対しては申し訳なくでもあった。彼女の心を抑えつけるように、そう強いてしまったのだろう。婚約者だった教師への恋心は、これからも隠し通さなければならない。けれども、許されないのだろうか。

「エレオノーラ様」

 エレオノーラの想い人は断定できたわけではない。だが、アマリアは満月寮の騒動からして察しがついていた。同性愛、とアマリアは考えた。この国の理解は遅れている。エレオノーラもまた、優雅な笑顔の下で偏見に悩まされてきたのだろう。せめて、許されないのだろうか。

「皆様もお立場があるものね。……いいじゃない、自分の心くらい。がたがた言われたくないわ」

「まっ!」

 ままならない世間の目もあって、アマリアは乱暴な言い方になってしまった。乙女達は顔をしかめる。乱雑だ粗暴だと抗議していた。

「……ええ、一意見よ。でも私はそう思う」

 主演の二人の目は伏せられたままだ。エレオノーラもカンナも割り切れないのだろう。また、心までも規制をかけることで世間との折り合いをつけているのかもしれない。

 ただ、二人は二人のままだ。人形の姿に変わっているわけではない。まだ思いが届くのだとアマリアは信じることにした。そして、燃え盛る炎に意識を向ける。当面の問題だった。

「ああっ!」

 突然大声をあげたのはフィリーナだった。アマリアはおろか乙女達も驚いている。その直後、アマリアに降りかかったのは炎ではない。

「あつっ!」

 アマリアは水浸しになっていた。突然雨が降ってきたわけでもあるまい。アマリアは正体に気がつく。

 紅茶だった。若干冷まされているのが救いか。砂糖が含まれていない為、じゃりじゃりとした感触がないのも救いか。

「ああ、申し訳ありませんっ!」

 やらかしたのはフィリーナだった。手にしたティーカップは館、そしてアマリアに紅茶がかかってしまった為、空になってしまっていた。その愚行にわなわな震えながらも乙女達は火を再度つけようとする。だが、すぐに諦める。すっかり館がしけってしまっているからだ。

「あなたねぇ!」

「わたくし、緊張のあまりに……。皆様があまりにも素敵すぎて淑女なのですもの。……だめですか?」

「だめじゃ……ないけれど」

 フィリーナは体を縮こまらせて震えていた。庇護欲を駆り立てられた乙女は、それ以上強く出ることは出来なかった。

「ああ……」

―アマリアは今更ながらも深く実感していた。

 かよわき令嬢を演じながらも、フィリーナは目配せしてきた。その背後には引きつるような笑顔のレオンもいる。フィリーナは表立ってではないが、手助けをしてくれるようだ。レオンも恐怖状態ではありながらも、見守ってくれている。

「こんなのポイよ!いっそ、一面を―」

 乙女の一人は怒りのあまり興奮していた。使い物にならなくなった館を持ち上げて、一面を炎にしようした。

 だが、それを阻んだものがある。はらはらとドールハウス内に降ってきたのは雪だった。雪はやがて雨へと変わり、鎮火していく。

「……そうね。もちろん」

 アマリアを飾り立てる宝飾品も、こうしてドールハウス内に降り注ぐ恵みの雨も。

「あなたもそうね」

 手にした淡く白く光る剣もそうだ。アマリアの婚約者である『彼』もそうだ。アマリアに力を貸し与え、支えてくれていたのだ。

「……いいわ、思い知らせてあげる!」

「わからない方だこと!」

 乙女達は嫌がらせのように、ドールハウス内にお茶菓子を放り落とし、紅茶もかけようとしてきた。フィリーナの時とは違い紅茶は熱々なので、アマリアは必死に避けた。しぶきは彼の力で防いでくれてはいた。

「ああ、お茶菓子がもったいないわ!……淑女。淑女ねぇ。おかしなことを!」

 アマリアは嘲笑した。食べ物を粗末にするなど、本物の淑女ならばしないことだ。

「ふふ、言ってなさいな」

 ただの嫌がらせではないようだった。ケーキや紅茶といった液体までも形を成していく。異形の存在となってアマリアの前に立ちはだかった。

「くっ、このっ!」

 生クリームがアマリアの体にまとわりつく。切り払って、その勢いでアマリアは館の内部へと進んでいく。

「あら、御覧になって?淑女を語っていた方が食べ物を粗末にしてますわ」

「くすくす」

 小さくなったアマリアの姿では、乙女達が戯れに放り込むお菓子も重くのしかかる。足首をも覆い隠すようなドレス姿の為、身動きも取りづらい。足をとられるとまともに進めない。次々と異形達を切り捨てていく。異形の見た目はあくまで食物の為、乙女達に揶揄されてしまったのだ。

「ふふ、私はいいのよ!淑女じゃないもの!」

 アマリアは淑女どころではなく、舞台の上では悪役である。高らかに叫んだあと、長いドレスの裾をまくり上げた。悪役上等だった。

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