プロローグ⑤ 彼がくれたぬくもり
私には婚約者がいる。幼い頃からの付き合いのようで、けれども困ったことがあった。彼の顔がまともに思い出せない。どうして婚約に至ったかもわからない。彼の存在、そしてまつわる記憶も。彼との思い出すら失ってしまったから。
ただ、近頃は少しずつ彼の記憶を取り戻してきていた。出逢ったばかりの幼い私達。彼がある病に苦しめられてきたこと。そして、彼への呼び名。
『ねえ、マーちゃん。はおったよ?』
故郷の私の部屋、そこにいるのはかつての私達。婚約者である彼がこの日も来てくれていたようだった。
それにしても、随分と近しい呼び方だ。彼は厭う事なく笑って受け入れてくれた。小さな私は毛布のようなものをもたされていた。それを彼の言う通りに体に羽織ったみたい。
『わあ……!』
生来の寒がりである私も大感動するはず。彼がくれた毛布を羽織ると、確かな暖かさが体を包み込んでいた。ひと際暖かくなっていた。温風が発生しているよう。その仕組みは今の私でもわからなさそうなもの。
『こうするともっとあったかい!』
『ひゃっ』
彼はじゃれつくように幼い私に抱き着く。くすぐったくもあったけれど、彼と触れ合えたことが純粋に嬉しかったようで、幼い私は幸せそうにしていた。
『うん、あったかい!』
『そうかそうか。……あ』
素直な感想を述べた私に対し嬉しそうにしていたけれど。彼は何か気になる点があったようだった。相手の小さな手に触れると唸り続けている。
『ちゃんとあったかいよ、マーちゃん』
こうして彼とくっついていられる。あたたかくなるのは本当だった。
『うーん……』
彼はまだ何かを考え込んでいる。当時の私は単純にこう思っていたはず。
『てぶくろ?』
手袋があればもっと暖かいのではないかと。
『……へ?てぶくろ?』
『てぶくろ、あるといいよね。いまね、マーサさんにおそわってるの』
乳母のマーサさんに教わっていたみたい。誰にあげたいか。きっと私はこう答えていた。
『だいいちごうはマーちゃん!』
『おれだ!』
二人ではしゃぐものの、次に私が口にしたのは馬鹿正直なことだった。
『わたし、まよったの。どなたからつくろうかなって。ちちうえ、ははうえ、あにうえ、あねうえ。おとうとに、マーサさんにって』
『なんだよ、まようのかよ……』
彼は拗ねた声でより強く私を抱きしめていた。痛い、と小さい声で言いながらも私もこう返していた。
『だってみんなたいせつだもの。それでね、ははうえにそうだんしたの。そうしたらね。いま、いちばんつくりたいひとにしなさいって。いちばんよろこんでほしいひとにって』
『……!』
私の方はその時の状況を説明していた。それは父だと駄々をこねる父上、それを宥め押さえつける母上がいたと話を続けていた。
『それってマーちゃんなの!』
『……そっか』
彼はそれだけ言うと、幼い私の手に自身の手も重ねてきた。二人とも本当に小さい手で、この頃は大きさに差はなかった。笑顔だった彼も。
『マーちゃんのかんせいしたらね、つぎはちちうえのをつくろうとおもうのよ』
『……』
この言葉に無表情になってしまった。彼は無言のまま、私の手を掲げた。その行動の意味を理解することはなく、昔の私は一方的に話を続けていた。
『ちちうえね、ないちゃったから。それでつぎは―』
『……アマリア』
『!』
それを遮ったのは彼の方だ。聞いたことない声音に、さすがの私も慄いてしまったようだ。そんな幼い私をあやすように、より優しい声で彼は話しかける。
『おれもアマリアにつくるよ。あったかくて、かわいくて、でもってモコモコしているやつ』
『……モコモコ?』
『うん。とってもモコモコ。モコモコはいいぞー』
『う、うん!いいね!』
普段の彼に戻って、私もすっかり安心しだようだった。
『でもって、ちゃんとおそろいになるようにする』
『わあ!マーちゃんとおそろいだ』
『うん!まずはおまえがつくってくれないと。かんせい、たのしみにしているからなっ!』
『はいっ。……えいっ』
『おおっ』
すっかり浮かれきった私は彼に寄りかかった。体の重みがかなりいったでしょうに、彼は笑ったままだった。
『―おそろい、か』私には婚約者がいる。幼い頃からの付き合いのようで、けれども困ったことがあった。彼の顔がまともに思い出せない。どうして婚約に至ったかもわからない。彼の存在、そしてまつわる記憶も。彼との思い出すら失ってしまったから。
ただ、近頃は少しずつ彼の記憶を取り戻してきていた。出逢ったばかりの幼い私達。彼がある病に苦しめられてきたこと。そして、彼への呼び名。
『ねえ、マーちゃん。はおったよ?』
故郷の私の部屋、そこにいるのはかつての私達。婚約者である彼がこの日も来てくれていたようだった。
それにしても、随分と近しい呼び方だ。彼は厭う事なく笑って受け入れてくれた。小さな私は毛布のようなものをもたされていた。それを彼の言う通りに体に羽織ったみたい。
『わあ……!』
生来の寒がりである私も大感動するはず。彼がくれた毛布を羽織ると、確かな暖かさが体を包み込んでいた。ひと際暖かくなっていた。温風が発生しているよう。その仕組みは今の私でもわからなさそうなもの。
『こうするともっとあったかい!』
『ひゃっ』
彼はじゃれつくように幼い私に抱き着く。くすぐったくもあったけれど、彼と触れ合えたことが純粋に嬉しかったようで、幼い私は幸せそうにしていた。
『うん、あったかい!』
『そうかそうか。……あ』
素直な感想を述べた私に対し嬉しそうにしていたけれど。彼は何か気になる点があったようだった。相手の小さな手に触れると唸り続けている。
『ちゃんとあったかいよ、マーちゃん』
こうして彼とくっついていられる。あたたかくなるのは本当だった。
『うーん……』
彼はまだ何かを考え込んでいる。当時の私は単純にこう思っていたはず。
『てぶくろ?』
手袋があればもっと暖かいのではないかと。
『……へ?てぶくろ?』
『てぶくろ、あるといいよね。いまね、マーサさんにおそわってるの』
乳母のマーサさんに教わっていたみたい。誰にあげたいか。きっと私はこう答えていた。
『だいいちごうはマーちゃん!』
『おれだ!』
二人ではしゃぐものの、次に私が口にしたのは馬鹿正直なことだった。
『わたし、まよったの。どなたからつくろうかなって。ちちうえ、ははうえ、あにうえ、あねうえ。おとうとに、マーサさんにって』
『なんだよ、まようのかよ……』
彼は拗ねた声でより強く私を抱きしめていた。痛い、と小さい声で言いながらも私もこう返していた。
『だってみんなたいせつだもの。それでね、ははうえにそうだんしたの。そうしたらね。いま、いちばんつくりたいひとにしなさいって。いちばんよろこんでほしいひとにって』
『……!』
私の方はその時の状況を説明していた。それは父だと駄々をこねる父上、それを宥め押さえつける母上がいたと話を続けていた。
『それってマーちゃんなの!』
『……そっか』
彼はそれだけ言うと、幼い私の手に自身の手も重ねてきた。二人とも本当に小さい手で、この頃は大きさに差はなかった。笑顔だった彼も。
『マーちゃんのかんせいしたらね、つぎはちちうえのをつくろうとおもうのよ』
『……』
この言葉に無表情になってしまった。彼は無言のまま、私の手を掲げた。その行動の意味を理解することはなく、昔の私は一方的に話を続けていた。
『ちちうえね、ないちゃったから。それでつぎは―』
『……アマリア』
『!』
それを遮ったのは彼の方だ。聞いたことない声音に、さすがの私も慄いてしまったようだ。そんな幼い私をあやすように、より優しい声で彼は話しかける。
『おれもアマリアにつくるよ。あったかくて、かわいくて、でもってモコモコしているやつ』
『……モコモコ?』
『うん。とってもモコモコ。モコモコはいいぞー』
『う、うん!いいね!』
普段の彼に戻って、私もすっかり安心しだようだった。
『でもって、ちゃんとおそろいになるようにする』
『わあ!マーちゃんとおそろいだ』
『うん!まずはおまえがつくってくれないと。かんせい、たのしみにしているからなっ!』
『はいっ。……えいっ』
『おおっ』
すっかり浮かれきった私は彼に寄りかかった。体の重みがかなりいったでしょうに、彼は笑ったままだった。
『―おそろい、か』
彼がしきりに私の手を気にしている。主に薬指の部分だった。
『……よし!作るか。時間かかってでも、とっておきのやつ!』
『マーちゃん?よくわからないわ、てぶくろじゃないの?』
『てぶくろもつくるよ。モコモコなやつ。―それとは別の大切なものだ』
『たいせつ……?』
ただ不思議そうに相手の言葉を繰り返している私だ。彼はどこか遠くを見ている。
『そう、大切なもの。お互いがお互いのものだって。その証明』
『えっと……』
『……誰がどう言おうと関係ない。俺とアマリアは婚約者同士だ』
『マーちゃん、どうしたの……?』
彼は何を見て、何を考えているのか。それがわからなかった私は不安そうにしていた。悪い、というといつもの彼に戻っていた。
『っと、いまはいいんだ。そう、まずはモコモコからだ―』
お久しぶりです!
お読みくださりありがとうございます。
今回もお付き合いいただけたら幸いです。