表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/210

ルフナ 操船 5/20 9時ぐらい~

 貸し船屋さんに着くと、ヴァレンの右手を引っ張る理由が無くなってしまった。繋いでいた手は、再び行列に並んだ時に、どちらからともなく離された。名残惜しいような、ほっと一息つくような、そんな気持ちの間で佇んでいた。

「皆、今日が待ち遠しかったんだねぇ。わたしもだけど」

水上にはたくさんの貸しボートが散らばっていて、皆、思い思いに泳いだり、ボートに寝転がって空を眺めたりしている。

そして、わたし達がいる岸部にもまた、無人のボートが無数に並べられている。そのボートの数には、エレスの人達が、どれだけこの水上遊びを愛しているのかが表れていた。

「この暑い時期に、20日余りも水遊びを取り上げられたんだ。こうもなるだろう」

ヴァレンは、エレスの人達に同情するように呟いた。

「ふふ。子供も大人も変わらないね。むしろ、大人の方がたくさんいるんじゃないかな?」

わたしはお喋りしながら、後ろにどれぐらい行列ができているのかと、振り向いて眺めていた。

ところがその時、遠く坂の上の方にガルシアがいるのが見えた。手を振りそうになって、すんでのところで踏みとどまる。よくよく見ると、その隣には、わたしの見知らぬ人影があった。ガルシアの言葉を信じるなら、それはフィオニス家の人に違いなかった。わたしは、すぐにヴァレンの前で小さくなって、この目立つ赤い頭を隠した。

「おい、乗らないのか?」

ヴァレンは、そんなわたしに気付かないのか、列の先頭でボートを指差した。今、見たモノについては、黙っておくことにした。

「乗るよ!うん、早く乗っちゃおう!」

このデートの間だけは、誰かに邪魔なんてされたくない。ガルシアに心の中で謝りながら、水上に逃げ出した。


 ヴァレンが(かい)を手にとって、大きく前後に動かすと、ボートはゆっくりと動きだした。

「見よう見まねだが、案外なんとかなるものだな」

「ヴァレンもボートは初めてなんだ?でも、すごいね。普通に動いてるよ」

ヴァレンが面白がって力一杯船を漕ぐと、小さなボートは水面を滑り出す。そのあまりの勢いに、体が船に押さえつけられるようになった。

「あは!どれでもいいから、あの、おっきな木のある所に行ってみてよ」

「まぁ待て。まずはこいつを、上手く扱えるようになっておきたい」

ヴァレンは、外套と胸当てを外すと、新しいおもちゃを手に入れた子供みたいな顔をしながら、ボートをわざと蛇行させたり、その場でぐるぐる旋回させたりしてみせた。

その間、わたしは寝転がって、景色がぐらぐら揺れるのを見ていた。ボートが右へ左へ揺れると同じように体も傾いて、時には、きゃあきゃあ声を上げながら、ひとりで大騒ぎしていた。

「よし、大体分かったぞ!。。。しかし、暑いな!これはなかなかの重労働だ」

「日差しも凄いよ。わたしなんて、漕いでないのに汗だくなんだけど」

「あれだけ騒いでいれば当然だろう。。。そろそろどこか、泳げる場所を探すとしよう」

わたしが体を起こして見渡すと、都市の近くにある木々の周りでは、既にたくさんの人達が群がるようにして遊んでいる。けれども、もう少し遠くへ行けば、まだまだ落ち着いて遊べそうな所はありそうだった。

「ちょっと大変なんだけど、奥の方まで行ってみない?あっちの方はまだ人が少ないし、気兼ねなく遊べるかなぁって」

「ふむ。少し遠いが、外周付近まで漕いでみるか」


 ヴァレンがボートを北へと移動させると、大小の木々が集まって、小さな林のようになっている所があった。そこには、ひとつだけ小さく、水上に5メートル程だけ顔を出している木がある。わたしが木登りするには、ちょうどいい大きさに見えた。

「ここがいい!木にも登りやすそうだし、まだ誰もいないよ」

「俺もそろそろ、腕が限界だ!水軍の、漕ぎ手の、気持ちが、よく分かった!」

ヴァレンは息を切らしながら、結局、最後まで一人で漕ぎきった。最初は、女の子のわたしに、格好良いところでも見せようと頑張っているんだと思っていた。でも途中からは、わたしが漕いでみたいとは言いだせない程の熱意を、ヴァレンから感じていた。

ヴァレンは今、ボートを係留するためのロープを枝に結んでいる。その熱心な顔つきの中に、確かに達成感のようなものを浮かべている。生き生きした表情を見せるヴァレンを見ていると、そこに、わたしが聞きたいことの答えがあるのではないかと、思わずにいられなかった。

そうやって、わたしがヴァレンの顔を見て考えていると、ロープを結び終えたヴァレンは、いそいそと上着を脱ぎだした。わたしはそこで、さっと視線を逸らした。

「これでようやく、俺達もエレスの住民の仲間入りだな!ここで泳いだことのない者は、例えエレスで暮らしていても、余所者扱いされるらしいぞ」

そう言ってすぐに、ヴァレンは水に飛び込んだ。とっても乱暴な飛び込み方で、水面が激しく波打つ。飛沫(しぶき)のいくつかが、こちらにまで飛んできて冷たかった。でも、その飛沫の冷たさが、わたしの心と身体を目覚めさせた。

ヴァレンがこちらを見ていない間に、念のため、ワンピースの下にいつものハーフパンツを着込んだ。水で重たくなるのは承知の上だ。羞恥心がそれに勝った。

息を思いっきり吸い込んで、ボートから躍り出た。身体が水にぶつかる大きい音がして、すぐにそれは鈍く、泡に包まれた。

「水着は用意していなかったんだな。新しい服なのに、良かったのか?」

わたしが水面から頭を出すと、ヴァレンがそれでも、愉快そうな顔で尋ねてきた。

「うん、今日はこれでいいの!こうやって、浮かんでみたかったんだぁ」

わたしは身体の力を抜いて、ぷかぷかと浮かんでみる。気持ち良かったけれど、ぎりぎり顔が出るくらいで、不安な気持ちも顔を出した。

「。。。!」

ヴァレンがボートに寄りかかったと思うと、何かをこちらに向かって放り投げた。耳が水に浸かっていたせいで、ヴァレンがなんと言ったかは聞こえなかった。

分からないままに、ヴァレンが投げ寄越した物を掴まえると、少しだけ体全体が浮かんだ。呼吸をするのが楽になると、恐怖心は無くなった。

「その格好で泳ぎたいなら、そいつに掴まっておけ」

「ありがとう!冷たいけど、気持ちいいね」

ヴァレンがくれたのは浮き袋だった。何かの皮のような手触りのそれは、輪っかの形にしてあるおかげで、腕に通しておくだけで安心できた。

「おまえが誘ってくれたおかげだ。こうしてここで、泳ぐことができた。実はずっと前から、こうしてみたかったんだ」

「前に来たときは泳がなかったの?」

「あぁ、訓練中だったからな」

ヴァレンは顔を上にして、器用に泳ぎながら話している。ゆらゆらと、目をつむって気持ち良さそうな顔をしていた。

解放されたように、穏やかな表情を浮かべるヴァレンを見ていたら、わたしはようやく、ヴァレンに質問する覚悟ができた。

ヴァレンのやりたいことや、ヴァレンの行こうとしている場所。そういったものが、この人には明確に存在するのだと、理解できた。

そして、それをきちんと聞かないことには、自分が前に進めないことも分かった。

「ヴァレンは今までも、そうやって我慢してきたの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ