第二話
バイクについて話す。といっても、わたしは50cc以下しか乗れない、いわゆる原付免許で半年前にとった。愛車はトゥデイちゃん。白いボディにイタリア風の赤と緑のラインが入っている。一目ぼれして中古で買ったんだけど、いつもエンジンから変な音がする。
まどりちゃんは防風眼鏡のかかったハーフメットをかぶって、シートの後方部に座った。わたしは事務所の閉め作業をしているけど、手伝ってくれる様子はなく、携帯で誰かと話してる。うわぁ、このシャッターもだいぶ埃まみれ。今度掃除しないとなぁ。
「依頼受けるって連絡しといたわ」
「喜んでた?」
「そりゃね」
まどりちゃんに指示された通りにバイクを走らせる。
あかい夕日がじりじりと照り付けてくる。暑い……。西向きマンションが人気じゃないのも、このせいなのかもしれない。
依頼主のおばさんのお家は、御伽ニュータウンの一角にあった。坂が多い。二人乗りの原付だと、アクセルを最大までしぼっても、30キロ程度しか出ないから、隣をびゅんびゅん普通自動車が走りぬいてきて怖い。わたしも早く普通免許がとりたいなぁ。
「なんでニュータウンって山にあることが多いのかなぁ」
「二つ理由があるわね。ニュータウンはもともと人が住んでいない場所を開発する行為だから、山林が選ばれることが多いのよ。もう一つは、開発が盛んだった60年代・70年代のブルジョワ趣味が高地にあったの。いわゆる高台の家。だから当時は高台にあればあるほど地価が高かった。少子高齢化の進む今だと、平坦地の方が地価が高い逆転現象が起きてるけどね」
「え? ごめんね、エンジンの音でよく聞こえない」
「もうちょっとマシなバイクを買えって言ったの」
ひどい! トゥデイちゃんは私が6人にビールを掛けたバイト代で頑張って買ったのに! それにしても、本当に坂ばっかりだなぁ。
山の中腹くらいにその家はあった。良かった。もうちょっと上だったらエンジンから煙が出ちゃうところだったよ。まどりちゃんはぴょんと飛び降りると、いきなり敷地には向かわず、建物の外観と敷地を歩道から見た。さらさらの赤髪が風になびく。私はバイクを邪魔にならないように端へ寄せる。二人分のメットをシートの下へ重ねて収納する。まどりちゃんはその間、じっと建物と敷地を見ている。
まどりちゃんは調査対象のお家につくと必ずこうなる。何もしゃべらない。観察する。私も真似をして見てみる。
家の周りは林になっていて、隣家が無い。敷地の境界には六段に積まれて高くなったブロック塀が建てられている。私の身長くらいあって、防犯面ではとっても良さそうだ。飛び石が家の前まで続いていて、レクサスのRXが門に近いところに停まっている。カーポートもある。素敵な車だ。
建物は三角屋根の洋風な感じで、白い外壁だ。屋根はレンガっぽい赤い石の板が並んでいて、緑の混じった独特な模様になっている。まだ建ってからそんなに時間が経っていないように見える。蚊がいる。虫! 林が近いからいやだなぁ。
「早く入ろうよ~」
「ん。そうね」
まどりちゃんがインターフォン超しにおばさんと話している間、私はパパとママに何時に家に帰れると話したら良いか考えていた。これは大事な問題だ。二人はドラッグストア事件から、わたしのバイトへの信頼感が低くなっている(当然か)。あんまり遅くなると、またガミガミ言われるからいやだな。でも今はもう五時過ぎだし、今日は聞き取り調査だけだったとしても、七時は超えちゃうかな~。
おばさんが家から出てきて、私たちをお家の中へ招いた。
「依頼を受けてくださるなんて、私とんだご無礼を」
「お気になさらずに。よくあることです」
「そーですそーです。まどりちゃんはよく人を怒らせるんです」
「あんたにだけは言われたくないわ」
「暑かったでしょう? コーヒーを入れたのですが、一つはカルピスの方が良いですか?」
わたしは慌ててカルピス好きです! と言った。このおばさんも学ばないなぁ。
私たちはダイニングに通されて、まどりちゃんはアイスコーヒー、わたしはカルピスをごちそうになった。まどりちゃんはおばさんから預かった不動産売買契約書に目を通している。物件の詳細のところにはこう書かれている。
『第一種低層住居専用地域 敷地120㎡ 建物96㎡ 木造スペイン瓦葺2階建て』
他の所は良く分からなかった。
まどりちゃんが読んでいる間、おばさんの話を聞くことにした。いつまでもおばさんだとかわいそうなので、以後「新井さん」と呼称を改める。
「とっても綺麗なお家ですね。洋風で」
「そうなんです。二年前新築で安く出ていたものだから、ちょっと駅までは遠いけど主人にねだってしまって」
「新井さんのご主人様はお仕事ですか?」
「単身赴任中で、今は海外にいますの」
「お仕事で海外! すごいなぁ」
「おほほほ」
「二回が子供部屋ですね」
まどりちゃんが急に口を開いた。私も新井さんもびっくりしてしまって、新井さんがそうですが……と返事をする。拝見しますよと言って立ち上がる。私は慌てて残りのカルピスを飲む。家主よりも先に階段を上がるかなぁ普通。まどりちゃんは迷わずに南側のお部屋へ行った。そこが子供部屋ってなんでわかるんだろう? でも、そこは果たして子供部屋だった。だが、子供部屋というには、なんだか、変な部屋だった。
子供部屋について話す。大きさでは六帖くらい。収納があって、勉強机があって、シングルベッドが置かれている。壁が見えないくらい高い本棚が二面にあって、そこには参考書や語学の本やむずかしそうな本がたくさん並んでいた。本の匂いなのかわからないけど、なんだか薬品の臭いがする。むむ、気持ち悪くなりそう。
ベランダに通じる唯一の掃き出し窓には、なぜか鉄の檻がついている。動物園とかでよくみる人の腕だけはなんとか入るけど、まどりちゃんでもそこからは通れなさそうだ。でも、なんで鉄の檻? 普通の家だよ?
「セキュリティのため……?」
にしては、なんだか、これじゃあまるで。
「外から入れないのではなく、中から出させない。そういう意図でしょう」
まどりちゃんが子供部屋のドアを閉じると、そこには廊下から掛けるタイプの鍵がつけられていた。この鍵を掛けたら、本当にヒロトくんは外出できなくなる様だ。
新井さんは決まり悪そうにしている。行方不明になっても警察にいかないわけだよ!
「ヒロトが家出してから、もう一日になります。このままじゃ勉強について行けなく」
「勉強ってそんなに大切ですか? これじゃあヒロトくんがすごく可哀そうですよ! 勉強なんてしなくても、なんとかなりますよ人生!」
「……と、バカが言ってますけど、そういう人生観はおいといて。ヒロトくんがいなくなったとき、彼はこの部屋にいて、扉には鍵がかかっていた。そういう事ですか?」
本当の事なのに!
「はい。ですから、どこから逃げ出したのかなと。まどり探偵には、ヒロトをここへ連れ戻してもらいたいんです。もう時間がないんです。八月ですよ? 明日には『夏期講習地獄の夏休み丸ごと合宿』のバスに乗らなきゃいけないんです」
ヒロトくん逃げて!
「なるほど。ご依頼はよくわかりました。ヒロトくんは必ず明日の朝までにはこの部屋へお返します。それはお約束しましょう」
まぁ! と新井さんが目を輝かせる。ええ! そんな依頼受けていいの? 新井さんがやってるのは絶対に子供への人権侵害だし、「強制勉強罪」にあたるよこれは。新井さんこそ逮捕した方が良いんじゃない?
でもまどりちゃんは早速成功報酬の話をしているし、お仕事の媒介契約書(依頼を受ける時ここにサインをするのだ)を新井さんに渡している。明日の朝までに無事見つかったら、約定通りの金額をお支払する。……ということは、今夜は夜なべになるのかな。はぁ……。なんて言い訳しよう。
新井さんが契約書にサインをし終えると、まどりちゃんが言った。
「ヒロトくんを見つけるために、三つやっていただきたいことがあります」
「三つですか?」
「どれか一つでも怠ったら、息子さんは最悪二度と戻って来ません。いいですね? 一つ目は即刻、かんなと協力して檻と鍵の撤去をすること。二つ目は今この場で『夏期講習地獄の夏休み丸ごと合宿』を断り、彼に最低一週間の休暇を与えること」
「ちょ、ちょっとまってください。撤去は分かります、分かりました。でも『夏期講習地獄の夏休み丸ごと合宿』はもう前金を払ってしまいましたし、受験を制するための天王山なんです。偏差値が20上がるんです」
「NOはありませんよ。今、ここで、どうか決断してください」
まどりちゃんは携帯電話を新井さんに渡す。
新井さんはしばらくの逡巡の後、観念したように電話をかけた。電話を渡すときも、新井さんはぶつくさと、ヒロトのためを思ってと言っている。
「そして最後です」
「まだあるんですか?」
「家の冷房を最下限にして一晩過ごしてください。絶対に18度以下です」
「……それがヒロトと関係あるんですか……?」
「命にかかわる問題です」
もう冬物は仕舞っちゃったしと言いながらも、新井さんはクーラーを最大にして回った。監禁状態を解くこと、夏期講習を断ること、冷房を利かせること? 何か意味があるのかな……。何であれ鉄の檻を取り払うのは良いことだよね。
わたしと新井さんはお家にある工具を使って、檻のネジ止めを解いていった。新井さんが檻を抑えて、わたしがドライバーで抜く。ネジの目が潰れている所は、紙やすりを噛ませて抜く方法があるのだ。新井さんもびっくりしていた。
「かんなさんはお詳しいのですね」
「わたし、工業高校で勉強してるんです。車とか好きで、将来機械をいじったり、工具を使ったりできたらいいなぁって」
「それって女性がやる仕事ですの?」
「ものを作ったり直したりするのって、誰がやっても楽しいですよ~」
新井さんは神妙そうな顔をして、取り外された檻を見ている。ぽつりと、こんなに重いんですわねと言った。コーヒーを飲んでくつろいでいたまどりちゃんが戻ってきて、新井さんにクーラーの件をきつく言い含めた。
「それでは、わたしとかんなはヒロトくん探しへ行きますので、報酬の件はお忘れなく」
こうして、わたしとまどりちゃんは新井邸をあとにした。はぁ、これから町のあちこちを探し回るのか。帰り道は下り坂だったので風が気持ちいいけど、街灯が灯りはじめていて気持ちが暗くなる。まどりちゃんの指示の通りにバイクを進ませると、あれ、彩不動産に帰ってきていた。
「じゃあ今日は終わりね。明日の朝にまた来て頂戴」
「まどりちゃんが一人で探すの?」
「んな訳ないでしょ、放っておくのよ」
「え! 依頼を受けたのに何もしないの?!」
「詳しくはまた明日話すから」
その翌日、新井さんは風邪をひき、ヒロト君は部屋に戻っていた。
なんで?
今日は土曜日だった。午後からは別の予定があるから、午前中だけ彩不動産に顔を出した。昨日から本当に何もやらなかったわけだけど、本当にこれでいいのかな? シャッターを開けて、看板を「クローズ また明日どうぞ」から「オープン お気軽にご相談ください」にする。
まどりちゃんは既に出社していて……というか、彼女はこの建物の二階に住んでいるから、出社もなにもないのだけど、いつも通りのジャケットスタイルだ。事務机で算数のドリルをやっている。彼女がこの不動産会社の代表代理だとは、誰も思わないだろうなぁ。
今にも新井さんが約束と違うって怒鳴って来るんじゃないかとおびえていると、電話が鳴った。はい、彩不動産のかんなです。新井さんだった。彼女はすごく興奮していて、まどり探偵はいる?! ああ、ぜったいに怒らせちゃったよ! まどりちゃんに取り次がない方が良いかもしれないと目くばせすると、探偵は指を曲げて合図する。本当に大丈夫かなぁ?
「はい、まどりです。ええ、それは良かったです。はい……」
聞き耳を立てるけど、遠くて良く聞こえない。ただ、新井さんは怒っている風でもなく、むしろまどりちゃんに感謝をしているみたいだった。では着金の確認後、領収書を発行しますね。では。
「かんな、銀行にダッシュ」
「……え! ヒロトくんが戻ったってこと?」
「だからそう言ってるじゃない。早く行ってきて。戻ってきたら話すから」
わたしは破竹の勢いで飛び出すと、ATMで口座を調べて戻ってきた。確かに入金されている。でも、どうして戻ってきたの? それに、なんでまどりちゃんは今日の朝に帰ってくることを知っていたの?
まどりちゃんは領収書に社判を捺し終えると、話し始めた。
「最初に家を見た時点でおかしいと思わなかった?」
えっと……何が? 少なくとも私が見た限り、普通の洋風新築住宅って感じだったけれど……。
「まず塀が高かった。ブロック六段積みで高さは170cm。1981年以降の建築基準法では、新築時には控え壁って補強をしなければだめなの。それにスペイン瓦。経年変化で色合いが変わる屋根材だけど、とてもじゃないけど築後二年というものではなかったわ。本当ならもっと赤いのよ」
「あの建物は二年前に新築されたんじゃないってこと? でも、お家の中はすごく綺麗だったし」
「構造部分の骨組みを残して、室内は設備全部リフォームしているみたいね。でも築は少なくとも四十年以上は経過しているわ。ニュータウン開発時に建てられたものだと思う」
それ聞いたら新井さんはショックだと思うなぁ。室内がどんなに新しくなってても、やっぱりお家の柱とか、半世紀くらい経っていると心配だろうし……。でも、それとヒロト君の失踪にどんな関係があるのだろう。
「そこで問題になるのが、契約書上での物件の詳細、『第一種低層住居専用地域 敷地120㎡ 建物96㎡ 木造スペイン瓦葺2階建て』。あの地域では、2階建てしか建てることが出来ないから、元々あった三階部分をリフォームの時に隠したのね。そうしないと違法建築になってしまうから」
「もともとあった三階?」
「そう、屋根裏収納とも言うわね。まぁ三角屋根のお家では良くあるのよ。屋根と二階天井の空きスペースを利用するの。日照権の問題で南側に作る。出入口はヒロトくんのお部屋の天井にあるはずね。彼はそこに隠れていたのよ」
「でも、天井に穴なんてなかったよ?」
「変な臭いがしたでしょう。あれはホムドアルデヒドっていう壁紙用接着剤の臭いよ。天井を開けて階段を引き出して、扉が閉まったら再び壁紙が戻るように細工したわけ」
新井さんは本当に、何も建物のことが分からないまま契約したんだ……。でも壁紙をはがさないと分からない扉なんて、普通気付かないよね。
ヒロトくんはわたし達の会話をずっと天井から聞いていたんだ。自分のお葬式を見るトムソーヤの様に。そして、彼の要求が叶えられたことが分かって、翌朝約束通りに下りてきた。
「冷房は?」
「冷房? ああ、屋根裏部屋って断熱材が無いから、すごく熱くなるの。一晩サウナじゃ可哀そうでしょ。新井さんは風邪ひいちゃったみたいだけど、そこは痛み分けってことでね」
わたしとまどりちゃんは顔を見合わせると、フフと笑った。しまいには哄笑した。新井さんが風邪をひいた以上、一週間はヒロトくんは自由だろう。
わたしはまだ会ったことすらない受験生のことを思って安堵した。
「ヒロトくんがかんなにお礼言ってたわよ。怒ってくれてありがとうって」
でも勉強はしないとなぁとわたしは思ったものでした。まどりちゃんの知識みたいに、誰かを死の淵から助けることもあるんだもの。わたしは笑いながら、ヒロトくんがどうして屋根裏部屋を発見したのかを思った。椅子に座り、天井を手で触った彼は、どこか縄を引っかけられるところを探していたんじゃない? でも、今の彼の部屋には檻も鍵もない。なんとかなるのだ、人生。
第二章に続きます。