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新月寮流歓迎会

十一の月も半ばにさしかかる頃。山中にある学園の寒さは増す一方だった。

 恵まれているのは、大半の生徒が暮らす『満月寮』。学舎のすぐ近くであり、設備も充実している。先日は暖房が故障したものの、優先的に復旧がなされた。極寒で極悪な環境など縁遠い。

 かわって一方。山の高くにある『新月寮』である。得体のしれない編入生として通うことになったアマリアもこちらで世話になっている。最低限の設備はあるものの、常に寒さがつきまとう。簡素で質素な造りの建物に、不便も伴う生活。早朝の冷えきった空気にはアマリアはいつまでも慣れない。これぞ新月寮といえた。

 満月寮の暮らしが羨ましくないといえば嘘になる。それでもアマリアはこの寮で良かったと思っていた。普通に接してくれる寮生たちに、日頃お世話になっている先輩方もそうだ。寮母を始めとした優しい職員、大人達も見守ってくれている。

 アマリアが来てからだろうか。それは定かではないが、新月寮も賑やかになりつつあった。新たな寮生が続々と加わったことが大きいのかもしれない。

 今宵も寮内は盛り上がりをみせていた。良い機会だからと歓迎会を開いてくれていた。ダイニングルームには寮生にほとんどが集まっていた。その中でテンションの高い男子生徒がジョッキを手にしていた。

「そんじゃ罰ゲームいきます!『全混ぜドリンク』一気のみー!」

「いいぞー、一気!」

「んげー、これやばいって。……ん?」

 他の生徒達も囃し立てる。彼が持っているのは毒々しい色と果ててしまった飲み物だった。食欲が失せる代物を罰ゲームということで彼が飲んでいる。が、見た目がアレなだけで味自体はいけたようだ。ごくごくと彼は飲み干した。

「……やばい。普通にうまい。だめだ、これじゃ罰ゲーム成立しねぇ」

「まじか。なんか別のいっとく?」

 妙なところでストイックな彼らは、代替できる飲み物を探していた。そこで提案してきたのは特段と面倒見のよい男子生徒だ。

「ふっふー、こういう時こそ『クロエスペシャル』だぜ!お嬢しか飲めない特製ドリンク!これぞ究極!」

 クロエスペシャル。そのフレーズに寮内が ざわつく。

「クロエスペシャルだと……?」

「やばいやつきたな……」

 その実態を知る先輩方は戦慄していた。その様子を遠くからみていた金髪の少女は笑顔で、それでいて目が据わっていた。

「『クロエスペシャル』、そうきたか。……ねえ?罰ゲームにするようなものかなぁ?」

 ドリンクの愛用者であるクロエ当人だった。

 緑色の瞳を持つ異国からの留学生。小柄で守ってあげたくなるような見た目ながらも、その実怖ろしい寮長として知れ渡っている。彼女はクロエ・リゲル。

「ああ……。お嬢に怒られたぁ……」

 提案してきた彼は怒られているのに、どうしたことか嬉しそうだった。そんな彼は放置したままクロエは戸棚からお茶を出す。彼女手ずから淹れて出してくれたのは、これまた淀んだ色をした飲み物だった。そもそもこれはお茶といえるのか。いっていいものなのか。

「ええ、わかってますとも。理解してくれなくてもいいし。これも相当苦いけど、どうぞ」

 愛用ドリンクをけなされたことに拗ねつつも、クロエは罰ゲームを受けるべき少年に手渡す。彼はお礼をいって口にする。

「ぐっ、ぐへっ!」

 口にした途端、彼はむせた。かなりの苦味が口内に広がっているようだ。だろうと思ったクロエは彼に水を手渡した。お礼の言葉すらいえない彼は手だけ上げて、取り急ぎ水を飲みほした。

「わ、わりぃ。……これ、やばい。やばいって!」

 水を飲んでもなお、彼はまだむせていた。クロエスペシャルとやらには及ばないまでも相当のもののようだ。次の罰ゲームはかなりの地獄を覚悟しなくてはならない。寮内に緊張が走る。

「美味しいのに。いいけど」

 クロエが一人ごちるが、他の寮生は何とも言えなかった。このようなものを好き好んで飲む者などいるのだろうか。クロエ以外で。

「……そんなにやばいんすか?オレ飲んでみたい!」

 一人いた。はいはい、と勢いよく挙手していた。

「お、クソ度胸あるな。新入り!」

「まあね!ども!」

 明るく笑いながら例の飲み物を受け取った少年は、つい先日新月寮に入ったばかりの生徒だった。

 レオン・パロクス・シュルツ。騎士の家で育った彼もまた、訳があってこの学園にやってきた。爽やかな見た目で快活な彼は学園の人気者。―だった。今となっては本性は怖ろしい人物であるというのが学園での共通認識だ。こうして普通に接してくれるのも、元々浮いている新月寮の面々くらいだろう。

「……」

 違う。でも全く違うわけでもない。アマリアはそんな複雑な胸中で彼を見ていた。

 レオンのことは舞台を通して理解することができた。彼の生い立ちも、そして隕石症を患ったこともアマリアは知っている。彼のある意味もう一人の自分、『キミシマ』。横暴な彼もまたレオンの中で在り続けているのだろう。

「!」

 視線に気が付いたレオンと目が合った。彼は笑いかけてくれた。

「……」

 取り繕う、それでいてわざとらしい笑顔でもない。本当の笑顔だった。アマリアは思う。キミシマを受け入れたレオンだが、今の彼は心の底から楽しそうなのだと。

「んじゃ、いただきまーす!」

 レオンは場を盛り上げるように声にしたあと、勢いつけて飲み干した。

「んぐっ!……ごくごく」

 最初の一口目でむせそうになるのをこらえる。レオンは根性で飲み干すも後悔していた。軽い気持ちで飲むべきではなかった。彼にとってこれまで味わったことのない苦味だったようだ。クロエから救済の水を受け取る。

「あざっす……。いや、やばいっす……」

 誰しもが口にするのは『やばい』の一言。まだティーポットの中には残っている。

「んー、皆に無理させるのもね。罰ゲーム、別のにしたら?」

「お、おう。なんか暴露話にしとくか!」

「そうだな!」

 仕切り直しと彼らはゲームを再開しようとする。やばい代物であるお茶のことは触れないでおこうとしていた。クロエ以外好き好む人物などいないだろうと。

「……そんなに苦いの?ね、苦い?」

 まだいた。その少女は敬遠されている茶に対し、きらきらとした瞳を向けていた。

 恵まれた容姿の美少女の名はフィリーナ・カペラ・アインフォルンだ。アインフォルン家は侯爵家であり、この国に襲来した隕石をくいとめた魔法使いの名門でもある。

 フィリーナも隕石症だった。重度の患者である彼女は学園では普通でいられるものの、それまでは大いに苦しめられていた。傷つけてしまった親友への負い目、そして名家の出ということもあり、フィリーナは令嬢の中の令嬢であろうとした。だが無理がたたり、彼女は精神的に追い詰められることになる。

 フィリーナの闇が晴れたのは舞台を経てである。彼女自身の心にも触れたこと、そしてフィリーナの親友の秘めごとも知った。フィリーナは解放されたのだ。

「相当苦いんでおススメしないかなー?そういうの平気な人ならともかく」

「大丈夫。わたし、そういうのいける人」

 気が進まないレオンに対し、フィリーナはさらっと返す。クロエから丁重に受け取り、そして口にしようとする。

「……あ、だめだよ?」

 小鳥のさえずりがした。フィリーナの手に止まったのは、彼女の愛鳥だ。興味津々にカップの中を眺めていたので、フィリーナは念の為に止めておいた。

「いただきます。……うん、美味しい」

「ええ!?」

 味わい深く飲むフィリーナを、他の寮生達は信じがたい目でみる。と同時に、ティーカップと麗しき令嬢は絵になると見惚れてもいた。現状はなんともアレではあるが。

「ね、美味しいよね!ね、だよねっ!?」

 くいついてきたのはクロエだった。ようやくできた理解者だとクロエは接近する。

「うん、美味しかった。ごちそうさまでした」

「いいの、いいの!もう、フィリーナちゃんって天使!……っと、いけないフィリーナさん!」

 感極まったクロエはさらに頬ずりする。満更でもないフィリーナはされるがままだった。二人の顔は綻んでいた。

「こんなクロっち、みとうなかった……」

 こんなにもデレデレで締まりない寮長は見たことないと、ある女子生徒は語っていた。それはさておき。

 フィリーナも本来の自分を取り戻せた。いつも傍にいて見守ってくれた愛鳥の存在に気がつくこともできた。

「……」

 フィリーナもレオンと同時に入寮した。今は羽を伸ばしてのびのびと学園生活を送っているようだ。そんな彼女をアマリアは微笑ましく見守っていた。

「……ああ」

 羨ましくもあった。あれだけデレているクロエは、アマリアとてそうそう見たことがない。いや、もう一人対象がいた。クロエが恍惚とした目を向けているのは、この少年だ。

「……」

 この騒ぎの中でも起きることなく、アマリアの肩にもたれかかって寝ている少年だ。今は閉じられた瞳も開くと吸い込まれそうな緑色をしている。アマリアと身長がそう変わらない中性的な見た目の異国の少年だ。

 エドュアール・シャサール・シャルロワ。通称エディ。大樹を擁する隣国の民である彼は、留学生としてこの学園にやってきた。アマリアとは劇場街で出逢い、力にも救いともなってくれた存在だった。

 エディも元は満月寮の住人であったが、事情があってこの寮にやってきた。その事情はこの過剰睡眠によるものである。辛うじて日常生活は送れているものの、遅刻や欠席も目立つ。人事と言われたらそれまでだが、アマリアは頭を悩ませていた。当の本人よりもである。

「すうすう……」

 積極的に人と関わろうとはしないエディだが、こうして歓迎会には顔を出した。寝落ちはしているものの、それはそれでアマリアは嬉しかった。

「はっ!」

 アマリアは思い当たる。彼女も編入生としてこの学園に入ってきたばかり。自分もいわば新入りなのだ、だからこそこの流れに乗るべきではないかと考えに至った。

「いやいや、強制じゃないからー。アマリア先輩、やめときー?」

 レオンは容易に想像ついたようだ。つっこみを入れるもアマリアはご心配なく、と断る。

「いえ、この流れには乗るべきです!新入りとして!」

「いやいや、乗らない流れもあるんじゃないかなー?」

「ご心配ありがとう、レオン様。私も苦いのは得意なのよ!」

「あー……」

「?」

 アマリアも苦いのが苦手というわけではない。でも得意は言い過ぎではある。盛ってしまっていた。それでも彼女はこう言った以上、あとにはひけなかった。

「はい、どうぞ。滋養効果満点ってラベルにあった。飲んで元気良くいこう」

 クロエの代わりに持ってきたのはフィリーナだった。彼女の瞳は今も煌めいている。アマリアに対する期待の眼差しだ。そして善意である。

「ありがとう、フィリーナ様」

「む」

 レオン同様の反応をされた。アマリアにはわからないが、意気揚々と受け取った。

「いや、本当に無理しなくていいからね?アマリアさんそういうとこあるし」

 お茶の提供者であるクロエは心配そうにしているが、アマリアはご心配なくと目で返事する。嫌な予感しかしないクロエは額に手を当てた。いざ、と口にしようとしていた。 

「……不穏な空気」

 今まで寝ていたエディが目を覚ます。お茶が醸し出す異様な雰囲気を察知したのかもしれない。

「……そういうことか。もう一杯お願い」

 寝起きながらも色々と察したようだ。エディは二人分をお願いした。

「はい、どうぞ」

「どうも。……なんか、新入りが飲むって流れなら俺が二人分飲む」

 この人の分も、とエディは言う。フィリーナからカップ二つを受け止めた。

「おっ!二杯いっちゃう!?」

「いったれいったれ!」

 あの激苦茶を一杯だけなく、追加分ときた。無謀な挑戦であると寮内が沸く。

「さすがに悪いわ。あなた、こういうの飲まないでしょうし。私、本当に得意だから」

 巻き込んでしまったことに責任を感じたのでアマリアは止めようとする。自分の分まで飲もうとしているのだ、アマリアは必死だった。

「嘘っぽい」

「なんと!」

「たぶん俺の方が得意。―いただきます」

「ああ、エディ!」

 エディは迷いなくお茶を口にした。周囲は固唾を飲んで見守る。

「うん、いける」

 エディは平然としていた。いつもながら感情がわかりづらい。何てことないと二口目に突入していた。大丈夫だったのかとアマリアはホッとした。

「エディ君すげー。それ苦くない?平気?」

「苦いけど。まあ別に。苦いけど」

「あ、そんな好きなわけじゃないんかい。へー、まじすげー」

 レオンが素直な感想を述べていた。あの苦味を前に平常心でいられることに、レオンは感心していたのだ。

「それで先輩の分も代わってあげるとか。もうさ、愛じゃない?」

「ぶふっ!」

 レオンが軽く言った一言が、エディの心を的確に抉ったようだ。それまで平静でいた彼が突然むせた。

「大丈夫、エディ君!?」

「エディ!!」

 慌てて駆け込んできたクロエは、咳き込む相手に水を与えたあと背中をさする。アマリアは反応が遅れてしまっていた。

「あちゃーエディ君」

「こいつ……」

 呑気なレオンをエディは恨めし気に見ていた。

「せめてこれ使ってもらえる?」

 アマリアは心配な気持ちと罪悪感から自身のハンカチを差し出した。口元も汚れてしまったので、彼自身で拭ってもらおうとしたのだ。

「……拭いて」

「えっ」

「……もらわなくて大丈夫。ありがとう、洗って返す」

 間があった。結局はエディ自身で口元を綺麗にした。妙な反応をしてしまったとアマリアは一人恥ずかしくなってしまった。

「……ああ、エディ。あなたも苦みは得意ではなかったのね。あなたに報いるためにも、私も挑むわ!」

 アマリアは知らない。エディが別のことでむせたことなど知る由もなかった。レオンはにやにやしている。エディは疎ましそうにしながらも、呼吸を落ち着けた。

「先輩、力みすぎ」

「ええ、力んでこそよ!」

 エディもひとまずは落ち着いたようだ。意気込んだアマリアは立ち上がった。

「さあ、いざ!」

 アマリアは覚悟を決めて口に含む。―口に広がるのは激しい苦味。

「げふっ!」

 むせた。

お約束でした。

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