教師と生徒のスキャンダル
なんだかんだで盛り上がった日の翌朝、アマリアは早く目を覚ます。
「……はあ」
アマリアの目覚めはよろしくなかった。劇場街で悪趣味な公演を観たわけではない。ただ悪夢というか、意味不明な夢は見たようだ。
「起きましょう……」
いつもの起床時間でもあったので、アマリアは朝の準備を始めることにした。
「うう……。今朝も冷えるわね」
アマリアは寒さに体を震わす。洗顔も歯磨きも真冬の冷水を用いる。着替える時が一番辛いようだ。制服に着替えたら終わりではない。鏡台の前に座って髪を整える。学園では化粧は黙認されているが、アマリアはほぼすっぴんだ。今後の為にも深く学ばなければと考えながら、身支度を終える。
「あら。おはよう、二人とも」
ダイニングルームでフィリーナとレオンとばったり会った。
「おはよう。アマリア……先輩」
「はよー。って、先輩付けの無理やり感。やっぱり納得いってない感じ?」
「そんなことないもん」
この二人は朝から元気だ。盛り付けられた朝食のプレートの中身は偏りがなく、しっかりと摂るようだ。
「あー、エディ君はぐっすり?」
レオンはそれとなく聞く。アマリアが毎朝起こしにいっているエディの事だ。
「ええ、そうみたいね。いつもので返されたけれど、あれは寝てるわね」
エディは寝ながらも定型文を返してくる時はある。結局は寝ている。
「まじかー。そうだ、オレも起こしにいってみっかな。エディ君、力技でいけばさすがに起きるっしょ?」
「レオン、悪い顔」
「いやいやー?」
フィリーナの指摘通り、レオンは悪だくみしている顔だった。悪ノリする気満々だった。
「ちょっと、レオ君。程々の方が」
「……自力で起きて正解だった」
窘めようとするアマリアの背後に立ったのは。―エディだった。眠そうな目をしているが、辛うじて起きているようだ。
「おおお!朝食にエディ君!すげぇ組み合わせだぁ!」
レオンは珍しい光景に興奮しつつも、しきりに感動していた。他の寮生も珍しいと群がってきた。うんざりしたエディは、するりと抜け出し朝食の盛り付けを始める。
「もっといっとこ、エドュアール様!」
自身が盛ったプレートを見せつけるフィリーナ。本人は気づいてないが、エディに対してはまだ様が取れてないようだ。誰かがつっこまない限り気付かないかもしれない。
エディは参考にしておくとだけ返す。返すだけだった。サラダ、パン、スープ。どれをとっても控えめな量だった。エディはこれで十分足りるらしい。
「もっといっとこー……?」
距離をとったフィリーナは遠巻きに訴えている。盛り過ぎなプレートと少ない量のプレート。横並びになるのは、フィリーナ的には恥ずかしかったようだ。
「……わかった」
自分が悪いことをしている気になったエディは、数品足すことにした。フィリーナはよし、と頷いた。その横でアマリアもいつもの量を確保し、席に着く。
「みんなでさ、学校行こうよ。そうそうないじゃん?レアじゃね?」
「うん、いいね。エドゥアール様の話もたくさん、聞きたい。ねっ?」
「そ、それはあなた達もそうよ?朝から元気に楽しく参りましょう!」
「……うん。朝から元気過ぎる人増殖した。……辛い」
朝の賑やかな朝食風景。本日も穏やかな一日が始まる。―そう思われていた。
四人で学園へと向かう。道中、エディが何度も寝そうになったり、レオンが無茶振りしたり、フィリーナがそれに便乗したり。アマリアが真に受けながらも、学園へと到着した。
「……なんてことなの」
アマリアは玄関口の光景を見ると、眉を寄せた。至るとこにビラが貼られているのだ。アマリアだけでなく、彼らもまた険しい顔になる。
貼り紙には信じがたい内容の文章と人物の写真が報じられていた。こう記されていた。
―教師にあるまじき行為。汚れを知らぬ乙女を誑かすは、淫行悪徳教師である。
若い男性教師は堂々と映し出され、彼が抱きしめている女生徒の姿はうまい具合に顔が見えてない。かなり小柄な生徒だ。一年生や二年生ではないかと疑惑もわいてくる。
「この方は……」
アマリアが第二校舎で会話した教師だ。和やかで話しやすい好青年だ。彼には何より。―故郷に婚約者がいたはずだ。アマリアは動揺を隠せない。
「え、なにこれ……」
「これ、さすがにガセじゃないの?だって、教師が生徒にだよ?しかも相手、こんなに小さい子じゃん……」
周囲はざわつく一方だ。学園の生徒は既に多く登校してきていた。多くに目撃されることになる。いつもは噂に寄ってたかる学園生達も戸惑っていた。
アマリア達は集団から距離を置き、遠くから様子を窺っていた。
「……えっぐ。えげつな」
相当の秘められた事だろうに、それを日の目に晒した。レオンはその行為にげんなりとしていた。それはレオンだけではない。
「……この先生って、確か」
フィリーナは何か思い当たる節があるようだ。言いづらそうにはしている。
「あー……、うっざ。あれか。またあれが始まるってわけか!」
レオンが苛立ちながら声を荒げる。
「声でかい。……教師ってのは珍しいな」
「……エディ君、冷静過ぎない?」
「……別に」
苛立つレオンに、平静なエディ。今は平行線だった。
「……教師が、というパターンはないのね。生徒だろうと職員だろうとお構いなしだと思っていたから」
「そう、生徒だけ」
来て日が浅いアマリアは、エディに尋ねる。
「前例もなくはない。目に余る問題行動、学園に相応しくないとなれば追放。もちろん、ちゃんと処置も―」
エディも頷いて。説明を続ける。続けようとしたが、何故か途中で止めた。
「……はあ、オレばっかイラついてた。今はそういうのいいよな」
レオンは頭をかき上げながら、ため息をついた。それでも気持ちは落ち着かないようだ。
「……む。わたしたちもここから離れた方が良い気がする」
「それはどういうことかしら―」
アマリアが尋ねると同時にフィリーナは耳をそばだてた。フィリーナは何らかの気配を察知したようだ。その直後だった。
「この騒ぎは何事だ!」
学園の治安を維持する生徒会のおでましだ。集っていた生徒達は強制的に解散される。アマリア達も下手に目をつけられないようにと、校舎内へといそいそ入っていく。難を逃れたこともあり、ここは感謝を述べる。
「素晴らしい直感ね。おかげ様で助かったわ」
「正直あまり嬉しくない。でもいっか。会長から逃げられた。ふふふ」
そうこうしている内に、四年生の階へと到達した。
「……おっけ、落ち着きはした。それとなく聞き込みしてみる。なんかの情報がゲットできればさ。なんか変わるかもじゃん、なんか」
「うん。みんな、わたしも頑張る。当人達の事情もあるから放っておきたかった。でも、こうして大っぴらになっちゃったなら……」
それはレオンの提案だった。フィリーナも同意と頷いた。
「……そうね」
アマリアもそう思った。たとえ、教師はあの劇場では対象外だったとしても、関与している生徒ならどうか。
「―何かがまた起きるでしょうね。あなた達、いいのかしら。心苦しいと思うけれど」
今回は噂話をする生徒達にのっかる形になる。される側だった彼らからしたら、気分が良いものではないとアマリアは思っていた。
「いやいや、いいでしょ?こういう時は利用するだけ利用してやらないと。じゃ、オレはこのへんで」
レオンは悪びれもなくそう言った。このまま去ろうとしていたが、隣から聞こえる寝息に苦笑した。
「……すうすう」
「……うん、エディ君を教室に送り届けてからね」
立ったまま寝こけているエディを連れていくのはレオンだ。器用に片腕で抱え込み、もう片方の手を大きく振っている。
「わたしも女子生徒から探り入れてみる。本当は『あそこ』も頼れたら良かった」
フィリーナは言いやめて、何かのジェスチャーをしている。両手を顔の側面にあて、前後に動かしている。アマリアは首を傾ける。それならと、フィリーナは手で輪っかを作って自身の大きな瞳を囲う。
「あっ」
危うく答えを言いかけるアマリアだったが、そこは止まった。フィリーナが伝えたいことがわかったようだ。
―『宵乙女の会』。夜が深まる頃に、選ばれた乙女達が集う会だ。派閥も立場も乗り越えた集いとされている。それぞれ特徴めいた仮面をつけており、基本的には素性を隠している。一部、バレバレの人物もいる。やることは井戸端会議、されど情報網は侮れない。
かつてフィリーナも中心的人物だったはずだが、近頃はどうやら違うようだ。彼女が糾弾されたのも関係されているのだろう。
「こちらも情報収集してみるわ。―さりげなく、そしてそれとなく」
「おー」
アマリアは拳を握って決意証明をした。フィリーナはノリで拍手をしている。実りあることを願って、解散となった。