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舞台に立ち続けるというならば。―背けていた事実。

 新月寮に戻ると、朝の活動をする生徒達の姿もあった。巡回を行っているクロエも毎朝のことである。玄関口で眠そうにしているエディもいつものことで―。

「エディ!?」

「なんで!?」

 アマリアもレオンも思わず二度見した。

 見間違いではない。あのエディがこの早くから起きているのだ。あまりにも意外そうにされていることに、エディは不服そうな顔をする。

「別に起きられる。俺だって」

「もう。そうだよ?エディ君はやればできるんだから」

 クロエも乗っかった。なんてね、と軽やかに言うとクロエは巡回に戻っていった。挨拶しそびれたアマリアはしょんぼりとしつつも、改めてエディを見る。

「おはよう、エディ。朝食はもう済ませたの?」

「ん。まだ」

 エディはまだ眠そうにはしているものの、会話は出来ている。

「そうなの。それではご一緒にいかがかしら。レオ君も」

「んー、オレ支度してくるし。軽くは食べてきたし。先食べててー」

「そう?待ってるわね」

「適当でいいってー」

 と言うレオンの声が遠ざかっていった。

「……レオ君」

 エディがぽつりと言う。その後すぐに別にと訂正した。

「?」

 アマリアにはよくわからなかったが、エディとも積もる話があった。だが、その話はここらで出来る話ではない。

「うん」

 エディにもそれがわかっていた。

「まあ、アイツのことも」

「あいつって」

「アイツ。なら、どこかで時間潰そう」

 身支度をしてくると言っていたレオンのことだろう。そして、本当に待とうとしているアマリアのことも、エディは考えていた。エディはアマリアを手招きする。

「エディ?」

「こっち」

 そうして連れて来られたのは談話室だった。朝の準備に勤しむ生徒達が大半なので、この時間帯の利用者はほとんどいない。穴場ともいえた。先に寮の食堂に寄って、コーヒーをもらってきていた。長机の上に置く。

「座って休むってことかしら。そうね」

「そう」

 変に遠慮する関係でもないので、二人同時に腰かけることにした。アマリアが一人用のソファに足を揃えて座る。

「……」

 エディは大きめのソファに座ろうとするのをやめ、長机を挟んで向かいのソファに腰かけた。お互い向かい合う形となる。

「えっと……」

 アマリアには妙な照れ臭さがあった。真向いのエディからは表情が読み取れない。無表情のままエディは言う。

「話そう。ここ最近、二人でいることなかったから」

「お話。ええ、いいわね」

 劇場街の話は無理でも、日常のとりとめのない話なら問題ないだろう。こうしてエディと過ごす穏やかな時間も久しぶりだった。アマリアは喜んで受け入れた。

「そうね、この前―」

 アマリアが話し始める。エディがそれに耳を傾ける。実に穏やかな時間が流れていた。ゆっくりと、ゆったりと。忙しない朝でも、今この空間だけが静かだった。お互いの会話だけがある。それだけだ。互いだけだった。

「ふふ、なんだか……」

 アマリアにとっては心地の良い時間だった。と、同時に眠たくもなってくる。それは退屈だからではない。その心地良さに満たされているからだ。それに、疲れや寝不足だったこともある。出かかった欠伸を噛み殺しはしたものの、また出そうになる。

「なんか今の先輩、いつもの俺みたい」

 と言われたアマリアだったが、確かに眠いのは事実だ。アマリアは残りのコーヒーで眠気覚まそうとする。飲み干したものの、眠気は一向に覚めない。

「……先輩、やっぱり」

「エディ……?」

 エディが立ち上がる気配がする。何がやっぱりかはわからないが、アマリアは大丈夫だと笑おうとする。だが、襲いくる睡魔に抗えることもなく。アマリアは重たい瞼をそのまま閉じてしまった。

 そこからのことは、アマリアは断片的にしか覚えていない。エディが近くにいた寮母に何かを話しかけている。そして、抱き上げられた感覚がした。ゆらゆらと揺られながら、アマリアは身を委ねている。見知った声も聞こえる中、着いたのはアマリアの自室だ。寝室まで連れていかれ、丁重にベッドの上に横たわらされた。

「―たまには、ゆっくり休めばいい。おやすみ、先輩」

 エディのその言葉とともに、アマリアは眠りに落ちた。


 アマリアが目覚めた先。それは寝室ではなく、劇場街だった。いつもの騒々しさにすっかり彼女の眠気は吹き飛んでいた。たくさん寝ていたこともあるのだろう、体調は戻っているようだ。

「……この時間なのね」

 入口の前に立つアマリアは支給された腕時計を見る。熟睡していたこともあり、いつもより時間が遅かった。エディを待たせているかもしれないと、辺りを見渡す。あ、と見慣れた金髪を目にした。

「エディ。お待たせしてしまったのね」

「―っと、先輩」

 アマリアに呼ばれたエディは振り返る。やたらときょろきょろしていた彼だったが、何事もなかったようにアマリアの元へとやってきた。

「疲れとれた?」

「ええ、おかげさまね。ありがとう、エディ。……私、本当に寝てしまったようね。あなたが部屋まで連れていってくれた記憶はあるのだけれど」

「クロエ先輩から聞いた。夕飯だって起こしにいっても、そのままずっと寝てたって」

「まあ。クロエ先輩にもご足労かけてしまったわね」

 そのまま会話が続くかと思ったが、アマリアはなんとも不慣れな感じに陥ってしまった。というのも。

「……なんだか不思議な感じね」

「まあ、うん」

 劇場街でこうして共にいることは、その通り久々だった。話は再開するも。こうして立ち話をしているわけにもいかない。

「私、寄りたい所があるの。少し待っててもらえるかしら」

 アマリアは向かう予定の劇場をエディに告げた。カンナの劇場だった。登校もせず、朝それきりだったので気になっていたのだ。ヨルク達がフォローしてくれたこともあり、大事に至ってないとは思いつつも気になることは気になっていた。

「ん。ここらへんでぼうっとしている」

「ええ、わかったわ」

 エディが首を突っ込んでくることはなかった。アマリアは安堵しつつも、軽く頭を下げて目的地へと一人向かうことにした。


「……いいのよね?」

 道中着ぐるみ達の姿はなかったので、アマリアは行きも帰りも歩きだった。そう、カンナの劇場に立ち寄った帰り道だった。アマリアは首を傾げつつも、入り口へと急ぎ足だった。

「休演、ですものね」

 寄ったところ、カンナの劇場は『休演』と掲げられていた。その後、アマリアはカンナと会うこともなかった。ただ、すれ違う生徒達はカンナの話を特にもしておらず。それでいいのかとアマリアは納得するしかなかった。

「そして……」

 アマリアが次に向かったのは、フィリーナの劇場だった。カンナの舞台の件で、レオンとは話ができたものの、フィリーナとはまだだった。だが生憎なことにフィリーナはそこにはいなかった。付近を探すも見当たらない。アマリアは目覚めたら話しかけてみようと結論づけた。

 あれこれ考え込んでいるうちに、アマリアは入口近くまで戻ってきていた。

「……あ」

 本当にぼうっとしていたエディだったが、アマリアに気がつくと視線を向ける。

「お待たせしたわね。本日はもう戻るのみよ。……そうね」

 アマリア当人もそうだが、目の前のエディの意識もしっかりしている。今ならエディと話せそうだった。

「あなたさえ良ければだけれど、お話していかない?」

「話」

 表情が乏しいエディなので、これは肯定なのか否定なのかわからない。乗り気でないのかと思いきや、エディは話を切り出してきた。

「……やっぱり、アンタの疲れは蓄積している」

「そうよね、劇場街に長く留まったり?ましてや舞台に―」

 アマリアは口を噤む。エディが言わんとしていることがわかってしまう。

「アンタに負担がいってるんだ。確実に蝕んでる」

「私を……」

 エディにはっきりと告げられ、アマリアは唖然とする.。その言葉は彼女に重く圧し掛かった。ここ最近本調子でなかったのも、納得がいく話だった。

「場所、移そう」

「ええ……」


 人目を避けるようにやってきたのは、アマリアの劇場前だった。休演中で元々一つ星と注目されてなかったこともある。エディはうってつけだと思ったのだろう。他にも理由があるのかもしれない。彼は話を続ける。

「―で、さっきのだけど。ただ鑑賞するくらいだったら、そんなに疲れたりしない」

「私のように舞台に参加したりするから?そんな、今まではそこまでは―」

 アマリアは振り返る。初めての自身の公演も、そして次のフィリーナ達の公演でもここまでの疲労はなかった。ただ、アマリアが一つ思い当たるのはあの公演だ。レオンの四つ星公演である。そこから体調を崩す頻度が増したのは事実だ。

「あの四つ星公演の疲労が半端なかったのは確かにそう。でもそれだけじゃない」

 エディは肯定するも、それだけではないようだ。

「先輩が舞台に立ち続ける限り。それがずっと続く」

「私が……」

「衆目にさらされて、一斉に悪意を向けられる。アンタ一人でそれを受け止めなくちゃならない。アンタはなんてことないってやろうとするし、実際にやってのけたりもするけど。……事実に目を背けているだけ。負担が相当いってるんだ」

「……そうなのね。ええ、その通りね」

 アマリアはは重く受け止める。こうしてアマリア自身の体が教えてくれたのだろう。知らず知らずに無理をする彼女に警告をしてくれてたのだ。

「そうね、限界って確かにあるわ。これから先、もっと考慮した方が良いのね」

「そこでやめるって発想にならないの」

「それこそ難しいお話ね」

「……はあ」

 アマリアは苦笑した。そうしたいのはエディの方だったが、アマリアはそういう人だというのはわかっていた。こうは言っているものの、また無理をするのではないかという不安もエディは消えてはいない。

「あら、疑いの目。……本当はね、それでも全てを救えると言いたいわ。自分はやりきれると言いたい。でも、どうしたって限界はあるものね」

 歯痒い、とアマリアは呟いた。

「先輩。……俺は」

 と、言いかけたところでエディは黙り込んでしまう。

「……」

「……エディ?」

 エディの沈黙は続く。いくら何でも長いのではないか、とアマリアは恐る恐る聞いてみた。エディがやたらと後ろを気にしているようなのも、アマリアは不思議だった。

「―おやおや。すまないね、密会を邪魔する気はなかったのだけれど」

「……え?」

 申し訳なさそうに言いながらやってきたのは、ノアだった。付け加えるとすると一応は、といった体だった。口ではそうでも、表情はそこまででもないからだ。

「なんでここに……」

 アマリア以上に驚いているのはエディだった。わざわざ来るような場所でもないから、というのがエディの考えだ。

「なんで、と言われてもね。散策したら辿り着いただけさ」

 と、ノアは飄々と言う。

「やあ、シャルロワ氏。……初めまして、で合ってるかな?キミのことは存じていたけどね」

「……どうも」

 淡々とした返しも、そういうものかとノアは気にしてないようだった。そのまま用件を告げる。

「本当はすぐに引き返そうと思ったのだけれどね。ほら、時間じゃないのかい?」

「時間。―あら、そうだわ。教えてくださってありがとう、ノア様」

 夜明けが近づいていた。そろそろ入口まで戻らなくてはいけない時間となっていた。せっかくなので三人で戻ることになった。

「……」 

 アマリアはエディが言いかけたことが気になっている。だが、彼は今は話す気はなさそうだった。ノアがいることもある。

「体調は大丈夫かい?学園を休んでたと耳にしたものだから」

「ええ。すっかり良くなったわ。……その、何か学園で目立った話題とかは?」

「いつもと変わらないよ。普段通りさ。ああそうだね、授業の課題が風変りで―」

三人、というようりはアマリアとノアが世間話をしながら、入り口へ戻ることとなった。

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