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ルフナ エレス 5/20 8:37~

 わたし達が通用門にたどり着いた時、30人程の行列ができていた。列に並ぶ人達が、いつもの顔触れとは異なるからか、門番さんによる検査も時間をかけて行われている。行列が進む度に、わくわくは風船のように膨らんでいった。

そうして今、ようやくわたし達が列の先頭になった。興奮でぷくぷくになったわたしは、今にも破裂しそうだ。

「やっとわたし達の番だね!前はもっと、早かったんだけどなぁ」

門の向こうに、今まで見たことのない景色が広がっていると思うと、涼しい足元だけでなく、気持ちまでソワソワしだした。それでもわたしは、キョロキョロすることもなく、手を後ろに組んで、懸命に落ち着きを演出していた。

「大門の方はもっと遅いぞ。所持品は全て見られるし、身元の聞き取りも長いんだ。俺がエレスに入る時も、なかなか大変だった」

通用門は都市内部に暮らす人達が使うもので、農園作業や巡回依頼の紹介状がない場合の出入りの方法は、様々あった。その中で最もよく利用されるものが、ギルド証の提示だ。

エレス内で働く人達は、それぞれの職に応じたギルドに所属している。ギルド証は、都市への納税と引き換えに交付が許されるもので、一般的な身分証として使われることが多かった。

通用門でギルド証を提示すると、簡易な所持品検査のあと、保証金を預けるだけで通過できる。わたしの場合は少し特別で、エレスの教会が身分を保証してくれている。今では門番のベンさんとも顔見知りになって、挨拶ひとつで通過できるようになっていた。

「あれ??ヴァレンってもしかして。。。通用門、使えないんじゃないの!?」

ところが、ここに来てようやく、そんなことに気付いた。ヴァレンがエレスのギルドに所属しているはずはなかった。ヴァレンは少し前まで首都で暮らしていたのだから、持っているのだとしても、首都のギルドのもののはずだった。

今からもう一度、大門の大行列に並ぶことを考えて、わたしは熟れすぎたトマトのように、ぶよぶよと地面に転がりそうになった。

「ふっ。安心しろ。恐らく何も問題はない。なんならおまえは、今まで使わなかったことを怒るかもしれないな」

「どういうこと?」

と、わたしが問いかけたところで、ベンさんがわたし達を手招きした。わたしはヴァレンの自信の理由が分からずに、びくびくしながらそちらへと近寄った。

「よお!嬢ちゃん。ずいぶん忙しくしてたみてえだが、今日は泳ぎにいくのかい?」

「そ、そうなんです。この人も一緒なんですけど。。。」

わたしは、アレンさんとベンさんのサインが入った通行手形を、顔の前に掲げた。なんとかこれで、ヴァレンも一緒に外に出れないだろうかと、祈るように目を閉じた。

「そいつはもう、見るまでもねえな。あとはアルスダムのあんちゃんだが。。。どうしたもんかねぇ。一応、都市外から来た(もん)がここを通る時は、紹介状やらが必要でね。。。俺があんちゃんの身分を保証してもいいんだがなぁ。少し時間をもらうぜ?」

「いえ。身分保証なら、いいものがあります」

ベンさんとわたしが見守るなか、ヴァレンは胸当てを外すと、そこから真っ白な巾着袋を取り出した。ヴァレンはうっすら笑みを浮かべながら、それをそのままベンさんに差し出して、自らの手の平の上で袋の口を軽く開いてみせた。

わたしが真っ白な袋からベンさんに視線を移した瞬間、突然、ベンさんは大声を上げて笑いだした。ひとしきり笑うと、ベンさんは悪党みたいに口元を歪ませた。

「まったく、通用門でこいつを見せてきたやつは、あんちゃんが初めてだな」

「ははは。これを使うのは、きっとこれが最初で最後です。思いの外、使い道がありませんでした」

ヴァレンが珍しく、いくらか丁寧な口調で、にこやかに語りかけている。わたしはひとり、置いてけぼりにされてしまって、仲間外れにされた気分だった。

「確認は必要ねえ!よし、二人とも行って良し」

ベンさんは上機嫌なまま、わたし達を追い払うように手を振った。不満を抱えながらも、列の邪魔にならないように先へ進んだ。

「ねぇ!なんなのそれ?」

短いトンネルのような門をくぐりながら、胸当ての中へと袋をしまおうとするヴァレンを制止した。せめて、説明ぐらいはしてほしかった。

「これか?これは玉印(ぎょくいん)だ。エレスに来る時に、特別に持たされていたんだ。使うことは無いかと思っていたんだが、気が変わってな。ベン殿も喜んでいただろう?」

「全っ然、わかんないんだけど。。。玉印ってなんなの?」

「ああ、そうか。玉印など知るはずもなかったな、すまん」

自然とわたしの前を歩き出したヴァレンは、くるりと振り返ると、ぺこりと頭を下げた。わたしは胸に、氷を落とされたような気がして、いつの間にか膨らませていた頬を萎ませる。

ヴァレンが頭を下げる姿に、わたしは何故か、出会った頃のヴァレンティオンを思い出していた。無知だとか、愚か者だとか、わたしに対して散々に言ってくれていた頃の、ヴァレンティオンさんだ。

こんなに素直に謝れる人だったなんて、あの頃は知らなかった。それとも、わたしといた何日かの間に、ヴァレンもまた、変わったんだろうか。変わったような気もする。でもそれは、わたしが気付けなかっただけのような感じも、する。

いずれにせよ、ヴァレンは今、こんなにもわたしに気持ちを傾けてくれているのだと、じわじわと胸が温かくなった。そうすると再び、心は弾みだした。

「こいつは、国家の命を受けた者が賜る、特権の象徴だ。緑色のこれは、最高位のものでな。これを持つ者の行動を妨げることは、すなわち、王に背くことを意味する」

何度も行ったり来たりする、わたしの勝手な気持ちの変化には気付かずに、ヴァレンは楽しげに語り出した。

「普通は、こんなに軽々しく使うものではないんだ。俺の、精一杯の冗談のようなものだ」

ヴァレンはきらきらと、顔を輝かせている。その顔が、あまりにも眩しくて、わたしは門の先に目をやった。

「なるほどね!ベンさんは、それを分かってくれたから、あんなに大笑いしてたんだ?」

「そうだろうな。冗談の通じる方で良かった」

「そうだねぇ」

そこでついに、前を見渡すわたしの視界の果てには、ヴァレンの笑顔と同じくらいに眩しい、美しい景色が見えた。思わずわたしは、ワンピースの呟きも無視して走り出した。

「あ!!見て!水面が見える!まだ遠くだけど、ほら!」

そして、ヴァレンより先に短いトンネルを抜け出して、彼方を指差した。

「おお!素晴らしい!!これが真の、エレスからの眺めなのだな!」

ヴァレンもそれを瞳に捉えて、人目を憚らずに大声を上げた。

左右の農園の、更にその先の低地だった所は、今や一面、水に覆われている。街道は下り坂で、その先は湖なのか川なのか分からないくらいの、巨大な水たまりになっていた。そこには早くも、船がいくつも浮かんでいる。

いつか想像した、ブロッコリーみたいに水面から突き出る巨大な木々も見えた。ただ、そこにマシュマロは浮かんでいない。今日の天気は、わたしの心を映し出したような、快晴だった。

「こんな所だったんだねぇ!エレスは丘にあるって言われてたけど、水が張るとすごく分かりやすいね!」

街道は徐々に細くなる。水面にぶつかる辺りからは、そこだけ水上に浮かぶように、橋が架けてあった。ヴァレンも目の前の景色に圧倒されているのか、歩みを止めていた。

「あそこの橋の左右で、船を貸し出しているはずなんだ」

「ねぇ早く行こう!もう我慢できないや!」

わたしは堪らず、ヴァレンの手を引いて先を急かした。

何も考えずに、手を握ってしまった。

両手でヴァレンの右手を取ったから、顔を隠すこともできない。

ヴァレンは苦笑いしながら、一歩、足を前に出した。

わたしはすぐに右手だけを離して、一歩、先を歩く。

わたしは暑さで顔を真っ赤にしながら、坂道を下った。

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