それぞれの恋のかたち
ぎらつく劇場街の中、アマリアは立つ。辛うじて眠れはしたものの、若干出遅れてしまったようだ。生徒達は一斉に同じ方向に歩いている。今注目されている公演は、エレオノーラの公演のはずだ。だが、万が一に違っていたとなるとタイムロスとなる。
「あら、あなた」
「ひっ!」
思案していたアマリアのもとに、タイミング悪く姿を現わしてしまったのはウサギの着ぐるみだ。それも話が通じる勝気な方ではない。アマリアに対しては特に臆病なウサギの方だ。
「それでも職務には忠実なはずよね。―ごきげんよう。お連れしてほしいところがありまして。お願いできるかしら」
そして、エレオノーラの名を告げる。これで有無を言わさず連れていってくれるはずだが。
「……?」
何も起こらない。アマリアは首を傾げる。今度はゆっくりと伝えるが結果は同じだった。
「お、同じだよぉ……。何回やったってぇ……」
「むむ……」
着ぐるみは後ずさりしながら言う。解せないといったアマリアを目にしたからなのか、距離を取りながらも口にする。
「これ、僕の独り言なんだからね。……これだけ人が集中している。あと、今日一番の話題はわかるでしょ?……お目当ての相手かはわからないけど、放っておいていいのかなぁ?……なーんてね」
「なんと!ああ、なんて素晴らしい独り言なのでしょう。心からの―」
「職務に忠実なので戻りますぅぅぅ!」
それとなく情報をくれたようだ。アマリアは感謝の意を伝えようと詰め寄る。と同時に着ぐるみに逃げられてしまった。揚げ足までも取られてしまった。
―エレオノーラ様って、ヨルク様と入学当初からの付き合いだよなぁ?まさかずっと欺いていたのか?
―ヨルク様、知ってたんじゃね?それでも侍らせたかったとか。ま、あれだけの美女だしなぁ。自分への想いとかどうでもよかったんかね。もう美女に囲まれていればそれでよし!ってかんじで。
―カンナ様もエレオノーラ様も大したものだよなー。あれだけヨルク様ガチ勢って感じだったのに。
下種な噂が飛び交っている。アマリアは気分を悪くしながらも、彼の噂話に聞き耳を立てる。やはりというべきか、ヨルク派の話題が中心だった。エレオノーラだけではない。カンナも蒸し返されており、ヨルクに対しても夢の中なのをいいことに言いたい放題だった。
「……」
アマリアは一体誰の劇場へと向かっているのか。緊急性があるには違いないのだと言い聞かせながらも、足を進めていった。
そうして歩いている内に、アマリアは目的地らしき建物がみえてきた。生徒達が入口前でたむろっているので、おそらくそうなのだろう。整えられた庭園を抜けると、洋館へと辿り着く。次は立て看板をと探そうとしたところ。
「……ロベリア様?そして」
艶やかな黒髪の令嬢が門の近くで留まっていた。少女の視線の先にいるのはフィリーナだった。フィリーナは誰かを待っているようだ。親友相手にやたらと声を掛けづらそうにしているのはロベリアだ。立ち会ってしまい気まずくなっているのがアマリアだ。声を掛けるべきか、そのまま通り過ぎるしかないのか。アマリアは困ってしまった。
「―あ。来た来た。おーい」
「フィリーナ様!」
フィリーナがアマリアに対して大きく手を振っている。待ち人はアマリアだったようだ。フィリーナから声を掛けてくれたのは幸いととってよいのか。
「……あと、ロベリア。そろそろいいかな。わたし、気づいているから。ロベリアもちゃんとこっち来て」
「わ、わたくしは」
アマリアの気のせいではないようだ。ロベリアはやはり話しかけにくそうにしている。あまつさえ、アマリアを盾にしている。アマリアは甘んじていようとも思ったが、フィリーナを待たせるわけにもいかない。行きましょう、と促す。
「……なりません。ならなかったのです。あなたの傍にいるべきではなかったのです」
恋しそうに相手を見つめるのに、いつものように積極的に近づこうとしない。アマリアが思い当たったのは今朝の騒動だ。満月寮の生徒達の心ない言葉をもし、ロベリアが聞いていたのだとしたら。そのことにより、深く傷ついて思い悩んでいているとしたら。幼馴染で親友。―そして、誰よりも大切な相手であるフィリーナとどう接したらよいのか、ロベリア自身ままならないのかもしれない。
「ロベリア様……」
アマリアは自分も一因であると考えていた。人々の注目を集め始めていることもあり、アマリアは言葉を選んでいる。そうしている間にフィリーナが一歩一歩近づいていくる。
「ロベリア」
「!?」
しっかりとロベリアの名を呼ぶと、フィリーナは相手の手を両手で包み込んだ。ロベリアが動転しながらも離そうとする。だがフィリーナは譲りはしない。より強く握りしめる。
「……あなたが。ロベリアがわたしの事嫌になったのなら、まだわかる。それで離れたくなったのなら、まだわかるの。わたしもちゃんと反省する。悪いところ直すよ」
「そんな!フィリーナに悪いところなどあるわけが……!」
「うん、そうだよね。それならいいでしょう?……ロベリアだってそう。わたしの大切な人」
「フィリーナ、わたくしは……!?」
「わたしにとって、かけがえのない人。ロベリアだから傍にいて欲しいの。……ねえ、ロベリア。寂しい思いさせてたね。ごめんね、ロベリア」
そう言ってフィリーナはロベリアを抱きしめた。あやすように背中を撫でている。周囲からの不躾な視線も気にもせず、フィリーナは抱きしめ続けていた。
「そ、その。フィリーナ?そのへんで結構ですから……」
遠慮がちにロベリアは体を離す。フィリーナもそう言われて続けることもない。
「今はそれで十分ですから……」
儚げで、それでいて満ち足りた笑顔をロベリアは見せた。フィリーナとアマリアにまでも頭を下げると、彼女はそそくさと去っていった。ロベリアの目的はこの公演ではなく、フィリーナだったのだ。
「本当は寮にいつでも泊まりに来てって言いたかった。でも、それはね」
フィリーナ自身のように、起きてからも劇場街の記憶があるわけではない。さてと、とアマリアに向き直る。
「わたしの方もお待たせ。……うん、注目を浴びてしまったけど」
令嬢達の抱擁は美しいだけではない。どこか深い意味も含まれてそうだと、勘繰るような目線が今も送られ続けている。
「……私は、素敵だと思ったわ。あなた達がお互いを想い合っているのだって。私ではかける言葉が見つからなかった。フィリーナ様ならではね」
「……そう?」
フィリーナは随分間を置いて反応をした。それからもしばし考えていたようだが、ようやく口を開いた。
「うん。わたしもあの子のこと大事。……それがどんな思いからくるものだとしても、それだけは変わらないから」
「……ええ、フィリーナ様」
どこまでフィリーナは気づいているのか。それとも全く気がついてないのか。それはフィリーナ達の関係性の話であり、アマリアもおいそれと踏み込めるものではなかった。アマリアがそう思いに至ったと、フィリーナも何となく察したのだろう。話題を変える。
「行こ。レオンが席取りしてくれてる」
「あら、そうなの?悪いわね」
アマリアはレオンも来ている。そんな気はしていた。フィリーナの案内のまま劇場である洋館へと歩いていく。玄関の扉の前に立ち、立て看板を確認した。そこでアマリアは気がつく。エレオノーラの名だけでは辿り着けなったということを。
―灯された星形のランプは二つ。タイトルロールが記すのは二人の少女の名前。連名の公演だった。