ルフナ 魔石 5/20 ぺろりと平らげた後~
少しだけ焦がしてしまったオムレツの具は、卵が優しく誤魔化してくれたおかげで、味に問題はなかった。
「アレンさん達は、アルスメテオって聞いたことありますか?」
わたしは豆茶をカップに注ぎながら、今日1日、気になっていたことをようやく口にした。
「おや、ずいぶん物騒なものの名前を出してくるじゃないか。ヴァレンのやつが言ってたのかい?」
「うん。あるのかないのか、なんだかはっきりしない物言いだったから、気になっちゃって」
豆茶を皆に配りながら、あの話をしていた時の、ヴァレンの取り繕うような仏頂面を思い出していた。
「あぁ、それは仕方ない。実際に、誰か見たものがいるのかも、よく分からない代物だからね」
やっぱりアルスメテオなんていうものは、おとぎ話や伝説に出てくるもので、そんなものをどきどきしながら聞いているわたしを見て、ヴァレンは、ほくそ笑んでいたりしたんだろうか。
「なぁんだ。それじゃあやっぱり、ただの作り話の中の物なのね?」
「いえ、そうとは言い切れません」
アレンさんがやけに難しい顔をして、豆茶を一口すすった。納得しかけていたのに、わたしは再び、頭を傾げる。
「アレンさんは、何か知っていたりするんですか?」
時々忘れてしまいそうになるけれど、アレンさんは王様の甥っこで、皆が知らない秘密を知っていたりする。わたしがその知識にすがるのは、これで一体、何度目なのか分からないぐらいだった。
「私もアルスメテオというものを、実際に見たわけではありませんし、誰かにきちんと教わったわけでもありません。これは、建前なんかじゃないんですよ?とにかく、ただの私見だと思って聞いてほしいのです」
アレンさんは、そうやってしっかりと断りを入れてから、やはりひとつ、咳払いをした。でも今回、わたしは笑みを見せずに、真面目な顔を心がける。アレンさんの目元には、そんな心構えが必要だという雰囲気があった。
「まず、初めに言っておきますが、アルスメテオというものには、諸外国に向けて出された、エレス憲章というものが絡みます。この憲章でアルスメテオは、対魔獣用に特化された兵器であると発表されていまして、これには、決して人間に向けて使うものではない、といった見解も含まれています。それを初めに提唱したのは初代国王様ですが、現在に至るまで、我が国の見解は変わっていません」
早速、飛び出した難しいお話に、わたしの思考は一瞬で圧迫されてしまった。わたしの頭が早くも煙を噴いていると、アレンさんは、こっちを見ながら小さく笑った。
「難しく考える必要はありませんよ。エレス憲章の意味するところは、魔獣の討伐をジュラの国が請け負う代わりに、エレスを、ひいてはジュラの国を攻めないで下さいね、というものです。同時に、この憲章に賛同する国々には、ジュラの特産である紙が、安く卸されるという決まり事もできました。ちなみに、近年では、魔石の供給もそこに加わりましたね」
魔石というものは初めて聞くものの、今、それに触れるのはやめておいた。また難しい話が出てくるのはごめんだった。
「それじゃあ少なくとも、200年前には、確かにアルスメテオが存在したんですね?」
今日はもう、難しい話はたくさんだ、と自分勝手に結論を急いだ。ところが、わたしのその言葉に、アレンさんはとっても嬉しそうに、ぴかっと笑った。
「そこなんです!今、ジュラの国があるこの土地には、200年前までは魔獣が溢れていました。それをいかにして倒したか、それを語る説はいくつかあります。ですがジュラの国では、アルスメテオという兵器の活躍によって魔獣が討伐され尽くしたと、教え、伝えられています。実際に魔獣がいなくなった以上、その存在を誰も否定できないのです。私も単純な興味から、真実を知りたいと願っているのですが。。。こんな時だけ、王族であったことを利用するわけにもいきませんからね。私は、アルスメテオは存在するものの、壊れたり、使えなくなったりしているのではないか、と考えています」
「あら!私はアルス様が大活躍して、全ての魔獣を倒してしまった、というお話が好きですけどね。夢があって、勇ましくって、子供の頃に聞いてわくわくしました」
アレンさんが鼻息荒く語り終えると、その隣から姉さんが、少々不満げに声を上げる。そんなことは珍しかったから、わたしはアルスメテオなんて奇怪なものより、アルス様を語る姉さんに興味を引かれた。
「私にそれを語り聞かせてくれたのは、先生ですよ?私の子供の頃の奔放さは、お話のアルス様に憧れてのことなんですから」
「あれはその、子供達に聞かせるならばと、面白そうな話を選んだだけでして。。。アルスという人物については、私も色々と調べましたが、一人で魔獣を倒し尽くしたというのは、あまりにも荒唐無稽に過ぎませんか?」
「え、えーと、そんなお話もあるの?」
ところがなんと、二人から不穏な気配が漂い出して、わたしは思わず間に入った。
「私が聞いたお話は、ジュラの国ができる前から、この地に住んでいた人達を、アルス様が魔獣の脅威から解放するというものよ。確かにアルス様お一人で、というところには、私も疑問が残るわ。それでも、勇敢なアルスという人物が生きていたというのは、そんな兵器なんかより確かなことなの。きっと、魔獣の弱点か何かに気付いたんだわ」
姉さんの熱意に気圧されたのか、アレンさんが反論することはなかった。わたしはこんなに身近な所に、二人も、アルス様大好き人間がいたことにびっくりしていた。
「ふふ。ヴァレンもアルス様が大好きなんだよ?姉さんとは話が合いそうだね」
「あの男のは、アルスダム家なんていうぐらいなんだから、崇拝に近いものじゃないかしら?」
姉さんは、ヴァレンと同じだと思われるのが嫌なのか、こじつけのような抵抗をしてみせた。そうやって、なんとか平穏にワイワイ騒いでいたところで、ハゼットが小さく手を上げた。
「ちょっといいかい?さっきの魔石というので、ひとつ、君に伝えなきゃならないことがあったのを思い出してね」
ハゼットは話しながら懐をまさぐると、どすんと重たげな袋を食卓に置いた。
「なにこれ?ずいぶん大きいけど、何が入ってるの?」
「お金だよ。なんと、14万リンもある」
14万リンと聞いて、わたしが最初に思ったのは、お肉がたくさん食べられるな、というとても自然なものだった。
「すごいねぇ。ハゼットは、ずいぶんお金持ちなんだね?」
わたしなら、怖くて持ち歩けないような金額だった。農園でのお仕事が、1ヶ月で5万リン程の稼ぎになると、紹介所の壁に掲示してあったから、ハゼットはお給料の3ヶ月分近いお金を持ち歩いていることになる。
「いやぁそれが、全て私のものというわけじゃないんだよ。そうだなぁ、半分は君のものでいいんじゃないかい?」
「え?!なんで??わたし、農園でだって、そんなにきちんと働いてないはずだけど?」
「忘れん坊め。私達で倒した、あの蛙みたいな魔獣の討伐報酬さ。それもおまけ付きの」
「あー、あれねー」
3日前のことながら、もはや記憶の彼方にあった、紫の気持ち悪い魔獣をぼんやりと思い出した。そして、何故か、同じようにぼんやりと見える目の前のお金には現実感がなくて、わたしは全くの無感動にあった。
「それが本当なら、嬉しいはずなんだけど、なんだかピンとこないっていうか。。。巡回依頼の9000リンは、すっごく嬉しかったんだけどなぁ。。。なんていうか、多すぎない?」
「私も初めは多いと思ったんだが、話を聞いてみると、案外そうでもなさそうだぞ?討伐報酬は4万リンで、あとのは、魔獣から出てきた魔石の分け前みたいなものらしい。通常は10人がかりで倒すこともあるとかで、魔石がなければ、一人頭4000リンほどだな。命懸けでこれでは、むしろ少ないのかもしれないよ」
ハゼットから説明を受けても、わたしはぼんやりしたままだった。
「そうなのかなー。。。ん?ヴァレンとガルシアの分は?」
「大男には、昨日こいつを取りに行った時に、紹介所で会ったんだが、受け取ることはできんと言われてしまってなぁ。魔獣に一撃も与えられなかったのが、相当悔しかったみたいだぞ。あと、ヴァレンには夕食会の前に、ルフナと私の二人で分けるように言われていたんだ」
「そ、そんな大金、持ってるのも怖いよ」
「それならヴァレンに半分預けておくか。あいつは護衛なんだから、こういうことにも使ってやればいいんだ」
降って湧いたような大金は、わたしにはどこか、不吉に思われて仕方がなかった。
そうして結局は、ハゼットの言うままに、ヴァレンにそのお金を預かってもらうことに決めた。わたしは、そのお金には触れずに、明日にでもヴァレンに預けてくれればいいとハゼットに伝えた。




