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ルフナ あなた 5/20 前進し始めた時~

「我慢?。。。そうだな。そう言えるのかもしれんが、あの時は、それが自分の使命だと思っていたんだ」

「使命??」

あの時とは、いつだろうとは思った。でもそれ以上に、使命という言葉には、わたしはどうにも敏感になってしまうのだ。一瞬、ヴァレンもまた、転生者であるのかなどと、突拍子もない考えが頭を過った。

「昨日、少し話したことだが。。。いや、寝ていたのか。おまえは」

寝ていたと言われて、思い出すのも恥ずかしい記憶を、必死に手繰り寄せた。変な時刻に鐘の音がしたのは、なんとなく覚えていたけれど、それ以降の記憶は全く無かった。

「ご、ごめんね!昨日も同じこと聞いてたりしたのかなぁ。。。」

「いや、俺の名前のことをな。元々俺は、ヴァレンという名前だったんだ。それが5歳の誕生日に、守護者の職業(クラス)であることが分かってから、ティオンの名を新たに頂いたんだ。称号のようなものだな」

ヴァレンの言葉には、聞きたいことがいくつかあった。それをまずは自分で考えながら、ヴァレンの話を二度と聞き漏らすことのないように、浮き袋をしっかり抱き抱えて、耳を水面から遠ざけた。

「5歳の誕生日は特別なものだ。ステータスにクラスが表れ、その時にスキルも発現する」

わたしが逡巡していると、ヴァレンは先回りして教えてくれた。あとの疑問は、ティオンという名前の由来だった。それだって、称号という言葉から考えてみると、薄ぼんやりと予想はできる。

「あ、ありがとう。。。あと、もしかして、ティオンっていうのは、ヴァレンのクラスの、守護者っていう古語なの?」

「ははは。その通りだ。守護(ティ)(オン)守る()(オン)といって、マハルジオン様と同じ称号だ。俺が昨日話したのは、マハルジオン様と同じ、希少なクラスだと分かってからの日々のことだ」

そんな大事なお話を前にして眠りこけていたのかと思うと、そのまま水底に沈んでしまいたくなった。ヴァレンに聞こえないように、水の中でぶくぶくと謝罪の言葉を口にする。

「5歳の俺は、自分にもこの国を守る使命があると、そう考えたんだ。そして、つい半月ほど前までは、陛下を守ることこそが、守護者の役割だと。。。そう思い詰めていた」

ヴァレンはそこまで話すと、ボートにすがりついて、もうひとつ浮き袋を取り出した。すると今度はそれを、自分の頭の下に置いて、脱力するように身体を広げた。

その時のヴァレンの顔は、一昨日の昼下がりと同じに、朗らかなものだった。

「今は、そう思ってないんだよね?ヴァレンには、きちんと、やりたいことが。。。行きたい所とかがあるんだよね?」

「一昨日もおまえは、俺に似たようなことを聞いたな。だがな、やはり、別に大したことではないんだ」

はぐらかそうとしているのか、それとも、本当に大したことではないのか。ヴァレンはそこで、言葉を止めた。でも、わたしの気持ちは止まらなかった。わたしにとっては、今日という日はこれを聞くためにあるのだ。

デートという原動力がなくては、幸せの薪を心にくべなくては、それを聞く心の準備はできなかった。わたしの心に気付かれてしまったら、そしてもしも、好きだという気持ちを拒絶されてしまえば。わたしは二度と、ヴァレンとこんなに楽しい思い出を作れないのだから。

「教えてくれない?ヴァレンのやりたいこと。とっても知りたいの」

ついに言ってしまった。わたしにとって、これは愛の告白に等しかった。

「いやなに、少し旅をする程度の話だ」

旅と聞いて、わたしは早速、喉を詰まらせた。ただ、目的地がひとつぐらいなら、首都でヴァレンの帰りを待つことも良いかもしれないと、楽観的に考えることもできなくはなかった。

「昔、俺が5歳になる以前、姉さんがアルス様について、寝物語のように語ってくれたんだ。いや、あれは実際、物語だったな。事実と異なる話だ」

ヴァレンが突然、アルス様の話を始めて、余計に混乱した。話をはぐらかそうとしているのかと思った。

「それでも俺は、その話に憧れたんだ。アルス様に、憧れたんだ。俺はな、そんな話をもっと聞いてみたいんだ。虚実が混ざっていても構わない。いくつも合わせれば、きっと、なにかしら見えてくるはずだ。そんな物語が消えていってしまう前に、俺はそれを拾い上げてみたいんだ」

衝撃だった。終わりが見えない旅にしか聞こえなかった。

しかし、わたしの衝撃の大半は、それを話すヴァレンの顔にこそ、あった。その顔は、恋をしている人のもののようで、わたしは、勝手に失恋したような心持ちにさえなる。

笑ってしまうほど、馬鹿げた感情だった。折れかけた心を、シエラさんの、あの挑発するような笑みが叱咤してくれたような気がした。

「じゃあ、ヴァレンは、ここから居なくなっちゃうの?」

それでも心細いのは否めない。声が震えなかったから、頑張ったと言えるだろう。

「いや、それはまだまだ先の話だろう。与えられた仕事ぐらいはこなさねば、余りにも無責任過ぎる」

心の重石が、少しだけ軽くなった。短いと思っていた残り時間は、まだいくらかは余裕があるのかもしれない。だけれど、何故か、その残り時間について妙な胸騒ぎが残るのも事実だった。

「ほんとに?誰かに任そうとか、思ってない?」

「思っていない。だが、状況次第というところはあるだろう。俺がいることで、不利益があってはならん。何せ俺は、おまえとの出会いから、馬鹿な騒ぎを起こすような人間だからな」

胸がずきずきした。自分でもよく分からないけれど、そんな言い方はずるいと思った。

「そんなの!もう全然気にしてないから!他の知らない人より、ヴァレンがいいよ」

「ふっ。いつの間にそのような信頼を得たのやら。光栄なことだな。そこまで吐露してくれたのならば、言っておいてやろう」

空を見上げていたヴァレンが、ばしゃんと体を回すと、そこでようやく、こちらに顔を向けた。

「俺は陛下に、騎士の誓いを立てた身だ。陛下の許し無くしては、そんな旅などできんのだ。だから俺は、不真面目にも、その旅に出る機会を得るためだけに、ひたすら真面目に任務をこなさねばならん。なによりまずは、その大義名分をどのように据えるかだが。そんなことすら、見当もつかんのだからな」

ヴァレンの言うことは、なんとなく分かった。わたしといる時間が、道具のように扱われているのは、少し心に痛かった。だけど、そんなのはなんの問題もなかった。

わたしは、ヴァレンが可哀想で仕方がなかった。ヴァレンはようやく自分と向き合えたというのに、その本当にやりたいことを目前にして、足踏みしなくてはならないのだ。

ついさっきまでは、どこにも行ってほしくなかったのだ。ところが、立ち往生するヴァレンの話を聞いたら、アルス様のことを話すヴァレンの顔を見たら、分からなくなってしまった。いや、もっとそんな顔をしていてほしいと、そう願ってしまうのだ。

「えへ。二人して堂々巡りだね」

心というのは、なんて厄介なんだろうか。不意に、ため息みたいな笑い声が(こぼ)れる。

「おまえはいつも通り、突っ走ればいいだろう?周りに縛られなくていいんだ。昨日もそうして、ひとつ縛りを解いたじゃないか」

ヴァレンの言う通りで、わたしは、誰かに縛られる必要はなかった。確かに、縛られたいとは思わない。

そうだ、わたしは、掴まえてほしいんだ。他でもない、あなたに。

「ふふ。それじゃあ、わたしはヴァレンを応援しなきゃね。やりたいことができないなんて、つまらないもんね」

「ん?俺のことは別に、気にしなくていいだろう。俺は俺で、勝手にやることだ」

「えへへ。私も勝手に応援してるだけだから。なんならわたしが王様に、ガツンと言ってあげるよ」

「やめてくれ。。。子供じゃないんだ」

そこで、わたしは手足を振って、水面をばしゃばしゃ騒がせた。子供が駄々をこねるみたいに、思いっきりやってみる。水飛沫が、そこら中に跳ねた。音なんて、水音しか聞こえなくなるぐらいにうるさかった。

「こら!突然、なんだ!」

わたしが動きを止めると、ヴァレンが呆れ顔を見せた。わたしだって、なんでそんなことをしているのか、正直よく分からない。気持ちのままに身体を動かしただけで、理由なんて無かった。

「ヴァレンもやってみたら?気持ちいいかもしれないよ」

それでも、わたしがもう一度やってみせたら、今度はヴァレンも一緒に、足をばたつかせた。さすがに手は、遠慮がちに横に伸ばしているだけのようだった。

「もっと思いっきりやってみて!」

水の音に負けないように、わたしは大きな声を上げる。ヴァレンも、吹っ切れたのか、それまでより大きく水を跳ねさせた。

「頑張れ!もっと!」

「騒がしくて、よく聞こえん!だが、なんとなく、気持ちが晴れる気がするのは分かった!」

わたしも大暴れして、その騒音の隙間に、大小様々な声で、何度もヴァレンを応援した。暴れる内に生まれたこれは、やっぱり、ただの衝動だった。

「頑張れ!私も頑張るから!。。。大好き。。。わー!!」

「これ以上できん!ボートを漕ぐので疲れたんだ!」

ヴァレンがそれをやめるまで、何度もヴァレンを応援した。

ヴァレンの未来を応援する気持ちが、すっきり落ち着いた。

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