舞台立ち入り禁止
「二つ星……」
アマリアの喉が鳴る。二人合わせてということだろう。そもそも連名での公演があるというのか。理解が追いつかなかった。
劇場内も格調の高いものだった。三階席まで用意されており、広々としている。舞台前のオーケストラピットではウサギの着ぐるみ達がいた。彼らは各自楽器を持ち、演奏をしていた。見た目に反するほど厳かな音色だった。
「お、きたきたー。こっちこっちー」
前方の席から男子生徒の声がする。客席にもたれながら手招きしているのはレオンだった。間延びする言い方になっているのも、座り心地があまりにも良すぎるのが原因だ。ちなみに彼の周囲はがら空きである。
「ほら、フィリーナちゃんやアマリア先輩。まだ来てないけどエディ君。で、オレ。四人分確保できれば良かったんだけど。ま、いいかー」
他の生徒達は、離れた位置でレオンを警戒するように見ていた。彼らはあからさまに距離を置いて席に座っている。心が折れそうな事態であるが、レオン本人はどうってことないと笑っていた。
「食いつくよね。今アツい話題といったら、だし」
レオンは三階席までを振り返って仰ぎ見る。自分達の周囲はともかくとして、満席に近かった。
アマリアもフィリーナも詰めて座ることにした。フィリーナが我先にと着席する。
「わたし、ここ」
「……フィリーナ様?」
フィリーナはレオンと一つ間隔を空けて座っていた。アマリアは疑問に思った。フィリーナの性格上、レオンをないがしろにすることはないだろう。二人が仲良い、波長が合うのも理解している。アマリアにとって、今のフィリーナの行動は謎過ぎた。
「アマリア、……先輩は真ん中」
「どういうこと?私は端で構わないわよ」
「いいや、アマリア先輩はど真ん中だって。ほら座って座ってー。……はあー、この椅子いいわー。まじ持って帰りてぇー」
レオンまで同調してきた。とんでもない発言もしていたが、フィリーナがスルーしていたのでアマリアもそうすることにした。
「どうなさったの、二人とも?」
「どうもなさってない。ほら、後ろの人が困るから。早く座るの」
「それはそうだけれど……」
失礼、とアマリアは二人の間に座った。それでいいとフィリーナは頷く。
「その、落ち着かないのだけれど……」
アマリアが座ると同時に、フィリーナもレオンも体を寄せてきた。かなり近い。アマリアは正直身動きがとりづらくなっていた。
「気にしないで。そういうもの」
「そうそう、気にせずいこー」
「そういうものなのね……?」
開演のブザーがなる。私語は慎むべきという空気になっているので、アマリアはひとまず大人しくすることにした。
舞台の幕が上がると、劇場そのものの洋館が現れた。
「……やはり」
その上空には彼がいた。学園の支配者と名乗る少年だ。今回もご丁寧に服装を舞台の雰囲気に合わせていた。この立派な洋館にお呼ばれしても不自然ではない、正装である。
「ああ、逃れられないのねぇ……」
哀愁漂う女性の声がする。憂鬱そうに舞台袖が出てきたのは、黒いドレスを纏ったエレオノーラだった。デコルテが大きくデザインを難なく着こなす。エレオノーラが公演の主役であろうことはは予想ができた。だが、次に出てくる人物に仰天した。
「……覚悟決めましょう、お姉さま。私達だって譲れないものはあるもの」
フリルがふんだんにあしらわれた黒いドレスの少女。彼女はカンナだった。アマリアは驚く。と共に納得もした。―カンナの舞台は中断されたようなものだったと。
「さすがねぇ、カンナ。……ええ、参りましょうか」
二人は支え合うように手をとり合う。
「行かないと……!?」
立ち上がろうとしたアマリアだったが、一瞬視界がぐらつく。横にいた二人が慌てて支えてくれた。
「ごめんなさい、二人とも。……え?」
すまなさそうにアマリアは二人を見るも、すぐに違和感を覚える。フィリーナとレオンはアマリアの体を支えたまま動かない。観客達は微動だにしない。アマリアは悟る。これは時間を止められているのだと。誰の仕業かまでも想像ついたようだ。
「だよね。うーん、ここまでかなぁ?うん、ここまでだね!」
白々しい高めの少年の声。アマリアにとってわからないわけがなく。
「……言っている意味がわからないわ!」
よろめくのを誤魔化すようにアマリアは走りだす。自分の体は動ける、まだいけると鼓舞する。舞台前のオーケストラピットまで着くと、そのまま飛び込もうとしていた。
「きゃっ」
突入しようとしたが、アマリアは見えない壁のようなものに弾き飛ばされてしまった。もう一度、と体を起こすが。
「無駄だってば。もうね、甘い顔もここまで。―きみの乱入はここまでだよ」
「なんですって!」
「いくらきみのお願いでも、もう聞けない。きみの体に相当負担がいっているからね。あーあ、もっと、早くこうしてれば良かった。……ごめんね、アマリア」
「くっ」
心の底から申し訳ないと思っているようだ。支配者の表情からそれは感じ取れた。そこにあるのは善意だとしても、アマリアとってはたまったものではない。
「これからはさ、大人しく観ててよ。それとも、もう訪れる気がなくなるかな」
「ふふ、何を言うのかしら。あきらめるわけないわ……!」
「うん、そうだよね。きみは最後まであきらめないんだ。―何も出来ずに『ここ』を卒業するまでね」
プレヤーデン学園を卒業するまで何も出来ない。学園の支配者は、最悪な未来を提示してきた。
「……!冗談ではないわ!ええい、このようなもの―」
怒り混じりに走りだすも、やはり見えない壁に阻まれる。さらに体当たりをかけようにも、アマリアは周囲のざわつきに気がつく。時間が動き出した。支配者の狙ったようなタイミングだった。
「ふ、不覚!わたしとしたことが遅れをとった!」
「構えてたんだけどなー。瞬発力すごすぎない?なに、瞬間移動?」
フィリーナとレオンがやってきた。フィリーナはこれ見よがしに、レオンはそれとなくアマリアを拘束する。二人の狙いがこうだったのだろう。アマリアの舞台突入時に便乗してしまおうと。
「お二人とも……」
アマリアは形容しがたい気持ちでいっぱいだった。そこまでして共に舞台に上がろうとするのが嬉しくも、困りもする。そしてたった今。支配者によって舞台から拒絶されてしまった。
「いえ、私はあきらめない。ここで終わるわけには―!」
アマリアは諦めず、一心不乱に体当たりをし続ける。その異様な様子に、観客達からも痛ましく思われているようだ。傍から見ると訳も分からず発狂しているようにしか見えないのだ。
「……」
「……」
フィリーナもレオンもそうだ。必死なアマリアを茶化す事な出来ず、ただ見守ることしかできない。
「どうしても!終わるわけにはいかないのよっ!」
何がアマリアをそこまで駆り立てるのか。それが二人にはわからなかった。
「……あのね。体痛めるから、そのへんで」
フィリーナが気遣って声を掛けをする。その時だった。
「……!?」
アマリアの興奮が一瞬で冷める。目の前が真っ暗となったのだ。―どうやら劇場内の照明が落とされたようだ。
「な、なに……!?」
「突然なんだ!?」
照明は復旧せず、観客達のざわつきが増す。
「一体何が……」
まだ暗闇に目が慣れないながらも、アマリアは舞台の上方を見る。うっすらと支配者らしきシルエットは確認できたが、彼は何も動きを示さない。おかしな話だった。舞台が中断されてしまっているのだ。彼ならばとっくに復旧させるはずなのに、そうしようとしない。どうしたことか、そうアマリアが思った時だった。
「えっ……?」
アマリアの前に何者かが立っていた。目の前の人物は遠慮もなくアマリアの手をとった。そして、走りだした。
「ええっ……!?」
急に走りだした事により、アマリアの足がもつれる。それでも相手はお構いなしだった。かなり強引であった。
「どうしたの!?」
「ちょ、先輩!?」
心配するフィリーナとレオンの声もするが、遠ざかっていく。心配しないで、とアマリアは伝えたかったが自身がどうなるかすらわかっていないのだ。言いようがなかった。それでも。
「……不思議」
自分より柔らかな小さな手。得体のしれない相手のはずなのに、アマリアは不思議と安心できた。
相手に誘われるまま、アマリアは軋む廊下を走り抜ける。どこを走っていたかはわからないままだったが、ただひたすら走り続けた。そしてようやく。
「はあはあ……」
アマリアが舞台に上がると同時に、目の前が明るくなった。その眩さに一度目を閉じるも、ゆっくりと開ける。
「何できみが……」
やはりというべきか、一連の騒動は支配者は噛んでないようだ。不可解といった表情のままだ。それならそれでよしと、アマリアは目当ての人物達と接触することにした。
「どなたかは存じませんが、感謝致します。……与えられた機会ですもの。易々と逃してなるものですか」
そりゃそうなりますよね。