一つ星公演 ダーリンとカンナの結婚式へようこそ!
アマリアの通る声が教会中に響き渡った。劇場内の視線が一斉にアマリアに向く。花婿から逸らせることには成功した。あとはカンナだ。
ぎょっとした顔でカンナは振り返ると、次の瞬間アマリアに抱きかかえられていた。
「な、なんなのよっ!?」
「くっ」
ドレスの重みがアマリアに降りかかる。おまけにカンナが暴れることもあり、手こずっていた。せめて、ドレスさえ何とかなればとアマリアは思っていた。その時だった。
「な、なに!?」
カンナが白い光に包まれたと同時に、彼女の服装が変わっていたのだ。大人びたデザインのものから、フリルがふんだんに使われた短めのスカート丈のウエディングドレスだった。
「なにこのドレス……。こんなのじゃダーリンとは釣り合わない……」
「カンナ様……?」
突然の事にカンナは動揺しているようだ。アマリアも驚きはするも、気を取り直す。彼の力ではないとしたら、誰のおかげなのか。以前も靴を用意してもらったことがある。何者からなのか見当もつかなかった。アマリアはこれ以上の追求は今はやめておく。
アマリアは今のドレスの方が彼女に断然似合っていると思っていた。彼女の愛らしさを引き立てているとも思える。それでも、カンナは望んでいないのだろう。最初に着用していた方が良い、背伸びをしたかったようだ。
「今の内ね!」
「な、なんて方っ!」
それはそれ。アマリアはカンナを教会から連れ出せた。感傷に浸る暇がないとカンナが抗議してくるが、アマリアは知らん顔をした。
アマリアがカンナを抱えて走っている中、ある映像が背景に映し出された。アマリアは横目で確認する。
『―カンナお嬢様。本日もよく学ばれました。これも遊び相手は務まっているでしょうか』
『先生、ありがとうございました。ダーリンも、楽しかったわっ!』
温厚そうな中年男性に、幼いカンナは愛らしくお辞儀する。すぐさま頭を上げて、男性の隣にいる少年に満面の笑みを向ける。男性はどうやら家庭教師のようであり、遊び相手にと自身の息子も連れてきていた。
カンナが幼過ぎる見た目とあってか、相手との年の差ははっきりとわからなかった。
カンナの後方に控えているメイド達は、カンナの気性の荒さをよくわかっていた。不器用な性格でもあり、同じ上流階級の令嬢たちとはうまくいってなかった。カンナと交流が出来るのはダーリンと呼ばれる少年くらいだった。
『それは何よりでございます。―とはいえ、ダーリンはいかがなものかと』
『ダーリンはダーリンよっ!』
日差しの強い夏の日のようだ。夕方になっても暑さは続いている。
つばのついた帽子を被った幼い少女はカンナだろう。自分より背の高い少年を見上げていた。相手の少年の顔はうまい事逆光で見えない。
『カンナ様、また新しい本お持ちしますね。カンナ様と読み進めると、僕も新しい発見があって楽しいです』
顔はわからないが、利発そうでいて優し気な声だった。
『うん。たくさん学んで、賢くなって。それでわたしっ。―ダーリンのお嫁さんになりたいの!』
『……えっと。学ばれる意欲は素晴らしいと思います。動機はどうあれ』
『もう、ダーリン!』
カンナが必死にアピールしていても、少年は笑顔でいつつも相手にしていなかった。
いつまでも屋敷に戻ろうとしないカンナはメイド達に連れていかれる。カンナだけは名残惜しそうに振り返る。少年はその場で片膝をつく。一方は領主の娘、もう一方はいち領民。身分が違う二人には当然といえた。
『……』
軽々しく彼の事をダーリンと呼んではいけない。例え、カンナの初恋の相手だろうと。長年の想い人だろうと。―カンナには決められた別の男性がいる。生まれた時からの許婚がいるのだ。
背景の場面に変化が見られる。成長したカンナの姿がそこに在った。頃合いからして学園入学前くらいか。
成長した彼らは、共に過ごす時間が減ってきていた。近い内に彼は故郷を発つことになっている。遠い地だ。ただでさえ身分の違いがあるのに、もう易々と逢えなくなってしまう。カンナは焦っていた。
ついにはいても立ってもいられなくなる。カンナは護衛もつけずに屋敷を抜け出していた。想い人が古くからある教会に顔を出しているという。教会は森の深まった場所にある。カンナは意気揚々と彼に逢いに行く。
『!?』
カンナは声にならない悲鳴を上げる。そこから映像が乱れる。過去のカンナ視点に切り替わる。
「……!」
全面に映し出された存在に、アマリアも劇場の観客達も慄く。
欲を孕んだ男達の姿だった。獣たちが幼く可憐な少女に襲いかかろうとしていた。劇場内にカンナの悲鳴が響き渡る。
「……カンナ様」
アマリアは腕の中のカンナを見る。その時の恐怖を思い出している彼女は、やはり青褪めていた。
「……ううん、大丈夫」
それなのに、彼女は笑ってみせた。アマリアには真意がわからなかったが、それも束の間の話だった。すぐにわかることになる。
『カンナ様!』
取り乱しながら駆けつけてきたのは青年だった。映像からは足元しかわからないが、カンナが慕う相手だった。半狂乱になりながらも、乱暴を働こうとする男達に掴みかかっていく。さらに複数の足音が聞こえてきた。お嬢様と呼ぶ彼らは屋敷の人間のようだ。
映像はぶつ切れとなっていき、音声だけが聞こえてくる。
『……あの方との婚約は白紙になったか。……いや、いい。カンナは無事だったんだ』
『ああ、カンナ……。怖かったでしょうに。―わかっております、あの青年を強くは責められません。それでも、彼に会いにいかなければ、あなたは……』
『いいか、カンナ。―今後、彼に会うのは禁ずる。伴を連れていようが、だ』
未遂だったとはいえ、外聞を怖れた相手側によって関係は破談とされた。娘が無事だったことは喜ばしいが、あの青年は一因であったと彼女の両親は考えた。
「……無駄よ。私とダーリンを隔てようだなんて」
映像を見ていたカンナは遠い目をしながら言っている。次に映し出される映像を見て、アマリアは実感していた。
自室にて塞ぎこむカンナは、やつれていた。食も細くなっていき、憔悴していった。
『……会いたい』
もう彼は旅立ってしまった。居る場所は耳にしていても、カンナからはどうすることも出来なかった。日々思いを募らせていく。
根負けしたのは両親だった。二人は自室に訪れる。彼らが打診したのは、彼の元へ向かうことだった。
『カンナ……。私達はお前が幸せなら良い』
『私達ではなく、彼があなたを癒してくれるというのなら……』
『父上、母上……。お二人は寄り添ってくださいました。それなのに、私は……』
両親は確かに心に傷を負ったカンナに寄り添い続けてくれていた。それでもカンナが今強く望むのは、ただ彼に会いたいということだった。両親もそれが伝わったようだ。父親ははっきりとこう告げる。
『お行きなさい、カンナ。―プレヤーデン学園へ』
映像の中のカンナは、力強く頷く。その目に光が戻ったこともあり、観客達は見入っていた。
「……」
アマリアは一人、困ったと呟く。プレヤーデン学園の人物だと特定されてしまったからだ。幸いとするなら、相手との年齢差が言及されていなかったことか。これならまだ、カンナのダーリンがぎりぎり生徒であるとも考えられなくもない。アマリアが苦悩している間にも、映像は続いていく。場面は、カンナがプレヤーデン学園行きの列車に乗るところだ。
『待っててね、ダーリン』
晴れ晴れしい顔をしたカンナが列車に乗り込んでいく。カンナも含めた新入生たちの顔は多様だ。沈んだ顔の生徒が大半だが、カンナのように期待に満ちた表情の生徒もちらほらいる。
列車は学園へと到着する。新たな生徒達を迎えるのは、学園を代表する生徒や教職員達だ。そう、教師である彼も―。
「まずいわ!」
映像という手段でカンナの相手が露見されてしまう。アマリアは取り急ぎ場を離れようとしていた。
「ああ、ダーリン……」
カンナが手を伸ばして映像の中の彼に触れようとする。それこそ、まずい。
「いけないの、カンナ様。さあ―」
郷愁に浸るカンナには届いてない。
「あの頃は良かったなぁ……」
「!」
想いを馳せるカンナを招くように、映像からいくつもの黒い手が出てくる。それに気づかないのか、認識していないのか。カンナは逃げようともしない。その黒い手の正体はアマリアにはわからない。だが、取り込まれたら最後という予感はしていた。
「はっ!」
カンナを抱きかかえたまま、アマリアは黒い手の猛攻をかいくぐっていく。一刻も早くこの場から離れるようにと、ただただ必死だった。
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