ノア様チャレンジ
劇場街の入り口まで戻ってきた三人は、一旦そこで立ち止まっていた。それは、ノアが突然足を止めたからである。そこから動こうとしないので、アマリアが尋ねた。
「ノア様?どうなさったの?」
「ああ、すまないね。本日の話題について考えていたんだ。気の利いた返しが出来なかったから」
「あら。私の方こそおかしなことを聞いたものだから。気にしないでくださると」
「いや、ボクも気になっていることだからね。キミたちのことさ」
「わ、私達?」
アマリアは身構えてしまう。彼女一人だけではない。この場にいるエディも含めてのことだろう。あ、と呟いたエディはきっと察しがついている。
「そちらのシャルロワ氏?彼が眠るキミを姫君のように抱き上げて、そして自室に連れていった。そのまま同衾したのか定かではない、とね」
「ええっ!?」
アマリアは驚愕する。あらゆることに驚きを隠せない。まず、新月寮の出来事が学園中で噂になっていること。これは、寮生達の雑談から広がったのかもしれないが。それだけではない。お姫様抱っこされたということと、何よりその後が―。
「エディは自分の部屋に戻ったのよ。彼、どこでも寝られるの。それでも自分の部屋の方が落ち着くわよねっ?」
「なんかずれてない?……はあ」
心なしか頬が赤いアマリアとは違って、エディは普段通りの表情だ。溜息をついた後に続ける。
「その抱き方も一番安定しそうって、だからそうしただけ。先輩を部屋に連れていったのも本当だけど、さすがに自分の部屋に戻ってる。さすがに」
エディは表情を崩さない。アマリアも彼を見習って平静であろうとする。
「……そうよ?エディのは人助けよ。誓って不純なことなどないわ」
「おや、そうなのかい?これは失礼。……ふむ」
ノアがこれで納得した。―わけではないようだ。
「いっそ、アマリア君を抱きしめながらも寝てくれていたらね?色々と判明したのだけれど」
「なっ!」
ノアのとんでも発言にアマリアは声を上げる。隣のエディは静観している。彼はあくまでも無表情のままだ。
「……絶対にペースは崩さない。崩されてたまるか」
と、エディは頑なに暗唱している。それもアマリアには不可解だったが、今はノアの言わんとすることが気になっていた。
「な、なにが判明したというのかしら?何も判明しないと思うわよ?」
「そうかな?」
「そうよ」
「どうかな。ボクはどうしても気になっていてね。ほら、夜を共にする二人があるだろう?なら、この劇場街に訪れる時に二人同時に来るはずだ」
「よ、夜を?……ええと、ノア様?」
「恋人同士を何組か出待ちしてみた。仲睦まじく同時に入場する二人もいれば、ばらばらの二人もいる。その差は何かなって。なら、キミたちならどうかなと気になった。そういうことだね」
「……そう、そういうことなのね」
アマリアは聞いていて頭がくらくらしてきた。なので、そうとしか返事がしようがなかった。
「悪いけどしょうもない。それじゃ俺達はこのへんで」
「え、ええ。そうね、時間も迫っているものね」
アマリアにとっては苦手な話題だったので、切り上げてくれたのは彼女としては助かった。
「おやおや、シャルロワ氏。キミは試そうとは思わないのかい?」
「おっ……」
「お?」
「……思うわけがない。それで、先輩の部屋に着いたらシャレにならない」
と、エディは真剣な表情で言う。それでもノアの揶揄うような態度はそのままだ。エディはどこまでも冷静にあろうとする。
「手とか腕を繋ぐくらいの接触なら、そこまで影響がない。それこそ、がっちり密着するくらいじゃないと。……これでいい?」
「そ……」
―そうなのね、エディ!
とは、アマリアは言うに言えなかった。やけに確定事項のように伝えるのも気にはなるが、扱いにくい話題なのだ。アマリアはただ静かに相槌を打つだけにした。
「へえ、為になったよ」
「ああそう。それは良かった。それじゃ今度こそ」
「キミは試す気はないんだったね。では、遠慮なく」
「……は?」
エディは反応が遅れてしまった。エディが気づいた時にはすでに。
「ノア様、どういったおつもりで……?」
「―ボクの方で試させてもらおうかな?」
ノアがアマリアを抱き寄せていた。長身とはいえ、病弱であると有名であるノアだ。それなのに、抱きしめる力は強かった。
「それでは、シャルロワ氏。今宵はこれにて、ごきげんよう」
「……は?いや、なに?待っ―」
今になって取り繕えなくなったエディが、慌てて駆け寄ってくる。だが、間に合うこともなく。体を寄せ合ったまま二人を、エディは見送る形となってしまった。
なんでもかんでも試すのはいかがなものか。