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ヨルク一派の朝の光景

 いつものように寒い自室にてアマリアは目を覚ます。わずかなしのぎにしかならない布団も恋しい。離れがたい。それでもアマリアは気合で起き上がった。朝の準備を整え、エディを起こしに行く。反応がない。仕方ないので朝食をとりに行く。いつもの朝だった。

「ああ、アマリアさん!これ預かってたんだ」

「ありがとうございます……!?」

 登校しようとしたところでクロエに呼び止められた。クロエから渡されたのは手紙だった。家族からか、と逸るもアマリアは思い直す。それはないだろう。

「差出人が満月寮、とだけ」

「満月寮、でしょうか。……寮から?」

「ね、おかしな話。もしかして今になって入寮の案内とか?」

 クロエは興味深そうに手紙を見ていたが、プライバシーもあるだろうとそのへんにしておいた。

「困ります。私は新月寮の寮生なのですから」

「おおー、アマリアさん。えらいえらいっ」

 アマリアはきっぱりと言った。クロエは悠長に拍手している。といってもこうは言う。

「満月寮暖かいけどね。フル暖房」

「ぐっ!そ、それでも私は新月寮の者です!」

「揺れたなー?でも、よくぞ言ってくれましたー」

 身長差があるのでクロエは背伸びをし、それからアマリアの頭を撫でた。

「ああ……」

 その幸せ過ぎる行動は、アマリアを恍惚とさせた。

「おっと、時間まずいと思うよ?うーん、先行っちゃうね?私、寄るところあるから」

 さらっと先行くクロエを惚けながらも見守っていた。

「……はっ!私も急がなくては」

 今日もまた生徒会一同が目を光らせているだろう。何度も遅刻どうこう言われるわけにはいかなかった。

「……それでこちらは一体」

 なぜ満月寮から手紙が来たかはわからない。ご丁寧に蝋で固められて印が施されている。今ここで開けるのもどうかとアマリアは迷っていた。

「アマリアー!……先輩」

 名前と先輩の間を広く開けながら、フィリーナはやってきた。彼女はまだ登校していなかったようだ。

「一緒にいこ」

「ええ、喜んで」

 フィリーナとのっけから一緒に登校するのは初めてだ。アマリアは不思議な感覚がした。

「……」

 アマリアは手紙を懐にしまった。どこか落ち着いた時間で確認することにした。


 とりとめない話をしながらアマリアとフィリーナは登校している。山を下っている時だった。

「あれぇー」

「あら!」

 山間の風が強く吹く。強風に打ちのめされたフィリーナが声を上げる。フィリーナの長い髪が絡まっていたので、アマリアは解いていく。

「うう、助かった。風、強いね」

 手持ちのリボンでフィリーナは髪をまとめた。これでマシになっただろう。

「そうなのよ。毎朝戦いね」

「うわーい……」

 今日も風は強い。自然には抗えない。そんな中、アマリアは別のことが気になっていた。フィリーナに注視する。

「どうしたの?」

「ああ、失礼したわ」

 じっと見すぎてしまったかもしれない。アマリアにはそうする理由があった。それはフィリーナに要因がある。

「いつにも増してお肌が綺麗だと思ったの」

 フィリーナの美肌はさらにきめ細かく、そして透き通っていた。

「やっぱり?わたしもそう思ってた」

「そうよねっ?一晩でなにがあったのかしらって」

「それはもう……ね?」

 フィリーナは不敵な笑みをみせる。何がこうも彼女の肌を美しくしたのか。アマリアの喉がごくりと鳴る。

「―秘訣はこちら!特別におすそ分けしていただいたもの!」

「っ!」

 フィリーナが得意げにみせてきたのは、お茶缶だった。アマリアは某着ぐるみの如く叫び声をあげる寸前だった。

「そ、それはっ」

 アマリアは青褪める。口内にトラウマが蘇りかけていた。歓迎会で猛威をふるったクロエ提供の激苦茶だった。そもそもなぜフィリーナは手元に置いているのか。

「ふふふ、ロベリアにもおすそ分けするの」

「ああ……」

 フィリーナの親友の顔を思い浮かべる。彼女のことだから喜んで口にするだろう。アマリアは精一杯止めようとは思った。たとえそれが無駄な結果で終わろうとも。

 それからも二人は並んで登校している。そのまま美容談義を続けていたが、満月寮がみえてきた。通常の登校時間に戻ったこともあり、この遅めの時間帯でも生徒達の姿はあった。

「満月寮かー」

 フィリーナは以前暮らしていた寮を見る。大半は過ごしただろうに、やけに感慨がなさそうだった。

「慣れ親しんだ子達もいるし、快適でもあったけど。……ほとんど自由はなかったから」

「そうなのね……」 

 しんみりとした空気となってしまった。なのでフィリーナは努めて明るく言う。

「あ、でも。いつでも暖かかった。常時ぬくぬく」

「ごく……。それほどまで……。いいえ!新月寮上等よ」

 先ほどのクロエもそうだが、アマリアにとっては魅力的過ぎる言葉達だった。それでも自分は新月寮生だとアマリアは自負する。言い聞かせてなどいない。

「きゃあああ!」

「ああ、本日も素敵だこと!」

「良い一日が始まりそう!」

 満月寮の玄関口が騒がしくなる。大半は女子生徒の人だかりが出来ていた。

「なんか懐かしいノリだ」

「……えっと」

 フィリーナは淡々と言う。フィリーナ自身もまた、騒がれるような立場だった。過去は過去だと彼女は遠い目をしていた。アマリアはどう反応したらよいかわからなかった。

「はい、そこ!近すぎ!あの方が通れないでしょー!」

 クロエと同じくらい小柄の少女がその場を仕切っていた。高めに結わえた髪が二つ、似合っているがそれが幼い印象をさらに与えているのかもしれない。そんな彼女は人の群れの中、ある人物が歩きやすくなるよう道を作っている。

「あらあらー、頼りになるわねぇ」

「お姉さま、暢気すぎます!というか、お姉さまが仕切ってくださいよぉ。もうっ、毎朝群がってきて!本当に虫みたい!自重してほしいものだわ」

 小柄な少女はカリカリしている。さすがに言葉が過ぎたのか、他の女子生徒達はぴくりとする。

「ふふふ。そう言わないの。こわーいお顔になってるわよ、カンナ」

「くっ、お姉さま……」

 大人びた妖艶な女子生徒が艶やかに笑む。そんな彼女が腕を組んでもたれているのが、この騒ぎの張本人だ。

「―そうだね。皆がこうして会いに来てくれるのは嬉しいかな」

 落ち着いた甘い声色だけでも周囲の女子は腰くだけになる。浅い褐色の肌に彫りの深い顔立ちを前髪を上げて臆面なく見せている。この長身の男子生徒は砂漠の大国からの留学生であり、王族の血も流れている。

 ヨルク・ジャルウ・モジャウハラート。女性との噂が常に絶えない、学園一の色男と称されている。こうして女子生徒から注目されるのも、彼にとっては日常茶飯事だ。

「おや」

「!」

 すぐにアマリアの姿がわかったようだ。隣に麗しの侯爵令嬢がいるのも確認する。

「おはよう、アマリアちゃんにフィリーナちゃん」

「……ごきげんよう、ヨルク様」

「ごきげんよう」

 アマリアに続き、フィリーナも挨拶をする。

「うん、良い朝だね」

 ヨルク当人がのほほんとしていたが、周囲の女子達は殺伐としていた。たまにではあるがヨルクと会話をしているのは目撃されている女子生徒達からしたら気が気ではないのだろう。悪い噂が絶えない令嬢相手ということと、内容は日常会話ながらもヨルクが甘い言葉も囁いているからだ。

―また、あの子よ。

―ヨルク様にまで手を出そうというのかしら。

―取り巻きだけじゃ飽き足りないのね。

 不満そうに女性生徒達は口々にしている。

「はいはい、あなたたち!ヨルク様が通れないでしょうが!」

 キリがないと小柄な少女、カンナが割って入った。

「……」

「……」

 ヨルク様の為なら仕方ないと、女子生徒達は渋々道を譲る。カンナを見る彼女達の目は険しい。アマリア以上のようだ。

「なに、あなたたち?」

「いえ……。何でもありませんわ」

「失礼致しますね、ヨルク様」

 周囲がいくら不満だろうが少女カンナは歯牙にもかけない。彼女はわかっていた。いくらやっかまれようと何も出来ないだろうと高を括っているのだ。事実、すごすごと女子生徒達は退散するしかない。

「……ふう。皆仲良くやってほしいな」

「ふふ、どなたのせいかしらねぇ。本当に罪作りな方。―さあ、みんな?このへんにして学園に向かいましょうか」

 溜息をつくヨルクに、さらに寄りかかる女子生徒。しだれかかりながらも、荒れた場を収めてくれた。今度こそ彼女達は学園へと向かう。ヨルクはカンナを始めとした特定の女子生徒に囲まれたままだ。

 アマリア達の横を通り過ぎる。ごめん、と手だけで挨拶をした。あまり言葉を交わせない雰囲気であったので、ヨルクはそうするしかなかった。

「ねえ、あなた」

「は、はい」

 続いてヨルクの傍らにいた女子生徒にアマリアは声をかけられた。先輩にあたる彼女相手にアマリアは緊張してしまう。

「……ごめんなさいね?カンナも皆も悪気はないのよ。ただ、必死なだけ。とはいえ、言い聞かせておくわねぇ」

「いえ、私は大丈夫です。お気遣い感謝します」

「ふふ、そう?なら良かったわぁ」

 意外にも謝罪された。申し訳なさそうにされ、アマリアもお気になさらずと返した。

 集団が去ったあと、場は静かになった。あとはちらほらと登校する生徒達だけだ。

「うん、朝からすごかった。これこそ『ヨルク派』」

 フィリーナは単純な感想をもらす。アマリアも単純に同意した。

「ええ、そうね。……ヨルク様をお慕いしている方々の派閥、という認識で良いかしら?」

 アマリアはよくその言葉は耳にする。ヨルクを取り巻く女子生徒達、といった認識しかなかった。

「うん、まあそんな感じ。……気になってる?」

「ええ、そうね」

 遠巻きに見ている分ならともかく、アマリアは日常から絡まれていた。直接ではない。だが、痛いほどの視線を常日頃感じていた。詳しく知っておけば、彼女達との衝突も避けられるだろうと考えたのだ。

「えっと、どこからがいいかな……?ひとまず、ヨルク様を取り囲む会。そこまではわかってる前提で進めるね」

「ええ、大丈夫よ」

「はい。それでヨルク様のお傍にいるのは、これまた選ばれし婦人達。中でも有名なのが、まずはわたしの同級生のカンナ様。さっき率先して仕切ってた方」

「……ええ、そうね」

 同級生、なのだ。フィリーナがすらりとしているのもあるかもしれない。対するカンナはあまりにも小柄だった。強気かつしっかりとした人柄ながらも、小動物のような愛らしさもあった。彼女の高めのツインテールが幼い印象を決定づけている。

「カンナ様って優秀で愛くるしい方。けれどもさらにヨルク様に相応しいとされている方もいらっしゃるの。色香があってそれでいて品もある。才女でもあられる。―エレオノーラ様」

「ええ、その通りね」

 ヨルクにどれだけ寄り添っても彼女ならと納得される。最上級生のエレオノーラ、その人だ。ヨルクの取り巻きの中でも格が違うのはカンナとエレオノーラだが、他の婦人も美しさと教養を持つ。彼に近い存在でもそこまで非難されない所以だった。

「……そこまで付き合いがあったわけではないけれど。カンナ様、最近荒れてる気がする。……なんか良くない流れかなって」

 フィリーナが言いたいことはアマリアには伝わった。アマリアは事情をあまりわかっていないものの、カンナが反感をもたれているのは理解できた。

「……って、わたしたちも急いだ方が良さそう」

 フィリーナは腕時計で時間を確認する。これ以上留まっていると遅刻確定だ。

「まだちょいちょい話したいことある。―よし、昼休み集合!」

 フィリーナは手を合わせる。決定事項だった。

「それはいいわね!」

 アマリアもそれに乗った。

カンナ達ヨルク派の子たちはやり過ぎ感もありますが、

過去に色々あったみたいです。

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