二つ星連名公演 私達の破滅のお茶会へようこそ―糾弾されるはエレオノーラ嬢とカンナ嬢―①
「ええ、良い香り。やはり紅茶はシュテネーゼに限りますわね」
「あら、素敵なティーカップね。リゲル商会もかような上流なものも取り扱っているのね」
「まあ、美味しいこと。こちらのショコラのくちどけ、たまりませんわぁ」
見た目からして愛らしいお茶菓子や、香りから楽しませてくれる紅茶に乙女達はご機嫌だった。会話に花を咲かせている。和やかな茶会が展開されていた。
「―アマリアお嬢様」
「……ええ、いただくわ」
様子を見ていたアマリアの元に、レオンがやってきた。紅茶を注ぐ体でだった。うまく会話に乗ってきたフィリーナからも視線を向けられていた。二人ともアマリアの出方を待っているようだ。
「……」
アマリアは瞳を伏せた。今はまだ静観することにした。フィリーナ達も小さく頷くと、それぞれの役割へと戻っていく。
「ところでアマリア様?何故こちらの集いにいらしたのかしら?」
「……経緯。ええ、かねてより伺っておりました。皆様方は選ばれし婦人達でしょう?淑女としての在り方を学べたらと考えております」
「まあ。ええ、楽しんでらしてね」
アマリアは謙虚に応じた。それがヨルク派としては好感触だったようだ。舞台上での登場人物に過ぎないヨルク派の乙女達は、アマリアをあくまで新参者の令嬢としてとらえているのだろう。悪名高い令嬢ではない。それがどうでるかはまだわからない。
「それで、ヨルク様がね―」
「ええ、去年のことを思い出すわ。エスコートしてくださって、夢のような時間だったわ」
「わたくし、苺が大好きですの。今が旬ですもの!ああ、こちらのタルト夢のようですわぁ」
「ヨルク様も甘いものを好まれるのですよね。ラウンジでご一緒した時、とろけるような笑顔を拝見できましたの」
ヨルクの話、学園の話、そしてスイーツの話。これらの話を織り交ぜながら、乙女達はお茶会を堪能していた。
「……」
「……」
「……」
アマリア達三人は途方に暮れていた。この流れを容認してしまうと、容赦なく夜が明けてしまいそうだった。
「アマリアお嬢様。―そろそろ」
レオンがまたしてもお茶を注ぎにきた。彼としてはいい加減付き合いきれなくなってきているようだ。
「……脅す?」
「!?」
にこやかな従者な表情のまま、レオンはとんでもない提案をしてきた。このままの様子見にも限界があるのは、アマリアも十分理解している。だが、レオンの提案は受け入れられない。レオンの『脅す』は只事では済まないだろう。
「アマリア様」
フィリーナもまた、目配せしてきた。心なしか息を荒くしている。しきりに自身の胸元をたたいているのも気になった。アマリアはまさか、と思う。フィリーナはまさか―。
「うんっ。……わたしに任せて」
―さっさと本題に入ろうとしているのではないか、と。今にも立ち上がりそうなフィリーナを見て、アマリアは確信してしまった。
「ああ……」
アマリア自身も特に舞台上では勢い任せなところはあると自覚していた。だが、同類、いや上には上がいると知ってしまった。
「……でも、そうね」
先ほどから愛想笑いをしているエレオノーラ達を見る。こうして経過を見守っている限り、タイトルのように二人が糾弾されることはない。平和なお題のまま、お茶会は終わっていくのだろう。―物語も着地することなく。
「……そうなのよ」
アマリア達はただお茶会を楽しみにきたわけではない。エレオノーラとカンナの迎えうる結末を変えにきたのだ。その為にもここらで流れを変えるべきだろう。そう思って立ち上がったのはアマリアだった。
「……ふーん。どうでるんだろね」
「ふふん、そうこなくちゃ」
ようやく動いたかとほくそ笑むレオン。腰を上げる最中だったので中途半端な姿勢だったものの、恨むことなく笑うフィリーナ。
「さて、皆様?わたくし、学びにきたのです。ですが、正直に申し上げるとなりますと。……わたくしは果たして学べているのかしら?」
これまでの謙虚な姿勢はどこへやら。アマリアは悪態づいていた。急な豹変ぶりと挑発めいた発言に、場はざわつく。
「……あなた、どういったおつもりなの?」
怪訝そうにしているヨルク派の乙女の一人が問う。
「おつもり、ときましたか。……わたくし、見極めにきたの参りました」
何を見極めるというのか、と今にも質問してきそうだった。なので、アマリアは先制して答える。
「そうよ。あなた達がヨルク様を慕い、そして傍にいるに相応しいか見極めにね。私はアマリア・グラナト・ペタイゴイツァ。奥ゆかしい令嬢は仮の姿―」
ただの令嬢なら、起爆剤にはならない。ならば、とアマリアは勝負に出た。
「―ヨルク様の許婚よ。愛しい愛しいあの方の」
一瞬、静まり返る。しばらくしてアマリアの発言に衝撃が走ったようだ。乙女達は猛抗議を始めている。
「あ、ありえないでしょう!?貴女が!?」
「いくらなんでも、酷過ぎる嘘だわ!」
「……あなた、お気は確か?」
テーブルの上のお茶菓子やティーポットはそっちのけで、アマリアに群がっていく。
「どうとでも言うがいいわ。私、旧知の仲なの。幼少期から共に過ごしてきたのよ。幼い頃のあの方との思い出を語りましょうか。……きっと、羨まし過ぎてまともに聞いていられないでしょうけれど」
アマリアは自分でも驚くくらい言葉が出てきていた。ここまで上手にハッタリをかませるものなのかと、密かに自身に感心していた。
「ヨルク様はいずれハーレムを築き上げる方。こちらにて出逢った婦人も招かれるかもしれないわ。ですから、私の目から見ても相応の方でないとね?」
あまりにも堂々とし過ぎているアマリアに対し、乙女達は反論しなくなっていった。変に素直な性分なこともあって、信じ込みやすいのかもしれない。
「ねえ、皆様方?私は知りたいのよ。あなた達の本当のあの方への思いを―」
アマリアのこの発言に乙女達は一気に殺気づく。このぽっと出の令嬢は許婚と言ってのけ、あまつさえ自分達を品定めしようというのだ。馬鹿にするにも程があると思われたことだろう。
「……見くびられたものね。わたくし達はあの方への想いは崇高なものよ」
「ええ、皆同じ想いですわ。我々はあのヨルク様に選ばれたのですから。あの方に恥じない淑女でありたいの。……挑発には乗りませんわよ?」
それでもヨルク派の乙女達は、あくまでも平常心であろうとしていた。アマリアの発言に気分は害しはしたが、茶会の続きを再開しようとしていた。
「……」
「……」
エレオノーラ達も大人しいままだ。本来の主役であるはずなのにだ。
「ねえ、お姉さま方?お姉さま方もそうですよね?私達は『ヨルク様第一』でしょう?……周りは勝手な推測をなさるけれど、私達と同じ想いですわよね?ねえ、エレオノーラお姉さまにカンナお姉さま?」
ヨルク派乙女の一人の言葉を皮切りに、主役の二人が注目される。針のむしろの中、二人はしばらく黙り込む。
「……アマリア様」
カンナと目が合った。というよりは、カンナが強く目で訴え続けてきたのだ。アマリアには彼女の意図が伝わった。
「……うん。私は平気よっ!」
どこか抑え込むような様子ではあったが、カンナは自身を納得させているようだ。自分の公演を経て、カンナは自分の恋は秘めておくと決意をした。ならば、自分の思いなど押し込めてでも隠し通そうと決断したのだろう。
「……ふふ、カンナは強いのねぇ」
エレオノーラもまた、カンナの決別の習慣を見守っていた。考えるところはあったのだろう。
「……確かにそうよ。それでも、お二人は―」
アマリアもカンナの公演にはがっつりと関わっていた。カンナが出した結論は、アマリアも関与している。その出した答えによって、二人はこうすることにした。それはそれでどうなのか、とアマリアは今一度尋ねようとしたが。
―既に二人は乙女達に答えを見せていた。エレオノーラもカンナもしっかりと頷いた。言葉はない。それでもヨルク派としては十分な答えであった。
「そうでしょう、そうでしょうとも!」
「また一丸となりましたわね!」
「同志で良かったわ!」
乙女達は次々と嬉々とした声を上げていく。これでいいのだと、結論づけようとしていた。剣呑とした雰囲気も一転して、エレオノーラ達を温かく迎え入れようとしていた。
「―私達はヨルク派ですもの!」
「選ばれた乙女ですもの!」
「ヨルク様大好きですものね!」
高らかに笑う彼女達を黒い霧が包んでいく。その次の瞬間、アマリアは自身の目を疑うことになる。
「なっ……!?」
「ひっ!」
ヨルク派を賛美している乙女達がドールの姿と化していたのだ。豪華なドレスに身を包んでいても関節の節目が目立つ。
「今のは……?」
次に瞬きしたときには、乙女達は人間の姿に戻っていた。アマリアは自分の見間違えかと思ったが、某執事が悲鳴を上げていたので気のせいではないだろう。レオンである。
「……まずいわね」
怯えるレオンをアマリアは気の毒に思いつつも、今は放置する。いざという時のフォローはフィリーナに任せることにした。こういったことが大好きであろうフィリーナなら、どうとでもなるだろう。アマリアは状況を整理する。
乙女達だけならまだしも、エレオノーラもカンナもそうなりかけていた。主役であろう二人が舞台の一部になろうとしている。時間は限られている。このままモブ扱いで終わってしまった場合。アマリアには迎え難い結末が待っていると予想できた。支配者が今こうして容認してくれていること自体、あの状況からは奇跡にも近い。チャンスは今宵限りだ。
「……そうなのですね、エレオノーラ様もカンナ様も」
アマリアはもう一度二人に尋ねる。二人とも言葉が見つからないのか、俯いたままだ。
「そう」
アマリアは天を仰いだ。かえって良かったのかもしれないと思っていた。これでやけになって彼女達の想い人を暴露してしまったら、何もかも水の泡だった。
「―ならば、私は」
視線を乙女達に戻したアマリアは、とんでもない暴露することになる。アマリアがである。