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ルフナ 右下 5/20 黙考の後~

「わたしの記憶が役に立つとは思えません」

ディバイドさんの思惑は気になりつつも、本心を伝えた。わたしのぼんやりとした記憶なんかが、ジュラの国の防衛に役立つとは、到底、思えなかった。

でも、転生者の記憶の有り様について、ディバイドさんが全く知らないという可能性もあった。それなら、向こうの世界の知識に期待を抱いてしまうというのも、なんとなくは理解できる。

「あちらの世界のことを、語ってくれるだけでも良い。たったそれだけで、幾人もの警備隊員の命が救われるかもしれぬのだ」

「残念ながら、わたしにはできません。もうほとんど、覚えていませんから」

尚も食い下がるディバイドさんに、残酷な事実を伝えた。それがわたしにとって、繰り返しに近い発言でも。

「。。。それは、ヴァレンティオンの入れ知恵か?」

ディバイドさんは伏せていた顔をこちらに向けると、低く、絞り出すような声で奇妙なことを聞いてきた。

「ヴァレンの入れ知恵?仰ってる意味が分かりません」

「こちらの世界に無い物の記憶は、転生の際に曖昧になってしまうことは承知しておる。だが、転生して、まだ1ヶ月程度であれば、覚えておることは多いはず。例え曖昧なものでも、我々には十分に価値があるのだ」

わたしが隠し事をしているように見えてしまったのだろうか。まるで、それを暴くみたいに話すディバイドさんに、大きな違和感を覚えた。ディバイドさんは明らかに、転生者の記憶の有り様について、確かな知識があるみたいだった。

ということは、どうやら本当に、わたしの記憶だけに用があるらしい。ヴァレンをいじめに来たんじゃないのなら、少しばかりは気持ちに余裕ができそうだった。

と、ここで、ディバイドさんの後ろで控えていたガルシアが、わたしを見ながら、ぶんぶん首を横に振っているのが目に入った。ガルシアにちらちら目をやると、今度は耳を塞ぐような動きをしている。

「覚えていることなんて、本当にちょっぴりですよ?それも、食べ物のことぐらいです。ヴァレンにだってよく怒られるぐらいでしたから。それはもう何度も、無知め!って」

ガルシアが心配しないでも、わたしが話せる記憶で役に立ちそうなものなんて、本当にこれぐらいしかなかった。察するに、ディバイドさんが欲するような、戦いの役に立つ知識なんて、わたしの記憶には、もはや存在しないと断言できた。

「食べ物だけ?そんなはずはなかろう!転生して半年程は、あちらで生きていた頃の記憶は思い出せるはず。生業にしていたものならば、その技術を再現できたという記録もあるのだぞ?」

少し頭が痛んだ。わたしの記憶は、他の転生者とは違って、やっぱり異例なものだということだろうか。ステータスに始まり、心当たりはいくつかある。

でもここで、そんなわたしの異常まで明かす気はなかった。そんなことを言おうとしたら、さすがのヴァレンも口を挟むに違いなかった。だから、わたしが役立たずだということだけを、真摯に、ディバイドさんに伝えよう。そう思うと、胸のつかえがとれた。

「嘘じゃありません。わたしは、向こうの世界でどんな仕事をしていたかだって、もう忘れちゃったんですから。わたしは、こちらの世界に来てから学ぶことばかりで、自分から教えられるようなことなんて。。。本当に全く、ありませんでした」

はっきりと言い切った。誰かの役に立てないと分かって、こんなにスッキリすることもあるんだなと、笑ってしまいそうになる。

「まさか。。。あちらでは、まだ、幼子(おさなご)だったとでも。。。?」

ディバイドさんは、わたしの小さな身体を、確かめるように見た。わたしは、射抜くような鋭い光を宿していた瞳が、すうっと悲哀に染まるのを見ていた。

「分かりません。なんなら、男の人だったのか、女の人だったかすら覚えていません」

それを告げた時、ディバイドさんは顔を曇らせて、かと思えば、すぐに顔を伏せた。それはわたしに対する失望か、それとも同情めいた何かだったのか、わたしには判断がつかなかった。

「そうか。。。だがわしも、それで諦めるわけにはいかぬのだ。そなたの言い分を信じたい。だが。。。突然のことだ、今は、思い出せぬだけということもある」

ディバイドさんはそこで、後ろで同じように跪いているガルシアに、ちらりと目を向けた。

「こやつとは面識があるのだったな?」

思わず体が跳ねた。ガルシアには昨日、知らんぷりしろと言われたはずだった。わたしが困惑を込めてガルシアを見ると、ガルシアはこちらに向かって、ぱっと右手を広げた。そこに大きく、()()()と書いてあるのを見て、わたしはすぐに口を開いた。

「あ、あれ、冒険者の!えーっと。。。」

こんな即興まで求められて、心臓がばくばくした。とにかくガルシアに全てを任せることにして、わたしは、顎に手を当て首を傾げて、なかなか思い出せないという素振りをしてみせた。

「ガルシアだ!巡回依頼では世話になったな!」

ガルシアは左手を上げて、説明気味に挨拶をしてきた。わたしもそれに応えて、ぺこりと頭を下げた。

「そ、その節はどうも。。。」

余計なことを言わないようにするのに必死だった。ディバイドさんの目を見るのも怖くて、苦しそうに歪んでいる口元だけを凝視していた。喉が締め付けられているみたいに苦しかった。

「これ以上怪しまれぬように、今、明かしておくのだが。。。こやつはわしの使い走りだ。警備隊を抜けて、暇そうにしていたのでな。密偵の真似事をさせておった」

一難去ったと見てよさそうで、首元がすっと楽になった。ヴァレンの予想が、見事に外れていたことにも驚きだ。

「そなたがどのように過ごしているのかぐらいは、事前に知っておきたかったのだ。まことに不躾なことをした。すまぬ」

ディバイドさんは、わたしから目を逸らして、どこか、わたしの右側の、それも下の方を見ながら弁明をしたかと思うと、その終わりには頭を深々と下げた。

ずいぶん年上のディバイドさんにそこまでされてしまうと、こちらとしては、むしろ居心地が悪くなって、もじもじするばかりになった。

「わしはそなたに対して、害意はないのだ。それだけは分かってほしい。ひとまず、今日はこれにて。近く、もう一度だけ、そちらへ伺うことになるだろうが、よろしいか?」

「。。。わかりました」

ディバイドさんは、わたしの後ろにいるはずのヴァレンに、無表情に目を向けてから、ガルシアと一緒に去って行った。ガルシアはこちらに目を向けなかったものの、わたし達に背中を向けた時、右手の親指をぐっと立てて合図していた。

わたしは、坂の上に消えそうになるディバイドさんの背中を見ながら、なんともいえない違和感を抱えていた。

その背中が消えてしまっても、ディバイドさんの向けた、あの悲しげな表情は、わたしの頭から消えることはなかった。

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