ルフナ ぼやき 5/20 拍子抜けの後~
もうひとつの背中が坂の上に消えるのを見届けてから、わたしは口を開いた。
「あれは、よくやったってこと??」
後ろにいるはずのヴァレンを探して、左回りにくるんと振り返ると、ほとんど一周する羽目になった。ヴァレンはいつの間にか、わたしの右隣に立っていた。
「そうかもしれんな。。。ふっ。真似事とは言っていたが、まさか、あいつが本当に密偵だったとはな。まったく、傑作だ。あれほど目立つ者が密偵のはずはない、と思わせたかったのだとしたら、見事にその策にはまってしまったわけだな」
早口で言い訳を宣うヴァレンは、ちょっぴり格好悪かったけれど、それ以上に可笑しかった。
「ほんと、変だよねー。似合わないっていうか、何かの間違いみたいだねー」
ただ、さっきまでの会話と、ディバイドさんの表情が尾を引いて、どうしてもヴァレンとの話に身が入らなかった。思いの外あっさりと、ディバイドさんが去って行ったことを不思議に思いながら、ヴァレンの顔をぼんやり眺める。
と、そこで、わたしはようやく、ヴァレンに意識を向けることができた。ディバイドさんに腑抜けた顔だとか言われたその顔は、それをもう忘れてしまったかのような、爽やかな表情を見せていた。
「あれ?ヴァレンは、ディバイドさんに会うのは、嫌じゃなかったの?さっきも酷いこと言われてたけど、辛くなかったの?」
ヴァレンを卑怯者と罵った人達。わたしは、その首魁となったのが、ディバイドさんではないかとまで考えていた。今は、ちょっと分からない。
でも、もしもディバイドさんが、わたしが考えていたような悪人であったなら。ヴァレンは今、平気な顔でわたしと会話しているわけがなかった。怒りにまみれていたり、もっと打ちひしがれたような表情であるはずだった。
「それは、なかなか難しい質問だ。。。しかし、ディバイド教官が来ると分かっていれば、おまえに全てを任せて、逃げ出していたかもしれないな」
「えっ?!逃げ出すって。。。それはやっぱり、嫌だったんでしょ?」
ヴァレンは表情をくるくる変えて、わたしの顔をちらちらと見ながら、無言のまま口をもぐもぐとさせた。実に忙しそうで、わたしは、うんうん頷くことで、ヴァレンを安心させようと思ったぐらいだ。
ヴァレンはしばらくそうしてから、ひとつ大きなため息をつくと、頭をばりばり掻きだした。
「おまえには誤解もありそうだな」
やっぱり、わたしの考えには、どこか誤りがあるらしい。ヴァレンを守らなくては、と立ちはだかった先程の自分が、少し恥ずかしく感じられた。
ヴァレンはそこで、街の方には足を向けずに、すぐそばにある水辺へ向けて歩き出した。
「もう少しだけ水遊びに付き合ってくれ。話しておきたいことも、できてしまった」
「え?。。。うん!」
違うと分かっているのに、それはデートの延長を告げられたみたいで、わたしはどうしようもなくドキドキしてしまった。
歩き始めてすぐに、ヴァレンは口を、つんと尖らせながら振り向いた。
「おまえは姉さんから、俺の見習い時代のことを聞いているようだが、それがちょうど10年前だ。姉さんはその時のことを、どんな風におまえに伝えていたんだ?」
「ええっと、ヴァレンは頑張ってたのに、訓練で"守り"を使ったら、周りから。。。卑怯者って言われてたって」
それを口にしただけで、わたしの胸の辺りに鋭い痛みが突き刺さる。ヴァレンはといえば、自分の過去を語るのが嫌なのか、それとも、思い出すのも辛いのか、さらに顔をしかめていた。
「そうか。。。あぁ。それは本当だ。といっても、ほんの一部の奴等だがな。同期の中には、フィオニス家に縁がある者が多くてな。そのように呼ばれるまでも、俺は、そいつらと折り合いが悪かったんだ」
「ディバイドさんは、それとは関係なかったの?」
もし、ディバイドさんがそれと無関係だとしたら。ヴァレンを守るだなんて意気込んだわたしは、道化そのものだ。当のヴァレンは今、わたしの問いかけに対して、眩しそうに目を細めている。
「いや、大いに関係している。ディバイド教官には2年に渡って指導を受けたが、卑怯者という言葉も、元を正せば教官の発言によるものだ」
「そんな。。。」
わたしは道化にならずに済んだけれど、ディバイドさんのことが全くわからなくなった。ディバイドさんは、ヴァレンと再会したと思えばこれを罵り、過去にはやはり、卑怯者呼ばわりしていたことになる。それだけなら、わたしはディバイドさんを冷酷だとか嫌な人だと断じて、心の底から憎んでいたかもしれない。
ところが、わたしが話していたディバイドさんからは、情に厚く、誠実な印象を受けていた。こと、わたしに対しては、哀れみのような感情まで向けていたように思えてならなかった。
二人のディバイドさんが、どうしてもわたしの中で繋がらない。ディバイドさんがわたしと話す時にだけ、良い人を演じていたのだとしても、わたしの隣にはヴァレンがいたのだ。そんな演技は無駄で、奇妙で、一貫性がない。
「卑怯者、か。。。ふっ。こんなことをおまえに吐露するはめになるとはな。。。嫌だな、まったく。不本意だ。あぁ嫌だ嫌だ」
ヴァレンは水辺に来ると、ひとり、ぼやきながら小石を拾い集めだした。
「そんなに言いたくないことなの?っていうか、そこまで嫌がられると傷つくんだけど」
わたしが口を尖らせても、ヴァレンは聞こえていないかのように小石を集め続ける。仕方なく、わたしも一緒になって、砂の中から少し大きめの石を集めることにした。
「それは。。。そうだ。自分でだって、目を背けたくなるようなことだ。あぁ、これは相当に勇気が必要だ」
少し間を置いて、ヴァレンがようやく返事をした。
「勇気が出ないなら、手でも握ってあげよっか?」
「必要ない!」
ヴァレンは大きく腕を振って、小石を遠くへと放り投げた。
「フィオニス家の者が来ると、おまえから聞いた時は、もっと別のやつらが来ると思っていたんだ。さっき言った同期の中には、暇そうにしているやつもいるだろうからな。そいつらが俺を嘲りにでも来るのだろうと、俺は勘違いしていた」
そうやっていくつも石を投げながら、ヴァレンは自分に勢いをつけているのかもしれなかった。
「ええい!教官め!あなたの言った通りだ!!俺は後悔しているぞ!」
しばらくして、手に持っていた石が無くなると、ヴァレンは観念したようにこちらを向いた。




