あだ名問題
その後も暴露話で盛り上がり、歓迎会はお開きとなった。アマリアは自室のベッドで横になって思い返す。いつもながらの寒さだ。アマリアは布団にくるまる。
「ああ、楽しかったわ。……それでもって、苦かったものね」
口直しにと果実水が振る舞われた。そのおかげもあってか、そこまであとはひかずには済んだ。だがトラウマとして残り続けることだろう。
「それに……」
楽しかった一方で、アマリアは頭を悩ませていた。帰り際にフィリーナとレオンに話しかけられた件だ。
『よそよそしい。あの子はエディ呼びなのに』
『まー、もうちょっとくだけてくれると嬉しいかなー。ここの寮の人たちってさ、基本様づけはしてないんでしょ?』
要するに自分達に様づけはやめてほしいとのことだった。
『ちなみにオレ!フィリーナちゃんはフィリーナちゃん!』
『レオン様はレオン』
『いいね、呼び捨て大歓迎!』
ノリノリでお互いの呼び名を決めたようだ。
『よそよそしい……。その通りね』
アマリアは素直に受け入れる。確かによそよそしかったのかもしれないと、彼女も考えていたのだ。そして得意げにいう。
『ふふん、私もちゃんと呼べるのよ。寮内の雰囲気は損なわない所存よ。先輩は先輩。同い年や後輩の皆さんはこう呼ぶの。つまり、フィリーナさんにレオンさん!』
『却下』
『なんと!』
容赦なく却下してきたのはフィリーナだった。あまりにも容赦なさすぎたのでレオンがフォローする。
『容赦なさすぎ。まー、それじゃ寂しいってのはあるかな。出来たらでいいからさー』
『え、ええ。善処はするけれど、そのあだ名ということかしら』
『そうそう、あだ名でもいいよ』
レオンはそういうが、アマリアはあまり縁がない話だったので困惑していた。
『といっても難しいわね。そうね、お二人が希望の呼び方もあるでしょうし。それでも良いと思うの』
『……まあ、あるっちゃあるけど』
レオンは言葉を濁している。アマリアとしては希望があるのなら応えたいと思っていた。どんとこいと彼女は構える。
『本当、レオン様?では、そちらでいきましょう―』
『なら、レオンがいい』
『!?』
呼び捨てだった。確かにさっきもそう言ってはいた。ただ、アマリアには衝撃が走る。身内以外で呼び捨てなどしたことがなかった。それも異性、殿方相手となるとアマリアにはハードルが高かった。
もちろんレオンにはその反応は想定済みだった。レオンは言う。
『っていうのも困るでしょ?だからさ、アマリア先輩の呼びやすいのがいいんじゃないかって』
それをいうと畏まった呼び方となるが、また却下されるだろう。
『わたしもお願いね。えっと、アマリア先輩。……うーん、先輩?』
自分もそうするようにとフィリーナはそう呼ぶ。だが、どこかしっくりきていないようだった。
『……結局、強制しているだろ』
壁にもたれかかっていたエディが口を挟む。彼は寝ていたのか、それとも実は起きていたのか。
『おっと、後方彼氏面』
『その手にはもう乗らない』
エディがむせてしまった一因はこのレオンにある。レオンの発言が起因していた。残念、と当のレオンはにやけながら返事した。
『……あの、私も親しい呼び方をしたいとは考えているの。ええ、鋭意制作中ってとこかしら』
彼らとはもっと仲良くなりたいとアマリアも考えている。彼らもそれを望んでくれているのなら、何とも嬉しい話だろうか。
『お、期待しちゃっていいの?』
『楽しみにしてるね』
『ええ!』
ハードルを高くしてしまった感は否めないが、アマリアは応えたいと思っていた。
『エディ君起きてるってこと?よし、起きてる。良かったらさ、オレのこと気軽に呼んでよ。レオンとかー』
『……』
『あれ、寝ちゃった?』
エディの目は開いているが、返答はない。レオンは明るく言うが、しばらくしてからのエディの反応は冷めたものだった。
『……起きてる。馴れ合うつもりないんで』
『……エディ、あのね』
それはいかがなものか。ばっさりと言い捨てたエディに、アマリアは声を掛けようとする。
『先輩がこいつと和解したっていうのはわかる。これは個人的に思っているだけだから。あんたが気にする必要はない』
『それは……』
確かにエディの個人的な感情にまで干渉は出来ないかもしれない。エディとしては思うところが多々あるのだろう。
『エディ君て、はっきりしてるよね。……まあ、当たり前だね』
レオンもそれ以上強くは出られなかった。
『……わたしも反省する。呼ばせるものでもないね。―まあ、今夜はこのへんで。おやすみなさい、みんな』
夜更けまでやっていた歓迎会のあとでも、クロエ寮長の点呼は行われるとのことだ。お互いに挨拶を交わすと、それぞれの自室に戻っていった。
「……眠れるかしら」
あれこれ考えている内に、結局はアマリアは眠りについていく。