ルフナ 卑怯 5/20 小石をたくさん集めた後~
目的もなく集めていた石を、ひとつだけ左の手の平に乗せた。湿った石はひんやりとしていて、握り締めると心地よかった。
「ディバイド教官は、確かに、俺に卑怯だと言ったことがあった。しかし、あれは決して嘲りなどではなかった。それを漏れ聞いた奴等は、そうは思わなかっただろうがな」
「嘲りじゃなかったって。。。じゃあ一体なんなの?」
卑怯なんて言葉を悪口でもなく言う理由が、わたしには全く理解できなかった。ヴァレンはわたしの問い掛けには答えずに、今度はわたしが集めておいた歪な石を、勝手に、ひとつひとつ慎重に積み始める。わたしは挑まれたような気がして、隣で同じように積み重ねようとした。
そしてヴァレンは、先に4つ、石を積んだところで手を落ち着けた。
「国軍の1任期目は特別でな。見習いの2年と、正規の2年に大きく分かれているんだ。希望すれば2年刻みの2期、3期と続くわけだが、その見習いの2年が終わる頃に、その後の配属の希望を聞かれるんだ。。。その時にな、教官と口論になった」
「教官って、わたしにはよく分からないんだけど、要は先生だよね?先生と喧嘩するなんて、ヴァレンはすごいね」
わたしは好機とばかりに、3つ目の石に神経を尖らせたまま返事をした。
「ははっ。別に、凄くない。。。。。あれは、口論と呼べるものではなかったかもしれないな。今思うと、俺はただ、諭されていたのだろう」
わたしがちらりと目をやると、ヴァレンは笑いを堪えるみたいに、頬を強ばらせていた。その隙をついて、わたしは更に、4つ目の石に手をかける。
「俺はその時、いずれは近衛騎士として、国王陛下に仕えたいと。。。言ったんだ!」
ヴァレンは、そこでもう一度、水辺に石を放り投げた。わたしはそれが遠くへ飛んで、大きな、美しい波紋を見せるのを、間違いなく目撃した。
「それは、いけないことなの?」
「いや、そんなことはない。国軍が国を守るものなら、近衛騎士は王を守るものだ。ただ、その違いは俺が思う以上に大きかった。。。俺に足りなかったのは、覚悟だ」
わたしは、5つ目の石を右手に持って、それを積むのを躊躇していた。同時に、たった今、自分が抱いた小さな疑問を前にして、ヴァレンの顔を見ることもできなかった。
「ヴァレン!ごめんなさい!ちゃんと、分からないの。どこがそんなに違うの?」
国を守るものと、国王様を守るもの。それは結局のところ、同じもののように思った。そこに、どんな大きな違いがあるのか。今のヴァレンは、その違いにこそ、大きな隔たりがあるのを悟った様子だった。それなら私がその意味を疎かにしたままでは、ヴァレンの現在の気持ちを理解できるはずがなかった。
無知め、と、わたしは自分を無言で罵った。
「なんだ?なにも、謝ることじゃないだろう?厳密に語るなら、そこには、この国の成り立ちも関係しているからな」
ヴァレンは、無知め、とは言わなかった。そんな素振りすらなかった。嬉しかった。でも、ヴァレンが平然としていたから、わたしも、その気持ちを表に出すことはしなかった。
「その違いを理解するには。。。そうだな。。。ジュラの国には、"国王は、国を一時的に預かるものとする"という建国からの決め事があるんだ。細かい所では、王の御座すタハルマが、王都ではなく、首都といわれるのもそこからきている。"名門"などは、王族が驕ることがあれば、それに取って代わって国を支えるように、と組織されたそうだ」
ヴァレンは、そこで再び5つ、6つと石を見事に積んだ。わたしはそれを見届けると、右手の石を置いてヴァレンを見つめた。
「それでも王族の人達は、長年、皆に支持されるぐらい、凄い存在だったんだね」
「優れていたかは、おまえが好きに判断するといい。ただ、愛されてきたことは、この200年が証明している。その愛されている国王陛下に、騎士の誓いを立てることが目標だと言ってのけたわけだ」
騎士の誓いとはなんだろうか、と口を開きかけたところで目が合った。すると、ヴァレンは片頬だけを緩ませて、わたしの疑問を汲み取ったことを告げた。
「騎士の誓いは、自らの命と一生を捧げるという宣誓だ。元々は貴族の習わしと聞くが、この国ではな、多くの者がそれぞれに心の中で、王に誓いを立てているんだ。だから、近衛騎士のように、王の目前で、王に誓いを立てるということは、それだけで栄誉なことなんだ」
「光栄なことだから、尚更、生半可な覚悟じゃ駄目ってこと?」
「そうだな。俺は守護者のクラスを授かってから、盲目的に近衛騎士を目指していた。マハルジオン様と同じように、王と共にあらねばと、それこそが天から俺に与えられた使命だと、そう思い込んでいたんだ」
5歳の、幼いヴァレンを抱き締めてあげたくなった。幼いヴァレンは、守護者というクラスに縛られて、自らの意思に蓋をしていたのかもしれないのだ。
「だがな、愛されている国王陛下は、俺が守るまでもなく幾重にも守られていた。俺のスキルが役にたったことなど、一度たりともなかった。俺が守るべきは。。。俺の強力なスキルで守らなければならなかったのは、最前線にあったんだろう」
「ディバイドさんは、ヴァレンが国王様を守る必要なんてないよって、そう言ってくれてたんだね?」
「あぁそうだ。その上で、俺が本当にやるべきことをやらないのは、そこから目を逸らすのは、卑怯だと言ったんだ。俺はあの時、それでもその助言に耳を貸すことはなかった。後悔するぞ、とまで言われていたんだがな」
「そっか。そうなんだね」
わたしはヴァレンの後悔の意味が、ようやく理解できた。卑怯者という言葉の、正しい意味も。
気付くとヴァレンは、石を9つ目まで積み上げて、手持ち無沙汰になっていた。わたしは左手で握り締めたままだった、まん丸な石をヴァレンに手渡した。
するとヴァレンは、その石をじっと見つめた後、塔のてっぺんに乱暴に置いた。途端に、その見事な塔は崩れてしまって、砂の上にめちゃくちゃに散らばった。
「ふんっ。結局は教官の言う通りに、後悔しているわけだ。更には突然現れて、嫌味まで言われてしまった」
崩れた石のひとつを拾い上げて、ヴァレンは再び、石を放り投げ始める。わたしも、まん丸な石をひとつだけ投げると、それは近くで、ぽちゃんと可愛らしい音を立てた。その気の抜けた音に、わたしの中で張り詰めていた緊張の糸は、ぷつりと切れた。
「そうか!ガルシアのやつめ。去り際のあの合図は感謝か、あるいは謝罪かもしれんぞ。恐らくだが、おまえは、あいつの尻拭いをさせられたんじゃないか?」
「へー。。。ん、なんでそう思うの?」
デートと難しい話で酷使されたわたしの頭は、もはや考えることを放棄していた。同じようにヴァレンもまた、さっきまでの強張った顔を緩めて、ニヤニヤと歪ませた。
「おまえは知らんだろうが、あいつはエレスに来てから毎日、冒険者とつるんでいたようだぞ。諜報などそっちのけでな」
「え?密偵さんだったのに?」
「あぁ。紹介所で何人かに話を聞いたから間違いない。そんなことをしていた理由は知らんが、情報が来ないことに苛立ったディバイド教官が、エレスに来ることを、突如、決めたのだとしたら、あいつの焦りようにも説明がつく」
そう言われれば、ガルシアに初めて会ったのも街の外だった。あれは確かに、偶然という感じがした。わたしが納得していると、ヴァレンは足を水に浸しながら、砂の上に寝そべった。
「そうだね、確かにそうかも。あんまりじろじろ見られてなかったらいいなぁ」
今にも煙が吹き出しそうな頭は重たくて、わたしも砂浜にごろんと寝転がる。もう何も考えずにいたいのに、ディバイドさんの悲しい顔と、ガルシアの追い返せという言葉が頭の中を引っ掻いた。




