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彼とはどんな人かしら

「アタシ、あまり視力良くてなくてさ。キミがぼやけてて見えてた。へー、こんな感じだったのね」

 実は眼鏡を普段使いしているというスーザンと共に、ダイニング室へと向かっていた。

「まあ、そうだったのですね。改めまして、よろしくお願いします」

「はー、ほー、へー。見た目と言動とのギャップがすごいかった」

「不一致という事でしょうか……?なんと、わたくし、一貫性がなかったいう事ですね。ご指摘ありがとうございます、今後精進してまいります」

「いやいや、そこまで考えなくていいと思うなー?」

 ふと、スーザンはふと思い出す。

「そうそう、クロっちからまだ伝言があった。お腹空いているだろうから、調理のおばちゃん起こしてって。それか、保存食で良ければあるけどってさ」

「お腹ですか」

 アマリアは自身の腹部に手を当てる。色々な事がありすぎて、食事の事がすっかり頭から抜け落ちていた。そして、食欲もそこまでわいてもいない。そもそもご婦人を起こすのもアマリアとしては遠慮したいところだった。

「お気遣いありがとうございます。わたくしは大丈夫です」

「そう?」

 クロエに大浴場で会うなら、そのまま連れてきて欲しいと頼まれたようだ。話をしているうちに目的地へと到着した。そこは大型のソファもあり、談話室も兼ねているようだ。

 その大型ソファに座っていたのは、短髪の少年だった。アマリア達に気がつくと、軽く手を振った。気さくそうな人物だ。

「と、殿方?わたくしは、なんてはしたない姿を!?」

 アマリアは青ざめる。部屋着のままで殿方の前に出るなど、彼女にとって青天の霹靂だった。これ以上の失礼があってはいけない、と挨拶と自己紹介をする。相手も笑って返してくれた。アマリアは安心した。

「つか。そんなガチガチなのもキミくらいだよ」

「なんと、わたくしくらいだったのですね!」

 言われてみれば、とアマリアは気がつく。あろうことにも、この二人は指定の部屋着を着用していない。二人の個性的な部屋着はどこから調達したのだろうか。

「ちょっとー、手伝ってー!」

 この声はクロエだろう。手伝おうとアマリアが立ち上がる前に、少年が元気よく返事する。

「はい、お嬢!ごめんね、俺そのまま抜けるけど、あとでお嬢は戻ってくると思うから。おやすみ!」

「はい、おやすみなさいませ」

 そして、尻尾を振るかのように全力疾走でクロエの元へと向かっていった。忠犬そのものだった。

「あちらの方はクロエ先輩を慕っておられるのですね」

 出会ってばかりだが、クロエはきっと良い先輩だ。アマリアはうんうんと一人で納得していた。

「あ、うん。そうだねー。……彼はクロっちの犬だからね」

「なんと。わたくしも犬のような方だとは思っておりました。クロエ先輩の犬という事は、忠義の関係ということですね!」

「あ、うん。そうだよー。それはまあ、間違ってはいない。彼は健気だよ」

 意味がよくわかっていなくとも得意げな令嬢。そんな彼女に対し、スーザンは苦笑いした。そして欠伸をする。

「すまんけど、アタシもう寝るね。そろそろ点呼の時間だし。キミはクロっち待ってた方がいいと思うけど」

「はい。色々とお話ありがとうございました。おやすみなさいませ」

「うん、明日からよろしくね。っつても、学年違うし。学園じゃそう会う機会もないのだろうけど」

「さようでございますか。そうそう、お会いしたら挨拶してもよろしいでしょうか?……その、スーザン先輩?」

 アマリアは体をまごつかせている。自分で先輩と口にして、一人で照れている。まだ只の同じ寮生、そして知り合い程度といえど交流が出来た事。アマリアにとっては嬉しい事だった。そしてこの陽気な彼女なら了解してくれるだろうという考えもあった。

「……」

「……?」

 返事はなかった。迷惑だったか、とアマリアは反省しようとする。

「……ああ、違うんよ。そう、うん、挨拶くらいは全然オッケー!ただ……。そう、アタシ学園ではせっかちだからさ、挨拶に気づかない時とかあるかも……?」

「まあ、かしこまりました。もちろん、お気になさらないでくださいね。わたくしも弁えますから」

 空気を読むようにという事ですね、とアマリアは息をまく。スーザンは気まずそうに笑うだけだったが、彼女なりに空気を変えようとしたようだ。殊更明るい声で話しかける。

「……つーか、アマっちはさ?もううちの生徒じゃん?」

「アマっち、でございますか!愛称というものですね」

 アマリアの脳内で連呼される。アマっち。それは愛称だ。アマリアはそう呼ばれる事が滅多にない。生まれてこのかた数える程だった。

「なんだかんだで、うちの学園恰好いいヤツ多いわけよ。キミも気になる彼がいたら、情報を教えてあげる。アタシ、こういうの大好きなんだよね。プレヤーデンの恋愛事情なら任して!」

「……!」

 アマリアの瞳が大きく見開く。食いついたか、とスーザンは畳みかけようとする。

「無償で教えたげる。だから、気になる彼できたらカモン!」

「まあ……、無償でよろしいのでしょうか。さすがに申し訳ないかと」

「ああ、いいって!アタシが好きでやってるんだからー。じゃあさ、入寮記念ってことにしておこう。まあ、気が向いたらでいいから」

「では、日を改めましてお伺いしますね。もう、お休みになる時間でしょう?」

「まじ?早速?それなら焦らさないで!眠気ふっとんだ!早くー、アマっちー」

 猫撫で声でアマリアにすり寄ってくるスーザン。そんな彼女の瞳はきらきらだった。眩いくらいだった。

 あくまで善意なのだろうか。出会ったばかりで相手の事は計り知れない。だが、今のアマリアは背に腹を変えられない。アマリアが考えられる限りで伝える。

「実はですね。今回の入学にあたりまして、父の知り合いのご子息がおられると伺っておりまして。その、お恥ずかしい話なのですが。……相手の方のお名前に自信がもてないのです」

「そうなの、まずくない?」

「ええ。もしお会いした時に、これ以上の失礼があってはならないとは思っております。ですので、ここではっきりさせておきたいという思いです」

「そうなんだ、まずくない?令嬢として」

「はい、面目ございません」

 相手は不審に思っている事だろう。だが、ここで何もかも手の内をさらすのは、アマリアは気が引けてしまった。自分の婚約者が忘れられている。それを口にしたら増々怪しく思われてしまうだろう。

「……なんだ、恋話じゃないのか。まあ、これはこれで」

「スーザン先輩?」

「……ううん?いいよ。約束したし。で、名前と。あと、学年もわかれば教えてよ」

「はい。学年は先輩と同じです。お名前はおぼろげでございますが―」

 うろ覚えといった手前、若干本名と異なる名前を告げる。

「……同じ、学年だよね?」

「はい」

 スーザンは顔をしかめる。

「つか、有名な伯爵家に似たような名前あるけど……。ここ、間違っていたら本格的にやばくない?危なかったね、アマっち」

「ええ、その通りでございます」

「うーん……」

 自分の記憶だけでは駄目だと、スーザンは胸元から手帳を出す。彼女がこれまで集めてきた情報が集約されているのだという。しばらく血眼になって探しているも、表情は険しいままだった。

「その、先輩?きちんと覚えてなかったわたくしの落ち度でございますから。もう、夜も遅いですし」

「くう……。せっかく美味しいネタになりそうなのに」

「ネタ、でございますか?」

「あ、ううん、何でもない!……ごめん、アマっち。もうちょっと当たってみる。さすがに学年は断言していたから、そこは信じとく」

「ありがとうございます。ですが、情報自体不確かですから。どうか無理なさらないでくださいね。……わたくしも、頑張って思い出します」

 本当は彼の本名を伝えた方が良かったのではないか、とアマリアは思い始める。

「いんや、いいよ。言ったっしょ?アタシが好きでやってるんだから」

「……騒がしいと思ったら。まだ起きていたのね、スージー」

 呆れ果てた声と共にやってきたのはクロエだ。スージーとはスーザンの事だろう。あだ名で呼び合うくらい、気の置けない関係のようだ。ちなみに犬のような彼はここにはいない。

「ほら、これから点呼するから。部屋に戻って戻って。ただでさえいつもいないんだから、今日くらいはね」

 点呼の時間との事で、スーザンを部屋に先に返すことにしたようだ。

「クロエ先輩。スーザン先輩はわたくしにお付き合いくださいました」

「絡まれていた、の間違いじゃない?」

「いえ、決してそのような事は」

 スーザンは後ろで頷いていた。そしてほらみたことが、とドヤ顔をしてみせる。それが癪に障ったクロエであったが、こうしていてもどうしようもない。スーザンの背中を押して自室に戻そうとする。

「はいはい、寮長さん。……ああ、そうそう、もういっこだけ!クロっちに確認したい事があるんだよね」

「……なにかな?この期に及んで」

「……クロっち、怖い。そんな可憐な見た目なのに、笑顔が怖いから。クロっちにも訊いておきたくて。こんな人知ってる?」

「!」

 スーザンがクロエに『彼』の事を尋ねてくれたようだ。約束はまだ残されている。アマリアは感謝しつつも、クロエの返事を待つ。

「……六年生、でしょ?いたかな、そんな人」

「クロっちも心当たりないか。でも、クロっちも何気に顔広いじゃん?引き続き情報求む!」

「ええー……」

 心底面倒くさそうにしていた。クロエの愛らしい顔がこれでもかと歪む。

「お願い致します、クロエ先輩。そして、改めましてスーザン先輩もです。どのようにささやかな事でも、気が向いたときでもお願いできたらと」

「……あなた関連?」

「はい」

 頭をしっかりと下げたながらも、アマリアはそう答える。ふう、とため息をついたのはクロエだ。

「まあ、何らかの情報があればで。それでもいい?」

「まあ、ありがとうございます!」 

「良かったじゃん、アマっち」

 そう言いながらご機嫌にアマリアの肩を抱いてきた。クロエはふとした疑問を投げかける。

「アマっちってなに」

「わたくしの愛称なのです」

「あなたも災難だね。スージーにうざ絡みされるようになるけど、適当にあしらえばいいからね」

「そのようなことは!」 

 そうだそうだ、とスーザンも抗議する。だが、怖い寮長の機嫌を損ねたくなかったので、彼女は一人さっさと自室へと戻っていく。にぎやかな人物がいなくなった事もあり、一瞬静まり返る。アマリアはひとまず会話を切り出した。

「本日は遅いですが、明日にでもご挨拶出来たらと考えております。皆様、朝食時にはお集まりになるでしょうから」

「……うーん。皆、朝もフリーダムだからな。っと、起きる時間もバラバラ。待ってたら、アマリアさん遅刻しちゃうかも」

「さようでございますか……」

 農作業で鍛えた足腰ならなんのその、と返そうとしたアマリア。だがそのような令嬢は奇特な人物としてとらえられるだろう。アマリアは自重することにした。

「そうだ。それならね、アマリアさん。点呼手伝ってくれない?ほら、ご挨拶もかねて。どう?」

「はい、ぜひ!」

 アマリアはクロエの素晴らしい提案に乗ることにした。

「って、ちょっとまったー!」

 そのまま点呼に行こうとした二人を止めたのはスーザンだ。あのまま自室に戻っていたのではないか。いつの間にか引き返してきたのか。

「……ずっともやもやしていてさ。言っていい?いいや、言うね!本当にただの父君絡みの知り合い?」

「え、ええ。それはもちろん……」

「うん、嘘はいってないとみた。でも、やけに必死だったような」

「そ、それは……」

「―キミはその殿方に恋をしている!」

「!」

 恋、といっていいのか。彼に抱く感情はそういったものなのか。戸惑うアマリアをよそに、スーザンはどんどん話をすすめていく。

「そうかそうか!あれか、夜会などで見初めて?んで、一目ぼれとか?んで、ここまで追っかけてきちゃったのか。うろ覚えはよくないよ、アマっち?」

 当たらずとも遠からずだった。

「憶測で話をすすめないの。……ほらスージー、今度こそ戻って。無断外出にチェック入れるよ?」

「クロっちはあんまりだ!ふんだ、おやすみ!」

 その扱いに嘆きつつも、今度こそはと自分の部屋へとスーザンは戻っていった。このやりとりはしっかりとクロエにも聞かれている。どう話そうかとアマリアが考えていたところ。

「行こう?アマリアさん」

「はいっ」

 普通にクロエが接してくれた。今はそれに甘んずることにした。


 薄暗い廊下を二人は歩く。床がきしむ音にアマリアは懐かしくなった。クロエの点呼について回りながらも、寮の住人達に挨拶していく。ところどころ空室があるので、住んでいる生徒は多くないようだ。中々どうして個性的な面々であった。

「なかなか濃かったでしょ?うちの面々」

「えっと。ご自分の主張があるのは素晴らしいと思いました。ええ、素敵な人達だと思います。……羨ましいくらいです、ご自分があるというのは」

「うん、そうだね。濃いけどいい子達だよ」

「はい」

 風変りな人は確かに多かったが、同じ訳有り同士。どこか痛み分けなところもあるかもしれない。

 クロエの案内により着いたのは、アマリアの個室だ。表札はまだない。

「クロエ先輩。本当にありがとうございました」

「いいのいいの。私、寮長だから。―ねえ、アマリアさん」

「はい!」

 率先して面倒をみてくれたのは、クロエだ。彼女には感謝しきれない、そうアマリアが考えていたところだった。問うのはクロエだ。

「気になる彼、なんだよね?」

「はい、それはもちろんです」

「……結構悠長なんだなって。本当に好きな相手だったら、もっとなりふり構わないんじゃないかなって。スージーをとことん利用してやるってくらい。妙に遠慮しちゃってるし」

「え……」

 彼とは昔からの付き合いだ。彼の人柄はとても尊敬できた。彼は大切に違いない。だが、親が決めた婚約者だ。そこにアマリアや彼の気持ちなどは。

「……のちほど、スーザン先輩にもお伝えしておきます。その方は、婚約者なのです。親同士が決めたものではありますが」

「へえ。だから彼の名前、うろ覚えなの?」

「え、ええ……」

「嘘でしょって思ってるけど、いいよ。スルーしてあげる。相手を警戒するに越したことはないし」

「……!」

 婚約者の名前がブラフということは見抜かれていたようだ。だが、そこをつつくことはしなかった。クロエはそのまま流してくれた。それより、とアマリアに告げる。

「まあ、事情はわかったけどね。今は大人しくしていた方が賢明だよ。先輩としての忠告」

 クロエが冗談めいた笑いを見せる。笑ってはいるも、彼女の空気はとても軽いものとは思えなかった。アマリアは先輩の忠告を受け入れることにした。

「はい、わかりました」

「わかってくれたらよろしい。おやすみ、アマリアさん」

「はい、おやすみなさいませ。クロエ先輩」

「……この子、とことんくだけないな」

 そう言いながらもクロエも自室へと向かっていた。廊下の闇へと消えていく姿をアマリアはただ見ていた。

「……好きな相手、か」

 アマリアは渡された鍵で解錠する。

 吹雪はいつの間にかやんでいた。窓にさす月明りの中、アマリアは自室を見渡す。今アマリアが立っているのは居間にあたる場所だ。一人用の机と椅子がそっけなく置かれていた。

 個室は二つある。一つは寝室、もう一つは物置か勉強部屋か。簡易的な調理場、そしてシャワー室に隣接してトイレもあった。

「……っ」

 急激な眠りがアマリアを襲う。疲労がピークに達しているようだ。ここは素直に睡眠をとることにした。先に開いた手前側の個室は寝室で正解だった。明日に備えて体を休める為に、アマリアはベッドで横になる。

「明日から頑張る……」

 今はただ深く眠りに落ちる。

ちょっと無理があった気がする。

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