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二人きりは難しい。

 自意識過剰かもしれないが、アマリアは気を張り詰めながら新月寮へと向かっていた。手元にあるのは開封済みの手紙だ。

―いつも頑張っている君へ。いつだって君の味方だよ。

 差出人不明の手紙だが、そこに書かれているのは罵詈雑言でも色めいたものでもない。好意的なものだった。この内容なら直接言えないにしても、名前を出しても問題ないくらいだ。相手が悪名高いアマリアだから、表立って応援できないのか。

「……善意として受け取っていいのかしら」

 ここで喜べれば良かったが、アマリアの心は晴れることはない。

「……?」

 足音がする。それは新月寮側からやってくるものだった。寮の関係者ならとアマリアは考えるも、曇る。もし、そうではなかったとしたら―。

「先輩、帰り遅い。すれ違わなくてよかった」

「エディ……」

 やってきたのはエディだった。指定のコート、そしてその下は制服のエディである。授業はとっくに終了している。なのに今から登校するのかというとそうではなかった。アマリアを迎えにきてくれたのだろう。

「……」

「先輩?」

 アマリアはエディを見たまま呆けてしまっていた。相手が彼だったこともあり、緊張の糸が解れたようだ。エディとしては見られ続けているので落ち着かない。

「……うん、やっぱおかしい。あんた、大丈夫?」

「ええ、大丈夫っ!」

 アマリアは思った以上に力んで返事してしまった。気を取り直す。

「エディ、お迎えにきてくれたのね。ありがとう。早く会えてよかったわ」

 下手したらエディ一人で学園へと到着していたところだ。道は限られているが、会えなかった可能性もあった。

「全然早くない。もっと早く先輩の元にいけたら良かった」

「そんなことないわよ」

 何てことない、と彼の隣にアマリアは並び立つ。

「おかしいって、言ってくれるじゃない。腑抜けた私のことかしら。あなたを見て気が抜けきったからよ。夕暮れ時ってほら、雰囲気あるじゃない?」

「……」

 エディが言いたそうにしている。そう意味ではない、と。

「他におかしなところなんてないわ。ほらエディ、冷えるわよ」

 アマリアは何のことかと笑って返す。エディが動こうとしないので、帰ろうと促そうとした。

「先輩」

「!」

 しばらくの無言のあと、エディがようやく動く。だが、彼がとった行動はアマリアの両肩に触れることだった。

「……お願い、俺を頼って。先輩はそうやって抱えこもうとするから。そんなの、こっちが見てらんない」

「そんな、いつも頼りにしてるわ」

「実際してないだろ」

「……それは」

 口では不貞腐れていても、エディは目線をそらすことはない。真剣な眼差しの相手に、アマリアは誠意なき対応はできない。

「……いいえ、頼りにしているのは本当よ。あなたといると安心するのもそう」

「……」

 アマリアは肩に置かれた手に、自身の片手だけを添える。エディも拒むことはない。

「……それが、怖いのよ。あなたにも、それに良くしてくださる方々にも。際限なく甘えてしまいそうなのが、怖くて仕方なくて」

「そんなの全然構わない」

「いいえ、昔の私ってすごかったのよ。今と比べ物にならないくらい、騒がしかったし。今でも、人の厚意に甘えるところがあるもの」

 エディの手に重ねたと思ったが、アマリアはそっと自身の肩から離した。そして見上げたのは、日が沈みゆく空だ。夜が迫っていた。

「それにご存知でしょう?私、『あの場所』ならやりたい放題じゃない」

「……まあ、よく存じているけど」

「ふふ、そうでしょう。それと、もう一つ怖いことがある。縋って、頼って。―それで取り返しのつかないことになったら。……それが、嫌」

「……」

 エディは黙ってしまった。彼の望む返答ではなかったのだろう。アマリアはエディなりの優しさはわかっていた。

「はあ、語ってしまったわね。もちろん、嬉しいには変わりないわ。こうして迎えにきてくれて、一緒に下校出来るもの」

「……門限間近だけど」

「くっ、そうね。走るしかないわね」

 ようやくエディが口を開いたと思ったら、現実をつきつけてきた。アマリアは寮に至るまでの道を走る覚悟をしていたが。

「寮長に一緒に怒られるか」

「それはまずいのではないかしら」

 門限破り上等でゆっくり帰ろうという提案だった。あの寮長のお怒りが待っている。アマリアは首をかぶり振る。

「……久々だから。あんたとこうして二人きりでいられるの」

 エディが微かに笑った。こうした彼の笑顔も久しぶりだった。

「そ、それは」

「冗談。クロエ先輩、敵に回す気ないし。今から急げば間に合うから」

「そ、そうよね。ご負担も増やしたくないわね」

 無表情で冗談というエディと、あらゆる意味で心臓に負担がかかっていたアマリアだった。規則破りのことは勿論の事、二人きりの件まで冗談だったとなると、アマリアは相当振り回されてしまったものだ。

「別に帰ってからでいいし。二人きりになればいい」

「エディ……?」

 そこまで含めて冗談ではないのか、とアマリアは問いたくなった。けれど問いにくい。それこそエディは途中で寝るのではないのか。

「十分寝たから、きっと寝落ちはしない。授業も今日ならいけると思ったけど」

「そういう日もあるわね」

「そういうこと」

「どういうことかしら……」

 というやり取りを急ぎ足で繰り広げた二人。そうこうしている内に寮の前へと到達した。寮長の待ち伏せもないので間に合ったようだ。

「良かった、のよね?」

 息を整えながら、アマリアはエディに尋ねた。当のエディはどこか感慨深そうにしていた。

「うん。……ほんと、久々」

「……ええ、そうね」

 エディとこうしてゆっくり話すこと、ここ最近のアマリアはその機会がなかった。

「そう、私も―」

「先輩?」

「私、は……」

―殿方に対して軽はずみなことはしないと思ってた。

 カンナの言葉が響く。エディは異性だ。安易に二人きりになっていいのか。そのことにアマリア自身はどう考えているのか。

「あのさ、先輩」

「はいっ!エディ、なにかしら?」

「嬉しい。……あんたとゆっくりできるの、久しぶりだから」

「ひっ!」

 目元で笑んだエディを前に、アマリアの心拍数は跳ね上がってしまった。おまけに変な声も出てきてしまった。

「ひって。なにそれ。まあいいけど」

 その声にエディは不満そうになるも、すぐ機嫌を取り戻す。夕食前もそして就寝前も一緒にいられるとエディは考えていた。そして彼が望むことはある。

「あのさ、先輩」

「こ、今度は何かしら」

 まだ動悸が治まらない中、アマリアは構える。

「……二人きりになったら、遠慮とかやめて。あんたが悩んでいるの、丸わかりだから」

「それは……」

 もしエディとこのまま二人きりになったら、アマリアはどうなるのだろうか。絆されて。そして、甘えきってしまうのか。

「……いえ」

 エディはただ単に相談にのってくれるだけだろう。いち先輩の話を聞くに過ぎないのではないか。エディの方はずっとアマリアを見つめたままだ。

「……」

 単なる先輩に向ける眼差しではない。アマリアは囚われたかのように、動けなくなってしまった。

「―りょうちょーう、不純な二人が玄関でたむろってまーす!」

「ち、違うのです、クロエ先輩!不純な要素など、一切ございません!」

 条件反射でアマリアは否定した。クロエ相手というのもまずいが、不純な要素はないと否定するのにも必死だった。

「……なーんてね。クロエ先輩は定例会議でご不在ー!」

「な、なんということを……」

 このふざけた物言いはレオンだった。謀られた。

「お、エディ君発見?今日ちゃんと起きてんじゃん?って思って、出待ちしてた。あはは、エディ君ってば」

 気まずい空気もお構いなしとレオンは笑っていた。そしてゆったりとエディに近づいていく。

「アマリア先輩、困ってるじゃん。つーか、なんかさ」

 そして、こっそりと耳打ちした。

「……エディ君、焦ってる?焦らない焦らない」

「……っ」

 エディが動揺しているのが目に見て取れた。その様を見たレオンが大袈裟に頷く。

「わかるけどさ?そりゃ焦るよねー?今の先輩、イケメン入れ食い状況じゃん?」

「……別に焦りとかない」

「ぐえっ」

 顔を顰めながらも、エディは自ずからレオンを引きはがした。心配そうに見ているアマリアに対しては、何でもないと首を振る。

「うんうん、エディ君。ガチで起きてんね。それはよし。―パイセンたち、こっち!」

 レオンは先輩達を呼んだ。

「おっ、今日は起きてるねぇ」

「寝落ちさせないからなー?」

 新月寮の先輩方が現れた。

「……は?」

 エディは訳が分からないうちに、連れていかれてしまった。

「ってなわけで、オレらこれから風呂いってきます」

「お風呂。ええ、いってらっしゃい?」

 アマリアはそう言うしかなかった。エディは嫌なのか、どうでもいいのか彼女にはわからなかった。

 レオンはこれで終わりじゃない、と説明を続ける。

「で、夕飯のあと『帰ってきた歓迎会』やるんで。アマリア先輩も参加よろしくー」

「あら、そうなの。参加したいわ」

「っしゃ!フィリーナちゃんも張り切ってるから。罰ゲームのクオリティ上げるとかなんとか言って。色々研究開発してた」

「……頼もしい話じゃない」

 とレオンと話している内に、エディの姿は見えなかった。抗うのも面倒になったのか、すっかり大人しかったようだ。

「……」

 こうしていると、何事もない日常そのものだ。アマリアはそう思っていた。得体のしれない手紙も、そしてヨルク派のことも、今の彼女の悩みの種だ。それも考え過ぎかもしれないと思えてきたようだ。アマリアの表情も多少は和らぐ。

 寮長が不在なのをいいことに、寮生達は大いに盛り上がった。だが、盛り上がりは一瞬にして静けさへと変わる。帰ってきた寮長に一同は騒ぎ過ぎ、そして消灯時間が過ぎているとお叱りをうけることになった。とはいえ、お目こぼしはもらったようだ。寮長は消灯時間を延長してくれたようだ。

狙ったようなタイミングです。

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