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あの公演があったからこそ

 人工の夜空に騒がしい街の灯り。立ち並ぶのは個性的な建物群。行き交うのは学園の生徒達で、迎え入れるのはウサギの着ぐるみ達。

―今宵も訪れるは『劇場街』。鬱屈とした学園において生徒達の楽しみとなっている。見せしめ上等の趣味のよろしくない場所ともいえた。

「今夜も盛況だこと」

 アマリアは通り過ぎる生徒達の噂話を盗み聞きする。目新しい情報はないようだ。

「そうね……」

 それならそれでアマリアは向かうところはある。あの二人のその後が気になった。まずはフィリーナの劇場に足を運ぶことにしたようだ。


 フィリーナの劇場まで徒歩でやってきた。着ぐるみのショートカット機能も使えたが、何回も通っている。アマリアは控えていた。

「……」

 相変わらずおどろおどろしい雰囲気の建物だった。天使と称される彼女から想像できないほど恐ろしい。フィリーナの劇場は休演中だ。いや、いつもなら個人的に開場しているが今夜は劇場には不在のようだ。フィリーナの姿もないので、劇場街に訪れてすらいないのかもしれない。

 ならば、とアマリアは去ろうとするが。

「ああ、フィリーナ……。こちらならいつでも会えると思ってましたのに……」

 劇場の入り口で項垂れている令嬢を見かけた。フィリーナの親友であるロベリアだ。たとえ起きた時には消える交流だとしても、それでもロベリアは逢いたかった。

「……あら?アマリア様?」

「ご、ごきげんよう?」

 顔を上げた彼女はアマリアに気がつく。

「ごきげんよう……。ああ、フィリーナ……」

 目当ての人物がいないのならとアマリアに背を見せる。ただこうもふらついているので、アマリアも心配になってしまった。

「あの、歩けるかしら?入口まで付き添いましょうか?」

「……お心遣い感謝します。ですが、お気遣いなきよう」

 ふらつきながらも手を叩くと、やってきたのは着ぐるみの一体だった。ゲストである令嬢を小柄ながらも抱きかかえると、そのままお連れしていく。

「あら、あなた?」

 アマリアには覚えがある相手だった。レオンの公演でお世話になった臆病な着ぐるみである。

「ひっ!」

 着ぐるみもアマリアに気がついたようだ。自身を呼び出した令嬢を抱えるとそのまま逃げるように走り去っていった。いや、実際逃亡された。

「……なんとまあ」

 そのようにされるとあまり気分が良いものではない。アマリアはため息をついた。

「こう、手を叩く?」

 これもまた着ぐるみ達の仕事なのだろうか。物は試しとアマリアを手を叩いた

「……ああ」

―誰も来なかった。

 アマリアはさらに深い溜息を吐く。少しは歩み寄れたかと思ったが、やはりアマリアと着ぐるみ達は相容れないのか。


 次にやってきたのはレオンの劇場だ。劇場街の中でも風変りで彼のは大型のサーカステントだった。つい最近来た時はもっと賑やかな照明だったが、今は消灯している。かつてのレオンの手駒同然だった着ぐるみ達の姿もない。あくまでレオンの公演で創り出された偽物だったのだろう。当然というべきか、本物の着ぐるみ達もいない。

「……こちらも休演中」

―レオンおにいさんの!たのしいたのしいさーかすしょー!!

 星形ランプも点灯していない。公演名も戻っていた。『さーかす』の部分が塗りつぶされることもなくなっていた。

「あっれ、アマリア先輩?」

「ごきげんよう。さっきぶりね」

「うん、ごきげんよう」

 声を掛けてきたのはレオンだった。サーカステントの外れの方にいた彼だったが、アマリアとの距離を詰めた。

「よっと。先輩来てくれたんだ。見ての通りやってないけどね。今は下準備しているというか」

「そうなの。それではサーカス自体はやるのね?」

「まーね。ほら、フィリーナちゃんみたいに自主公演的な」

「そうなのね。いいわね!」

 レオンは時期が来たら開場するようだ。タイトル通り健全な内容ともなり、レオンの腕前ならば観客達を喜ばせることもきっとできるだろう。何よりレオンも楽しむことができる。アマリアも喜んだ。

「……ええ、いいと思うの」

 だが一方で気になることもある。レオンの分身ともいえる『キミシマ』という少年の存在だ。レオンの公演以降、キミシマがどうなったのかわからずじまいだった。

「キミシマ、気になる?」

「……驚いた、あなた何でもお見通しなのね」

「……んー、まあ、そうなのかな」

 レオンは歯切れの悪い返事をするが、キミシマのことに触れる。

「ここって夢の中じゃん?アイツ、ひょっこり現れるかも」

「ひょっこり……」

 あまりの軽い言いようにアマリアは脱力しかねる。気を取り直してレオンに問う。

「キミシマ様、消えたわけじゃないのね?」

「消えてないよ。確かにオレの中に存在している。それにさ、ここだからかもしれないけど。……キミシマはキミシマ、オレはオレってやっと判別できた気がする」

 レオンは隕石症だったからこそ、夢の中の存在だったはずのキミシマと同化してしまった。彼が自分であると思えてならなかった。愛されなくて自暴自棄になったキミシマの人生が自分のものでもある、レオンはそう思わざるを得なかった。

「学園にいることで隕石症が和らいでいることもある。でもやっぱさ!あの公演があったからだと思う」

 レオンは大きく伸びをすると、アマリアの方を向く。

「あの公演があって。それで。―アマリア先輩がオレもキミシマも、受け入れてくれたから」

 レオンは真剣な表情だった。いつも朗らかな表情の彼は今は違う表情を見せる。

「……それは、その通りね」

 アマリアも誠意ある言葉で返そうと考えた。キミシマごとレオンを受け入れる。それが彼女が選んだ結末だったからだ。

「そうそう!そこはちゃんと踏まえてもらわないとー!」

 レオンは笑顔だった。普段通りの人懐っこい表情に戻っていた。

「そんな責任を取ってとか言わないからさー」

「いえ!私だって軽い気持ちで臨んだわけではないもの。責任もってキミシマ様とも向き合う所存よ」

「んー、なんか違う意味でとらえてそう」

「???」

「うん、今は十分だよ。オレは日常に戻れたんだ」

「ええ、そうね」

「……ありがと、アマリア先輩」

 目の前のレオンは確かに存在している。アマリアもほほ笑んだ。彼女の気持ちが安らぐ。―今なら、こう呼べる気がした。

「私も嬉しいわ。……レオ君」

「……」

 レオンは目を丸くしている。唐突過ぎたかとアマリアは訂正しようとする。

「ああ、失礼。改善しておくわ。もっとくだけた感じがいいかしら」

「……いやいや!全然大丈夫!全然オッケー!」

「いえ、遠慮しなくていいのよ。そうね。とある先輩にならってレオっちとか、レオレオとか、レオぴとか!候補は色々あるのよ」

 何気に遠慮しいのレオンだから断れないのかと思っていた。アマリアは提案し続ける。

「……ううん、レオ君がいい。だって、先輩がそう呼びたいって思ってくれてる」

「それは、ええ……」

 そうしてレオンにはにかまれると、アマリアはどう返したらいいかわからなくなった。

「……エディ君ともさ、仲良くなりたいんだよね。勝手な話だけど」

「エディ?」

 うん、とレオンは頷く。当事者のアマリア以上にエディは反感をもっているようだ。

「別にぼっちだから声かけた、とかじゃないんだ。ほぼツンしかないけど、結構話してくれてたりはしたし。あと、あの空気感が好き。落ち着けたというか」

「……わかるわ。気持ちが安らぐの」

 アマリアは実感を込めていう。レオンも相槌を打った。

「うん。これはもう誠意を見せるしかないか!時間かかってでもさ!……なんか話しちゃった。ごめんね?」

「いえ、全然」

「じゃー、そういうことで!……さてと。オレ仕込み続けているから。ぎりまで粘る!」

 この話はここまで、とレオンは切り上げた。下準備とやらを再開することにしたようだ。

「あら。何か私に出来ることはあるかしら?」 

「あー、だいじょうぶ!アマリア先輩も驚かせたいからさ、楽しみに待ってて」

「そう?何か調達くらいなら出来ると思うから。遠慮なく言ってね?」

 あまり主張するのもあれかとアマリアもこのへんにしておく。レオンもありがとうと返した。

「……」

 アマリアはもう一度立て看板を見る。やはりランプは点灯していない。レオンは平穏を取り戻したのだと、アマリアは実感出来た。

「……調達、ね。もっと着ぐるみのガワが欲しいんだよね。……本当に剥いできてくれんのかな」

「!?」

 アマリアは勢いよく振り返った。今のは何だ。空耳か。

「ん?アマリア先輩、どうしたん?」

 にこにこしながらレオンは尋ねてくる。

「い、いえ。何でもないわ」

 空耳だったようだ。多分そうだ。アマリアはそう決めつけた。


 まだ時間の猶予はあった。はい、帰りますというわけにもいかず。アマリアは劇場街を巡ろうとしていた。あてもなく彷徨うか、それとも目的をもって動くか。どこか気になっている劇場はないか。アマリアは考えている。

「……気になっているのは」

 アマリアの脳裏に浮かんだのは。―自分の劇場だった。

「手短に参りましょう」

 変哲もない劇場である。大した変化もないはずだとアマリアは思った。さっさと済まそうと向かうことにした。

キミシマってますね。

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