楽しい楽しいお昼休み
休憩時間も教師の手伝いやら、クラスの男子生徒に話しかけられるやらでアマリアは忙しかった。
「―それで、さっきの続き。年末に晩餐会があるんだ。満月寮で催されてさ。それで……」
「そうなのね」
「そうなんだ!それで……」
今話しかけているのは、アマリアを日頃よく気にかけてくれている少年だ。
名はフェルス。彼もまた南部出身であり、アマリアの故郷の港町とも距離的に近い。そのこともあって話しかけてきたのだという。栄えた地を治めている領主の息子だけとあり、爽やかでそれでいて輝くばかりの人物である。近頃になって増々輝きを増してきたと噂されている。
そのような彼だが、今はいつもと様子が違っていた。フェルスは休み時間の度に来るのだが、なかなか要領が得ない。ずっとこの調子だった。
年末に満月寮で晩餐会が開かれる。そこから話が続かない。
「それで、その……」
「……」
これだけ話しかけてくるという事は伝えたいことがあるのだろう。アマリアは待つことにした。
―アマリア様、大丈夫でしょうか……。
―あの人、彼のこと独占し過ぎてない?
―なにあれ、わざと?
心配げな女子生徒や、アマリアと彼の付き合いをよく思ってない女子生徒達。さすがに注目され始め、教室の空気も悪くなった。悠長に待つのも限界であったので、アマリアは探りながらも彼女から話を振ることにした。
「満月寮ならではね。素敵ね。楽しんでらして」
「うん、ありがとう。……いや、そうだけどそうじゃなくて」
「あら、何か困り事かしら」
アマリアがそう言うと、彼ははっとする。
「……そう。そうなんだ!……ふんぎりつかないことがあって」
「まあそうなの。そうよね、なかなかきっかけがないとっていうのもあるわね。そうね、まずは少しずつでも良いから動いてみてはいかが?」
「きっかけ……。少しずつ……」
「それも大変なのよね。私も腰が重かったりするからわかるわ。参考になったかはわからないけれど」
「……ううん、話せて良かった」
というわりには、彼はアマリアの方を見ることなく立ち上がる。
「……そうだな、動かないことには。……うん、アマリア様」
「な、なにかしら」
急に自分の方を向かれたのでアマリアは驚いてしまった。
「ちょっとだけ心の準備が必要だけど。俺はもう大丈夫」
「そう?それなら良いのだけれど」
「うん、それじゃまた」
彼がアマリアに見せたのは清々しいまでの笑顔だった。アマリアにしては最後まで困惑したままだったが、彼の迷いは晴れたようだったので、彼女はそれでよしとした。
手紙を開封する機会もなく、昼休みを迎えることとなった。
「……」
フィリーナとは食堂で落ち合う約束をしている。向かう途中ながらアマリアはげんなりしていた。やたらと視線が感じるからだ。いつもよりである。
浮かない気分のまま食堂に足を踏み入れる。一斉に視線がアマリアに向く。ああ、いつまで経っても慣れないものだった。それでもアマリアは平気であろうとするが、無理しているところもあった。
「こっちこっちー」
「あ……」
先に席をとっておいてくれたフィリーナが手招きをしてくれていた。
「どうもー、ご一緒させてもらいまーす」
レオンも同席していた。彼らも周囲からの視線は痛いほど感じているはずだ。それでも変わらずあろうとしている。
「……そうね。お待たせ、二人とも!」
アマリアもそんな二人を見習うことにした。悪びれることなどない。堂々と振る舞うことにしたようだ。
注文していた料理が到着した。いただきますと三人は手を合わせ、口に運ぶ。食事しながらも軽い雑談をする。今日の授業内容や事件など。昨日の歓迎会のことも触れられた。そうして食事を終え、食後のドリンクを味わっているところで話は本題に入る。
「といっても、わたし大体話終えちゃった気がする」
「なんと」
「えへへ?」
「ふふふ?」
「……」
「……」
フィリーナがとんでもないことを言い出した。それが今回の集まりの主題だったはずだ。フィリーンは黙る。アマリアも黙るしかない。見かねたレオンが乗り出す。
「なになに、何の話?」
「ヨルク派の話」
「あー……」
フィリーナの返答はあまりにも短いが、レオンは色々と察した。
「いつも絡まれて大変だもんね、アマリア先輩」
「あ、いえ。私は何てことないのよ。それに、たくさん教えてもらったわ」
ヨルク派はヨルクを慕う女子生徒達の集まり。代表格なのはカンナとエレオノーラ。他の女子生徒も選ばれし者達。確かにこれ以上の情報はないのかもしれない。
「ふーん。じゃあさ?どういった基準で選んでいるんだろうね?それ教えてあげればいいのに」
レオンは声を潜める。フィリーナは顔をしかめる。
「……それ、確実な情報じゃない。でも、一応教えておくね。年末にね、満月寮では晩餐会が開かれるの」
「あ」
それはクラスメイトがしていた話だ。アマリアは反応してしまった。二人が不思議そうにしているので、構わず続けてもらうことにした。
「そこでヨルク様と踊れるのは一握りだけ。教養と素養がある方が選ばれる、とか?それって名誉あることなんだって。そんな淑女は立派なヨルク派扱いなのかな?」
そう聞かれても。フィリーナの回答はあやふやだった。
「あら。それではあなたも?」
それならばフィリーナも選ばれて当然だとアマリアは考えた。何て絵になる二人だろうと胸をときめかせていた。
「……わたしも、まあ。うん。踊った。くるくると」
「あら、素敵ね」
「うん、リードお見事だった」
「あら、流石ね」
「うん」
「ええ。あとは、その……」
あまり続きそうにない話題だった。
「このへんにしておくべきね。……そう、ヨルク派の皆様は選ばれた方々というのはわかったわ。そう、ダンスの腕前も重要なのね」
フィリーナがあまり触れてほしくなさそうにしていたので、アマリアは無理にでも話を変えた。何気ない質問だったが、アマリアは申し訳なく思った。
「そうそうー。めっちゃ火花散らしてる。ダンスの試験とか、見てるこっちが毎年ビビるくらい」
軽く言うレオンは実は面白がっているのではないか。それはさておき、フィリーナが考え込んでいるのが気がかりだった。余程触れてはいけない話題だったのか。
「ううん、違うの。……わたしが入学したばかりの頃、こうもガチガチだったかなって」
「ガチガチて。でもたしかにそうかもね。最初からここまでガチってたとは限らないよねー」
「うん。もっと始まりは違ったのかなって」
それがフィリーナが考え込んでいたことだった。
「そうなのね……。ヨルク様をお慕いしているのは間違いないでしょうけれど」
「うん。慕っているのは間違いない」
「そりゃもう、ガチでしょ」
学園内においてヨルク派の影響も強いことはわかった。彼女達が真剣だということも。一通りの説明は終わる。
ヨルク派は厳しい目を向けているが、アマリアに実害をもたらすようなことはしない。今は静観するしかないようだ。
「こうなったらアマリア先輩もヨルク派になるしかないのかな」
「!?」
しれっとレオンがそう言う。アマリアは危うく食後の紅茶を噴き出すところだった。
「レ、レオ君。ちょっとよくない冗談と思うの。生半可な思いでは立ち入ることなど出来ないわ。そもそも選ばれる基準も満たしてないでしょうし」
「って答えるとは思ってた。でもさ、ヨルク先輩大喜びじゃない?大はしゃぎっしょ」
レオンはどこまでも軽い物言いだが、アマリアはたまったものじゃなかった。
「気遣って喜んでくださるでしょうけど。ともかく、ヨルク様にも彼女達にも失礼よ」
「あー……。どこまでも真面目だなぁ。もうちょっと緩くいこうよー」
「ええ、頭固くて結構」
「つれなーい」
拗ねたレオンはテーブルに突っ伏した。
「おおー。大はしゃぎするヨルク様……」
フィリーナはぼうっとする。大いにはしゃぐヨルクを想像しているようだ。
「ほら、楽しそうじゃね?」
「うん、見てみたいかも。……っと、今はそれより」
想像を止め、フィリーナはアマリアに強い視線を送る。
「呼び方、決まったの?わたしのは?わたしのは!?」
レオンの呼び方を確認したフィリーナは興奮しながらアマリアに詰め寄る。アマリアはたじろぐも、ここは得意げになる。
「よくぞ聞いてくれました。この快進撃を続けるわ」
「うんうん」
「……レオ君ときました。ならば、フィリーナ様は―」
「うんうんうん」
フィリーナは何回も頷く。期待値は上がる一方だ。
「フィリーちゃんよ!」
「もうちょっと頑張ろう!」
「そんな!」
結局却下された。
「大丈夫、あなたなら出来る。頑張れば出来る子。わたし信じているから」
「私は出来る……。やれば出来る……。頑張れば出来る子……」
もはや洗脳だった。『フィリーちゃん』という呼び方に納得いかなかった。なのでフィリーナはアマリアに言い聞かせている。
「いやいや怖い怖い!つか、フィリーナちゃんだって先輩呼び不本意そうじゃん」
「むむ。わたしはそれでも呼んでるし。レオンこそ、先輩のままじゃない」
「いや、それがさぁ……」
レオンはどこか青褪めている。体も縮こまらせていた。
「……オレもさ、いいタイミングだし?アマリア先輩をあだ名で呼んだろって考えていたわけ。んで、『アーちゃん』?これいくね?ってなったわけ」
「あら、いいわね」
どこか馴染む可愛い響きだった。アマリアは賛同する。先輩後輩は気にしない。
「ほら、いいと思うじゃん?そしたらさぁ……、悪寒が止まらなくなっちゃって」
「えっ!」
「ほう」
驚愕するアマリアに、興味津々のフィリーナ。反応はまちまちだ。
「……まあ、先輩呼びに戻したら悪寒治まってくれたけど。アマリア先輩って、そう呼ばれてたりしてた?」
「……いえ、私がそう呼ばれたことはないと」
婚約者のことは似たように呼んでいるが、彼の方はアマリアと呼ぶ。あだ名ではない。他の誰かにそう呼ばれたことはあったのだろうか。アマリアは確信がもてなかった。
「……思うわ」
と、ぼやけた返事しかできなかった。
「なるほど。……ってわけで、先輩でいきます。すいませんけど!」
「いえ、それはいいのよ。こちらは気にしないでいいわ」
当人が呼びたい名前で、かつ相手も嫌がらない。それが一番だとアマリアは思っていた。
「だよねー。つか、まじなんだったの。原因わからなくてこえぇー」
「原因調べよう。ほら、レオンも!」
「やだ!絶対やだ!」
好奇心の塊がそう提案してくるが、レオンは頑なに拒否した。
ヨルク派の話から、呼び名の話へ。フィリーナのお気に召す呼び方を提示できないまま、予鈴がなる。各々のドリンクも飲み終えたこともあり、教室に戻ることになった。
「お昼、楽しかった。また一緒に食べよう」
「いいねー。オレもまた居座るからよろしく!」
四年生の階でフィリーナとレオンと別れる。アマリアは楽しそうな二人の背中を見送った。
特に某令嬢は楽しかったと思います。