ルフナ あとさき 5/20 16:30過ぎ~
夕飯の支度に間に合うようにと、早めに帰ってきた甲斐もあって、金づちの音が賑やかに拍子を取る中で、鼻歌混じりに野菜を切った。お鍋の中を色とりどりに埋め尽くす野菜達が、ご機嫌な包丁さばきを更に調子付けた。
続いて、小躍りしながら刻んだ野菜を炒めていると、火にかけていたやかんが湯気を吹いて、わたしを急かすみたいに大暴れし始める。
「やあ!何か手伝えることはあるかい?」
慌ててやかんを火から下ろした時、調理場にハゼットが顔を出した。
「あ、おかえりなさい!それじゃあお鍋を任せちゃおっかな。もうちょっとだけ炒めたら、お湯を入れてね」
やかんに代わって、今度は具材をいれたフライパンを温める。
「よし!任された」
スープをハゼットに任せると、わたしはオムレツの調理に取り掛かった。エレスの農夫さん達の頑張りのおかげで、卵は、夕飯のおかずに出せる程度の価格に抑えられていた。おかげで教会でも、晩御飯の時には度々登場する食材だった。
「今日は泳ぐには、最高の日和だったんじゃないかい?」
「そうなの!水はすっごく冷たかったんだけど、気持ち良かったなぁ。水着代わりに着てた服も、帰るまでには乾いちゃったんだよ?」
今のわたしは、髪型だけが昼間の名残のようにそのままで、再び普段の服装に戻っていた。帰ってきてすぐに、ワンピースはきちんと洗濯して、もう一度干してある。
「そうだろうなぁ。実は私も、昼食のあとにね、農園の端で水浴びをしたんだよ。男ばかりで華々しさなど、全くといっていいほど無かったんだが、やはり、水辺があるのは良いものだなぁ」
水浴びと聞くと、昼間の涼しげな風景が思い出されて、調理場の熱気の中で、記憶の中の水辺へと逃げ出した。
「ふふ。あ、そうだ!前にハゼットが言ってたみたいにね、ほんとに雲が水面に映ってたんだよ!エレスも逆さまになったのがくっついて、コマみたいに見えたの」
「おお、それは大変に幸運なことだ!そいつには異名があるんだが、君は知らないだろう?」
ハゼットは、立ち上る湯気がよほど熱いのか、少し顔をしかめながらも、ニヤリとした顔を見せた。
「なになに?やっぱり今日は、いっぱい神様が味方してくれてたんだねぇ」
「君にはコマに見えたようだが、とある詩人が、射抜かれたリンゴのようだ、と言ったらしくてね。矢リンゴと言うんだ」
「えー?わたしには、全然リンゴに見えなかったなぁ」
その詩人のひとには悪いけれど、リンゴというには丸みが足りないし、なにより色合いが良くないんじゃないかと、あんまり納得がいかなかった。
わたしは釈然としないままに、話に夢中で持ったままになっていた卵を、ひとつ割ってボウルに入れた。
「わはは!詩人の言うことだからな。ただ、君にはここからのお話が大事なのさ」
ハゼットは、やかんのお湯をお鍋に注ぎながら、軽く咳払いをする。
「リンゴというのは、古代の愛の女神の象徴でね。それもあって、矢リンゴを見た者の片思いは、成就すると言われている」
ハゼットは最後に優しく微笑みながら、確かめるようにわたしを見つめた。わたしは、みっつ目の卵を割ろうとしたところで、思わずそれを落としそうになった。
「更には、二人で一緒に見られたならば、その二人は永遠に結ばれるだなんて言われているんだ。。。はぁ、まったく羨ましい!私も女性と見てみたいものだ」
わたしが、ぽかんと口を開けていると、ハゼットは少しおどけながら、そう教えてくれた。
「い、い、いつから、知ってたの?。。。って、そっか。昨日からわたしが、はしゃぎ過ぎてたんだよね。。。」
よくよく考えてみると、周りで見ていて気付かないはずがなかった。
「はは。いつからだろうなぁ。夏至を過ぎた辺りから、君が日々、美しくなっていくものだからね。その上、今日はとびきり綺麗だったよ」
ハゼットはいつも女性を褒め過ぎるから、褒められ慣れていない、お子様なわたしは、ついつい真に受けてしまう。恥ずかしいけれど、それでもやっぱり悪い気はしなかった。
「あ、ありがとう?恥ずかしいなぁ。。。えっと、あのワンピース姿も、見てたの?」
「あぁ、それだ。君達は街道を。。。農園の横を通っただろう?私達は三人揃って、中からそれを見てしまってなぁ。サリードと二人なら、見なかった振りもできたんだが、サリムにからかわれる前に、君の耳に入れなくてはと思ってね」
これは完全に、わたしの不覚だった。三人が農園で働いていることなんて知っていたのに、よりによってサリムにまで隙を見せてしまった。
「もう開き直るしかないのかな。。。あぁでも、本当にまだ、わたしの片思いだから!そっとしておいてほしいなぁ。。。特にサリムには」
もしも逆だったら、わたしは面白がって、サリムにニヤニヤした顔を向けるに決まっていた。だから、わたしと同じぐらいお子様なサリムも、きっと同じようにするに違いなかった。
「そうか。まだ、すけ。。。ヴァレンの気持ちは、確かめていないわけだな。よし、それなら念のため、サリムには私とサリードで釘を刺しておこう」
「うん、お願い。わたし、今、精一杯だから!今だけは邪魔されたくないの。。。からかわれたくないの。今の気持ちを茶化されちゃったら、わたし。。。」
他のことなら別に、からかわれても良かった。でも、これだけは、この恋だけは、からかわれたくなかった。きっとわたしは、本気で怒って、滅茶苦茶に言ってしまうだろう。
「さすがのサリムも、片思いだと分かったら、意地悪はしないんじゃないかい?」
ハゼットは苦笑いしながら、わたしの代わりに卵を割り始める。
「あれ?そ、そうかな?わたしだったら、ほんのちょっとだけ、からかってみたくなるかなって。。。」
「わはは!君は時たま、少年のような無謀さを発揮しようとするなぁ」
「ええ!少年って。。。」
ハゼットはニコニコ笑いながら、卵をかき混ぜだした。
さすがにわたしの考えは、お子様過ぎたのかもしれない。勝手に侮ったことを、サリムに見立てたジャガイモに向かってこっそり謝罪した。
と、そこで唐突に、あることを思い出した。それと同時に、朝と夕方、どちらのわたしの姿を見たのか、ハゼットがそれについて言及していなかったことに気付いた。
帰り道なら、わたしは静かに歩いていたはずで、今さらそれを確認する必要もなかった。だけれど、朝に見られていたとなると、わたしにとっては更なる大きな問題があるはずだった。
なぜならわたしは、今朝、農園の前辺りでヴァレンの手を引いていたはずなのだから。
ちらりとハゼットを見て、すぐに目をそらした。そうしてわたしが確認できずにためらっていると、食堂の戸が引かれて、アレンさんと姉さんが入ってきた。
「何か手伝えることはありますか?」
「。。。食卓の準備を頼めますか?すぐに出来上がりますよ」
わたしがあわあわしていると、ハゼットが、アレンさんに返事をした。
「おおい、ルフナ?この卵は具を巻くんじゃなく、このままフライパンに入れていいのかい?」
「。。。えっと、うん、そうなの。まぁるく焼いて、4つに切ろっか。こっちはわたしがやるから、ハゼットはスープの仕上げ、よろしくね!」
焦りながらも、なんとか答えた。頭を冷やしたいのに、調理場の熱気がそれを許さなかった。
今日は幸運の女神様に見守られていたのだから、きっと見られたのは帰り道に違いないと、そう信じることにした。




