宿敵に焚きつけられて
到着したのはアマリアの劇場だ。質素で凝った意匠もない、いたって普通の建物である。行われていた公演も一つ星公演であり、特色するものもない。
「特に代わり映えは―」
アマリアが前に訪れた時は、立て看板ランプは点灯していなかった。フィリーナ達同様休演扱いのはずだ。なのでランプがついていることはない。ないはずだった。
「これは……」
アマリアは目を疑った。ついてないはずなのだ。それなのに煌々と光っているのは星形ランプだった。それも。
「み、三つですって?」
アマリアが言った通り、ランプが三つ点灯していたのだ。これは幻覚なのかと、アマリアは大きく瞬きする。けれども三つ点灯しているという事実は消えることはない。
「はっ!」
主演たる彼女は劇場外にいるが、勝手に公演でも行われているのだろうか。アマリアは入口まで慌てて走り寄ると、ドアを開けようとした。
「ふっ!」
どれだけ力を込めようにもドアが開かれることはない。アマリアは思い出した。彼女は失念していた。ある事実があった。
「そうよ、私の劇場は……」
「―ちょっと、アマリア。壊さないでくれる?」
「あなたは……!!」
変声期前の高めの少年の声だ。王冠に赤いマントという出で立ちは王を彷彿させる。実際、少女と見まごうほどの美少年である彼は、この劇場街の主であった。
と同時に、プレヤーデン学園の支配者であるともいい、そして。―アマリアの仇敵でもあった。
「そいやっ!」
まだ駄目元でドアを開けようとしていた。支配者である少年の言葉に聞く耳などもたないようだ。
「……ちょっと、アマリア。当てつけ?」
「どうとでもとるがいいわっと!」
「だから無駄だってば。……ぼくが封じているんだから」
彼の発言通り、アマリアの劇場は当人すら立ち入ることが出来なくなっていた。
「いえ、私は諦めないわ!……といきたいところだけれど、質問の方が先ね。はあはあ」
アマリアは荒い呼吸を整えた後、支配者に問うことにした。彼女が指で示したのは立て看板のランプについてである。
「どうして急に、こんな……。はあはあ……」
「まだ苦しいんじゃないの?」
支配者の指摘は図星だったが、アマリアは構わず続ける。
「な、なんてことないわ。何故なの?私の劇場は一つ星だったはずよ。ええ、前回の公演で数が跳ね上がったのは目にした。けれども私の場合は原因が思い当たらないわ」
「……」
「どういうことかしら」
「……質問に答える義理ある?」
「なんと!あんまりだわ」
支配者はあろうことにも黙秘を行使しようとしていた。アマリアは不服を申し立てる。
「ああ、どうしたものかしら。なら、最初から私に話しかけなければ良かったのよ。でも話してきたからには、そうよ!絡んできたのならば、私も絡み返すまでよ!」
アマリアはきっぱり、堂々と言い切った。タチはよくない。支配者もいつものように言い返してくると思っていたが。
「……」
「……どうなさったの?」
支配者は黙ってしまった。まだ黙秘を続けるのかとアマリアは思っていたが。
「……声、かけたくなるし。きみを見かけたんだから」
支配者は目をそらすと、そのまま気まずそうに俯いた。照れ隠しでもありそうだった。
「……へ」
てっきりアマリアの蛮行を咎めにきたと思っていた。ただ単に自分に声をかけたかっただけ。アマリアは想定外のあまり、気が抜けきった声を出してしまった。
「なに、その間抜けな声」
彼のしおらしさは一瞬で吹き飛んだ。アマリアは今のこそ幻だったと思うことにした。
「……ま、いいけど。そのままだし。きみはより注目されるようになった。だから星が増えた。それだけの話」
「まあ、さらっと言ってくれるのね」
どうして増えたかも結局わからない。それならどうにかしようとも、劇場内に入ることはできないのだ。
「前にも言ったと思うけど。きみの公演を晒すつもりはないよ。……ねえ、アマリア?」
「!」
気が付けばドアを背にアマリアは迫られていた。支配者はアマリアを見上げる。アマリアより華奢な相手なのに、気圧されていた。どうしてこうも怯まずにはいられないのか。アマリアにはわかりたくなかった。
「―きみは特別なんだ」
「……?」
「星がいくつになろうとも。醜悪な悪意がきみに向けられようとも、関係ないんだ。だってさ、きみの公演だよ。ちゃんとした結末も迎えた、ね」
「なんてことを……」
アマリアは体を震わす。それは納得いかないと抗議したくなる。だが、射抜かれるように見つめられ、うまく言葉に出来なかった。
「……ぼくのものになった、アマリアの公演だ。誰が他人にみせるものか。ねえ、アマリア。これからもぼくが守ってあげる。―きみだけだよ」
「私だけってどうして……」
「わからない?それともわからない振りをしているだけ?」
「……」
「……今はいいや。とにかく、きみだから舞台の乱入なんてのも渋々許しているんだ。―でも」
支配者はしばらく沈黙する。ようやく口が開くも、度し難い内容だった。
「前の公演みたいなのが続くなら、もう止めてもらおうと思ってる。きみが痛い目に遭うのも、屈辱を味わさられるのも我慢ならないんだ」
「それは困るわ!」
アマリアは間髪入れずに答えた。支配者の眉がぴくりと動く。確かに前回のレオンの公演は、過激かつ酷い公演だっただろう。他にも同様の公演に挑む可能性もある。それでも、アマリアは引き下がれなかった。
「続けるっていったでしょう?たとえあなたが反対しようと、私はやめたりなんかしない」
「……アマリア」
「やめないわよ。―もう結末を歪められるのは終いよ!」
たとえ強大な存在である支配者が相手でも、こればかりは譲れなかった。アマリアは強い意志で相手を見る。
「……」
「……」
お互い目をそらすこともない。
「……ふう。わかった」
お手上げとなったのは支配者の方だった。
「ぼく、きみには甘いもの。結局ぼくが折れる羽目になるんだ」
「……甘い、ですって」
「うん、きみには激甘。きみの我儘だって可愛く思えるもの」
「なっ!」
アマリアは口をぱくぱくとしていた。なんだって仇そのものから言われないとならないのかと納得がいってないようだ。
「……だからって、きみに委ねてばかりじゃね。次、乱入するようなら厳しくいくから」
「……」
支配者の目は本気だ。そもそも彼はアマリアの乱入を歓迎してはいなかった。彼が妥協していたからこそ、舞台を続行できていたきらいもある。
「なに、無理?」
「いいえ、望むところよ」
それでも有無を言わさず強制退場よりはマシだ。アマリアは受けて立った。
その後、時間も迫っているということで自然と別れた。アマリアは振り返らず、ただ入口を目指す。
星が増えていた理由。それは自分がまた注目を集め始めているからなのか。アマリアなりに出した答えだが、それも正解かはわからない。
「……やるわよ、私」
それでもアマリアは前を向く。
アマリアにとっては恨むべき相手なので
アタリは強いです。
ドアも乱暴に開けるくらいです。
元々な気もしてきました。