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ルフナ 抱擁 5/20 お別れの前~

 街の中へと帰ってくると、本当にデートが終わってしまう、と急に切なくなった。隣を歩くヴァレンに、これまで何度、もっと一緒にいて、と言いそうになったか分からない。口を開けばその言葉が出そうになるから、帰り道をとぼとぼ歩くわたしは、必然的に無口になった。

「なんだ、まだ教官の言ったことを気にしているのか?」

わたしのただの気落ちに近い沈黙を、真面目な悩み中と、ヴァレンは勘違いしたみたいだった。それになんと返せばいいのか分からずに、わたしはだんまりを続ける。

「国境警備隊のことは、おまえが悩むことじゃない。転生者の記憶が国境で役に立つとすれば、それは武器や兵器として利用されるということだ。おまえはそんなもの、背負いたくはないだろう?例え、何か思い出したとしても、黙っていればいい」

ずきりと胸が傷んだ。今まで余計なことばかり考えて、そういった恐ろしさには目を向けられていなかった。恋する乙女の苦しみは、一旦、頭から引っ込めた。

「そうだね。自分がきっかけで、そんなものが生み出されちゃったら、後悔なんて言葉じゃ済まないよね。。。うん。今度、ディバイドさんが来ても、絶対なんにも伝えないようにするね」

ガルシアが追い返せと言った理由も、これで分かった気がして、さっきまでよりずいぶんスッキリした。

「そっか。だからガルシアは、追い返せって言ってくれたんだね。わたしが何か、向こうの世界の記憶を残してたら、話しちゃってたかもしれないし。わたしの味方になるっていうのも、きっとそういうことだよね」

国境を守っている人達には申し訳ないものの、それは、わたしには大き過ぎる問題だった。正直に言ってしまえば、わたしは誰かを殺めることの手助けなんて、したくなかった。

誰かが守ってくれているこの平和に、わたしはただ、手を合わせて感謝することしかできなかった。

「味方になる、か。フィオニス家の中には、アルスメテオを国境に、などと目論む連中もいるらしいからな。国境を守るという大任の前では仕方のないことなのかもしれんが、危険な考えだ。おまえは巻き込まれるなよ?」

「また、アルスメテオ??そんな怖いものが、やっぱり本当にあるんだ?」

ところが、わたしが尋ねると、ヴァレンはぷいっと前を向いた。自分から言ったくせに、その存在については答える気がないみたいだった。

「さて、教会もすぐそこだ。俺はもう行くぞ。邪魔は入ったが、今日はなかなか楽しかった」

わたしをドキドキさせる言葉を言うと、ヴァレンはすぐに背中を見せた。わたしの中の恋する乙女が叫び声を上げる。

「行かないで!」

とっさに、乙女の口を両手で塞いだ。だけど、それはなんの意味もなかった。小さなわたしの大きな声は、往来に響き渡る程だった。前を行き始めたヴァレンも、驚いてこちらを振り向いた。

「な、なんだ?!びっくりするじゃないか」

なんだと言われても、答えようが無かった。

「ほ、ほら!何か大事なこと、忘れてない?」

何も考えがまとまらないまま、謎めいたことを言って誤魔化した。全く何も、誤魔化せてなんていないけれど。

「大事なことだと?何か、約束でもしていたか??」

もちろん、何も約束なんてしていなかったから、ヴァレンが何かを思い出せるはずもなかった。しばらくの間、わたしは目を白黒させながら、ヴァレンが静かに何かを思いだそうとしているのを見守っていた。見つめていた。


 その間、わたしの中で混乱とか羞恥とか、色んな感情が渦巻き混ざると、その中で奇妙な化学変化が起こった。

図太くも、わたしは、別れの前に生まれたこの貴重な一時を、ドキドキしながら、けれどもしっかりと味わいたくなったのだ。

あろうことか、わたしは、ヴァレンがどのように応えてくれるのかと、ヴァレンの顔をワクワクしながらニコニコ覗きこんだ。

我が事ながら、恐るべき厚かましさだと笑い声を上げそうになった。


 わたしが笑顔で、下からじっと構えていると、ヴァレンはついに、ほんの小さな笑みを見せる。

「なんだ、そんなことか。馬鹿なやつだな」

ヴァレンは少しだけ悪態をついてから、わたしの頭に右手を伸ばした。

ヴァレンの出した答えは、わたしの頭を撫でることだった。

そうして撫でられながら、気付いたことがあった。

「うん、正解!今日はまだ、こうやって褒めてもらってなかったもんね!」

今日は寝癖のような髪の毛の乱れを指摘されただけで、頭のてっぺんを、きちんと撫でてもらっていなかったことを。

「ふっ。褒められることをしていなかっただけじゃないのか?」

ほんとはヴァレンがこんな答えを出してくれたことを、こっちが褒めてあげたいぐらいだった。手を伸ばせば、ヴァレンの頭には、ぎりぎりなんとか届きそうではある。だけど、変なことをして、頭を撫でてもらえなくなったら嫌だから、我慢することにした。

「そんなことないよ!皆のお弁当も作ったし、なんだか色々頑張ったんだもん」

頑張りのほとんどは、ヴァレンには明かせないことだった。その努力が(みの)ったかは、まだ分からない。でも、運が味方してくれたおかげで、目標は達成できた。

「弁当は、おまえが食べたいものを作っただけじゃないか」

「いいの!わたしは褒められると伸びるタイプだから、明日のわたしも、忘れずに褒めてあげてね?」

そこで、わたしはもちろん、左手の小指を差し出した。

「ほら!今は左手なら出来るでしょ?」

「無理だ」

心なしか、わたしの頭を撫でるヴァレンの右手が、突っ張るように力んだ気がした。わたしは両手を振って、ヴァレンを捕まえようと必死にもがく。

「なんで小指をぎゅってするのはダメなの?!ただの約束の印だよ?」

「なんでもだ!」

そうやって、意地になりそうなところで、わたしは一歩、後ろに引いた。それは、押して駄目だから引いてみた、という非常に単純な思い付きからの行動だった。

「うお?!」

すると、ヴァレンはバランスを崩して、つまずくみたいに、わたしの頭に覆い被さった。

それはまるで、わたしの頭を抱き締めるような格好のはずだった。

わたしの視界はヴァレンの胸とお腹に塞がれて、完全に真っ暗になる。耳は真っ赤に違いなかった。

あたふたしながらも、恋人同士のお別れ(また明日)の抱擁みたいだなぁ、なんて思っていた。

「わ、わ!!」

それはほんの数秒の出来事だったのに、心臓は無限に近く鼓動を打った。

わたし達はすぐに、体を離して背中合わせになる。

わたしは、ふにゃけた顔を見られるのが嫌だったから背中を向けた。ヴァレンはどういう気持ちだったのか、知りたいんだけれど、それを知るのはまだ怖かった。

「ま、また明日ね!」

「あ、あぁ!気をつけて帰れ」

お別れの寂しさはどこかへ行ってしまって、挨拶をしたらすぐに、目の前の教会に向けて走り出した。

教会に着くと、迷わず礼拝堂へ飛び込んで、祭壇の前で跪いた。そうして今日1日中、幸運という手助けを下さった神様に、心の底から感謝を告げた。

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