学園には不要なものたち
「―お待ちしていた、アマリア・グラナト・ペタイゴイツァ嬢。我々はこの学園の門の番を務めている」
アマリアが叩くだけで痛くなりそうな門に触れようとしていたところだった。彼女は呼び止められた。黒い防寒用のコートをまとった二人組の一人である男性が、アマリアに近づいてくる。顔を隠すというよりは保護の意味を兼ねているのか。鉄製の覆面をつけいる。
自分の事を呼ばれたので、そのまま挨拶しようとした。いや、何かおかしいとアマリアは気がつく。自分は歓迎されていないようだと。
「……ごきげんよう、本日からお世話になります。わたくし、アマリア・グラナト・ペタイゴイツァと申します」
「失礼。とある伯爵家のご紹介よりとは伺っている。もはや我が娘同然なので、よしなにと」
今思えばよく話が通ったものだと、アマリアはふと思ってしまった。相当寄付でもしたのだろう。
「……ええ、その通りです」
アマリアはその彼の事を確認する為に来たのだ。それなのに、こうも不審がられている事が理解できなかった。
「そちらの伯爵家の生徒も在籍してない」
「……さようでございますか」
やはり彼は在籍していない事になっているのか。想定内ではある。
アマリアは考える。―この学園には何かある。ここで彼に何かがあった。アマリアは確信した。
「どういった経緯か不明瞭すぎる。編入学は許可された。だが、失礼ながらも先方に確認させていただいた。―そのような娘は知らない。そもそもうちの嫡男は通っていないとのことだ。そもそも嫡男の名が違っているともな」
「……」
夫人が指す嫡男はアマリアの婚約者の事ではない。彼の下の弟になっているようだ。 ここまで干渉されているのか、と。そして夫人もついに忘れてしまったのか。あれだけ我が子を大切に思っていたのに。アマリアはただただ胸が締め付けられる思いだった。
「……」
それでもアマリアは信じる。確かに彼女自身の中に彼は存在している。息づいているのだと。何が何でもここで学園を去るわけにはいかなかった。
アマリアは呼吸を整えた。この門番の話はどうであれ、彼の手がかりは学園内にある。何かの事件に巻き込まれているのかもしれない。それを学園が隠匿しているとも考えた。ならば、今彼女がなすべき事は。
「―さようでございますか。手違いがあったようですね。では、わたくしの入学は取り消しとなりますでしょうか?」
少しでも平静を努める。まずは、状況の確認だ。こうも険しい態度なのも偽造か何かの線を疑われていることだろう。何一つ悪い事などしていない、と少女は堂々としたものだった。そこまで潔白を主張するのならと門番は提案する。
「入学許可書をこちらへ」
「はい」
アマリアが両手で差し出したそれを受け取り、門番は確認する。筒のようなもので照合を始めた。特に学園の印章の辺りは入念に行っていた。
「……偽造ではない。本物、か」
有難いことに入学許可書は本物だったようだ。そして、門番の男性はアマリアに対して敬意を示した。
「これまでの失礼をお許しください、アマリア嬢。当学園は貴女様を歓迎致します」
「よろしいのですか……?」
伯爵夫人と何ら縁もなかった人物となっている。それなのに編入が出来るのか。彼女の疑問をよそに、説明はすすむ。
「こちらの許可書は紛れもない本物ですから」
アマリアはじっくりと許可書を見る。何にせよ、事なきを得た。そう彼女が思っていたところだった。
「……では、改めまして。入学にあたり、手荷物を確認させていただきます。……こちらへ」
「はい!ご安心くださいね、同性の私が担当致しますからね!」
「手荷物……?」
本人の発言と声からして女性のようだが。なにせ覆面のせいで顔がわからない。いや、そもそも手荷物を改めるなどアマリアは話に聞いていなかった。だが、ここではうろたえない。ただでさえ一度疑われた事もあるが、そぐわない物など持参していないという自負があったからだ。
「あ」
いや、とんでもない物をもたされていた。その事実をアマリアは思い出す。
「先輩!まずこちらです!えーと?トンカチ?殴る用?」
手荷物検査の為に、アマリアの鞄を容赦なく漁っている。普通隠さないのかな?とぶつぶつ言いながらだ。
「違い……ます。日曜大工用です。母からの贈り物なのです、どうか」
「……母君の」
「没収しておけ。こちらで預からせていただきます」
「……はい、先輩!」
捨てられるわけではないようだが、取り上げられてしまった。母から譲り受けたものと胸が痛むが、仕方ないとアマリアは大人しくしている。
「先輩、大金発見です」
「アマリア嬢、学園では支給品が配られます。必要なものは何なりとご申請ください。ただし、物によりましては取り消しもあります。ご理解ください」
「あの、使うわけではありませんので」
「ご所有だけでも規則違反です。おい、没収しておけ」
「!」
凶器と疑われるものや、硬貨も没収されてしまった。兄達が一生懸命稼いでくれたものだろうと仕方がないものだ。そう、アマリアは納得しようとする。
「っと、失礼しますね。お寒いでしょうけど、我慢してくださいね!」
「な、何をなさるのです!?」
見事な手さばきでアマリアはコートを脱がされてしまった。このコートは父からの贈り物だ。寒さが彼女の体を打ちつける。思わず自身の体を抱きしめた。寒さは収まってくれない。
「先ほども申し上げたかのように、支給品がございます。コートも当学園に相応しいものをご用意しております。どうか、学園の品位を損なうような服装はお控えくださいますと」
「ひ、品位ですって?」
父が想いを込めて選んでくれたコートを批判された。構うことなく門番の男は後輩とやらに指示を出す。
「とはいえ、この極寒ではこたえるでしょう。我々の物でご辛抱願いたいですが、多少は見栄えはましかと。―こちらの方はお気遣いなく。コート一枚なかろうと慣れておりますので」
男性の門番は自身のコートをアマリアに渡そうとしていたが、アマリアは首を振った。結構です、と小声で応える。あまりの寒さにうまく口が開かない。なんて寒さだろうと、アマリアは恨みたくなもなる。それでも。
「……こちらこそ、お構いなく」
意地でもコートを受け取ることはしたくなかった。
「……。ですって、先輩」
「……こちらのご令嬢も例にももれず、か。我がお強くいらっしゃる。あまり、問題を起こされたくないものですね」
「!」
アマリアははっとする。ここで問題を起こさせるわけにはいかない。こらえるしかないのか。
「……失礼、あまりお待たせするな」
「はい、先輩!」
手荷物検査が再開されてしまう。どこまでも遠慮がないものだった。
「うわ、すごい量の本だ。重くなかったです?昨今のご令嬢は逞しいですね!」
「学園の図書室の蔵書量はかなりのものです。専門書を網羅しているといっても良いくらいで、ご勉学の助けともなりましょう。このような俗物はもちろんの事―」
姉が持たせてくれた書物達だ。恋愛小説だけではなく、冒険小説もあった。だが、学習に役立つような文献までもが没収されてしまう。
「不要な知識です。南の田舎町の教養が、当学園で通用するわけがないでしょうに」
あまりにも理不尽ではないだろうか。どうしてここまで取り上げようとするのだろうか。
「ん?これも本?……あー、アルバムかー」
「ま、待ってくださ―」
「それで、これは絵?わあ、微笑ましいね。……没収でしょう、先輩?」
「ああ、頼む。故郷を懐かしむより、学園の生活に集中してください」
アマリアが割って入る間もなく、没収されつくしてしまう。このままだと家族からの贈り物全てがそうなってしまう。
「待ってください!」
思いの外、アマリアは大声をあげてしまったようだ。
「絵もアルバムも、学園生活の何の妨げになるというのでしょうか?家族との思い出なのです。邪魔どころか、心の支えになるものばかりで……!」
「これからの生活に必要ないものばかりです。今一度申し上げましょうか。学園の生活に集中してください。……それとも、規則を受け入れられないとみなしても?」
「……」
「大人しくしている方が賢明です」
「はい……」
アマリアはネックレスに意識がいく。これすらもとられてしまうのだろうか。さすがに卒業までには返してくれるだろう納得し、ここは引き下がるしかないようだ。
たとえ、彼との思い出の物がとられたとしても。ここで編入学まで取り消しになっては意味がない。
「……」
ふと、視線を感じる。検査を直接行っている方の門番からだ。気のせい、とはアマリアは思えなかった。一点を注視するその視線はまるで、制服の下に隠されたネックレスまで見透かされているようだ。
「何を呆けている。あとは?」
「……あー、すみません。ここ最近寝不足なもので!あとはですね。ご令嬢の部屋着や、寝間着。それにこの包みは。あー、これ触れちゃダメなやつですね。ごめんなさいね、これらも指定のものになっているのですよ。ああ、でも品質は保証しますよ。そうそう、身に着けてるアレらは必ず処分してくださいね。給仕係に適当に渡しておけばオッケーですよ」
「はい……」
下着類を指しているのだろう。そこまでされるのか。辱めではないのか。
「残りはないのか」
「……以上でーす」
そう言うと鞄を閉めて両手で持ち上げた。アマリアは肩を下ろした。唯一取り上げらなかったネックレス。婚約指輪が通されたそれは無事だった。それ以上は今は望めないだろう。
「……これから、お世話になります」
今はただ耐える。何てことないとばかりに笑顔を作ったあとに、アマリアは頭を下げた。
「……ですって、先輩」
「……。我々はただの門番に過ぎません。そういったご配慮は不要です」
すげなくそう言う。悪夢のような手荷物検査は終了したようだ。
「大丈夫、大丈夫……」
家族の思い出を取り上げられ、残されたもの。娯楽も家族との思い出も断たれた中での、たった一つの心のヨスガだ。大丈夫、これだけでも残ってくれた。だからまだ踏ん張れる、とアマリアは顔を上げた。
「開門!」
男性の門番の声と共に、重厚な門が開かれる。アマリアが持つ入学許可書が反応する。薄く光っている事からして、何らかの魔力が働いてるようだ。
―もう引き返すことはできない。アマリアは一歩足を踏み入れた。
「あー、そうそう。報告漏れしてました!後で怒られたくないので、今、申し上げます」
「なんだと!?」
後方で門番達が話している。何やら揉めているようだ。
「彼女、ネックレス隠しつけてました」
「……おい、なぜそれを早く言わない!宝飾類も規則違反だ。より咎められるのは我々ではない、彼女だろうに!」
「……?」
あれだけ規則を連呼していたのも、あくまでアマリアを案じての事だっただろうか。「まあまあ、先輩!いいじゃないですかぁ?それくらい許されてもいいじゃないですか?……楽しみなんてないんだから」
その言葉を最後に。―門は閉ざされた。
北方に位置する。私立プレヤーデン学園。
その学園の歴史は古くからある。男女に平等に勉学の機会を与えよと、門戸を開く。自国の生徒だけではなく、学ぶ意思さえあれば国籍は問わない。
自由な考えを持った名門と謳われているが、その実、複雑な事情を抱えた生徒の受け入れ先でもあった。
今でいうならば、隕石症である。それを発症した生徒も通っている。実験的に行われていた症状を和らげる策が功をなし、発症者も現状は学生生活を送れているようだ。
―暦は十の月。アマリア・グラナト・ペタイゴイツァは伯爵の名を借り、5年生として編入学を果たした。
コンプラ。