令嬢が待ち望んだ結婚式
学園は教師の淫行話で持ちきりだった。そしてもう一つ話題になっているのは。
―あの子。ヨルク派筆頭のカンナさん?なんか、ヨルク様に詰め寄ったらしいよ。
―なんだよ、修羅場か?いつも取り締まっている方がめずらしー。
―私に構えってことじゃないの?ほら、ヨルク様。最近、あの編入生ばっかりだから。
―編入生が物珍しいからじゃねーの?
―あの方がお優しいからよ!あの編入生のことはいいの。ていうより、カンナ様なんだけれど。
―それ。私も思うところがあって。カンナ様って、実は……。
温室でヨルクと揉めていた事も広がっているようだ。ヨルクは笑って煙に巻き、カンナは派閥の女子によって寮に戻らされていた。カンナを落ち着かせる目的があるようだ。
そうして放課後になり、進展があった。学園側からの声明があったのだ。
教師は事実を認めたとしている。複数の女生徒にも言い寄られ、そして関係をもったとも教師は発言した。あらゆる証言もあったのだろう、教師は反論することもなかった。
学園からの処分が下される。教員の資格を剥奪し、彼を追放する事だった。明日には発つことになる。二度とこの学園を訪れることがなくなる。そして―。
『ちゃんと処置』
エディが言っていたことだ。何をされるかはわからない。けれども取り返しのつかないことだろう。
「教師はどうなのかしら……。ねえ、エディ。どうだというの……?」
「……すうすう」
帰り道、エディの腕を引っ張る形でアマリアは歩いていた。エディは早朝に起きたこと自体、無理をしていた。放課後まではもたなかった。
「教職員の寮に殴り込み。……ってどうかしら?」
「……ぬうぅ」
「なんてね。言ってみただけ。本当よ、本当」
「……うぅ」
エディはうなされているのか、呻き声をあげる。本当に寝ているのか。
「……」
現実の自分には限界がある。アマリアは夕焼け空を見上げた。次第に夜へと変わっていく。
「……ええ、あそこならばきっと!」
アマリアは決意した。あの夜の街へと飛び込もうと―。
眠りを経て、アマリアは今夜も劇場街に降り立つ。いつも賑やかな街であるが、今夜は一段と騒がしい。お馴染みのウサギの着ぐるみ達がビラを配ったり、花吹雪を吹かせている。おめでたい事があったのか、どこか着ぐるみ達ははしゃいでいるようだ。
「私にも下さる?」
「ひっ!」
アマリアは近くにいた小柄な着ぐるみに話しかける。臆病ウサギだった。まだアマリアに恐怖心を抱いているようだ。それでも着ぐるみは必死に自身に言い聞かせる。
「……これはお仕事。これはお仕事。これはお仕事。はいっ!」
「ありがとうございます。して、こちらは―」
ビラを渡すだけ渡して着ぐるみは逃走してしまった。アマリアはため息をつくも、気を取り直してビラを見ることにした。見ようとしたところで、何者かに肩を叩かれた。
「ごめんねぇ。あいつプロ意識ないから、ちょっと怒っておく」
「あなたは……。ごきげんよう」
どうも、と返すのは別の着ぐるみだ。アマリアにとって一番面識がある存在である。
「いえ。私も怖がらせてしまったのは事実ですから。それに、あの方に助けてもいただきましたし」
「それな」
「……それな、とは」
どっちがそれなのか。アマリアは後者だと思うことにした。今度こそ、気を取り直してアマリアは読むことにする。
「どれどれ。『号外!―』」
アマリアは目をパチクリさせた。その内容には仰天せずにはいられなかった。
「ああ、やはり……」
それでいて、どこか納得もしていた。アマリアは確信してしまったのだ。
「―行くの?」
突然、目の前の着ぐるみが尋ねてきた。アマリアは否定することはなく、返事した。
「……ええ」
「そ。やり方、わかるでしょ?ショートカット」
「ええ、お願いします。生徒の名前は―」
着いた先は、劇場街の奥まった場所だった。劇場街の入り口と距離がある場所だろう。それなりに生徒の姿も見かける。誰もが配られたビラを手にしていた。
劇場街には似つかわしくない小さな森があった。道なりに進むと、見えてきたのは木造の教会だ。傍らには着ぐるみ達が配置されている。彼らは管楽器を手にしており、観客となる生徒達をファンファーレで迎えていた。
「発見、確保っ!」
「っ!?」
アマリアは後ろから何者かに抱きつかれる。ぎょっとして振り返ると、そこにいたのはフィリーナだった。
「見つけると即ダッシュだもんなー」
マイペースに歩いてくるのはレオンだ。この二人も劇場の訪れていた。自然な流れで三人歩くことになる。そうして教会の入り口までやってきた。
立て看板のランプは一つ点灯されていた。一つ星公演だ。
「……一つだとしても」
アマリアは思い出している。星の数が少なくても、成功できなかった公演もある。指標にはなるだろうが、絶対的なものではない。
「ようこそおいでくださいました。この晴れやかなる日、どうぞお立合いください」
教会の扉で出迎えてくれたのは、正装した着ぐるみのウサギ達だ。恭しく生徒達を招き入れる。アマリア達も教会の中へと入る事にした。
「……あのね!やっぱり話をしておきたいことがあって」
待ったをかけたのはフィリーナだ。フィリーナだけではない。レオンも神妙な顔をして頷いている。真剣な二人に対し、アマリアも耳を貸そうとする。だが。
「失礼、教会の中ではご静粛願います」
「!」
横に入ってきたのは、近くにいた着ぐるみだった。ならば出るまで、とアマリアは二人を外側に連れていこうとする。だが、扉は閉ざされてしまった。
今は入退場が制限されているようだ。扉はびくともしない。アマリア達は致し方なく入場する形となってしまった。中は広々とした空間とはなっているが、中央の通路は赤い絨毯、細やかなステンドグラスから差し込む光は厳かな気持ちとさせる。教会を模した内部となっていた。
ぎりぎりだったようだ。開演のブザーが鳴る。三人は急いで近くの席に座る事にした。
前方にある舞台の幕が上がる。場は森の中、木造の教会の前である人物が佇んでいた。
「皆さま。今宵はようこそお越しくださいました」
中央にいたのは小柄な少女だった。長い髪はアップスタイルでまとめ、純白のドレスは裾の広がりが抑え目であり、長めのトレーンも大人びた印象を与える。更に人目を惹くのは少女の後頭部のみを覆い隠すベールだ。
―花嫁衣裳の舞台の少女。彼女はカンナだった。
「……」
この舞台はいわばカンナの結婚式なのだろうか。アマリアは手元のビラを見る。そう、主役であるカンナは載っているが、相手が隠されているのだ。
今回は静粛であるようにと言われるだけあって、観客達も声を出せないようだ。観客達の花婿の予想は、それはもうヨルクだった。あれだけ日頃慕っており、取り巻いているのだから、ヨルク以外にいるだろうか。自分達はカンナの妄想結婚式でも見せられるのか。それが一般的な見解だった。
「今宵こそ、私は思いを遂げます。私の大切な人。―ダーリンと結ばれるの!」
恍惚とした顔でカンナは叫ぶ。紅潮しきった頬からして興奮状態だった。
想い人はヨルクのはずだ。カンナによる単なる妄想劇場であれば、騒ぎ立てることもない。
「……っ!」
アマリアは舞台の上方を見る。やはりというべきか、そこにいたのは支配者だ。いっちょ前に正装をしている。舞台に溶け込めるような出で立ちだ。
わざわざ支配者が観にくるくらいだ。いち少女の妄想では済まない舞台なのだろう。
「……」
アマリアは経緯を振り返る。確かにカンナはヨルクに傾倒している。カンナは率先してヨルク派の筆頭であろうとする。カンナの本命は学園の王子様でもあるヨルク。だが、その前提が崩れるとしたら。
カンナが旧校舎で密会していた相手。アマリアが普通に接していただけでも取り乱すことになった相手。―相手はヨルクではない。それこそ公に出来ない相手なのではないか。
「!」
だから、支配者がこうしてやって来ている。アマリアが予想ついた相手だと、それは当然といえるかもしれない。
―行かなくては。アマリアは心に決めて立ち上がった。今回も舞台へと飛び入る事にした。
続こうとするのは、フィリーナとレオンだった。アマリアは一驚するが、思い当たったのは先程のフィリーナの様子だ。遮られてしまったが、本当は二人も舞台に加わりたいと伝えようとしていたのだろう。
「……」
アマリアは胸元にある婚約指輪を意識する。確かに『彼』が舞台の上では常にいてくれるようだ。存在自体に勇気づけられてはいる。それでも。
―もし、二人も共に舞台に立ってくれるのなら。
願わないわけがない。それでもアマリアは首を振った。巻き込みたくない、という気持ちの方が勝ったからだ。フィリーナもレオンも舞台に苦しめられた。解放された二人は穏やかに過ごして欲しい。アマリアは望む。
「……やっぱり来るよね。来ないわけがないか」
「ええ。おわかりのようね」
支配者は降り立って、アマリアの前にやってくる。二人の周囲が静止している。二人で話し合う為に、目の前の少年がそうしていた。彼は確認したいこともあった。
「わかってるよね?」
「ええ」
アマリアは支配者の言葉を噛み締める。
―次、乱入するようなら厳しくいくから。
決して軽口ではない。アマリアは深く頷いた。
「ご健闘を祈っとく」
意思確認が取れたということで、支配者は再び頭上高くへと飛んでいった。文字通り高見の見物を決め込むのだろう。上等だ、とアマリアは彼を見上げた。
「さて」
舞台が動き出す。風がそよぎ、カンナのベールが揺れる。その動きにつられるように彼女は振り返った。そこにいたのは、学園の先輩であるアマリアだ。
「え、なに……?なんでアマリア様がいるの?」
アマリアにとっては当たり前でも、カンナにとっては突然現れたとしか思えない。
「カンナ様、ごきげんよう。そうね、お祝いにきたの。そういうことよ」
アマリアは不自然でないように返答する。
「……本当に?」
「本当よ」
疑いの目を向けられようと、アマリアは平然としていた。いまだカンナは値踏みするような眼差しを向けてくる。アマリアは笑顔を保ったままだ。
「……いいけど。お気持ちはうけとっておく。ありがとう」
「ええ。本当におめでとう」
カンナの表情が少し緩む。アマリアは一歩近づけたかと安心していた。
「それじゃ、私行かなくちゃ。―ダーリンが待っているの!待ってて、ダーリン!」
「カンナ様!」
かと思いきや、カンナはするりと抜けていく。そのままゆったりと歩いていく。アマリアは追いかけようにも、追いつけずにいた。相手は動きづらそうなウェディングドレスを身に着けている。それなのにだ。
「くっ……。カンナ様、お待ちになって!」
どんどんカンナの姿は遠ざかっていく。
「もう、待ちきれないの。やっとなのっ!やっと……!」
ただカンナの声だけが鮮明に聞こえてくる。
「ずっと夢見てた。ダーリンが、私だけのダーリンになる。ああ、やっと……!」
「……」
声だけなのに、カンナの相手の想いが痛いほど伝わる。だからこそアマリアは何も出来ない現状にもどかしさを感じていた。
「……それが、あなたの願い。けれども、カンナ様。……それはまずいのよ」
こうしている間にもカンナの姿は見えなくなっていく。追いかけ続けようとアマリアは顔を上げる。
『―失礼致します。招待状はお持ちでしょうか』
「あなた達は……」
突如、アマリアの前に現れたのは衛兵だった。だが、衛兵と判断できたのは服装からであり、『中身』は黒い霧で構成されていた。
「招待状。招待状は……」
『ああ、失礼。お持ちでしたね』
アマリアが手にしていたビラが招待状の役目を果たしていたようだ。
『失礼ながら、かような服装で参列されるのでしょうか』
『ドレスコードをお守りいただければと存じます』
『お祝いの品などありましたら、こちらでお預かりいたしますよ?はて、持参していないと?』
だからといって、すんなりといくわけではなかった。矢継ぎ早に衛兵たちがアマリアに質問責めしていく。実際、アマリアは痛いところを突かれ続けていた。
『―何より、祝う心がみえません。ご成婚を祝福する顔ではない』
『邪魔立てしようというのでしょうか』
「いえいえ、そのようなことは―」
アマリアの誤魔化しも通用しないようだ。衛兵らは詰めてくる。そのまま放り出そうとでもいうのだろう。
「話にならない、といったところね」
アマリアは胸元に手をあてる。強硬手段で衛兵たちを退けることにした。
「……お願い、『マーちゃん』」
取り戻した彼の呼び名を口にする。やがて淡い光となって、戦う術となる武器が生じるはず―。
「……?」
そのはずだった。だが、反応はない。アマリアの手元には何もない。
「やり方が違うのかしら。名前を呼んではいけなかったのかしら」
このような事は今までなかったので、アマリアは早口で状況を整理するも内心は焦っていた。自然に出来ていたことが、何故今になって出来なくなっているのか。
「それとも―」
―彼の身に何かあったのか。
アマリアは浮かんだ考えを否定する。こうして彼の記憶が残っていること。微かながらも首元の婚約指輪が光っていること。今はそれだけでも心の拠り所とするしかなかった。
「……はっ!」
痛いくらいの視線をつきつけられる。頭上の支配者からだ。手段がないのにどうやるというのか、彼の目は雄弁に語っていた。彼は右手を上げている。この時点でアマリアを追い出そうしているようだ。
「……いいえ」
このまま終わるわけにはいかない。アマリアはスライディングして、衛兵達の間を通り抜ける。それからは必死で走り続けていた。
息を切らしながら走り続け、ようやくカンナの後ろ姿を確認できた。カンナは今にも教会の扉を開こうとしている。
「これでは駄目なのよ。カンナ様、このままではいけないわ」
カンナにはある人物しか見えていない。伴侶となる男性だ。先で待ち構えている相手の元へとカンナは歩いていく。
「このままだと、あなたは……!」
アマリアはカンナの相手を確信づいている。カンナにとっては心から望む相手。けれども露見しては問題がある相手なのだ。観客の一部にも想定されているかもしれない。だとしても、断定するわけにはいけない相手なのだ。
花婿の正体が舞台で判明し、カンナの本当の恋が知られた時。―終わってしまう。
「……すうっ」
戦う手段もない。支配者の厳しい目が光る。それでもアマリアは引き下がるわけにはいかなかった。
「―その結婚、お待ちなさい。認めるわけにはいかないわ!」
―一つ星公演。『ダーリンとカンナの結婚式へようこそ!』。開幕。
今はまだアマリアはごり押しでいってますね。
パワー系悪役令嬢。